蕗の薹

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 71 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月19日〜03月24日

リプレイ公開日:2007年03月26日

●オープニング

 このまま死ぬのか。男は、蕗の薹を手にぼんやりと思った。大切に育てられたのだろう、素直な娘の顔が浮かぶ。あんなに安らぐ場所は他に無いと言うのに。心から愛しいと思うのに。鋼の鎧は冷えを加速させる。

 このまま死んでも良い。男は、残雪を握り締めて苦笑する。その向うには刃の折れた日本刀が転がる。気立ての良い娘だし、人の良い主人だ。幸せになれると思った。幸せにしようと思った。

 男達が倒れて、最初の夜がやって来た。


「私が、有頂天になっていたばっかりに」
 うなだれた男が冒険者ギルドの受付で溜息を吐いた。
 僅かに白いものの混じる髪は綺麗に結われ、着ている物も派手では無いが、上等なものだ。男は、小料理屋の主だという。川沿いの茶屋も兼ねた料亭の主はまた溜息を吐く。
「娘に、ふたりの求婚者があらわれまして。それがまあ、ひと方はお武家の次男坊さん。もうひと方はイギリスから渡って見えた冒険者さん。ふたりともきちんとしたお人で、文句のつけようも無い人達で。娘も、悪い気はしていない。ならば、どちらかに婿に来てもらおうと思ったわけです」
「それはおめでとうございます」
「本当に、成り行きに任せれば良かったのだと今は思います」
「ご主人?」
「娘は決められない。おふたりは譲らない。ならば先に蕗の薹を採って来てくれた方に娘を差し上げようと」
 聞けば、娘さんの好物なのだという。しかし、結婚相手を決めるのに、蕗の薹を採って来た方に。
 小料理屋の主人は苦い顔をして微笑んだ。
「うかれていたんです。‥本当に、何故そんな事を言い出したのか、今となっては取り返しがつきません‥」
「ご主人?」
「済みません‥依頼というのは、ふたりを助けて欲しいのです」
 娘さんの好きな蕗の薹の自生する山から、ふたりとも帰らない。一週間になるという。
「片道二日。捜す場所も簡単です。本当に、何があったのかと思えば」
 いつも山菜を売りに来る山の村の男に聞けば、今年はその山に大猿の小さな群れが住み着いて、その山の蕗の薹はあきらめて欲しいと言われて、ふたりの求婚者が帰らない訳を知ったのだという。
「そんな山に追いやった私を許してもらえるとは思いませんが、どうか。どうか彼等を助けてはもらえませんか」
 小料理屋の主人は、深々と頭を下げた。

 ふたりの男の生死を確認の後、保護をお願い致します。
 どちらかに肩入れして下さい。その結果、婿が決まります。

●今回の参加者

 ea0592 木賊 崔軌(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea4885 ルディ・ヴォーロ(28歳・♂・レンジャー・パラ・イギリス王国)
 eb3886 糺 空(22歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb5073 シグマリル(31歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 eb5347 黄桜 喜八(29歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 eb5761 刈萱 菫(35歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 春の陽射しはそれなりの暖をもたらすのだが、残雪の残る山から吹き込む風は冷たい。
「江戸付近は雪が消えるのも早いな」
 蝦夷生まれのシグマリル(eb5073)が、空のように青い瞳の眼差しを僅かに細め、山を見ながら、大人しくついてくる若い熊のエペレを撫ぜる。その姿に、村人はたじろいだが、大勢の冒険者達と移動するのを見て、恐る恐るだが、彼等の求める蕗の薹の場所を話し出す。
「若い兄さん二人だろ?止めたんだよ、わし等は」
 村人達は、やれやれといった顔をする。大猿の群れが、普段とは違う行動をしているから、止めろと。しかし、二人は頷く事はしなかったという。事情を知る冒険者達は、そうだろうと思いながら頷く。
「最初に入っていったのが、めったに見ない金色の髪の兄さんかね。その後を、慌てて追ったのが、お侍さんだったよ」
「行き先は絞れたみてえだな」
 木賊崔軌(ea0592)が村人の言葉に頷く。
 どうやら初手は冒険者に軍配が上がっているようである。しかし、帰らぬ日時が二人の無事を疑わせるに充分で。
「一週間と、僕らが到着まで二日経ってるよね」
 思わぬ寒さに鼻の頭を真っ赤にし、寒さに凍える指先をぎゅっと、握り合わせている糺空(eb3886)が心配気に山を見る。状況は良いとは言えない。二人を早く捜さないと、彼等の残した痕跡が消えてしまうかもしれない。ひょっとしたら、その命が危ういかもしれない。そんな思いが、空を駆り立てる。
「急がなきゃな」
 依頼人の立場もあるだろうからと、聞き込みをする為、何処まで状況を放して良いかと聞いたルディ・ヴォーロ(ea4885)に、依頼人は礼を言った。しかし、二人の生死がかかっているのだから、自分はどう言われてもかまわないので、どうかよろしくお願いしますと、また、深く頭を下げられた。それを思い出して、ルディは唇を引き結ぶ。
「何とか、いけるか?」
 ふわりと、黄桜喜八(eb5347)が暖かなマントを翻すと、依頼主から借り受けた、男二人が娘に渡したという小物を、相棒である忍犬トシオに、匂いを覚えさせる。侍のものが先である。冒険者よりも、侍の方が、その生死が危ぶまれるからだ。確かに、冒険者は先手をとっている。この一事だけでも、侍を先に捜す方がよさそうに思えた。
「馬は預かって頂けるようですわ」
 これから、二人を探しに山にはいるのだと、村人と言葉を交わしていた刈萱菫(eb5761)が山間の探索には不向きな馬の手綱を村人に手渡して、歩いてくる。準備は整った。

