迷子の少女

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月05日〜01月10日

リプレイ公開日:2007年01月13日

●オープニング

「嘘‥‥」
 少女は、雪の降る竹林で迷子になった。
 早く会いたい人が居て、近道を通ったのだ。
 しかし。
 降る雪は音を消し、しんしんと冷えて行く。会いたいと思った人に辿り着く前に、無常にも陽は落ちて。暗い夜の竹林を彷徨う。
 足は凍るように冷え、朦朧とした意識の中、少女はぽすりと雪に倒れた。

 心配した恋人が目にしたのは、約束の場所に佇む怪骨の群れ。
 竹林の雪がぱさりぱさりと落ち、怪骨の中には青白く朧に浮かぶ少女が居た。
 青年は、涙を堪えて、襲い来る怪骨から、命からがら逃げ延びた。そうして、冒険者ギルドへと辿り着く。

「助けて‥助けて下さい」
「どうしましたっ!」
 あちこちに怪我をしている青年は、雪の降る中、どのようにしてここまで来たのかと、受付は慌てて飛び出した。
「私の‥大事な人が‥何か別の者になってしまった」
 唇を噛締める青年の手当てをしながら、ギルドへ集った冒険者達は詳細を耳にする。
「大丈夫です」
 受付が、青年を励まし、さらさらと依頼書を作成する。
「何方か。お願い致します」

 町外れの竹林で怪骨を倒し、憑かれている少女を救出して下さい。

●今回の参加者

 ea2127 九竜 鋼斗(32歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0161 コバルト・ランスフォールド(34歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3701 上杉 藤政(26歳・♂・陰陽師・パラ・ジャパン)
 eb4994 空間 明衣(47歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb5532 牧杜 理緒(33歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb5761 刈萱 菫(35歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 雪は止み。
 降り積もった雪は、世界から音を無くす。しんとした竹林には、ぱさり。ぱさりと、葉から落ちる雪の音だけがするべき場所であった。
 だが、今その竹林には雪景色に不似合いなガクリ。ガチャリ。という固い物をこすり合わせるような嫌な音が響いていた。
 嫌な音の正体は、怪骨。白い雪が積もる竹林を、鈍く煤けた、白い怪骨の集団が手に日本刀を持った者や、持たないもの。様々な姿で何をするでもなく、ただ竹林を彷徨っている。
 そうして、その中心に当たる場所に少女がひとり。普通の町娘だ。しかし、流れる黒髪は降り乱れこの雪の中、足元が濡れるのも構わず、ゆらりゆらりと歩いている。手は赤くかじかんでいるだろうに、気にする風でも無くさらしている。何を捜しているのか、誰を待っているのか。
 複数の馬の嘶きが、その怪しい竹林の向うから聞こえた。
 怪骨は、馬の嘶きに、ぴくりと反応する。
 少女も。ゆらりと向きを変えた。
 人の気配へと、怪骨と少女は歩き始める。

 依頼人の青年は応急処置を施された後、空間明衣(eb4994)に同行をさせて貰っていた。竹林の地形などを詳細に冒険者達に話しつつ竹林の前までついて来たのだ。だが、この先は戦闘が待っている。足手まといは重々承知の彼は、唇をかみしめつつ冒険者達に頭を下げる。
「よろしくお願いします!純真な‥本当に純真な‥良い子‥なんです‥それなのに‥‥」
「何としても取り戻してきますわ」
 きっちりと髪を結い上げた刈萱菫(eb5761)がにっこりと微笑んだ。それは、冒険者達が皆願っている事だった。
「彼女が帰ってきたときに、心配させちゃダメよ?」
 手当てを受けた為、随分とマシになっている依頼人の肩を軽く叩くと、漆黒の装束に真っ白なたすきをきりりと締めた牧杜理緒(eb5532)が、深い青の瞳を和ませ笑いかけた。そうして、竹林へと顔を向ける彼女の瞳からは柔らかさは消えていた。

