笑う月夜
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや易
成功報酬:2 G 40 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:02月28日〜03月05日
リプレイ公開日:2007年03月08日
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●オープニング
稜線から僅か上に浮かんだその月はまるで人をあざ笑っているかのようだった。
赤く染まった大きな月。左右に細く弧を描いてにたりと笑うかのように空にある。
その平原は、戦場であったと聞く。
戦場といえば、戦火の無い場所など無いのだが、その平原は、平原故にそこを合戦の地に選ぶ者が多かった。何重にも重ねられた戦の歪は、無数の死霊侍を赤い月の元浮かび上がらせていた。
その先の村で地割れが起きた。
地盤が緩んでいたのだろう。雪解けの水分で土砂のように村落が埋まった。
「私達を運んでほしいのです」
彼は医者だった。
ひょろりとした青年は、その村から勉強に来ていた医者の卵なのだという。その村は、茶碗を焼く。特別な良い土というわけでは無いが、江戸や近郊へと出荷される村なのだという。
だが、どうしても町から遠い。医者はそうそうどの村にも居るわけでは無い。町まで呼びに行かなくてはならない。
しかし。夜に急患が出た場合は、諦めるしかない村でもあった。
町に出るには死霊侍の出る平原を突っ切らなくてはならないからだ。
つい先ほど、村から来た若者と、医者の卵だという二人が、真っ白に色の抜けた顔をしている。
若者は、昼中に平原を抜けてやってきた。
だが、今から急ぐとどうしても夜に平原にさしかかる。
朝まで待つのが本当だ。
けれども、朝まで待ったら、助からない人が居るかもしれない。そんな思いが、青年二人を動かしているかのようだった。
「お二人を、その村まで運べばよろしいのですね?」
「どうぞよろしくお願いします」
震える手を握り締め、辿り着いたとて、大して役には立ちませんが、こんな自分でも呼んでくれたからと、ひょろりとした青年は白くなるまで拳を握り締めていた。
青年二人を、村まで運んでください。
●リプレイ本文
仄かに花の香りが漂い始めた、夜。
空の色も霞がかかり、何もかもが夢うつつのような、怪しい夜であった。寒くも無いが、暖かくも無く、空には左右に軽く笑ったかのような、細く赤い三日月。
風も吹かないのに、その平原は、ざわ。と、揺らいでいるかのようだ。
そこには、死を死として与えられていない、異形の者達が、生を懐かしむのか、捨てきれないであがくのか、生前の武装そのままに、淀んだ白い骨ばかりの姿でゆらりと立っていた。
見渡す限り、平原には鎧武者の妖の姿ばかりで。点々と立って居るにしろ、生ある者がこの平原に足を踏み入れたらどうなるのか、それは火を見るより明らかである。昼間には目の前の無数の妖は居なくなるというのだから、昼間に突っ切ればよいだけなのだが、いかんせん。今夜のうちに渡りたい訳がある。
「‥行くしかねぇわな?」
病気や怪我は時無しで襲うものである。何がなんでも、今夜のうちにという気持ちはわからなくも無いがと、鷹城空魔(ea0276)は依頼人に振り返った。そんな空魔に、ふたりの青年は、真っ青な顔をして頷いた。
医者の卵だという青年は、災害にあった村の出身で。期待を背負って江戸へ出てきていたという。
「そういう事じゃ」
瀞蓮(eb8219)が淡く桜色に光ると、その手足に闘気を纏わせる。いくばくかの時は武器と同等の力を死霊侍に振るう為である。深い漆黒の瞳が、問題の平原を透かし見るように眇められた。
少し時は遡る。
冒険者ギルドでは、必死な依頼主は多い。誰にもすがれなくて、ここに来るのだから、当然だ。この依頼主ふたりもそうだった。
「わしはマハ・セプト。マハ老とでも呼ぶと良いのじゃ。医者玉のお二方のお名前を教えてくれぬかの?」