 山が緊張している。そんな空気が読み取れた。
 先導する喜八のトシオの後を、一塊になって移動する冒険者達。ひときわ嬉しそうに歩くのはシグマリルのエペレだろうか。隼のイメラッは旋回しながら上空から山の異常を窺っている。
 男達の足跡とみられる踏み抜かれた後はすぐに見つかり。イメラッの鳴く声と、大猿の咆哮が聞こえたのはほぼ同時だった。ぎゃっぎゃっと叫ぶ声が、木々の上から冒険者達を取り巻くように迫ってくる。
「夜行」
 上空から襲われてはたまらない。崔軌が牽制をさせるべく、鷹を空に放つ。
 溶けかけた残雪は、滑り、足をとり、動きに制限をつける。
「いくぜ」
 喜八の周りに煙が立ち昇る。忍術だ。煙の中からは、大ガマがずしりと地響きを立てて現れた。めきめきと、木々をも薙ぎ倒す。一瞬、大猿達の叫びが小さくなる。しかし、その大ガマの上に、普通の大猿より一回りも大きな凶暴そうな大猿が爪を立てて飛び乗った。
「ボスだよ!」
 空が叫ぶ。大猿の特徴を村人から聞いていたのだ。あれがボスに間違いは無い。
 下から攻撃を仕掛けようにも、ガマの上では狙いがつけにくい。それを狙いすましたかのように、左右の木々の上から、一斉に大猿達が襲いかかった。
「っ!」
 菫の赤銅色の刀身を持つ刃が、陽の光を浴びて、黄身を帯びて輝いた。大猿の攻撃をがっちりと防ぐ。充分な立ち回りが出来るほど広い場所では無い。どうしても山の中では混戦になりがちである。
 襲い掛かられる大猿へは、精一杯の防御と攻撃をするシグマリルのエペレ。前方を覆うように大ガマ。
「まずいな」
 大猿の攻撃は前後左右、さらに上空からも繰り出される。一方向から襲うような動きでは無いのだ。崔軌は、霍乱を狙い、動こうとするのだが、囲まれてしまっては、襲い来る大猿を受けるのに精一杯だ。仲間から離れないようにしている空にも、大猿の爪は襲い掛かる。木々を伝い、あらぬ方向から襲い掛かられるのだから、たまったものでは無い。
「!」
 喜八のガマは、高い場所から牽制と指示されている崔軌の夜行の助けを受けて、刻限一杯大猿を背に奮闘sた。だが、ガマには出現時間がある。その役目を果たしきると、煙と消えて行くのだ。その時刻まであと僅か。
「少しだけ目ぇつむってくれ!アオイのダズリングアーマーを発動させっから!」
 喜八の声がする。戦闘中に目を閉じる事はとても怖い。その一瞬が生死をわけるからだ。こちらの状況が有利に運ぶとしても。閃光が辺りを覆う。人はかろうじてその光から目を閉じれたが、動物たちは全てその閃光を浴びる。
 寄せ手の大猿の動きも、防戦をする動物達もその動きが鈍った。
「させん!」
 シグマリルの手から、ようやくボス猿目掛けて矢が射込まれる。鈍い音と共に、大猿の頭が射抜かれる。ルディの手からも続け様に矢は大猿に吸い込まれ。
「止めっ!」
 大猿の絶叫が山に響き渡った。
 猿達はボス猿が動かなくなるのを見ると、蜘蛛の子を散らすように木々に紛れて退却を始める。
「大丈夫?」
 自分自身が大丈夫かと思うような怪我だったが、空は、怪我を負った仲間から先にその癒しの光を纏わせて行く。
 猿の再度の襲撃は無く、無事男二人を救助する事が出来た。
 その場所から遠くない所で、瀕死の男達は、手厚く保護されると、喜八の空飛ぶ絨毯で麓まで運ばれた。
 生憎、群生しているはずの蕗の薹は大猿達に荒らされ、ほとんど残っては居なかった。冒険者の男が握る蕗の薹が、残雪残る山に僅かに萌黄の春の色を落としていた。
 そうして‥‥。

