時期忘れの羆

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:5人

サポート参加人数:2人

冒険期間:02月27日〜03月04日

リプレイ公開日:2007年03月06日

●オープニング

 もう春は近い。だが、まだ、春は遠い。
 ほんの僅か、春を待ちきれなかった羆が、残雪の残る山を下る。上流から流れる川は水源に近く、川幅は狭く流れは急である。その冷たい川向こうに、こんもりとした羆がうろつく。
 木の皮も、冷たい雪と氷に覆われて、そうそう食べれる物では無い。
 冬眠から時節を外して目覚めてしまった羆は、落ち着きが無く、雪を蹴散らし、苛立つ。春が近い為、重い雪が羆の行動を阻害する。
 そのうち、勢い余って、川に飛び込んだ。急な流れの川は、僅かに羆の足をとる。
 そして、そのまま僅かに下流に流れ着く。
 羆は、以前にもこんな事があった事をおぼろげに思い出す。ひくりと鼻を動かせば、記憶にある匂いが僅かに漂う。食べ物だ。
 
 咆哮が‥‥山に響いた。

「時期忘れの羆だ!」
 近くの集落に住む一家は、その声に聞き覚えがあった。
 何年か前にも、同じように時期外れに起きてしまった羆が、集落を破壊し、食料を食い散らかした事があったのだ。今の集落にまで、やっと復旧したのだ。
「仕方ねえ。冒険者ギルドへ頼むか」
 また、破壊された集落を見る事になるのはごめんである。二十歳そこそこの若者が、ギルドへと使いにやって来た。

 山里に下りてくる、羆を見つけ、退治して下さい。

●今回の参加者

 eb3619 日向 陽照(51歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb8856 桜乃屋 周(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb8882 椋木 亮祐(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec1132 ラスティ・セイバー(32歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec1531 霧鳴 正宗(36歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

御門 魔諭羅(eb1915)/ 石動 流水(ec1073

●リプレイ本文

●羆の行方
「出発前に此度の依頼について占って差し上げましょう」
 冒険者ギルドには、様々な冒険者達が入れ替わり立ち代り、依頼を求めにやってくる。羆退治に出立する冒険者達を見ていた陰陽を使う御門魔諭羅が、簡単に依頼の卦を見る。そこに出た卦に、日向陽照(eb3619)は、陽の光がさんさんと降り注ぐ名前とは裏腹な、青白い顔を軽く歪めた。
「‥‥これも試練‥‥」
 どんな卦であったのかはわからないが、ギルドの隅で背中を丸めて、ぼそりと呟いている。隅だから、暗いのだが、なんとなくさらに暗くなっているような姿は、気のせいであろう。そんな縦線を背負った姿の近くで、非常に愛らしい、刹那と陽照が呼ぶ火のエレメンタラーフェアリーが赤い蝶の羽根を羽ばたかせて寄り添うのは、ある意味絵になるというか。
「足りるか?」
「ん。ありがとう」
 羆が何処から襲うか、わからない。ならば、出て来させれば良い。熊には蜂蜜だろうと、石動流水は捜すが、甘い物は高価である。手に入るだけの熊の好きそうな食べ物を桜乃屋周(eb8856)に手渡した。すらりとした長身に、短く髪を切った周は、涼しい目元と、立ち振る舞いもあいまって、ぱっと見は少年と見間違われやすい。だが、良く見れば、きりりとした少女である。銀の刺繍のある漆黒のマントがふわりと動くのを流水が目を細めて見やれば、ギルド出立の時刻が近づいているようだった。
 外に出れば、まだ吹きっさらしの風は冷たい。
「たまには外も悪くないと判断する」
 吹き込む寒風に赤い短髪をさらわれ、ラスティ・セイバー(ec1132)は冬の張り詰めた空気も良いものだと思う。闘技場に寄り、闘技場から足を踏み出すことは稀なラスティだったが、羆は獲物としては悪くない。そう思ったのだ。初依頼であるが、程好い緊張は闘技場に出る前と似ている。
「羆狩りたぁ剛毅なもんだ!退治したら、鍋だよな?」
 からりと明るい笑顔で、ラスティと同じく、初依頼の霧鳴正宗(ec1531)が嬉しげに足を運ぶ。羆と聞いて、羆鍋が頭から離れなくなってしまったのだ。冬場の羆鍋は体力もつきそうである。以前にも襲われた事を聞くと、羆が荒らした分だけ、集落に食料として収まってもらおうと、軽く腕を振る。
「羆にうらみは無いが‥集落の人に迷惑がかかっているようだし、大人しく栄養になってもらおう」
「‥本気か?」
 椋木亮祐(eb8882)も、そんな正宗と同じ意見のようで。退治後は鍋に決定のようであるが、周は熊鍋には興味が無いようで、軽く肩を竦めると、マントを寒風に翻し先を行くのだった。

