赤飯を食べる前に

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月29日〜04月03日

リプレイ公開日:2007年04月06日

●オープニング

 しゃこしゃこしゃこ。しゃこしゃこしゃこ。
 暖かくなった、春の夜。菜の花の匂い漂う近くの小川で、軽快な豆とぎの音のような、軽快な鼻歌が聞こえてくる。
「いたぞっ!」
 農民達は、ここ最近出没している、妖怪豆洗いに手を焼いていた。小豆はご馳走である。ほんの少量の砂糖でとても旨い味になる。農村では、小豆の甘味は貴重なのだ。そうして、桜の花見にお赤飯を炊く風習のあるこの地域では、さらに欠かせない味である。
 しかし、ここ数日立て続けに、小豆の俵が盗まれた。盗んだのは、妖怪豆洗い。
 人のよさそうな小柄な姿。軽く曲がった背に、ぎょろりとした目。流石に、大勢の村人に追われては、襲い掛かることも無さそうだったが、いつ、誰かが犠牲になるかもしれない。
 なによりも、豆洗いが盗んだ小豆を取り返したい。
 森の中へひょいひょいと、足取り軽く逃げていってしまう豆洗いは、その肩にやっぱり小豆の俵を担ぎ。
「うーわ。あと、ひとつしか俵無いよ!」
 小豆は需要が高い。欠かせない村だといっても、町に売るのは当然で。村人がお祝いに食べる分しか残ってはいなかった。
「どうするよ。もう、桜咲くぞ?」
「こういうときは、ほら、あれだよ」
「あー。行くか」
「村長〜っ!冒険者ギルドに頼んでもええか〜っ?」
「高くつくなぁっ!」
「しょうがないじゃない。小豆盗られるだけならともかく、誰か怪我してからじゃ遅いよ」
「かーっ!そんなら行ってくるわ」
 まだ壮年と言って良い年代の村長が、ごま塩の無精髭をかきかき、江戸へと足を向けるのだった。

 妖怪豆洗いを退治し、小豆の俵を取り返して下さい。

●今回の参加者

 eb3383 御簾丸 月桂(45歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb9659 伊勢 誠一(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec0997 志摩 千歳(36歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ec1285 字倉 水煙(28歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec1507 紅鶴 いづな(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ec1621 ルザリア・レイバーン(33歳・♀・神聖騎士・人間・ロシア王国)

●サポート参加者

瀬崎 鐶(ec0097

●リプレイ本文

●妖怪豆洗い
 しゃこしゃこしゃこ。しゃこしゃこしゃこ。
 豆を研ぐような軽快な鼻歌が聞こえる。妖怪、豆洗いだ。
 豆洗いは、やはり、最後の小豆俵を見逃してはいなかったようである。温まった春の夜、少し肌寒い春の風が村に桜の香りと、軽快な鼻歌を響かせてくる。
 ぶるりと、伊勢誠一(eb9659)の愛馬栗駒が、落ち着かないらしく、頭を振り、蹄で土をかいている。その隣では、ジャイアントパイソンの久知奈波が所在無く気ままな動きをしていた。その巨体に、村人達は大変驚いたが、人の良さ気な誠一が連れていることもあり、進んで近寄る者は居なかったが、まあ、豆洗い退治に役に立つのだろう、と恐々ながらも久知奈波が村に入る事を納得をしてくれた。
「さて、上手くひっかかってくれますかどうか」
 誠一がこそりと呟くのを、志摩千歳(ec0997)がくすりと笑い、頷いた。長い黒髪がさらりと揺れる。普段から穏やかな微笑を浮かべる千歳だったが、春の夜のせいかいつもよりももっと優しい、角のとれた微笑なのは気のせいではないだろう。
 それを横目に、罠を張りつつ紅鶴いづな(ec1507)は、溜息を吐く。
 他人の家のものを勝手に取るのは良くない。けれども、退治してしまうほどでは無いのではないのかという思いも少しある。
「俵だけ返してもらえばいいと思うけど‥‥」
 そうは思う。
 けれども、相手も返して欲しいといって、はいどうぞと返してくれるとも思えない。ならば、戦うのは仕方が無いかと、この依頼に対する気持ちを納得させる。頭では納得していても、感情は上手くついていかない。憮然とした表情で罠を張る。
 一方、村の中では小豆俵を守る者達が準備を終えている。
 俵が保管してあった場所は、小さな穀物倉であった。豆洗いが出なければ、この森の中の村には、よっぽど余所者はやって来ない。鍵などは無く、簡単な楔で扉を止めてあった。
 それを物陰から張り込むのは御簾丸月桂(eb3383)と字倉水煙(ec1285)である。
 ぼうと朧に霞む月の夜、桜の花の香も穏やかに香る、とても美しい夜空を仰ぎ見て、水煙は軽く春の香りを嗅ぎ分けて、自分の顎を撫ぜた。
「‥‥ふむ、後はのんびり待つだけじゃな」
 年輪の行った顔立ちに誤魔化されがちがだ、水煙はまだ二十歳に届かない。
「まあ‥豆洗ってるだけなら平和でいいんだけどな‥‥豆は豆のままもいいが、赤飯やおはぎの美味さを知らないのは実に勿体無いよな!」
 どこか外したのかあっているのか、微妙な事を、からりと言いながら笑う月桂に、水煙は糸のような目をさらに細くして笑い返す。
「‥‥そういう事じゃ。ぱっぱと片付けて、のんびり花見といきたいところじゃな」
「だよな」
 小さな村だった。しかし、万が一を考えて、ルザリア・レイバーン(ec1621)は村と小川の間の僅かな場所を警戒し、隠れる場所を探していた。何か相談しようにも、ここはギルドでは無い。誰とも話が通じなくて、所在が無かった。けれども、自分の出来るだけの事をしようと、身振り手振りで、村の中を回ると伝える事は出来た。そんな巡回中、誠一の愛馬栗駒が川の方から駆けて来た。不穏な空気に、ルザリアは金色に光る髪を揺らして、川へと走り出す。
「来たか!」
 馬が駆けて来るその地響きは、村の中で小豆を守っていた水煙と月桂にも伝わった。馬が村を駆け抜ける前に、川へと向かって走り出す。

