うたかたの恋

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 92 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月22日〜02月27日

リプレイ公開日:2007年03月03日

●オープニング

「離してよ!」
「あんたこそ、離しなさいよ!」
 村から少し離れた山の中。年頃の少女二人が、何やら揉めている。
 奪い合っている物は、どうやら簪のようである。
「あたしが貰ったの!」
「違うわよ!あたしが貰ったのだものっ!」
 少女ふたりは、秘めた恋心を隣町に滞在している渡世人に抱いていた。
 少し斜に構えた、陰のある青年は、少女達の心に気が付いたが、自身は渡世人である。一所に留まらないからと、二人揃って諭された。だが、一度燃え上がってしまえば、十代の恋慕はそう簡単には収まらない。
 互いに相手のせいだと気持ちを擦り合う。

 寡黙な渡世人の青年は、その恋に恋する少女等の鞘当に困惑したが、優しい青年であったため、無下にも出来ず。一月ほどそんな微妙な関係が続いただろうか。
 しかし。彼は渡世人である。
 ある日、ふいに居なくなった。
 彼が泊まっていた宿屋には、ひとつの簪が残されていたのだという。
 先にそれを知った少女がその簪を挿す。後から知った少女は、その簪を何とかして自分のものにしようとする。罵り合い、奪い合い。ついには自分たちの住む村の裏山まで来てしまっていたのだ。
「あっ!」
 少女が悲鳴を上げる。
 簪が、竪穴に落ちてしまったのだ。
 迷う事の無い、広い円形なだけの洞窟が下にはある。小さい頃から、絶対に入ってはいけないと言われている洞窟である。
 そこには、大コウモリが群れをなしているからだった
 そうして、その竪穴は、深く、少女達では逆立ちしても降りれない。
「どうしよう」
「どうするのよぅ」
 少女達は、涙でぼろぼろになりながら、冒険者ギルドへと足を向けた。

 落ちた簪を拾って来て下さい。

●今回の参加者

 ea0648 陣内 晶(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3751 アルスダルト・リーゼンベルツ(62歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb5324 ウィルフレッド・オゥコナー(35歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb5761 刈萱 菫(35歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

