松葉散る季節など無いのに
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや易
成功報酬:2 G 64 C
参加人数:8人
サポート参加人数:6人
冒険期間:02月09日〜02月15日
リプレイ公開日:2007年02月16日
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●オープニング
「長唄の師匠が行方不明?」
何の化粧もしていない、紺色に小さな蝶の模様が入った小紋を来た、普段着の町娘さんが冒険者ギルドを尋ねた。数えで十八・九といった所だろうか、大きな目を潤ませて受付を覗く。
聞けば、正月空けてから、お稽古の始まる日時になっても、お師匠さんは来ないのだとか。
使いをやれば、来週には必ずと答えを貰ってくる。
じゃあ、来週。
また、来週。
そうして待ってみれば月も替わり。早くも節分の季節になってしまったのだという。
化粧気は無いが、ほのかに香る、身に染み込んだ白粉の匂いといい、身のこなしといい。芸者さんなのかなと、受付は口には出さなかったが、気に留めていた。人には色々事情があるものだ。
さらに詳しく聞き込めば、何処かぼおっとした表情で、師匠は三味線を抱えて山に向かったという。
その山の中腹には毒を持った蝶が年がら年中居り、さらに進むと大紅天狗茸の群生地があり、実害は無いが、悲鳴になやまされるのだという。
その山の頂上付近に、ひとり尼が住むという寺がある。
あるというのは、漠然とした噂話で、誰もそこに尼が居る寺があるとは確認してきては居ない。
その尼は、老女であるとか、若い女であるとか、中年の婦人であるとか、様々に言われていたが、あくまでも噂話。誰も見た事は無いようで。
深い山奥という事もあり、蝶と大紅天狗茸のおかげで動物は近寄らず。猟師もあえて危険を犯してそんな山に入る事も無い。一般人など、到底辿り着けはしない場所なのだという。
あくまでも、すべて噂話だが。
一番近い村までも徒歩二日はかかるのだとか。
「ええと?」
「桜の咲く頃には夫婦になる約束を交わしておりました。けれども‥」
娘さんが受付に置いたのは、結構な金額であった。
「あと半年でも一年でも、あの人が無事に戻るのならば、我慢もいたしましょう。たとえ、松葉散る季節など無くても」
きゅっと、唇を噛締めた娘は、その筋の娘なのだろう。
最後に手渡されたという、雪輪の透かしのある和紙には『松葉散る季節に』とあった。これは、別れの手紙では無いのだろうか。そう、喉元まで声に出かかった受付だったが、万が一という事もある。
「本当に、よろしいんですね?」
「はい。お願い致します‥‥」
触れたら崩れ落ちてしまうのでは無いかと思うような娘の後姿を見て、小さな溜息を吐いたのはひとりでは無かった。
不思議な山を調査し、長唄の師匠の消息を探って下さい。
●リプレイ本文
●その恋は
純愛なのか。
そう、上杉藤政(eb3701)は女性を見て思った。この恋を成就させてやりたいと切に思う。
北天満(eb2004)は、崩れ落ちそうな女性に淡々と声をかける。
「師範さんが術により惑わされている可能性もありますが、助けてきますので術に負けないように想ってあげて下さい」
長唄の師匠が、何故彼女の元から去ったのか、その理由は定かでは無い。だが、唐突な変心を起こす術もあるのだから。泣きそうな、やつれた姿の女性が冒険者ギルドに入ってきた時から、気になっていた。自分に、人がましい感情表現が乏しいと考える満は、ここまで心揺らす女性の力になる事によって、自分に足りないものが学べるのでは無いかと思うのだ。
彼女の横に立つ女性が、穏やかに満を見守るのを気が付いているのかどうか。
「各務や、わしが帰ってくるまでお姉さんの話相手になっておくれ」
透明な羽根を震わせて、マハ・セプト(ea9249)が自身の半分ほどの大きさの、地のエレメンタラーフェアリーである各務に声をかける。ひとつ頷くと、各務はふわりと女性の近くへと舞い降りる。とりたてて、会話は出来ないのだが、愛らしい姿で笑う各務に、女性は僅かに目元をほころばせた。
