はぐれ狼
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:4人
サポート参加人数:1人
冒険期間:12月20日〜12月25日
リプレイ公開日:2006年12月28日
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●オープニング
狼は、群れで生活をする。群れはボスに率いられ、野山を移動する。
そうして、賢いボスに率いられる狼の群れは、人にも会わず、自然と一体になって風の様に在るのだ。
だが、どんな生き物にも老いはやって来る。
若い狼の台頭で、ボスはその座を奪われる。
奪われたボスの座は、よほどの事でなければ戻っては来ない。かつてのボスは、群れを追われ、それでも、しばらくは、群れの後を遠巻きに付いて行く。
寒風吹き荒ぶ野山を一匹。
油断をすれば、かつて率いていた群れから離れ、ただ一匹、はぐれた狼となる。
一匹狼。それは、群れを追われた悲しいはぐれ狼である。
「狼が出たので退治をお願いします」
冒険者ギルドの受付が、何やら複雑な表情で、依頼を張りに出す。
「狼一匹?」
「狼と、浪人ですね正確に言うと」
宿場町の近くの村に、狼が現れた。
狼は、あばらが浮き出、毛並みには艶が無く、貧相な狼であるという。だが、その目だけが異様に光っているというのだ。
「農家の鶏を狙って来たのを、捕まえようとしたらしいのですが、妨害にあったとかで」
「妨害?」
「たまたま、通りかかった浪人さんが、狼を逃がして、一緒に逃亡したんですって」
「‥それだけじゃ」
「そうそれだけじゃ、浪人さんが討伐対象にはならないんですよ。彼、何を思ったのか、時折現れては鶏を狼の代わりに盗んで行くらしいんですね‥‥たいした腕では無さそうですが、日本刀を振り回されては、お百姓さん達も危ないっていうんで」
「狼とつるんでるって?」
「近くに居るのを何人かが目撃してるらしいですから、多分、一緒に居るんでしょうね」
お願いしますよと、ギルドの受付は、真新しい依頼を張り出すのだった。
はぐれ狼を退治し、浪人を退治もしくは説得して下さい。
●リプレイ本文
●凍てつく夜
浪人がやって来るのは、毎日とは限らない。冒険者達は、村に逗留する事になった。
陽が暮れてくると、急激に冷え込む山近く。火でも焚かなければ凍えてしまうだろう。
よく見れば、浪人が居るとおぼしき森の中に、一筋の煙が見える。そこを急襲すれば、わけなく浪人はお縄になった。
しかし、冒険者達は、それを良しとはしなかった。
「ありがとうございます。いただきますわ」
夜警をするカーラ・オレアリス(eb4802)は、差し出された甘酒を、碧い瞳の目を細め、うれしそうに手にとった。冷え込む夜にはなによりの暖かさだ。
ここの村は、比較的裕福な村であった。鶏を養鶏しているせいでもある。地鶏は卵も産めば、肉も売れる。田畑もあるにはあるが、どちらかといえば養鶏に力を入れているようで。そういえば、鶏を何匹も取られても、どうしようかという途方に暮れた感じはあったものの、それに対する怒りは依頼書には無かった。
「温かい‥ですね」
この甘酒も、この村の人も。と、セシリア・ティレット(eb4721)は思う。温かい場所で育ったセシリアは、人の好意を素直に信じる。話して伝わらない事は無いのではないかと思うのだ。連れてきた埴輪に、最初は驚愕の目をむけられたが、セシリアが微笑んで話をしていると、まあ、しょうがないかという感じで村人達はあっさりと受け入れた。食べる物に困らない人々は、他者にも寛容である事が多い。
「‥‥」
確かに、手にした甘酒は温かい。凍てつく冬の最中には、心にも身体にも染みてくる。瀞蓮(eb8219)は、黙って皆の後に控えていた。ただ、甘酒が温かく甘いものだとわかるには、手に取らなくてはどうしようもない。そうして、温かいうちに飲まなくては、そのありがたさも半減してしまうと、うっすらと思う。