陸堂 明士郎(eb0712)/ 音羽 響(eb6966

●リプレイ本文

●大コウモリ洞窟の中
 小さな村の、裏山に、意外と大きな洞窟はあった。
 急勾配で滑り落ちるようなその穴の奥は真っ暗で、よく見えない。
 陣内晶(ea0648)が降りる先が見えるようにと松明に火をつけて放り投げた。とんとんと、岩場に当たり、落ちていく火の粉。
 ただ投げただけでは無い。準備は万端であった。刈萱菫(eb5761)が縄梯子をふたつ繋げて、その急勾配の穴に下ろす。
 どれほどの穴かはわからないが、ウィルフレッド・オゥコナー(eb5324)は、陽の光を反射して輝く金髪をかきあげると、ふわりとした緑色の光に包まれる。探査の魔法は、洞窟の奥まで網羅しているかのようだ。山の中にはたくさんの息吹がある。だが、密集した小さな吐息は間違い無く、仲間達が見下ろしている洞窟の中にあるようで。数は奥に固まるように十を僅かに超えるほど。
「奥に固まっているようだね。追い払うだけなら、簡単なのだよね」
 くすりと、笑うウィルフレッドは、風の魔法を駆使し、大コウモリを一掃する事を思い描いたが、それは今回は無理そうだねと、また笑う。洞窟の中に落ちてしまった簪までも吹き飛ばしかねない事を良く知っているからだ。
 言葉の通訳をアルスダルト・リーゼンベルツ(eb3751)がさりげなく行う。
「降りますわね」
 ぼう。と、火の灯る提灯を下げて、菫が先頭に立って降りて行く。提灯の灯りと、先に晶が投げ入れた松明の光が足元の危険を無くしていた。少し煙いのはご愛嬌である。
 火の気に洞窟の中がざわめいている。
 煙と火は、大コウモリにとっては危険なシグナルであるのだろう。次々と降りて来る人の気配にも、大コウモリ達のざわめきは大きくなる。羽ばたき、自らの位置を変えるような音が鳴り止まない。
「久々の戦闘ぢゃ。腕が鈍っておらねば良いがの」
 暗い洞窟の底に降り立ったアルスダルトが提灯と松明の灯りに、見事な銀髪を浮かび上がらせて、年季の入った顔で、ほうと笑う。自らも炎と見紛う僅かに淡い光を洞窟内で浮かび上がらせ、仲間達の肩を、ぽんぽんと叩いて行く。
 退治が目的では無いのだが、襲い掛かられるようならば、身は守らなくてはならない。
 大コウモリ達は、大勢の人の気配に耐えかねたのか、松明の火と煙に耐えかねたのか、大きな羽音を響かせて、一斉に冒険者達の方へと飛んで来る。
 暗い洞窟の中では、間近に迫るまで、その姿をとらえきれない。降りたばかりである晶は、かちりと鯉口を切ると、日本刀を抜刀する。切るというよりは、追い払うように、軽く振ってみる。
「これは少し、面倒ですかねぇ」
「いえ、どうやらそうでもありませんわ」
 下手に動いて、洞窟内の簪を踏み潰してはいけないと目を凝らしていた菫が笑う。
 好んで生き物を襲うという大コウモリであったが、冒険者相手では分が悪かった。
 先手必勝と、アスダルトから放たれる魔法により、方向感覚を乱される大コウモリが数体。そこへ、ウィルフレッドの手からは稲妻が、混乱した大コウモリの塊の中に吸い込まれるように入って行き。
 ただ、洞窟へ侵入してきただけの生き物ならば、襲い掛かり、その爪や牙が威力を発揮したのであろうが、この侵入者は、襲われるのを待っている獲物では無い。そう理解したのか、大コウモリ達のざわめきは、音色の違うものとなる。
 間を置かず、耳を覆うような羽音と、つんざくような叫び声と共に、大コウモリは竪穴へと我先にと逃げ出し始めた。
「拍子抜けぢゃの」
「すごい埃だよ」
 飛んで行く大コウモリが襲うようなら、容赦はしないであろうアルスダルトと、やはりいつでも魔法が発動出来るようにと気を配るウィルフレッドが、やれやれといった感じで声を上げる。
「深追いは禁物って奴ですかねー?」
 最後の一匹が、よろけるように飛んで行くのを見送ると、晶が軽く肩を竦めて笑った。
「あれじゃありません?」
 大コウモリが去った後の洞窟の中、菫がかざす提灯の光の先には、鈍く光を放つ簪があった。

●簪の真意
 見つけた簪は、よくよく見れば、一枚のコインを割ったものであった。
 月道により、よその国と往来が可能になったとはいえ、外国の通貨は庶民には珍しい。赤銅色したその銅貨をどうやって割ったものかはわからないが、それに穴を開けて簪にしてあった。
「ひとつ‥って事は無さそうですわね」
 菫が、最初にその簪を貰ったというみさに聞くと、何も言わずに、宿屋の主人から手渡されていたようなのである。それを宿屋から帰る途中に会ったきよが見つけ、みさは、自分にだけ貰ったかのようにきよに言ったらしい。
 そこから後は、冒険者ギルドに依頼を出した話に繋がるようで。
 外国の通貨は珍しい。
 これは対があるようなのですがと、ふたりの娘を伴って、宿屋に問いただすと、バツの悪そうな顔をした宿屋の主人が、番台の引き出しから、同じ形の簪を出した。合わせれば、それはひとつの硬貨になる簪である。
 これは、どういう意味なのであろうか。