 雪の残るその集落は、本当に小さな集落だった。中庭のような場所を挟んで三軒と納屋ひとつが身を寄せ、まるでひとつの家のようにひっそりと建っている。まばらに生える木々に積もった雪も、陽の光で僅かに溶け、重い音を立ててどさりと落ちる。周囲に気を配りながら、山の中を歩いてきた冒険者達は、幸い羆がうろついている方角からの到着では無かった。小さな谷や峠をいくつか越えた深い雪は、歩くのも困難で、足を踏み外してしまう危険や、歩いているうちに羆に見つかる事を考えると、避難は確かに難しそうであった。
 時折、唸るような声に、耳を澄ますが、山の中、雪に吸収されてか、その音は何処から聞こえるのかわからない。
 韋駄天の草履で一足早く到着していた亮祐は、集落の戸を叩くと、不安げな集落の人に笑いかけた。
「熊退治に来た椋木だ、始末がつくまで外にでるなよ。ああ、それと、きっちりシメてくるから鍋の用意、頼んだぜ」
「鍋ですか」
「食料も確保出来るだろ?」
 頼もしい亮祐の言葉に、集落の者は皆、胸を撫で下ろす事が出来た。まかして下さいと、女連中が家中の鍋と野菜を用意し始める。
 羆退治の後は、鍋が待っている。

