叶うならば、すぐにその手を取りたかった
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:01月02日〜01月07日
リプレイ公開日:2007年01月09日
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●オープニング
「遊んでくれるの?」
少年は、一人だった。
商家が焼け落ち、この山間の村に引き取られた。だから、ひとりだった。
今年10歳になる音松は、村の子供達となじめなくて、ひとり山に入ることが多かった。
もう、町の子では無いのだから、村の仕事を覚えなくてはいけない。けれども、力仕事とか、要領を得なくて、村の子供達からはいつも役に立たない奴だと言われ続けて。
それでも、行くところが無いから、黙って山に入る。
山奥には山鬼の集落があるから、入って山鬼を刺激してはいけないのだとキツク言われていた。
けれども、それならそれで良いやと思ってしまったのだ。
寂しい心は、何もかも否定した。
そんな時、赤褐色の二本角の山鬼が現れた。
このまま死んでしまうのかな。そう、音松は思った。けれども、山鬼は、音松に自分の持っていた鹿の燻製を差し出してくれた。顔は、笑っているかのようだった。
音松は久しぶりに笑った。
「ありがとう!」
「何だよ、教えて欲しいって言えば良いだろ!遊んで欲しいって言えば良いだろ!」
太一は怒っていた。
町から来た音松は、いつもひとり。
用事を言いつけられて、黙々とひとりでこなす。手伝ってと一言貰えたら、同じ年のよしみで、手などいくらでも貸すのに。様子を見ていると、やっぱり失敗して、そういう時に限って目が合った。
思わず、下手くそと履き捨てた。
音松は悲しい顔して、文句も言わず、後片付けをする。なんだかいじめた気分になって、わざと後片付けの場所を荒らして逃げ去った。
そんな自分が嫌で大声を上げ憂さ晴らしをする為に山に入る。
そうして、見てしまった。山鬼と仲良く座って燻製を食べている音松を。その足で大人に言いつけた。
「大変だ!音松がまた山に入っていったぞ!」
「だから、早く山鬼を退治してもらえって、言ったじゃないか!」
「よく言い聞かせたから大丈夫だと思ったんだ。あの子は頭のいい子だから」
「今、言い合いしていても仕方ないでしょう?早くギルドへ」
そう、冒険者ギルドへ。
「大変だ!山鬼が降りて来るのを見たって!」
「まずは避難か!」
「でも、音松が!」
「それ所じゃ無いだろうがっ!」
「大変だ!」
「今度は何だ?!」
「太一が、音松を追って山に入ったらしい」
「馬鹿な!」
早く、冒険者ギルドへ。
除夜の鐘まであと一日に迫る、雪の振る日の事だった。
山鬼を退治して、音松と太一を救出して下さい。
●リプレイ本文
●村
深々と雪は降る。
夜の暗さの中、反射する灯りも無い街道だったが、はらはらと止む事無く降り続ける雪は、冒険者達の足を鈍らせる。暗い夜。雪により視界も阻まれながら、彼等は少年達を救出すべく、ひた走る。
「ごめんなさい。誰か乗っけてくれる?」
「すまぬな香影。多少重量過多だが頼んだぞ」
マクファーソン・パトリシア(ea2832)の申し出には、超美人(ea2831)が快く引き受けた。愛馬香影を軽く叩くと、ふたりは馬上の人となった。巻き起こる寒風に晒され、パトリシアは小さくくしゃみをする。
伊勢誠一(eb9659)の愛馬栗駒にはコトネ・アークライト(ec0039)が同乗していた。
闇目幻十郎(ea0548)と葉隠紫辰(ea2438)、白井鈴(ea4026)はその足で走っていた。鈴は、最初のうちは、ババ・ヤガーの空飛ぶ木臼で先行していたのだが、一人であまりにも先行しすぎるのを避ける為、今は雪を踏みしめながら走る。どうしても、紫辰が遅れていくのはしかたがない。それは彼にも充分わかっていたが、ここで無理をして救出に支障が出るのは避けたかった。
夜が明けても、雪は降るのを辞めなかった。曇天が村を、山を覆う。墨一色の山水画のように浮かび上がる村と山は美しい。
けれども、子供等は帰らない。
