流し雛

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 31 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月02日〜03月05日

リプレイ公開日:2007年03月10日

●オープニング

 女の子は雛祭に人形を作る。
 高価な人形はそうそう買えるものでは無い。
 だから、布の切れっ端。紙の切れ端を貰って、大事に作る。そうして、お雛祭のお祝いをした後は、連れ立って近くの川に雛人形を流す。笹舟に乗せて。紙の船に乗せて。悪い気を全部持って、流れて行ってくれるのだ。
 だから、ちゃんと雛人形は流さなくてはならない。
 女の子が綺麗に、健やかに育ちますようにと。
 所が、最近は川の近くにも小鬼が出るというでは無いか。
「何かあったら、流し雛所じゃ無いからねぇ」
 女の子の親達が、僅かばかりですがと、冒険者ギルドに護衛を頼みにやって来た。
「こんな事頼むのも気が引けるんですけど‥」
 良かったら、雛祭にも参加してもらえないかと、母親達はお互いを小突きあう。めったに接点の無い冒険者に来て貰えたら、とても華やかなのじゃないかと、ざわめくように笑い合う。
「たいした物は出せませんけれど」
 甘酒に、花干菓子が振舞われるのだという。
「もし良かったら、折り紙もありますし」
 流し雛を作ってみないかと、別の母親が恥ずかしそうに笑った。
「あの」
「あら」
 笑い合う母親達に声をかける女性が居た。
 その女性を、母親達は知っていたようである。しかし、好意的ではなさそうで。今まで笑いさざめいていた空気が、居心地の悪いものとなった。
「‥‥ゾフィも混ぜてやってくれませんか?」
「あらあら!」
「まあ!」
 決死の覚悟といった顔をした女性は、ハーフエルフの少女をひきとっている女性だった。だが、彼女自身が打解けない人柄の為、様々な行事にも声をかけ辛い人でもあった。
 それがどうだろう。自分から、母親仲間に声をかけてきたのだ。微妙な空気は、また、華やかな笑い声に吹き飛ばされる。
 お祭りは、時として人の垣根をも溶かすものであるようだ。

 流し雛を作り、小川まで少女達を送り、何も心配の無い雛祭の手助けをして下さい。

●今回の参加者

 eb4995 カイ(29歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 eb7311 剣 真(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ec0244 大蔵 南洋(32歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ec0997 志摩 千歳(36歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