 豆洗いと川岸で対峙しているのは誠一と千歳。そしていづなである。何処から来るのかわからない豆洗いだったが、やはり、身を隠す場所の多い森から川を渡ってやってくるようであった。
 川を渡りきった所で、いづなの罠にかかり、その大きな目を不審気に動かすと、罠から足を外しにかかる。足止めにはなったようであるが、その罠もすぐに外されそうである。
「一思いに‥‥一撃で仕留めてあげる」
 この豆洗いを倒す事が依頼だった。ならば、仕方が無い。ぐっと唇を引き結んだ、いづなの縄ひょうがうなり、手裏剣が飛ぶが、致命傷には至らない。
「倒してしまっても構わんのでしょう?」
 するすると豆洗いに近づく誠一の抜刀が夜風を切って豆洗いにざっくりと入る。だが、これも浅い。
「栗駒‥行って!」
 いづなと誠一が気を引いている間に、千歳が、豆洗いが出た時の合図にと決めていた伊勢の馬を走らせる。その音と攻撃に、豆洗いの愛嬌の有る顔が、きょとりとゆがみ、彼等を向き、しゃこしゃこしゃこ。しゃこしゃこしゃこ。と、再び豆を洗うような、軽快な鼻歌を紡ぐ。
 ぎょろりとした大きな目。人のよさそうな小柄な姿。ここに集まった冒険者達は知るよしもなかったが、この豆洗い、オーガという鬼に属する。豆を研ぐような鼻歌で魅了し、人のよさ気な姿に反して、近寄ってきた生き物を食べるという凶悪な一面を持つ。
「どうにか時間を稼いで下さい」
 千歳から、足止めの魔法の力が放たれるが、豆を洗うような魅了は誠一を捕らえていた。
 縄ひょうを取りに戻ろうと、いづなは動くが上手くいかない。やはり、魅了がいづなを捕らえている。
 口の端をにいと笑いに吊り上げると、豆洗いは、何度か首を振ると、後退を始めた。小川を渡られ、森に逃走されたらそれで終りだ。させまいと、また、千歳の足止めの魔法が豆洗いを拘束にかかる。その時。
「悪い子はいねぇがーー」
 走りこんできたのは月桂、ルザリア、水煙である。
 手裏剣と、刀の傷を庇い、逃走を図ろうとしていた豆洗いは、一瞬だけ、鼻歌を歌うのが遅れた。
 月桂はざばざばと小川に走りこみ、油断無く戦傘を構え、間合いをはかり、豆洗いの退路を断つ。水煙も仲間の動向をよく見、魅了にかかる仲間の合間を縫い、手にした鉄扇を打ちつける。千歳の足止めの魔法と、水煙の格闘技でがくりと膝をつく豆洗いに背後から月桂の戦傘が振り抜かれる。そうして、やはり間合いを計っていたルザリアの両刃の剣が淡い月光を反射しながら、豆洗いを黄泉路へと旅立たせたのだった。
「すまない」
 ぽつりとルザリアが呟いた言葉は、誰にも理解はされなかったが、充分に気持ちは伝わった。
 縄ひょうを拾うと、くるりと踵を返したのは、いづなだ。
 妖怪豆洗い。
 この罪深い顔と姿のモンスターは、倒す側に要らない心情を植えつけたのかもしれない。
 はらりと、山桜の花弁が川面に落ちて流れていった。