到着した冒険者達を出迎えた村長は、何をどう言っていいものかわからずに、手をもみしだく。
雪の中に溶け込んでしまうかのような綺麗な白い髪と肌を持つ鈴が、慌てる村長から手ぬぐいと草履を借り受け、手早く愛犬茶太郎と龍丸にその匂いを覚えさせようとする。だが、匂いは二種類。どちらを選ぶかはっきりしなかったので、茶太郎に太一、龍丸に音松の匂いを覚えさせると、降る雪の中、山へと向かう。
「とりあえず、避難を」
誠一の言葉に、村長は何度も頷く。避難は、ギルドへと人を走らせた段階で終わっている。だから、どうか早く子供達をと、皺の多い目に涙がにじむ。
「ここの地形ならばこっちの方が早く着くはずよ。山の中なら大丈夫! 私に任せて!」
パトリシアは夜の山を睨みながら走り出す。軽く身を震わせると、馬上では着込めなかった防寒着をしっかりと着込み、足には雪上歩行が楽になる長靴を履く。
愛馬に乗ったまま、山に入ろうとしていた誠一は、雑草などに降り積もる雪などで、断念する。仲間達はほとんどが音松救出に向かった。山に入る寸前、ようやく追いついた紫辰が、誠一に軽く頷くと、愛犬瑞姫と共に山間に消えていった。
●赤鬼と青鬼と音松
コトネが山を探査する。その小さな身体が発光し、白い森の中を淡く緑に照らす。
大きく荒い息使いがひとつ。ふたつ。
それよりも小さな息使いがひとつ。ふたつ。さらに無数の息使いは遠くへと逃げていて。
「向うだよ!」
「兎に角、見つけない事には話にならないわ。早く保護して次の行動に移りたいわね」
コトネの緑の光に重なるように、パトリシアも赤く周囲を浮き上がらせる。気合をいれなくては、とこっそり呟いて、コトネの指差す方向へと、雪を踏み分けながら進む。
連れて来ている犬達が、一斉にそちらへと走り出す。
鬼達の勝敗はほぼ決していた。
薄暗い森の中。木々の合間を零れ落ちるように降る雪。青鬼の棍棒が、赤鬼に止めの一撃を振り下ろさんとするその時、ちいさな少年が鬼の間に駆け寄ろうとするのが見てとれた。
音松だと、冒険者達は皆思った。
「音松の安全確保まで時間を稼がねばな」
真っ先に動いたのは鬼との遭遇が先になる事を考えていた美人である。その手から繰り出される格闘技は、狙い違わず青鬼の棍棒を粉々に砕く。砕けた破片が、倒れた赤鬼と、赤鬼にかぶさる様に縋り付く音松の上に雪と一緒に降って行く。
青鬼は、自らの不利を悟っていたようである。大勢の寄せ手、多くの犬。手の棍棒もすでに無い。くるりと身を翻すと、巨体を揺すり、後ろも見ずにどんどんと山の奥へと逃げて行く。
追いかけるか否か。その一瞬の判断が鬼の先行を許してしまう。なにより、赤鬼を超えなくては青鬼が追えず、冒険者達の気持ちは、音松を無事村へと連れ帰ることを最重要としていたからだ。
赤鬼はかなりの深手を負っていた。あちこちにみられる傷からは、血が滲み、打ち傷と見られる場所も早くも青く腫れ上がって来ているものもあった。それでも、赤鬼の命はかろうじてこの世に繋がれていたようであった。
呻く赤鬼とその鬼から離れようとしない音松に、冒険者達はやさしく語り始める。
「この赤鬼とは仲が良いそうですが、あの青鬼は?」
幻十郎の問いかけに、音松は赤鬼にすがりついたまま、顔も上げずに口ごもる。森の木々をなぎ倒した戦場を見回して、幻十郎はまた、ゆっくりと優しく声をかける。
「この戦いの‥何が原因かわかりますか?」
音松は、幻十郎の問いに、ぴくりと肩を揺らすと、その小さな身体を丸めるように、赤鬼に尚も寄り添う。同じ歳のコトネが、赤鬼を怖がる風でも無く、一歩近づいた。
「音松君、赤鬼さんはいい人だよね?青鬼さんと戦ってたのも、音松君を守ってくれてるからなのかな〜」
その同じ年頃の少女の声に、音松は俯いていた顔を上げた。
「‥友達‥置いて‥帰れない‥」
やさしい冒険者達の呼びかけのどれにも答えられないとばかりに、赤鬼から離れずに首を横に振り続ける音松の友達という言葉が、妙に切なかった。
幻十郎の穏やかな声にも、音松は首を横に振る。コトネが呼ぶ名前にもやはり首を横に振る。
「お前がここから帰らねば、太一の身にも危険が及ぶやもしれん。‥太一は、お前を探して山に分け入って来たのだ。今頃は仲間が見つけていると思うが‥今は、一旦引き、無事な姿を見せて安心させてやれ」