陰守 清十郎(eb7708)/ ミッシェル・バリアルド(eb7814

●リプレイ本文

●雛人形とお菓子
 女性の本質というものは変わらないのかもしれない。
 それは、女性に限った事では無いが、特に小さな女の子を見ると思うのだ。すでに人格は出来上がっているのでは無いかと。十数名の少女達は、紹介された冒険者達を見ると、目を輝かせた。
 まるで子供とは思えない態度に、大蔵南洋(ec0244)は苦笑する。てっきり怖がられるものだと思っていたのだが、一緒にやってと袖を引かれて、普段は触った事も無い色紙や布切れを手に持ち途方に暮れる。金色の蝶のような羽根をひらめかせるエレメンタラーフェアリーが、南洋の無骨さを半減させていたのに本人は気がついているかどうか。
「‥‥これで良いか」
「上手!流石だわっ!」
 不器用ながら、少女に手渡された紙の人形に重ねるように色紙をつける。ちいさな雛人形は、色紙を重ねたり、端切れを結び合わせたり、のりではりつけたりして、様々な姿が出来て行く。
 何人かのおませさんな少女は、南洋がとても気に入ったらしく、ああでも無いこうでもないと、世話を焼きによってきていたのだ。力加減を間違えて、菓子に針を通す時、何度も割ってしまうが、それすらも少女達には大変楽しい出来事のようで、その度に、かいがいしく後を片付け、次の菓子を手渡される。
「今度はあたしの!」
「違うもの。今度の順番はあたしだもの」
「‥‥済まんな上手く出来ず」
 無骨な南洋はそんな少女達を見て、何とも別世界があるものだと、笑みをこぼす。それの笑みが、また、黄色い歓声を上げさせるのだが。
 さらに小さな子供達は、志摩千歳(ec0997)の穏やかな雰囲気にすっかり懐いていた。慣れた手つきで針に糸を通すと、もたつく子等に手を添える。
「針と糸を使うから、気をつけてね」
「あっ!」
 どんなに気をつけていても、小さな子の手では、上手くいかない。その柔らかい小さな指に、ぷくりと赤い血球が浮かぶ。途端に、半べそをかく幼い子に、千歳は目線を合わせて、にっこりと微笑む。
「あらあら、痛いの痛いの飛んでいけ〜」
 ふうわりと、全身が淡い春の光をまとったかのように光るのに、子供はびっくりして、目を丸くする。ぽろぽろとこぼれかけた涙は、綺麗な光と、やさしい千歳の声とですぐに引っ込んで。
「すご〜い!もう痛くない!」
「がんばっているからですよ」
 やはり、菓子に針を通すのは、コツがいるようである。千歳は少女達の頭を撫ぜながら、着実に数をこなしていく。男達が困惑している中、何人分も手早く菓子の花を咲かせていた。
「偉いな。がんばったんだね」
「お姉さんっ?!」
 そっと、ハーフエルフの少女の顔を撫ぜるのは、カイ(eb4995)である。同じぐらいの身長である彼女は、子供等にまじってしまうと、よく見ないとわからない。だが、少女達の輪の中で目立つ金髪の少女の横で、折り紙を雛人形にしている姿は目を惹いた。
 少女の生い立ちを、よく聞いているうちに、すっかり気持ちは保護者である。哀しい話にはめっぽう弱かったようなのだ。今が良いから、良いと笑うハーフエルフの少女を、なんとなくぎゅっと抱きしめてみれば、お姉さん細いと、逆に心配されてしまう。
「上手にできたね〜」
「お兄ちゃんもね!」
「あ?あはは?」
 割と活動的な少女達の中心に居るのは剣真(eb7311)だった。子供等の言う事に、ひとつひとつ、真面目に答えていたら、与し易しと見られたのか、同年代まで引き下げられてしまったのか、すっかり仲間状態である。
「こうするとうまくできるよ」
「そこに、これを張ると綺麗になるよ」
「おおっ!」
 ああでもないこうでもないと、真の周りでは手の込んだ雛人形が出来上がりつつあった。
 ぽかぽかと、春の日差しが寺の境内や縁側を暖める。まだ、風は冷たいけれど、もうちいさな春はやってきているようで。
 しつらえた雛壇に、子供等が自分の手で作った雛人形を飾る。そうして、桃の枝には、しゃらしゃらと音を立てて、米の菓子が下がり。
「雛祭も、ここ最近ご無沙汰でした」
 さらりと、千歳の長い黒髪が揺れるのを、小さな達が眩しげに見上げて。しかし、おませさん達は、微妙に対抗意識を燃やしたようである。妙齢の女性に聞いてはいけない事を聞く。
「お姉さんは幾つなの?」
「恋人は?」
「!えええっ。それはですね!まあああっ!可愛い事。聞きたいですか?き〜き〜たいですか〜?」
「そろそろ、お茶の時間ですよ」
 触ってはいけない場所だったのだが、それも丁度用意された雛祭のお祝いのお茶やお菓子でさえぎられ。ばくばくする胸を押さえて、千歳はほっと溜息を吐く。
「じゃあ、あたいの地元の踊りを披露するよ!」
 カイがひらりと境内に舞い降りる。くるりと舞う手、軽快な足さばきに、少女達は目を奪われる。まさか、踊りを踊ってもらえるとは思っても見なかった母親達も、ぼうっとしてカイの踊りを眺めていた。それほど見事な舞だったのだ。
 そうして、小さなあられや、甘酒がふるまわれ、温まった縁側で、冒険者達は一服をする。くん。と、軽く甘酒の香りを嗅ぐと、カイはにこりと笑った。
「美味い匂いがする」
「美味しいよ、お姉ちゃん」
「ああ、ほんとだな」
 きゃあきゃあと騒がしい少女達は、甘酒やあられを口にしながらも、それはもう、きゃらきゃらきゃあきゃあと。華やかで優しい気配が寺を満たしていた。