 竹林はよく手入れがされていた。折れた竹も、妙な雑草も無く、等間隔に太い竹が空に向かって伸びている。この竹林は村の資源なのだという。太い竹は正月には門松になり、春には筍を生み出す。彼もこの竹林の管理者の一人であるという。
 竹林について依頼者から聞き込んだ九竜鋼斗(ea2127)が思慮深げな茶の瞳で辺りを見回す。
「何時までも憑かれたままにしておく訳にはいかないな‥‥娘さんの体力にも限界があるだろうし‥‥」
 竹林は広い。そうして、人目にもつきにくい。昔から、男女の待ち合わせ場所として使われ、待ち合わせの数だけ悲喜こもごもの逸話があるらしい。
 少女と怪骨の出現したと言われる奥へと踏み込む前に、怪骨の群れが雪を踏みしめて現れた。
 僅かに横に広がってはいたが、怪骨は生ある冒険者達目指し、笑っているのか泣いているのか、カクリ、ガチャリと口を開け、その鈍い関節音を響かせる。
「邪悪な存在‥は、減らしたいものだな」
 霍乱を狙っていた上杉藤政(eb3701)だったが、気がついたのはほぼ同時だった為、誘導の為の詠唱を始める。すらりとした姿勢の藤政の身体が淡く金色に光ると、その手から一筋の光の矢が怪骨の群れの中へと吸い込まれる。どの怪骨かに当たったのか、軽い煙が上がる。
「これはまた、大勢さんだ」
 長い緋の髪を高く結わえて現れた明衣は、色の無い空間が突然極彩色になったかのような鮮やかな印象を残す。燃えるように紅い陣羽織とやはり紅を基調とする装束がそう思わせるのだろうが、彼女の持つ、からりと明るい命の波動が一番明るいものであるのは間違いが無いだろう。
「骨相手では刀よりもこれだな。兜割りの名のように頭蓋骨を割ってやろう」
 軽々と振るわれる、重量のある、兜割りと呼ばれる十手を手に、真っ先に怪骨の中に踏み込んで行く。
 ざくり。と、雪を踏みしだいて切り込む音が戦闘の合図となった。
  仲間達が怪骨と打ち合いを始めると、その合間を縫うようにしてコバルト・ランスフォールド(eb0161)が冷静に少女との距離を詰める。鋼斗が依頼人から聞いた少女の名前を反芻し、慎重に言の葉に乗せる。『みき』と。
 その名前に、無表情の少女は一瞬顔を歪めたが、すぐにまた無表情に戻る。
 憑かれている。
 鉱石のような青い瞳の目がすっと細まる。依頼人の話を総合して、彼等はある仮説を立てていた。依頼を受けた際、藤政が率先して推測をしていたのを思い出す。
 少女に憑いているのは怨霊である可能性が高い。
「まさに、そのようだ‥怨霊か」
 コバルトへと打ちかかる怪骨を菫の橙色の槍が、業火のごとき鮮やかな軌跡を描いて打ち止める。長い槍は、打ちかかろうにも、竹林に邪魔をされる。しかし、打ち止めるには長さは関係が無い。がっちりと打ち止めた菫はにこりと笑った。
「こう、混戦となりますと、厄介ですわね」
 竹林は、手入れが行き届いていたが、竹林を抜けなければ足場が確保出来ない。そうして、竹林の外へと誘導しようにも、怪骨の数が多い。じりじりと少女から引き離すように動いているのだが、竹が邪魔をして、思うような後退もとれずに刃を交わす事になる。
 備前長船と銘のある小太刀を鋼斗は何度も怪骨に叩きつける。切るのでは無く、打つように体重を乗せて切り伏せるその刃は、一撃、二撃打ち込めば、怪骨はがらがらと骨の音を響かせて崩れ落ちて行く。
 怪骨達は、その手の日本刀を大振りし、がっちりと竹に食い込ませては、引き剥がすという無駄な動作も多かった。手に何も持たない怪骨も少なくは無い。
 明衣は、その手にする得物を幾度か変えてみていた。法城寺正弘を何度か振るすると、その名刀が竹林の戦闘に似合わない事を悟る。
「やはりこれだな」
 微笑むと、呟くよりも先に手には最初の十手が握られて。雪に足を取られて近寄る怪骨に向かって、重い一撃を打ち込むのだった。
 仲間の援護を最大限に考える藤政は、その混戦から僅かに離れた。
 手持ちの詠唱は混戦には向かない。だが、援護にはなるだろう。混戦からはみ出す怪骨へと、その手からは金色の光が何度も打ち出され、怪骨の動きを鈍らせる。
  銀色の髪がふわりとなびくと、コバルトは黒く淡い光を放ち、その手から漆黒の光を少女へと飛ばす。
 仇なす者と、みきに憑いた怨霊がコバルトを認めたのはその漆黒の光を受けた瞬間であった。愛らしいみきの顔が苦悶の表情に歪む。
「‥いい加減、邪魔な器は脱いだらどうだ‥?」
「あなたに無念があるなら聞いてあげる。だからおとなしく成仏しなさい」
 怪骨と打ち合いながら、コバルトの手から次々と放たれる漆黒の光に翻弄されるみちの中の怨霊へと、理緒が叫ぶ。妖怪ならば、倒せば良い。けれども、無念があるのなら聞いてあげたいと思うのだ。
 みちの口がわずかに震える。しかし。
 竹林が青白い炎のようなモノに照らされた。
 怨霊が、みちから離れたのだ。
「お嬢さん、大丈夫かい?お嬢さんの待ち人は無事だから安心して待てば良いぞ」
 雪に倒れるみちを守るように、明衣がその紅い髪をひるがえし怪骨とみちの間に走り込む。怨霊が憑いているだけでも大変であるのに、長時間雪の中を彷徨わされ、みちの意識は混濁し、冷え切った身体は今にもその魂を手放しそうであった。だが、明衣の言葉に、うっすらと目を開ける。
「大丈夫だ」
 コバルトが毛布を取り出し、みちを包み、水をゆっくりと飲ませ、飲み干した後に、これは聖水だから、大丈夫だと、何も汚されてはいないと見せてやる。みちの目からぽろぽろと安心した涙がこぼれる。
 怪骨は、ほぼ全てが打ち倒されていた。離れた場所に刺して置いてあった、古びた諸刃の剣を理緒が手にして怨霊に向かう。長い三つ編みが軽く踊る。
「何か、想いは無いの?」
 問いかけには、もう青白い炎と化した怨霊は答えない。
 動く力も残っては居ないのか、一瞬大きく瞬いたその青白い炎は、移動する事も叶わず、冒険者達の手によって、聖水が。塩が降り掛かり、その怨霊は空間から消滅をしたのだった。
 消えて無くなったその場所と出現したのでは無いかというという空間を、鋼斗がいつまでも見ていた。
 ぱさり。ぱさりと、雪が積もった葉から落ちてあちこちで小さな音を立てていた。