紫辰が、膝をついて、音松の目線まで下がった。大人の視線に、音松が下を向くが、構わずに思っていた事を話した。鬼にはくれてやれないから。音松と太一はきちんと分かり合えると思うから。
その時、赤鬼の手がぐっと、音松の襟首を掴んだ。
音松と仲の良い鬼だと聞いてはいたが、鬼は鬼でもある。反撃に備え、美人が防寒服を脱ぎ捨てて、霞刀と呼ばれる日本刀を構える。パトリシアと鈴とコトネも、とっさに距離をとり、いつでも援護にまわれる位置に回り込む。
幻十郎が神刀と称される魔剣クドネシリカを、紫辰が赤銅に光る霊刀、ホムラを次々に抜刀する。
「止めてよっ!どうして?」
泣き叫ぶ音松は、起き上がった赤鬼によって吊るされている。
攻撃をしかければ、間違いなく、音松にも当たる。
赤鬼は、音松を冒険者達に向かって放り投げた。幻十郎が音松を受け止めると、そのまま抱き抱え、踵を返して村へと走り出す。満身創痍の赤鬼が、冒険者達に威嚇の咆哮を上げた。
その威嚇は明らかに敵としてのものなのだが‥。
紫辰が泣き叫ぶ音松を背に鬼へと走り込んだ。
「すまぬ、音松‥これから俺達がすることを、許せとは言わぬ。恨んでくれても良い。ただひとつ‥‥知っておいてくれ。お前は決して独りではないと」
それは、戦闘と呼べるものでは無かった。赤鬼は深手を負っていたから。
●太一と音松
山の中、土地勘も無く、ただ彷徨うように捜すには限度がある。降り止まぬ雪に、誠一は溜息を吐く。
「方向はあっているはずなのですが‥おや。太一君ですか?」
とにかく、進むだけだと雪を踏みしめると、犬の鳴き声がする。鈴の茶太郎が太一を見つけていたのだ。やさしげな風貌の誠一だったが、太一は敵意をむき出しにしている。それは、誠一に対してでは無く、自分に対してなのかもしれない。
「音松見つけるまで帰らないからなっ!」
「大丈夫です。音松君は仲間が必ず助け出しますから、私と一緒に村へ戻って、音松君の帰りを待ちましょう?」
「嫌だっ!」
「そうですね。このまま、見逃してあげても良いのですが。万一‥君の身に危険が及べば、誰が音松君の帰りを待つのです?」
「でも!あいつは言えないんだ!助けてって!だから‥だから俺が‥今度こそ」
誠一の言葉に、太一は息を飲んだ。誠一に向けられる怒気はみるみるうちにしぼんで行く。思い当たる事でもあったのかもしれない。そうして、自分の手を見て、うなだれた。
そんな太一の手を引き、誠一は事のあらましを聞き出していた。聞いてみれば、本当に僅かな行き違いで。けれども、この年頃はそれが全てになってしまうのかもしれないと思う。
「もし、太一君が音松君の立場だったら言いますか?『助けて』って。人はね、孤独で辛い時程逆に閉じ籠もってしまう‥。それでも救いが欲しいものなんですよ‥もう、君は知っているようですが」
村の入り口に入ろうかという時、激しい咆哮が山から聞こえてきた。その咆哮はまるで泣いているかのようだった。
山を振り返れば。
深々と降りしきる雪の中、幻十郎に抱えられている、音松の姿を誠一と太一は目にした。その後ろからも、仲間達が下山してくる様子が見て取れる。音松は無事救出されたのだ。
村に帰りついたふたりは、囲炉裏端の端っこと端っこに座っていた。音松はぼおっとし、何も考えないような顔をして、太一はやっぱり少し怒ったような顔をして。
パトリシアは、なんだかもやもやとして、太一の肩を気持ちよく叩いた。
「行かないの?」
「音松は俺が必要じゃ無いかもしれない」
赤鬼の最後を聞いて、また、ふさぎの虫が取り付いたかのような姿である。
「あなたも素直じゃないわね。そういう気持も分かるけど、 こういう事ははっきり言わないと分からないものよ?友達になりたいって!」
「後は、太一君と音松君次第ですよ」
誠一も、細い目をさらに細めて太一を促す。ゆっくりと近づくふたりは、ゆっくりと仲良くなるのかもしれない。コトネの明るい声が響く。
「あの、私もイギリスから来たばかりでお友達いないのです〜、だから音松君、太一君、私とお友達になってくれないですか〜?」