●山桜舞う
「いやあ、助かった!いつ、誰が怪我したりするかと思って」
 赤く染まった小さな葉の間から、淡い色の山桜の花が満開だった。その合間に、小さな白っぽい花をつけた桜も見える。急に冷え込み、暖かくなったその翌日か翌々日には、桜は一斉に開花する。昨日の夜にはまだ三分咲きの桜が、まるで冒険者達を迎えるように咲き誇り、はらり、はらりと時折淡い色の花弁を散らす。
 春の花群青に染まる夜空に淡い月が浮かび、月と、ほんの僅かの篝火が、夜桜を夜の森に幻想的に浮かび上がらせる。
 明るい村の人々は、豆洗いが退治された事で、さらに明るくなっていた。豆洗いが盗んだ小豆は、少し入った森の中から簡単に発見出来たのも大きい。
 調子の良い村長に、自分からギルドに行くって言わなかったくせにと、野次も飛ぶ。だが、そんな事はおかまいなしに、村長は冒険者達に酒を進めて回る。
「飲め飲め?どんどん飲め?」
 秘蔵の酒をがんがん出してきた村長に、巨躯をかがめて、月桂は、笑みを浮かべて近づいた。そうして、ぐいと、杯を突き出した。酒は好きだが、飲兵衛と自慢する村長に勝てるかどうかはわからない。けれども、ここはひとつ。酒飲みとして、挑まなくてはならないだろうと思うのだ。
「勝負願いたいっ」
「おお?若いの!その心意気!受けるぞっ!」
「っ!」
 出された酒の銘柄を見て、月桂は村長の顔をまじまじと見た。村長はにやりと笑うと、ぐっといけと、月桂の杯になみなみと注ぐのだ。
 あーあ。と、笑う村人達は、今夜の生贄は月桂に決まったとばかりに、囃し立てる。
「おはぎを作ってみたのですが、皆さんも如何です?」
 村の女衆と、宴会となった桜の木の下に、念願の小豆を使い、おはぎと赤飯を作った千歳がやって来る。言葉の通じないルザリアも、千歳に微笑まれ、手を引かれ、宴会の中で桜を見ながら、甘いおはぎと、美味い赤飯をほおばる。
 見上げれば、満開の桜が、ルザリアを労うようにはらりと揺れた気がした。口にした小豆の食べ物も、初めての味で、とても美味しく、思わず顔がほころんだ。
 満開の桜に酔ったのか、最初からペースを上げて飲み続けていた誠一が、そんな千歳に気がついて、おぼつかない足取りでやってくる。
「はは、やれやれ‥春の風情に誘われて、少々呑み過ぎましたかね‥‥」
「飲み過ぎです」
「千歳」
「はい」
 少し離れたござの上に座り、手招きする千歳に招き寄せられ、誠一は自然と千歳の膝を枕に夜空に浮かぶ淡い月に、淡い色を溶かし込むように浮かぶ桜を眺め、さらに目を細めた。そんな誠一の視線を追って、千歳も、時折舞い落ちる花弁の軌跡を見ながら桜を見上げた。
「山桜、綺麗ですね‥‥このまま時の流れが止まればいいのに‥‥」
 流し雛のご利益ですかしら。そんな言葉にならない言葉を飲み込んで、千歳はとても綺麗に笑った。
「あんたは飲まないんか?」
 村人に、進められると、水煙は、穏やかに笑い、振舞われているおはぎと、赤飯をひとつづつ分けてもらう。
「あー、わしは下戸での。酒は他の者に飲ませてやってくだされ」
 はらり。はらり。
 花弁が落ちて、水煙の湯飲みに一枚花弁が舞い落ちる。茶の香りと、淡い桜の香りを吸い込むと、桜が夜に浮かび上がる様を、ただ見ていた。

 森の中に、小さな新しい土饅頭が出来た。
 それは、ルザリアが願い出て、村人達が快く了承してくれた豆洗いの墓である。
 はらり。はらり。
 桜の花弁は、その墓にも届いた。

●ピンナップ

伊勢 誠一(eb9659


PCツインピンナップ
Illusted by 逢坂やひろ