良太。と、医者の卵の方の青年は言い、春治。と、良太を迎えに来た青年は名乗った。
一般人にしても線の細い良太を見て、マハ・セプト(ea9249)は、ひとつ頷いた。依頼書には目を通した。村人の期待に答えようと、脇目も振らず医療の勉強をしていたのだろう。線は細いが、医者独特の雰囲気が身に付きはじめている。普段ならば、夜半に死霊侍の只中を突破してほしいと頼む事はしないだろう。
「あたしも、手伝わせて貰います」
ヨシュア・ウリュウ(eb0272)が上品な所作で依頼人達を見て微笑んだ。
よろしくお願いしますと、頭を下げるふたりを連れて、冒険者達は暗くなりかけた道を村へと急ぐ。そうして、とっぷりと陽も暮れて、笑う三日月が空に浮かぶ頃、問題の平原へと足を踏み出す事となった。
生ある者には生ある者の気があるのだろう。
どんな呪縛か結界か。平原の入り口近くの死霊侍達は、平原に一歩足を踏み入れた彼等へ、その顔を向ける。
「いくさ場で死する事こそが武士の本懐であるはずなのにな。死霊となってしまうのは憐れ過ぎる。出来れば開放してやりたいものだ」
相州正宗と銘うたれた日本刀を抜刀すると、鷹碕渉(eb2364)は、ぼそりと呟いた。年に似合わず、幼い顔立ちをしてはいたが、腕は確かである。
「この世に未練を残す武者達よ。我が緋焔の舞で成仏するが良い」
空間明衣(eb4994)は笑みを浮かべると、背に依頼人二人を庇う様に前に出た。右に法城寺正弘を構え、左に十手を構え、この平原を一直線に突っ切る陣の前衛を行く。動きに合わせて、高く結わえられている、緋色の髪が、ふわりと揺れる。
「‥行きますわ」
刈萱菫(eb5761)も二人に続き、紅蓮の炎を思わせる槍を軽々と振り上げた。
そうして、彼等は一丸となって平原を進み始めた。
前面に躍り出た死霊侍数体を、明衣が、渉が、菫ががっちりと受け止める。平原を突っ切るのだから、その防御は前後左右に及ぶ事となる。空魔も、前方へと走り込む。打ちかかっている三人の背後から、合間を縫うと、淡く炎の色を纏わせて、前方へと火を放つ。火は、平原の枯れ草などを焼くが、燃え広がるまで乾いては居らず、戦闘と、進行とで、じわりと消されて行く。
間を置いて、何人もの空魔が出現する。その両手から三本伸びる刃の龍叱爪が死霊侍を捕らえる。一斉に同じ動きをする空魔だったが、生ある空魔はひとりである。ざっくりと、死霊侍に一撃は与えたが、同じように空魔にも日本刀の一撃が入った。
「っ!」
「霞斬り」
何人もの空魔が紅蓮の外套を揺らし、一斉に膝をついた。止めとばかりに襲いかかる死霊侍に、空魔は懐から銀細工の簪を取り出した。大事な物だから、使いたくは無かったが、死霊相手には効くのでは無いかと思ったのだ。簪にまつわる、砂を食むような想いを思い出す。
しかし、空魔がその簪を振るう前に、渉が割って入る。その手の相州正宗がざっくりと死霊侍を薙いだ。空魔によって、一撃を与えられていた死霊侍は、その身体を地に落とす。
渉は、いくつかその身の技を死霊侍に叩き込んでいたが、これがよく効くようであった。ならばと、仲間達から離れ過ぎないように前に出る。渉の動きについて、ふわりと肩の鷹の羽根が揺れた。
「奥義・朧月夜」
目の前の死霊侍に、吸い込まれるように入る刀身は、死霊侍の鎧を打ち抜いた。かくりと白骨の手から落ちる日本刀を目の端に捕らえて、渉は軽く溜息を吐く。死して尚、彷徨わなくてはならない、どんな業を背負っているのだろうと。この一撃が、黄泉路への手形となればと、また、目の前に迫る死霊侍に向かう。
「青年達の望みに応える為に、村人達の為に、共に地獄の業火となろうぞ、修羅の槍」
菫の手にある槍は、軽く振られるとまるで炎を上げるかのように前面の死霊侍を打ち抜く。非業の最期を迎えたのかもしれない。菫は、ぎちりと、歯を鳴らす死霊侍を睨みつける。罪は無い人だったのかもしれない。
しかし。
「‥引いていただきたいものだわね」
