●リプレイ本文
●恵方巻きを作ろう
綺麗にお化粧をしてもらい、可愛らしい巫女装束の白翼寺花綾(eb4021)は、色違いの左右の瞳をきらきらと輝かせていた。初めての仕事のようなのだ。花街の女性の姿は憧れのようで、どっちが綺麗か育ての親に聞いていた。だがしかし。育ての親にしてみれば、それはもう、聞くまでもない。
真っ赤な髪を高く結わえた緋神一閥(ea9850)が、その長身を僅かに屈めると、老女へと微笑む。
「いつもは刀を握るこの手が、どれほどのお役に立つか。お引き受けしたからには、勤めを全うできるよう頑張りますね」
「‥わずかなりとも助力できるのならば、喜んで」
剣の腕なら自信があるのだけれどと、御神楽澄華(ea6526)は心の中で呟いた。動乱の多い昨今、行列の出来るほどの評判が立つ太巻き。それだけでも、何やら心が浮き立つ。買い求める人は行列もお祭りなのかもしれないと、ささやかながらも楽しい行事に、自然と笑みがこぼれる。
よろしくやと、老女は冒険者達を目の前に、目尻の皺をいっそう深くして笑う。巻き方を説明するのも楽しそうだ。
米は軽くしゃもじに二杯分。かんぴょうはこれくらい。人参はこれくらい。真ん中に置かずに、僅かに手前に並べ、下に敷いた巻き簀を手前からくるくると巻いていく。巻き終わりを下に、積んでいけば、自然と海苔は米の湿気でくっつき、恵方巻きの出来上がりである。
瞬く間に直径三寸強の巻き寿司が作られるのを見て、がんばれと応援を受けながらやって来た将門夕凪(eb3581)は、ほうと、溜息を吐く。七種の具を入れて作るのだと思っていたが、二種類の具でも、それは美味しそうである。帰ったら、夫に絶対に作ってもらおうと心に決める。
卵やおぼろなどは使わない。それでは売るには、高くて手が出ないものになってしまうからと、老女は笑う。
「それじゃ、頑張って作りましょー。焦らず早くやりましょーね〜」
白いたすきで袖をきりきりと上げながら、井伊貴政(ea8384)が、明るい笑顔を振りまきつつ、てきぱきと下準備を始める。料理人の彼は、細かい所に気が回る。老女が、くすりと微笑んだ。かんぴょうと人参の味付けの配合とかをじっと見ていると、こんなもんはカンだけだからと、お椀に煮汁をすくって手渡される。当然砂糖は使わない。みりんを少し入れただけなのに、人参の甘さが旨い。
「味に人柄が出るって言いますけど、何か納得ですね〜。この味は僕には真似出来ないかもー」
「おまいさんには、おまいさんの望む味があるんやろ?」
そう言いながらも、最初の合わせを教えてくれる。嬉しそうに頷きながら記録する貴政に、老女も酷く嬉しそうである。
米は重い。
黄桜喜八(eb5347)は、朝からどれだけ米を運んだか考えていた。薪を運ぶ一閥と、なんとなく目が合って笑いあう。
「重労働もあるのですね」
「ああ、これは手伝わねぇと、ばあちゃん一人じゃキツかったなぁ」
「すぁあぁぁてぇ、はりきって行きましょう♪」
汲んで来た井戸水で綺麗に手を洗うと、神子岡葵(eb9829)は、大きな団扇で炊き上がったご飯をぱたぱたと扇ぐ。
陽に透ける、青い羽根を羽ばたかせ、レディス・フォレストロード(ea5794)は自身の半分はあろうかという太巻きを巻くのに苦戦していた。米の炊き出しを手伝おうかと考えていたが、やはり力仕事には向かない。ならばと、太巻きを巻こうと、がんばったのだが、どうしても押さえる手が小さくて上手くいかない。
「姉さん、人参そろえるのを手伝ってくれやしないかぃ?」
巻く手は足りてそうだからと、鍋からばらばらの向きを向いている細長く切られた人参を、巻き易い様に平桶に並べて行くのを頼まれる。老女はその横で、かんぴょうの長さと量を調節しながら並べていた。手作業で干されるかんぴょうは、どうしても太さや厚みにばらつきが出るからだ。
「そういえば私もジャパン生活がそれなりに長いのに、恵方巻きは食べた事が無かったですねぇ‥」
「おや、そうかい」
「‥今年は良い事があるといいのですが。報酬代わりでもよいので私も恵方巻きを食べたいところです」
レディスは、老女と話してみたかった。しみじみと呟くレディスに、老女は頷く。
また、食べたくなる。そんな懐かしい味を作り出す老女がどんな人なのか、興味があり、いわれを聞くと、どうやら、亡くした旦那様の好物であるらしい。そして、老女もかつては芸子の一人であったらしく。人の話を聞くのは楽しい。人そのものが情報の塊だから、聞いても聞いても後は尽きないと思うのだ。
小さな悲鳴が上がる方へと老女が向かうと、花綾が白魚のような手に米と海苔を張り付かせて固まっていた。丁寧に一生懸命巻くのだが、上手くいかないらしい。
「こんなもん、大切なのは形じゃなくて込める気持ちよ」
