吹雪の街道で

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 81 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月11日〜01月14日

リプレイ公開日:2007年01月18日

●オープニング

 ひょう。
 その音は、吹き荒ぶ風と叩きつける雪によって、人の耳には聞こえなかった。
 土手の上の街道。
 道幅はおよそ二丈ほどである。
 川沿いのその街道は、吹きっ晒しの風雪をもろに受ける。反対側には、ばさり、ばさりと積もった雪を落とす木立ちが並んでいる。しかし、その木立ちは風除けにはならない。風は、何の仕切りも無い川の方角から吹いて来るのだから。
 そうして、川をつたい、分厚い雪雲がひっきりなしに入れ替わる。この吹雪は二・三日は続くだろうと、出立つした村人に止められた。
 しかし、彼等はこの荷を運ばなくてはならなかった。
 正月松の内があけるとすぐに、どの町でも様々な物資が品薄になる。彼等が運ぶのは、蜜柑であった。大八車に乗せられた木箱にぎっしりと詰まった蜜柑。
 さらに急がなくてはならないのは、この蜜柑は、祝い物として配られる蜜柑だからだ。
 代用品を用立てるから、無理はしないようにと、主には言われていた。しかし、若い衆達は、無理をしてでもこの蜜柑を届けたかった。
 大事なお嬢さんの結婚祝いに振舞う蜜柑だから。
 お嬢さんが大好きな、この村の蜜柑を届けたいから。
 三人の若い衆の慎重な足取りで、吹き晒しの街道を大八車はゆっくりと進む。
 ぎりぎりではあるが、お嬢さんの嫁ぐ良き日に間に合う事が出来るだろう。
 
 ひょう。
 風に乗って、それは届いた。
 ばったりと倒れるひとりの若い衆。
「犬鬼!」
「下がりなさい」
 このままでは、良き日所では無いと、若い衆達が半ば覚悟を決めた時、吹雪を押して前に立つ者が居た。
 無理をするなと言っても、多分聞かないであろうからと、万が一の護衛に、主が後からギルドに願い出た冒険者達であった。
「早く、蜜柑を届けなさい。ここは私達が」