「大丈夫。綺麗ですわ」
「本‥当?」
「ええ」
 今にも意識を手放しそうなみちに、このまま青年に顔を見られたくないだろうと、菫の手で、綺麗に髪を整えられ、軽く化粧もされる。
 暗い場所を通っても会いたかった相手である。綺麗にしてあげたい。と、菫は負担にならないように少女の顔を撫ぜる。
「ありがとう、ございました」
 少しだけ生気を取り戻したような少女の淡い笑顔に、菫も笑顔を返す。
 生きていてくれて良かったと、依頼人は少女をかき抱いてぽろぽろと涙をこぼした。
「幸せにな」
 町まで送り届けると、明衣は依頼人の青年の背中を軽く叩いた。
 青年の腕に抱かれると、安心したかのように眠りについた少女の回復は、かなりかかるように見て取れた。けれども、癒えない回復では無い。
 彼等を見送ると、大理石のパイプを取り出して、明衣は深くその味を楽しみ、ふうと、冬の空に紫煙を吐き出して歩き出した。
 とりあえずは、良しであると。

 怨霊が現れた竹林へ、理緒は佇んでいた。あれから、色々聞きまわると、ここにで待ち人に切り殺された少女が居たのだという。
 少し寒いかなと、戦闘時には気にならなかった寒さに腕をさする。
「聞いてあげれなくて‥‥」
 人に仇なす存在になってしまったからには、討ち果たされても仕方が無いのだけれど。
 雪の積もったその場所に軽く酒を撒くと黙祷する。
 ぱさり。
 竹の葉が揺れて、高い場所から理緒が立ち去った場所へと雪が落ちて、ちいさな山を作った。