●羆の襲来
 配置につきながら、どうしても気になるらしく、正宗が陽照の顔を覗き込む。
「なぁ日向、その顔塗ってる訳じゃないのか?」
「‥ああっ」
「日向?」
 正宗に、あっけらかんと、色艶の悪い顔の事を聞かれて、陽照は顔を手で覆う。決して良い意味では無いが、言われる事は慣れているのか、嬉しいのか、微妙な反応であった。正宗は、まあ、良いかと、怪しい蓑を着て丸まった背をぱんぱんと叩く。
「羆にとっては生きていくために食しているだけなんだがな。だが人間として自らの身を守るために退治するのは致し方ない」
 馬達は、納屋と中庭に繋がれ、羆から隠される。気配はどうしようもないが、そのままにするよりは安全だろうと、白い息を吐きながら、納屋の前にと移動する周に、ラスティの声がかかる。
「気をつけろよ。顔でも傷つけられたら事だと判断する」
「顔か?」
 真面目な顔で頷くラスティに、周は、了解の意味の手を軽く上げた。方向的には四方向。人の多い場所をラスティと亮祐が餌付きで守る。そうして、一番体力の無い正宗と、後衛向きの陽照が一方を守り、被害が出ても大丈夫なように、周は一人で納屋の前を守るのだ。万が一の事があってはならない。集落の人々には、くれぐれも呼ぶまで外に出ないようにと頼み、準備は万端である。
 重い雪を踏みしだき、陽の光を浴びて光る雪に碧の瞳を僅かにまたたかせる。
「寒いは寒いが、眩しいな」
 油断無く、腰の日本刀に手をかけたまま、辺りを探るように見ると、冒険者達が配置に付くのを待っていたかのように、羆の咆哮が聞こえた。
 近い。
 周の方角から来られたら。周とて、持ちこたえるつもりはあるが、危険は大きい。しかし、羆は、餌の匂いにまんまと釣られていたようだった。
 集落から僅かに離れた場所で、亮祐は羆と遭遇していた。だが、僅かにずれている羆の進路の先には集落がある。用意した、僅かな呼び餌では無く、集落を目指している。丁度亮祐とラスティの間を縫うような進路だ。
 腰から抜き放つ刀剣、祖師野丸は羆にとってはありがたくない威力を秘める。抜き放った刀身を振ると、そこから見えない刃が羆へと飛んだ。
 雪を蹴立てて進む羆は、空を割く音と、鈍い痛みに、亮祐の姿を認める。
 咆哮がひときわ高く上がった。
「そうそう、こっちに来てもらわないと計画が狂うんでな」
 羆は、亮祐をまずは倒す相手と見定めたようであった。地響きを立てて、以外に早い速度で迫る羆に、祖師野丸を構えなおす。
 巨大な手が、振り上げられ亮祐を襲う。
 しかし、それは虚しく雪を掻いた。
「‥‥援護‥‥」
 陽照が近づいており、白い雪の上で淡く黒く光を放ったのだ。だが、その距離は陽照にとってはかなり危険な距離でもある。
「一端下がれと判断する」
 ラスティが羆と陽照の間に入り、細い筋肉しか持たないと理解している陽照に頷くのは、ほんの僅かの間の事で。動きが一瞬止まった羆の背後を正宗と周が取る。
「頼りにしてるよ?色男共♪」
 前方は亮祐。側面は背後に陽照をかばいつつ、ラスティが羆に迫る。その隙をつき、正宗の舞うような攻撃が連続で羆に吸い込まれた。日本刀霧霞が翻り。
「さあって‥無想抜刀一乃太刀、駆けつけ一抜き無銘正宗っ!」
 手負いの羆は、さらに咆哮をあげると、仁王立ちでその鋭い手を振り回す。だが、羆には、前から後ろから横から、かなりの斬檄をその身に浴びている。
「Hey.Buddy? 空腹の所悪いが、此方も仕事でな。‥眠るか帰るか、選べ」
 ふらりと揺らいだ羆に、軽く構えたラスティの、重い一撃が深々と入り、時期忘れの羆は湿った春の雪の中にどさりと倒れたのだった。
「一対一も嫌いでは無いのだが」
 この羆と格闘するのも悪くなかったと、ラスティは思う。しかし、今回は闘技場での戦いでは無く、集落を背にし、仲間との連携だったのだから、仕方ない。連携も、それなりに楽しめたと、軽く口の端を上げて笑みを作った。

●羆の鍋
 倒れた羆は、集落の者達も手伝って、さくさくと解体されて行く。薄く切らないと、鍋にはならない。羆は各部位に慎重に、しかし大胆に分けられる。
「鍋だ。鍋っ!お腹一杯食べて、身体温めないとっ!」
 寒さに腕をさすりつつ、ご機嫌なのは正宗だけでは無い。もうじき春だとはいえ、冬にこれだけの肉は貴重である。亮祐が率先して肉にするのを手伝う。僧侶の陽照までもが、顔色の悪い顔を、ほころばせて頷いている。
「この時期肉は貴重だからな、おとなしく集落の人たちの栄養になってもらうぜ」
「‥‥ならば心して喰らってあげるのもまた慈悲‥‥」
「本気だったのか」
 周は、ひとつ溜息を吐くと、やれやれと言った雰囲気で踵を返す。彼女も、本気で羆鍋には興味が無かったようであり。
「あれ、お坊様もかぃ?」
 集落の年寄りは、手を合わせている陽照が、羆を食べる気でいるのを知り、目を丸くする。しかし、陽照は手慣れたものであった。いかにもありがたそうに、年寄りに、もったいぶって頷いた。
「肉は体を通り過ぎるのみ‥‥。御仏は‥‥心の内に‥‥。何の不都合もありません‥‥」
 なむなむと、数珠をこすり合わせ、手を合わせる陽照の丸まった背中が年寄り達には、嫌にありがたそうに映るようで、どうやら問題は無さそうだった。鍋食べながら、一杯やろうぜと、手をお猪口の形にする亮祐に、もちろんですとしれっと頷くのはやっぱり陽照で。
「こないだ飯を食われたんだろ?食い散らかしていった分まで、身体で返して貰おうじゃないの?」
 からりと、笑う正宗に、集落の者達も嬉しそうに頷いた。
 時期忘れの羆は、集落の者達と、冒険者達とで美味しく鍋に化けるのだった。