頴娃文乃(eb6553)が、やはり、巻きが上手くいかずに苦笑している。巻きの太さが均一にならずに苦戦しているのだ。手際はあっているのだが、米が上手く平らに海苔に置けないようだ。
そこは、ほれ、こうして。と、花綾と同じような小さな、しかし年季の入った手がゆっくりと巻いてみせる。あまり大切に、慎重に巻くと崩れるから、えいやっと、巻くと上手い事行くよと言われて、花綾と文乃はがんばるのだが。
「あァもう!別に食べたら一緒なんだからわざわざ巻かなくても良いじゃないのヨ」
最後の詰めでへにゃりとへばった形になって、盛大に溜息を吐くが、筋が良いと誉められて、また何度か失敗を繰り返し、ふたりとも段々と形になって行く。加わった一閥も、以外に難しい太巻きに溜息を吐く。
「コツと要領を掴むまで、意外と大変なものですね‥売り物ですし。世の奥様方や職人さん方は‥偉大ですねえ‥」
「作った物を喜んで食べて貰える嬉しさは格別なんですよ〜」
その溜息を貴政が見て笑う。
「‥慣れると意外と楽しいかも」
「食べたら同じって言ってませんでしたか」
黙々と、けれども楽しそうに太巻きを作っていた神島屋七之助(eb7816)が、呟く文乃に、手を止めて微笑む。見ていないようで、さきほどのやりとりはしっかり聞いていたようだ。文乃が軽く眉を上げて、そんな事言ったっけと笑った。
●恵方巻きを売ろう
老女の店の前にはすでに列が出来始めていた。最初に並んだ人は、冒険者達とそう変わらない時刻から居たような。ひょっとするともっと前から並んでいたかもしれない。
「もうちょっと待って下さいね」
その列を明るい笑顔で、てきぱきと捌くのは葵である。手分けして板切れに番号を書き、列に並ぶ人に配り始める。配ると同時に、何本予約しているのか、書き留め、当日買いの人は別の列を作って並んでもらう。鮮やかなお手並みであった。
段々と長くなる列の後ろを、澄華が見回る。生真面目な笑顔が、好感を呼んでいた。
「皆様も、もうすぐ順番ですので。お代に不足でもないか、ご確認を」
「数は十分ありますから、販売員に従って下さいねー」
列が流れてはいても、店が近づけば、どうしても早く前に出たがるのは人の心理なのだろうか。押せ押せになりそうな所を、貴政が柔らかい物腰と笑顔で声をかける。その笑顔につられて、ふと足を止め、列は穏やかに進んで行く。
「さぁさぁ縁起物ですよ〜。恵方巻きで福を巻き込んで今年も良い年にしてくださいね〜」
予約の列を、老女に検分してもらいながら、七之助は列に並ばないでうろうろする男達に目を向ける。去年までは、列など出来ておらず、警備の人員も居なかっただろう。じっと見ていると、バツが悪そうに肩を竦めて立ち去っていく。魔法を使う事にはならないようで、そっと息を吐く。
ふと見れば、葵が最後尾の旗を持ち、次々と来る客の目を惹いている。店先にはレディスが、ふわりと浮かび、店を目立たせている。そうして、通行の邪魔にならないようにと、冒険者達が上手く伸ばした列は、何事も無く。
「有難う御座います。これからも御贔屓に〜」
店先には華がある。艶っぽく笑う文乃はもとより。
とても大きな華に、まずは人目は惹かれる。足を踏んだの踏まないので揉めていた客に、高い場所から声がかかる。
「いらっしゃいませ。折角の目出度い物の前で争っては、福が逃げてしまいますよ?」
「‥あんた‥もしや‥」
長身の一閥が巫女装束で立っていた。遠目から見れば、大柄な別嬪さんである。しかし。その喉仏と声は変えように無い。目前で固まるお客に笑顔を返し、手で隣を指せば、こちらは本物の別嬪さんで。
「いらっしゃい…ませっ」
やはり巫女装束の夕凪と花綾が、客の目を和ませた。夕凪は、習い覚えた接客で、笑顔を絶やさず、花綾は、たまに混じる私服姿の芸子の姐さんを見て、感激しきりのようで、可愛らしい悲鳴を上げている。時折、姐さんに見とれて、次のお客さんに手渡しそびれ、大きな目をくるくると動かして謝っている姿も、ご愛嬌である。
「悪いねぇ。配達は、相手さんが居ない所もあるさかい、こういう時はせえへんねん」
「そうか。早く済むと思ったんだけどよ」
それに、京都上空を飛んだら、怖い兄さん達が何事かとやって来るよと、老女はくしゃりと笑い、喜八の肩を叩いた。申し出はとても嬉しかったらしい。
こうして、痒い所に手が届くかのような冒険者達の手伝いで、何事もなく、恵方巻きは売り尽くされた。
「また来年も忙しくなりそうですね。今度はお客として屋台に呼ばして貰いますね。その時はたくさん頂きますから覚悟してくださいね」
掃除を手伝いながら微笑む夕凪に、またギルドに頼むからと老女は笑った。
失敗作とはいえ、原材料は同じである。
何本かの恵方巻きを、後片付けの済んだ店で、冒険者達は振舞われた。恵方を向いて、一言も話さないで、一本丸齧り。
ばたばたと慌てる花綾をほほえましく見ながら、今年の幸福を願い、皆で一斉に食べている姿を見た人が居たとか、居ないとか。