 川沿いの野原から風を背にして襲い来る犬鬼達を退治し、大八車を速やかに次の町まで届けて下さい。

●今回の参加者

 eb3619 日向 陽照(51歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3902 八代 紫(36歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 eb6966 音羽 響(34歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb7341 クリス・クロス(29歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7464 ブラッド・クリス(33歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8882 椋木 亮祐(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb9829 神子岡 葵(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●吹雪の中
 冒険者達は、蜜柑を運ぶ大八車を護衛して欲しいと頼まれ、目的の大八車に辿り着いた。そんな彼等を吹雪いている雪が打ち続けている。大八車を押す若い衆達も、それは同じで、皆雪をはらってもはらっても、薄い衣のように張り付いてくる。そうして、それをはらわなければ、薄い衣は瞬く間に分厚い雪の重しとなる。
 真っ白な雪は、晴れ間にはとても美しいが、こうして吹雪いている様は、怒り狂う、冷たいひとつの生き物のようだ。
 ひょう。
 襲撃者である犬鬼は、吹雪にまぎれて襲うつもりだったのか、吹雪だからこそ、食べる物が足らなくて大八車を襲いに来たのか、それはわからない。わからないが、犬鬼から放たれる矢は、次々と街道へと到達する。その射程は、通常よりも長いようにも思われる。この吹雪のおかげで、矢の力が強いのかもしれない。
 だが、この吹雪のおかげで、的には当たりにくくもなっている。
 その矢に当たり、倒れた若い衆は不運だった。しかし、助け手は間に合ったのだ。
「大丈夫ですか?」
 淡い白色に発光する音羽響(eb6966)のたおやかな手が、倒れた若い衆を助け起こす。クリス・クロス(eb7341)も同じように、倒れた若い衆に駆け寄り、雪像となりつつある埴輪を盾の代わりにと、若い衆の前に立たせる。
「犬鬼の毒は、鉱物毒だと思うのじゃが」
 僧形の白い頭巾を被る八代紫(eb3902)が犬鬼を見て声を上げた。毒の種類がわからなくては、響の癒しは使えない。万能薬もあるにはあるが、判ればそれに越した事は無いのだ。
 神子岡葵(eb9829)も、紫の言葉に頷いた。そうして、その矢を放った犬鬼を睨みつけて、淡く緑色に発光をする。
 仲間に警告を発しながら、葵の知覚は吹雪の街道下の犬鬼の位置と数を拾って行く。
 すぐ下に四体。離れた場所に、増援だろうか、最初の四体から台形を描くような位置に左右に分かれて二体づづ。川近くだが、吹雪とススキにまぎれて、じわりじわりと近寄ってくるのが感じられる。
「全部で八体。前に四体。そこから左右に分かれて二体づつよ」
 やるからには、全滅を目指したい。これから、この街道に近づく事など考えないように。大きな黒い瞳を細め、吹雪く向かい風の中やってくる犬鬼を睨み据える。高く結わえた黒髪が吹雪を受けてばさりと打ち流れた。
 ひょう。
 次から次へと、毒矢は雪にまぎれて飛んで来る。
 時折、かなり強い突風も吹き込む。それは、犬鬼の足場も崩すのか、たたらを踏む姿も見える。
 葵が再び緑の淡い光に包まれる。今度はその手から、雷の光が狙い違わず視認出来ていた犬鬼を雪の地に落とす。
「っ!」
 魔法を発動するその無防備な姿に、犬鬼の矢が襲い掛かる。一本程度なら風にあおられ交わせもしたが、数本同時に飛んできた矢は、そのうち一本が葵の頬を掠めた。葵が自分の頬に手をやると、かすかに赤い色がついた。
「大丈夫です!」
 響の手から毒を消す為の癒しの光が届けられる。掠めた頬に流れる一筋の赤い傷は深く無い。痕も残らず、いずれ治るだろう。
 残りの若い衆は、大八車を盾代わりに、街道の反対側へと回り込んでいる。犬鬼が近づかなければ、まず矢は届かないだろう。
「あのっ!大丈夫でしょうか」
 ふうっと息をする、矢に倒れた若い衆を見て、冒険者達を見回して、怯える若い衆達に、ブラッド・クリス(eb7464)が盾を差し出し、笑いかける。
「万が一、上から矢が飛んできても大丈夫だな」
「ひとつ借りるていいか」
 クリス・クロスが尋ねると、その為に持って来たと、ブラッド・クリスが笑って盾を手渡した。
 ひょう。
 戦傘を開き、椋木亮祐(eb8882)も声を上げる。遠距離からの攻撃で貫き通すまではいかないが、飛んでくる矢を受け止めるには足りた。張られた皮が、鏃を跳ね返す。
「誰か、使うか?」
「あ!お願いするわ!」
 葵が、駆け寄り、亮祐から戦傘を受け取ると、亮祐は、祖師野丸を抜刀した。吹雪の吹き込む先、犬鬼の迫る川原へと駆け下りる。
 風上へと。
 襲う者と阻む者。どちらとも、より風上からの方が有利である。そう冒険者達は判断した。
「犬鬼共に情けは無用じゃ」
 三尺三寸の杖の先に鋭い槍先が光る、破戒と呼ばれる錫杖を豪快に振り回し、じゃらんと響かせ、紫も亮祐の後に続く。一体づつ確実に仕留めれば、さして苦も無い相手である。響によって、犬鬼の場所は確認している。
「依頼人のため、犬鬼を倒すのを手伝ってはくれないか?」
 真白き翼持つ馬ホクトベガに、クリス・クロスは協力を願い出る。ホクトベガは逃げ去るでもなく、彼の話を聞いてはくれていたが、動くのを躊躇しているようである。クリス・クロスは、大八車の護衛をしてくれるのかもしれないと、ブラッド・クリスから借りた盾で矢を受けながら、亮祐達とは反対方向の後続の犬鬼目指して走り出す。
 ひょう。
 吹雪は敵味方関係なく打ち付ける。
「格好良いということを理解せん奴らだ」
「じゃから来るのであろうなっ!」
 駆け寄っていく亮祐と紫に、後続の犬鬼達の矢が飛来する。しかし、わき目もふらず、突進してくるふたりに、犬鬼達は早々に逃げ出そうとする。しかし、逃げようにも吹雪に向かい走るのは、雪に阻まれ思うようにはいかない。 ふたりは易々と犬鬼の背後を取った。だが僅かに距離がある。
「逃さぬよ!」
 女弁慶さながらに振るわれる、紫の持つ破壊の槍先が、音を立てて犬鬼の背に打ち込まれる。
 逃げる犬鬼の姿に、亮祐から空を割くような音と共に見えない刃が打ち込まれた。それは、もう一体の犬鬼の脇を掠め、その足を鈍らせる。
「いけるか」
 真っ白なたすきが吹雪きにあおられてはためくのを感じながら、手にする祖師野丸ともう一刀、小太刀の備前長船を両手で構え、よろめいた犬鬼を袈裟懸けに切り伏せた。
 豪快に笑う紫が、亮祐に軽くあごをしゃくった。次は、最初の寄せ手の背後をつくのだ。
 ひょう。
 傘を開いて防御をしつつの行動は向かい風には幾分辛いものであった。それでも葵は風上をとろうとその歩を緩めない。ふと、飛来する矢の数が減っているのに気がついた。先行している仲間が犬鬼の背後を取るのに成功したのだ。
 途端に陣形を崩し後退を始める犬鬼達。
 先発の四体のうち、一体は、葵の雷で倒れている。残りは三体。いや、二体かもしれない。
 葵は、口の端に軽く笑みを浮かべた。
「阿漕なマネはお止めなさい!」
 戦傘を閉じると、日本刀の鯉口を切る。そうして、近づいた犬鬼めがけて振り下ろした。どちらが阿漕かは、この際、川の向うへ置いておく。
 ひょう。
 吹雪は未だその勢いを落とさない。
 身軽になっていたブラッド・クリスはシールドソードで飛来する矢をかわしながら、犬鬼に迫っていた。漆黒のローブに雪が積もるが、その歩は着実に犬鬼を追い詰める。少し遅れて、クリス・クロスが鮮やかな深紅の外套にやはり雪を積もらせて追いかける。
 犬鬼達は、その攻撃を止めて、逃走を図っていたが、いかんせん。やはり、その歩は吹雪の向かい風に鈍る。
 吹き寄せる雪の中、ブラッド・クリスのシールドソードが犬鬼を捕らえた。
 ざっくりと切られる犬鬼だったが、心配するほどの血は流れずに、彼は軽く息を吐く。追いついたクリス・クロスもその様子にやはり安堵の溜息を吐いた。
 僅かについた傷もあるが、それは用意した解毒剤が洗い流してくれるだろう。
 ひょう。
 もう耳にするのは吹き荒ぶ吹雪の音だけで。雪の川原に立っているのは冒険者達だけであった。