●流し雛
 母親達が編んだという、小さく、軽く、丸い目の粗い竹の船に雛人形と菓子の花は括りつけられて。お昼過ぎには、ぞろぞろと、子供等と数人の母親と近くの川までの散歩となった。
 真は、陰守清十郎から、小川の近くの地形や道筋を教えてもらっていた。
「お前に教えるよりは、他の人に教えた方が安全確実だとは思うのだが」
 と、出掛けに言われてしまったが。
 もちろん、真の記憶力に難がある訳では無い。ただ、少しだけご愛嬌というか‥。
「お兄ちゃ〜んっ。そっち違うよ〜っ」
「ありがと〜う」
 軽く頭を掻きながら、子供等を警護する真は、わき道から戻ってくる。別に迷うつもりも、違った道を歩いているつもりも無いのだが、ふと気がつけば、ひとりはぐれてしまうのだ。しょうがないなぁと、両手を片方づつ女の子に握られて。
「これは、何だか逆だなぁ」
 と、小さく呟いた。しかし、きゃらきゃらと笑う女の子達が、とても楽し気で、まあ言いかと笑う。油断無く辺りを見回しているから、ついはぐれてしまうのかもしれない。本当に方向音痴なのかもしれないが。
 小鬼が出ると言う話だが、冒険者が目を光らせていれば、そうそう出てくるものでも無い。それらしき影を南洋は幾度か見たが、見られてると気がつくと、小鬼らしき影はするするとその気配を消した。大勢で何かをしようというわけでは無く、一体かそこらの小鬼だったのかもしれない。ならば、冒険者が四人居ればよほどの事が無ければ襲っては来ないだろう。小鬼は逃げ足が速い。
「流れが急のようだな。気をつけて」
「はあい」
 山からの雪解け水は、冷たく、小川の水位も上昇させ、その流れも早めた。だから、今流すのかもしれないと、南洋は思った。誰も水におちたりしないように目を配る。
 おませさん達以外の子供等も、強面の南洋に、すでに馴染みまくっている。何とも順応性の高いのは小さな少女達だからか。
 春の小川の土手には若草が芽吹き、小さな草花が花開いている。
 子供達を眺めながら、千歳が、弁当の包みを開いた。見事なおにぎりと、黄色い玉子焼きに漬物が男達の腹に響く。
「ふふ、男の方はお菓子だけでは足りないでしょう?宜しければお弁当を作って参りましたので、お食べ下さいな」
 確かに、食べ物は頂いたし、お土産ももらった。しかし、やはり菓子の類と甘酒だけでは、女子供には充分な量だったが、気持ち足らない面々も居た。無いなら無いでなんとかなったのだが、目の前に出されては、腹の虫が催促する。外で食べるおにぎりはまた、別物である。
 南洋と真が、ありがたく頂戴する。
「や、これはかたじけない」
「頂きます」
「多少多めにありますから、ごゆっくりどうぞ」
 春の香りが漂う風に髪を揺らし、にっこりと微笑んで、弁当を手渡すと、千歳は自分の作った雛人形の船を小川に流しに行く。
「悪い事をぜーんぶ連れていってくれれば‥‥会えるかしら‥‥」
 早い川の流れに、千歳の雛人形も、少女達の雛人形に混ざり、くるくると回転しながら、川を下っていく。
 雛人形は自分の厄を連れていってくれるのだという。そうならば良い。十年も前になる。千歳には許婚が居た。けれども、何処かへ出奔してしまったのだ。捜したが、その行方は未だに知れず。
 左目の泣き黒子にそっと触れた。泣きすぎて出来たものでは無いのだけれど。ただ、愛する人と幸せな家庭を築きたいだけなのだけれど。
 そんな溜息にも似た想いを乗せて、雛人形は川を下り、小さくなっていく。

 全ての女の子が幸せになりますよう。そんな願いと想いが、雛祭、流し雛の時期には満ちる。だから幸せにならないでいる女の子は居ないのだと。
 ‥‥いつか。きっと‥‥。