「そろそろ‥‥ですか」
伊勢誠一(eb9659)は甘酒を飲み干すと、湯飲みを盆に戻した。村人から聞き込んだ浪人の襲撃時間が迫ってきていたのだ。
浪人は、一本だけ日本刀を腰に差し、近所を歩くかのように、ぶらりぶらりと森から現れた。足音を消すでもなく、警戒をするでもないその姿には、どうでもいいという虚脱感が漂っていた。不精髭におおわれた顔、覇気の欠片も無い虚ろな目。それでも、腹は減るのだろう。いつもより馬の数が多いなどはまったく気にもしていないようで。
浪人は、まるで、自分の物を取りに来たかのように、鳥小屋に、手をかけた。
「誰か!鶏泥棒ですわ!誰か!」
カーラの声が響く。
軽く舌打ちする浪人は、無造作に日本刀を抜く。その刀身は手入れもされておらず、刃こぼれが酷く、所々錆びも浮いているようでもある。及び腰で刀を構える様を見て、冒険者達はそれぞれがそれぞれの思いで溜息を吐いた。
これでは、そこいらのごろつきにも劣る。
逃げ足だけは速いのだろう。流石に、大勢の気配を感じ、浪人は後ろを振り返り、振り返り森へと遁走していった。擦り切れた草履。汚れた着流し。あのまま冬場を越えるのは無理だろうと、簡単に見て取る事が出来た。
●夜の火
翌日、村と森の境、僅かに森寄りの場所で、冒険者達は野宿の準備を始めた。
子供だましな野営だと、皆承知してはいたが、しないよりはましでもある。依頼帰りの冒険者を装い、荷物をわざと見せるように蓮は設営を手伝う。
「ありがとうございます」
あちこちから材料を探そうと思っていた誠一は、鍋の材料をどうするかと首を傾げていると、村人が一式手渡してくれた。ありがたく材料を譲り受けて、野営地に戻ってくる。
こうして、温かな湯気を立ち上らせて、野営にしては豪華な夕食が始まった。とりとめの無い話をしていると、森の方角からがさりと人の気配がした。隠そうともしない気配に、冒険者達は内心ほっとする。
「そちらから来たのなら、森で狼の群れを見かけませんでしたか?」
最初に声をかけたのはセシリアである。育ちの良い、穏やかな声に浪人は首を横に降る。次第に暗くなる森の端。ぱちぱちとはぜる火が、森から窺う浪人をぼんやりと浮かび上がらせた。カーラも鷹揚に頷いた。
「よろしければご一緒しませんこと?沢山ありますのよ?」
「‥冒険者か‥」
「江戸への帰還途中です。ここで会ったのも何かの縁。どうですか?一献」
誠一が、持参のどぶろくを掲げて、人のよさそうな細い目をさらに細めて笑う。
「大方、俺をどうにかしてほしいっていう依頼だろ?」
「やり合うつもりはありませんよ、少なくとも今は。‥取り敢えず話しませんか?」
軽く肩をすくめると、誠一は刀を置く。セシリアも、カーラも笑顔で頷く。女性が多いという事は、その能力は男性とは変わらないにしろ、何とはなしに人心地を良くする物でもある。さらに、誠一が自身を振り返って、浪人に頷いた。
「他人事‥と斬り捨てるには重すぎるんですよ」
どこか自嘲するようなその言葉に釣られてか、浪人は鍋の席に着いた。蓮が、目を眇めてほうと軽く息を吐く。
「何があったのか、聞いてもよろしいかしら?」
鍋をつつきながら、カーラが口火を切る。
浪人の過去の話。
夜の火は、人の心をほぐし、饒舌にさせるのかもしれない。
浪人は、ぽつりぽつりと話し出した。しかし、そのどれも、結末はお粗末であった。貧しい武士の三男である男は、家など継げず、学業で身を立てるかと、学べど、その能力は無く、剣の道に生きるかと、道場の門下生になるが、才は無く、嫌気が差して逃げ出し、江戸から離れた町の用心棒になったはいいが、才の無い事はすぐにバレてやはり逃げ出し。あれも。それも。これも。最後は逃げるというその姿勢に、予想はしていたが、冒険者達は深い溜息を吐いた。
「やることも行く当てもないのでしたら、村人に謝って猟師なり畑を耕すなりして自らを糺してみたらどうですか?」