●お嬢さんの輿入れ
 戦闘が始まると、あちこちに散ってしまった馬達だったが、いずれ帰ってくるであろうと、まずは大八車を次の村まで運ぶ手伝いをする事に、皆異論は無かった。反対側の木立ちの中に隠されていた響の生駒が、倒れた若い衆を背に乗せる。生駒は、大人しく響に轡を取られて進む。恐縮しきりの若い衆だったが、僅かとはいえ、毒を身体に入れたのだ。矢傷の衝撃も馬鹿には出来ない。
「もう一方乗れますが?」
「とんでもない!」
「助けて貰っただけでありがたいのに!」
 響の申し出には、残りふたりの若い衆は首を縦には振らなかった。率先して、大八車の前と後ろを固めて譲らない。
 細かい傷から、毒が入ってはいけないと、紫が確認し、傷のあるものは響が毒消しの癒しを送る。
「蜜柑を運ぶとするかのぅ」
「さあ、急ぎましょ」
 お嬢さんの幸せを願って。と、満面の笑顔を向ける葵の言葉が合図となり、大八車の両脇をクリス・クロス、ブラッド・クリスのふたりが押し、後方を紫、前方を亮祐と葵が手伝い、倍もの速さで、蜜柑も、若い衆も、無事にお嬢さんの輿入れに間に合った。
 人の喜ぶ顔を見るのは良いものだと、葵はお祝いに行き交う人々を見て、笑みを深くする。

 どんな蜜柑なのだろうかと思えば、それは子供の口にも一口ではないかと思うような、小さな蜜柑だった。しかし、その外の皮も中袋の皮も薄く、冷たい蜜柑はとても甘く、口当たりが良かった。
「これは、また。美味い蜜柑だ」
 亮祐は今回の報酬を全額ご祝儀にと差し出した。差し出された町の材木問屋の主人は、丁寧に頭を下げて受け取った。代わりに蜜柑をひとつ貰えるかとの申し出も、もちろんですと、集まってくれた冒険者たちにも振舞われ、花嫁のご近所へ配る引き出物ですからと、ひとりひとりに金銀の水引をつけた袋が手渡され。
 亮祐は、帰り際に、その袋の中身を見て思わず微笑んだ。出した祝儀がまるっと帰って来ていたのだ。本当に嬉しそうに祝儀を受け取った主人の顔が浮かび、まあいいかと懐に入れる。

 真っ白な花嫁衣裳が真っ白に降り積もった雪に映えた花嫁と、一生懸命だった若い衆達に、響は心からの祝福を送る。
「弥勒菩薩様のご加護がありますように。花嫁さんには弥勒菩薩様の祝福がありますように」
 吹雪いた後の冬の空気は、いつもに増して清々しかった。