生きている者に仇なす妖に成り果てたのならば、討つだけである。
左を護る蓮は、前衛からこぼれた死霊侍に、先制の一撃を与えていた。
死霊侍は、がくりと膝をつくが、再び起き上がり、生者を屠る為にか、がくりと音を立てながら寄って来る。しかし、構わず進む冒険者達に護られる後方には、死者の嫌う光が灯っている。
「いけそうじゃな」
深追いはしない。今回は、死霊侍殲滅が目的では無いからだ。蒼白な顔をして唇を引き結んでいる、依頼人であり輸送対象であるふたりをちらりと見ると、また、別の角度から起き上がる死霊侍に拳を叩き込む。炎が舞うような陣羽織が、ふわりと揺れた。護っているのはふたりだけだ。だが、このふたりを護り、村に辿り着かなくては、背負う命はどれほど多くなる事か。蓮は、油断無く自ら選んだ守護の場所を護る。
「砕け『レッドブランチ』重き一撃の槍撃を」
左側では、ヨシュアが寄って来る死霊侍に、柄に一撃必殺を祈願するのだという呪文が書き付けられている魔槍を繰り出している。槍の間合いを縫って、手入れのされていない日本刀を振り上げる死霊侍も居たには居たが、名工の手による盾が、辛くもその斬撃を防いだ。
「のう、お二方や。不安かの?大丈夫じゃよ、驚いたり恐怖からわしの側から離れねばの」
こくりと頷くふたりに、マハは、穏やかな笑顔を向けた。その手からは魔を寄せ付けない、聖なる光がマハを中心に二人をつつんでいる。マハの近くには、遠くへ行っては駄目だと念を押されている各務と呼ばれる美しい茶色の羽根を持つエレメンタラーフェアリーが、ひらひらと飛び、ふたりの緊張をほぐすのに一役かっているようだ。
「む。いかんの」
空魔が倒れるのを見たマハは、その癒しの魔法を変える。すぐには届かなかったが、渉が割って入っていた為、それ以上の大事にはならなかったようである。
平原を抜けるに従い、徐々に殿の位置へと移動して戦っていた菫が、死霊侍達が攻撃を止めたのを確認すると、ほうと息を吐いた。
「大丈夫そうですわね」
「うむ、追っては来んようじゃの」
蓮が、ぽつりと呟いた。
何時抜けれるかと気を揉みながらの行軍であったが、互いが互いを補い、死霊侍が徘徊する広い平原を無事抜ける事が出来。
紅く笑う月は、いつの間にやら天空高く昇り、その色を白銀の刃に変えていた。
「こう見えて私は医師だ。大変だろうが、落ち着いてやれば大丈夫だ。貴殿が学んだ事を無駄にするなよ。さてはまずは命に危険がある者からだ」
村の惨状は、聞いていた以上であった。山が半ばから崩れ、集落は半壊している。
辿り着いた青年たちと、冒険者達は、諸手を上げて歓迎された。おのおのが、出来る範囲で手を貸す。
明衣は、青年の近くで重傷者を診ながら、青年がまごつく度に、的確な指示を与えていく。
「よく休養を取るのじゃよ」
マハも、その手から癒しの光を与え続け。幸い、命を落とす者は居なさそうであり、一同は胸を撫で下ろす。
一息ついた場所で紫煙をくゆらす明衣に、良太は頭を下げる。明衣は、不器用だが一生懸命な彼に目を細めて笑いかけた。
「良い勉強になったろう。書物で得るよりずっと学べる。色々と医師の話を聞くと良いぞ。そして体験する事が貴殿をより成長させる。成長に早道は無い、精進する事だな」
はいと、生真面目に返事をする彼に、明衣は、紫煙を吐くと、満足気に頷くのだった。
そして次の夜が明けるかという頃。
ヨシュアはひとりで死霊侍の跋扈する平原へと足を踏み入れていた。じき、朝日が昇る。その僅かな時間だけでも、数体だけでも、その数を減らしておきたかった。自分には治療の手伝いは出来ない。出来る事は、ただひとつ。
そんなに力にはなれないかもしれないけれど。
ヨシュアは、母の言葉を思い出し、一呼吸すると、レッドブランチを構え、草を蹴立てて平原へと走り込んだ。
「あたしはヨシュア・瓜生!」
困っている者がいれば、助けるのが武士の仕事だ。
いかなる呪縛か結界か。その平原が平定されるのは、まだ先の話のようである。