依頼書を見ていた知り合いの少女に、無茶は駄目だと、笑いかけられマハは頷く。体力の無いのは承知している。
「娘サン、お前ぇさんの名前はなんつーんだ?」
長身を屈めて、田原右之助(ea6144)が、女性に名前を聞いた。長唄の師匠に出会ったら、彼女が待っている事を伝えたかったからだ。
「はや太‥いえ、はるな‥と、申します」
はや太はお座敷の名前なのだろう。右之助は、ひとつ頷くと、はるなさんかと、繰り返して、また、頷いた。
「松の木は一見変化が無さそうに見えるが、よく見てると色んな顔があるもんだ。葉が落ちずとも、春は来るんじゃねーのかな」
「松葉散る季節‥‥、あぁ、空気も爽やかな季節ですわね。一年で一番綺麗な季節ですわ」
はるなの、ほつれた髪をそっと撫でつけ、刈萱菫(eb5761)がにっこりと微笑んだ。
「いい奴なんだろう?」
こんなにまでして思われる長唄の師匠とやらは、よほどいい奴なのだろうと、音無鬼灯(eb3757)は考えていた。男性のような仕草で、はるなに頷く。一番の長身である鬼灯は、きりきりと胸をさらしで巻いてはいたが、女らしい体型はさらしでは隠せず、大柄だが、女性と知れる。
色恋話に、興味があったのかと、鬼灯の連れが、大きな目をさらに大きくして眺めているのを見て、鬼灯は、軽く肩をすくめて笑い、会えるのが楽しみだと、準備を整える為にか出て行った。
ありがとうございますと、頭を下げるはるなに見送られ、冒険者達は、問題の山へと向かうのだった。
●尼の正体
精吸い。
聞き馴れない名前だが、古くからこの地に住まう悪しきモノである。聞き込んだのは、人により、姿が違って見えるという、尼の姿の美しい女性。月の光を受けて、淡く銀色に発光したかのようなその姿を見た者は、その手招きに逆らえないという。
ふらふらと連れて行かれる者を見ても、付近に住む人はそれを見ても、ああ、また新しい男を作ったのか、罰当たりな尼さんだ。ぐらいにしか思ってはいなかったようだった。
山を歩く猟師は、時折体中の血液を抜かれた遺体に出くわすのだそうだ。山に住む尼を疑ってはいたのだが、山の中では、それが何によってもたらされた悲劇なのかまではわからず、尼を糾弾する所までにはいかなかったのだという。
詳しい知識を持つ者がその話を聞けば、それが人で無いと推測する事は出来る。妖怪精吸い。西洋のバンパイアに良く似ているが、まったく別の、この国固有のあやかしだった。
碧の瞳をくゆらせて、グラン・ルフェ(eb6596)は、集まった報告を聞くと、そんな結論を導き出した。自身が聞き込めれば良かったのだが、この国になじみの無い顔が聞き込むのはまずいのでは無いかと、集まる報告を待っていたのだ。唯一その報告から正体を判断の出来るグランは、仲間の顔を見て頷いた。
「一刻を争う‥かな」
「たぶらかされる、か」
水上流水(eb5521)が空飛ぶ絨毯を出しながら、軽く頭を掻く。グランに告げられた妖怪の名前を聞いて、得心がいく。長唄の師匠の突然の変心は、依頼人の女性と別れたいからとか、そういう複雑な綾模様では無く、何か妖の仕業では無いかと考えていたのだ。
「狐かとも思ったのだがな」
たぶらかし、姿を様々に変えるという尼の噂から、藤政は変化のモノを考えていた。だが、猟師などから新たな情報が入り、グランの話を聞くと、ああ、そうなのかと納得する。右之助が、それに同調して頷く。
「俺もそう思った」
「茸も蝶も面倒ですわね」
山は、人を拒む姿をとっている。毒のある、酷く綺麗な模様のある蝶の群れ。蝶を抜ければ、大紅天狗茸の群生に当たり、悲鳴を聞きながら山を登らなくてはならないからだ。
深々と冷える山裾から、菫が、厳しい顔を頂上へと向けた。この山の上に救助する長唄の師匠が居るのだから。
満の身体が淡く銀色に発光する。長唄の師匠の声を聞き取ろうと、耳を澄ます。間違いなく、山の上に居るかどうかを知りたかったのだ。人の男性の声があるのかどうか。確かに、その位置から、男の声はするとの答えに、深く頷く。間違い無く、そこに男‥長唄の師匠は生きているのだと。
●師匠救出
ふわりと浮かぶのは、絨毯に、大凧みっつ。空飛ぶ箒。その下をマハが飛ぶ。
「やはり‥目立つな‥」