「私は、どちらを選んだら‥」
 途方に暮れる娘の髪を、菫が丁寧に結って行く。もうじき、運ばれた男達は目を覚ますだろう。その時に、出来る限り綺麗に見せてあげたいとの申し出は、快く受けられる。
「どちらも、良い方なのですわよね?」
 初めて会ったふたりの甲乙をつけるのは、難しいと、菫は娘をまるで花を咲かせるように美しく装わせながら、心の中で軽く溜息を吐いた。
「イギリスからなんだ!」
 ルディは冒険者が目を覚ますと、嬉しそうに笑った。自身もイギリス出身だから、気持ちは冒険者を応援する方向に揺らぐ。しかし、その光る髪を見て、一抹の不安もよぎる。この国では混血は珍しい。生まれてくる子供の事を思えば、同じ国の人のほうが良いかとも思うのだ。
「冒険者は止めとけ。冒険者と一緒になったらよ、一家団欒なんぞ望めねぇ。一時も気が休まらねぇぞ。侍の方がよ、まだマシだ」
 小料理屋娘に喜八が首を横に振りながら、怪我だらけの冒険者を見て溜息を吐く。
「俺もそう思う。冒険者というのは、明日をも知れぬ命だ。しかも、異国の者であれば、待ち受ける困難は多いだろう」
 皆、自身が冒険者である。その危険性と仕事の汎用性は身に染みている。国状というものもある。なんとなく、軍配が侍に傾きかけた所に、崔軌が軽く肩を竦めて、侍の前に出る。
「まあ、そうなんだけどよ‥もう助からね、そう‥生きるの諦めてなかったか?」
 救出時、蕗の薹を握り締め、生にあがいていたのは、冒険者の方だった。確かに、危険と隣り合わせの職業だが、その分、地力も普通の男よりはあると思うからだ。一方、この侍は目を閉じて、動くのも億劫そうでは無かったか。家督を継げない次男坊は、良くも悪くも色々な事を諦めながら育つ。そうでない者も居るには居るが、この男はどうだろう。崔軌の笑っているようで、射すくめるような碧の瞳が言い逃れを許さないと、侍に迫る。
 どんな人生にも、ここ一番の踏ん張りどころがある。その時、侍の生き様が悪い賽の目を出さないとは限らないのだ。
「僕も‥あがいて欲しいな」
 生きる根本。それを、ルディも思い出す。この先は、意地でも生きて家族を守る立場になるのだから、簡単に生を手放して欲しくは無い。
「死ぬ時は、どうあがいても死ぬだろう。けれども、生きる事が出来るなら、私は誠意を尽くしたい」
 可も無く不可も無く。そんな言葉を侍は口にした。それは、多分本当の本音で。
「僕はお姉ちゃんに幸せになって欲しいよ?」
 空が泣きそうな顔をしている小料理屋の娘を気遣って、ぽつりと呟いた。どっちって選んでも、どちらかは哀しい事になる。多分、今のままでは、娘もずっと後を引くだろう。そう思い、空は、どちらの肩も持つことは出来なかった。
 けれども主人は、出来たら早く決着をつけたかった。何時までも、娘が男二人と付き合っていると近所に言われたくなかったからだ。
「しばらく店で料理の修業をさせて、先に腕の上がった方にされたら如何かしら?」
 菫の何気ない一言に、今まで黙っていた小料理屋の主人が、がばっと顔を上げた。どうやら、考えてもみなかった事らしい。
 見習いならば、修行中に、娘の心がどちらかに多く傾けば良いのだから。その案は、男二人も、まったく考えもしなかったようで。
 だったらこれを。と二人に着せるのは越後屋の前掛けである。蕗の薹といい、前掛けといい。どうもこの小料理屋の主人、やる事がせっかちで気持ち外している。だがしかし。
 本当にありがとうございましたと、嬉しげな顔を見れば、まあ良いかという気にもなる。冒険者達は蕗の薹の入った甘味噌を筍に添えた料理に舌鼓を打ちながら笑い合う。
 小料理屋は、婿は選べなかったが、二人の真面目な見習いを抱える事が出来たのだった。