カーラが、何気なく言った言葉に、浪人は顔色を変えて、箸を置いた。
「では、どうされたいのでしょう?何か、やりたい事がおありなのでしょうか」
その顔色を変えた姿を気にしないように、なんとか話を続けたくて、セシリアが笑いかける。
「俺は‥武士の生まれぞ‥幼い頃ならいざ知らず、この年になっては他の生きなど無い‥」
昨夜皆が目にしている。ぼろぼろの日本刀を、かき抱くようにする浪人の目つきが怪しくなる。
「進むにしろ退くにしろ、態勢は整えなくてはならないでしょう?」
誠一が、こんこんと話を繋げるが、その声は届いたかどうか。
「力に恵まれて、能力に恵まれた冒険者に何がわかる!望んでも手に入れられない事など無いだろうがっ!茶番だ。茶番だな!それに乗った俺も阿呆だ!切れよ。切るなら切ればいいだろう?!そしたら俺は武士のまま死ねるんだ!」
自分の言葉に酔っているのか、その声は次第に大きくなり、最後は絶叫に近いものであった。誠一が、万が一に備えて引き寄せていた日本刀の鯉口を切る。細いその目が片方だけすっと開いた。
「武士の情け‥せめて、その想いと共に逝かれよ!」
「おおおおおっ」
浪人も、立ち上がると錆びて刃こぼれをした日本刀を抜き放つ。その時。やせた狼が誠一に躍りかかった。
「!」
涎を垂らし、爛々と目を光らせたその狼を、避けるには難しく。鞘ごとの日本刀で振り払うと、カーラが淡く闇色に発光し、狼はもんどりを打って倒れ伏す。かろうじて動けてはいるようだったが、かなりのダメージが入った。
その狼の姿を見て、浪人は手にした日本刀を落とした。
●夜明けがやってくる
狼に近寄ると、もう狼は虫の息であった。痩せて体力が衰えており、老齢という事も手伝ってか、普段ならばなんともないであろう一撃が酷く堪えたのだ。
その狼をさすりながら、浪人は首を横に振り続ける。
「‥それでも‥俺は‥」
尚も己の出自にこだわりを見せようとする浪人に、今まで黙っていた蓮が動いた。手加減はしているのだろうが、鳩尾に彼女の蹴りが吸い込まれるように入ると、浪人は軽々と吹き飛んだ。
止めようとする、仲間達を蓮は軽く顔を見て制した。話は、依頼に入るときにしている。正直、村人に迷惑をかけている時点で、この浪人に情けは無用と思う事を。
「武士?笑わせよる、懸命に生きておる村人の受けた辛さの何分の一かでも味わい、よく考えよ。武士以前に、人としてなっちゃおらん己のことをな」
安い意地だと、蓮は思う。
そもそも、このような行為をする事が武士には向いていない証明では無いかと思うのだ。その思いは、この浪人を目の辺りにして、さらに強いものとなった。
かつかつと、喉を詰まらせ、腹を押さえて、浪人がよろりと起き上がる。
「わかってる‥わかってるんだ‥でも、出来‥なくて‥もう‥年だし‥今更‥どの面下げて‥と」
「その面下げて、恥をかけば良い」
蓮は軽く眉を寄せると、これ以上は無用とばかりに、自分の座る場所へと戻り、小さくなりかけた火に薪をくべる。荒事が少なければ、その方が良いのだから。
「恥‥か」
「まずは、村の人に謝ってから、一歩を踏み出しましょうね」
カーラも、何事も無かったかのように、浪人に笑いかける。
「謝罪を‥受け入れては貰えるのだろうか」
虫の息の狼を撫ぜながら、浪人は下を向く。
「あのですね。私、昨日村長さんとお話しました。鶏はこれから増やすつもりなので、人手は多いほうが良いから、真面目に働いてくれるなら、受け入れても良いそうです」
もともと、人に寛容な村だったのが幸いした。セシリアの提案は、二つ返事で受け入れられた。
「本気で‥?」
「さぁて、本気だったかもしれませんよ‥楽にしてあげましょう」
誠一は狼に近寄ると、浪人に顔を向けられたが、やはり細い目をさらに細くして軽く肩を竦めた。そうして思うのだ。狼は、よほどの事がなければ人には馴れない。けれども、人は狼では無いのだから、何時からでもやり直せると。
朝焼けが空を染め始めていた。