 若い者は良いものだと、アルスダルトは渡世人を隣町の宿場へと足止めをしてもらっていた。きちんと自分の気持ちを言わずに去ってしまうのは、あまりよろしい事では無い。少女たちへはっきりと言ってもらいたかったのだ。
 好きな人を取り合うのも、若い内の恋愛では良くある事か。と、アルスダルトが渡世人の足止めを頼んだ陸堂明士郎は、出掛けに軽く笑っていたのだが、やはりこれははっきりさせておきたい。
 渡世人は、そう整った顔立ちはしていなかったが、真面目そうで、どうして渡世人などになったのか、わからないような男であった。
「櫛が二つあると言う事はお主‥二人の想いを知りつつも、自分では決め兼ねているのかの?」
 アルスダルトは、深い皺を笑みの形にする。
 仲良しの頃を思い出して欲しいと、置いて行った簪がそんな事になっていたなんてと、男は下を向く。でもと。
「いがみあう二人を見るの。もう嫌だったのも本当です‥」
「お主は優しい。その気持ちは分かるがの、その優しさがかえって人を傷付ける事もあるのぢゃよ。はっきりさせずに何時までも想いを引き摺らせる、ある意味これはとても残酷な事だとは思わんか?」
「どうすれば良い?」
「どっちが好きなんぢゃ」
「‥‥」
 ええい、はっきりせいと、アルスダルトは気を揉むが、はっきり出来ていたらこんな事にはなっておらず。だが、渡世人も、このままではまずいという事は理解したようで。
 少女ふたりに、決まった人が居るからと、ようよう口にしたのだった。

●女の子って
 はっきり振られて、しょんぼりとする少女ふたりを見て、菫は理美容道具を取り出した。まるで宝物のような鋏を見て、少女達は目を輝かせた。
「女の子は、何時でも綺麗にしていないといけませんわ。こうすると、ほら、本当に、こんなに綺麗で可愛いわよ」
 菫が、まるで花を咲かせるような手捌きで、少女達の髪を触る。ほんの僅かに着物を直せば、あっという間に見違えるような花が二輪。銅鏡を覗かせ、変わった姿を目にさせる。
「いつか、また、あなた達に相応しい、そういう本当に素晴らしい方に出会えますわ」
 銅鏡を覗かせると、半べそをかいていた二人は、おたがいを肘でつつき合う。嬉しそうにしている姿を見て、菫は満足げに頷いた。
「きよちゃんと、みさちゃん。綺麗になったところで、甘い物でも食べに行きませんか?」
 もちろん、奢りますよと、晶が、ひとあたりの良い笑顔で微笑みかけると、少女二人の頬に、ぱっと朱が散る。今さっき振られたばかりだが。見目良い異性に声をかけてもらうのはまた別の話のようで。二つ返事で頷くふたりに、晶はまた、笑いかける。
「ちっちゃい頃から仲良しなの?」
「「はい」」
「そっか。じゃあ、いっぱい楽しい事あったんだろうね。どんな事あったのかな」
「あの裏山でちっさい頃から薬草取って、遊んでて!」
「薬草取りのお仕事なんだ」
「いい香りなんです」
 次から次へと話し出す少女二人を連れて、歩く晶は、そういう事でとばかりに、冒険者仲間を笑顔で軽く振り返る。恋の痛手は甘い話と甘い食べ物でゆっくりと消えて行くだろう。
 それもこれも、渡世人の男を目の前にひっぱってきてくれたおかげである。本人から言われる言葉すら、疑うのなら、もう救いは無いが、幸い少女達は、まだ初心かった。
「ウィルフレッドちゃん。‥こう見えてもワシは若い頃はぢゃな‥」
「恋心、か」
 自分自身の最初の恋は何時だったかと、ゲルマン語で話しかけてくれるアルスダルトの話を聞きながら、ウィルフレッドはくすりと思い出し笑いをする。
 二人が遠くない将来に、本当に良い人と出会えることを願って。