鬼灯は、忍者である。空中を行くには、自由が利かず、見つかりやすいという欠点がある。昼日中に空を移動すれば、それはもう目立つ。蝶や茸は面倒なのだが、長唄の師匠を救出するのが一番の目的でもある。
ひとつ、自分に頷くと、足を山に向けた。
右之助は、魔法のブーツを履き、大紅天狗茸の群生地を避けるように山を迂回していた。村から直線で進めば、どうしても茸が悲鳴を上げるからである。
「精吸い‥か」
道無き山を出来るだけ早く歩きながら、尼の目的が吸血にあると聞き、軽く首を横に振る。長唄の師匠は、運が悪かったのだろうと。
絨毯の上から、流水は、山の地形を確認していた。頂上付近には、確かに寺がある。門が崩れ落ちそうな荒れた小さな廃寺だ。
「なるほどな。あそこか」
木々に覆われて、細部までは見れないが、出来れば逃げ道も塞いでおきたい。流水は、すぐに廃寺に降りる事をせず、さらに地形を調べに回る事にする。
「絶対取り返す」
空飛ぶ箒の上で、グランは、はるなの顔を思い出していた。帰らない想い人を待ち続けている、堪えた顔。精吸いという妖怪にたぶらかされたと、早く告げてあげたい。あの悲しい顔を、笑顔に変えてあげたいと、地上の廃寺を睨んだ。
その時、廃寺から、女の顔が覗いた。
息を呑むような、整った顔立ちの尼姿の女は、グランを見ると、にぃと口の端を吊り上げて笑い、その身を翻した。尼がグランを見つけて笑ったのが早いか、大紅天狗茸の絶叫が響き渡るのが早かったか。
ひらひらと蝶が舞う。
色鮮やかなその蝶の群れは、それに毒性が無ければ、とても綺麗な景色ではある。鬼灯は、濡れた布で口元を覆っただけで、一直線に山を駆け上る。早く助けたいのだ。思いはみな同じである。だが。鬼灯は村から直進をしていた。そうして、鬼天狗茸の群生地に、足を踏み入れたのだった。
絶叫が響き渡る。あまりの声に、耳に余り布を詰めてさらに駆け上る。
廃寺が、見えた。
「思ったより、逃げ足が速かったな」
流水が、空飛ぶ絨毯をしまいながら、溜息を吐く。逃走経路を見てはいたのだが、降りるにも木々が邪魔をして下りれない。それは、空中を行く誰もが同じであった。特に大凧に乗る者は他に自由が利かない。ある程度の場所を探して降りる頃には、尼の姿はもう何処にも居なかった。
みっつもの大凧が空を飛び、空飛ぶ箒、絨毯を目にし、さらに鬼天狗茸の絶叫。この異常な状況を見て、精吸いは、まんまと逃げおおせたのだった。
だが、長唄の師匠は、精吸いの魔の手からその命を救い出す事が出来たのだ。
ぼんやりと、廃寺の本堂に座っている、長唄の師匠を冒険者達はすぐに見つける事が出来た。
右之助が、師匠の前に座り、ぺしぺしと、その細い顔を叩く。
「しっかりしろよ、この色男。あんたの春は、山じゃなくてはるなサンのとこにあんだろ?」
はるなという名前を聞いて、長唄師匠の顔に生気が戻った。
ぽろぽろと涙を流し、唇を引き結んで、立ち並ぶ冒険者達を見回す。何が起こっているのか、理解したのだろう。居住いを正すと、頭を廃寺の床に押し付けた。
「松葉散る季節にと、はるな殿へ書き置いた、その真意はいかにあるのであろう」
藤政が、頭を上げない長唄の師匠の肩に手を置く。
その紙を書いた時は、どうやらすっかり精吸いにのぼせていたようで、本気ではるなと別れるつもりでいたのだという。それが、どれだけ愚かな事だったかと、うなだれる。
「では、本意ではありませんのね?」
頷く師匠に、菫は、大丈夫だと笑いかける。きっと、またやり直せる。そうして、仲の良い夫婦になるだろう。その祝言の席には、ぜひ呼んで欲しいと、言葉を添える。花嫁の装いの準備を、祝いとしてあげたいからと。
「何処も怪我は無いか?」
マハが、ふわりとやって来て、癒しの光を長唄の師匠にかける。
血液を吸われ、体力は衰えているようではあったが、何処も怪我らしい怪我は無い。よかったのと、マハが笑う。
「帰りましょう。はるなさんが待っていますよ」
グランが、師匠の手をとった。
帰り道は、マハのゴーレム、黙静が確保してくれているようだったが、師匠だけは念の為に、空飛ぶ絨毯で麓まで帰路に着かせる事となる。
その後、謎の山に、精吸いが戻ったかどうか、定かでは無く。
蝶は未だに山を囲み‥。