春雨の夜
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 9 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月01日〜04月06日
リプレイ公開日:2007年04月09日
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●オープニング
「あなたっ!見せなさい!て、いうか、渡しなさいっ!」
「うわ、ごめん。ごめんってば!これは勘弁してくれっ!」
鬼の形相の嫁から、思い出の品を懐に、春雨の振る山道を駆け上がる。麓には、嫁のものであろう提灯の灯りが見える。
まずい。非常にまずい。
胸に抱えた、思い出の人形をそっと撫ぜる。初恋の思い出をとっておくのがそんなに気に障ったのか。今では、鬼のような形相だとはいえ、お前だけが好きなのに。思い出をとっておく余地も無いのか。
ふうと溜息を吐いた男は、子供の頃良く遊んだ洞窟に走り込む。
ここは、適度に乾き、広さもそこそこ、一本道で迷う事の無い洞窟なのだ。
「そういや、神隠しにあった子が居たなぁ」
その日も春雨の降る夜だった。夜に一人で洞窟に駆け込むのはどうかと、それを聞いた時思ったのだが、迷う事の無い洞窟なのだ。けれども、十年も前、隣村の少女が洞窟から出てこなかった。
父親と喧嘩して、洞窟に走り込んだのだという。
何故そんな場所で喧嘩をしていたのか、父親は語らなかったが、娘が居なくなってしまった事に、酷い衝撃を受けて、一年後、儚くなってしまった。
少女を二つの村人が山狩りをしつつ、散々捜したが、ついに見つからず、神隠しだと噂され、それからこの洞窟に立ち入り禁止となったのだ。
そうなっても、子供達は、親の目を盗んでは遊んだものだった。楽しく遊ぶ子供達は、洞窟に恐怖など感じなかったし、それ以降、神隠しにあった子が居たという話も聞かない。
「…嘘だろ」
一本道のどん詰まり。そんな洞窟なのだが、駆け込んだ男は、ぽっかりと二股の道が出来ているのを見て生唾を飲み込んだ。
一方は、良く知った道もう一方は、まったく知らない道。
これが神隠しの道かもしれない。そうでないかもしれない。
遠くから、嫁の声がする。
「ちょっとだけ、預かってくれないかな」
男は、恐る恐る、手にした市松人形を、その知らない道の端へ置いた。そうして、後ろを振り返り、振り返り、外へと向かって走り出す。
ごおん。
そんな地響きが洞窟の外へ出た男に伝わった。
「あなたっ?!」
辿り着いた嫁も、その地響きは聞こえたようで。いつもの可愛い顔に戻って男に縋り付く。しとしとと降る春雨はゆっくりと二人を濡らす。
「ごめんな、今はお前だけが好きだから」
「…そうだけど、思い出に気持ちを持っていかれるのは癪に障るじゃないの!」
「おい!」
「許さないんだから!」
恐る恐る、しかし、男の嫁は脇目も振らず走り込んで行く。どうしても、人形が許せないらしい。他の物だったら、まだ我慢したかもしれない。けれども、愛らしい人形なのだ。まるで、その人形が旦那の愛人のように思えて仕方ない。そんな嫁の気持ちなど、男にはわからない。血相変えて追いかける。
「あったわ!」
「待てよ!」
嫁の持つ灯りの側に居り、急に灯りが無くなった男は、暗い洞窟の中、どうしても嫁の足に叶わない。
勝ち誇った嫁の声が響いたと同時に、嫁の悲鳴も響き渡った。そうして、また、地を揺るがす音がした。
「嫁を…嫁を捜してくださいっ!」
色を失った顔で、男が冒険者ギルドの受付にやって来る。
しとしとと降る春雨は、まだしばらく続きそうである。
神隠しにあってしまった男の嫁を、捜して下さい。
●リプレイ本文
●二股の道が開く条件
夜の山は暗い。霧のような細い雨が降っていれば空は雲に隠れ、暗い夜がさらに暗くなって冒険者達を待っていた。歩いていくうちに目は暗闇に慣れて、移動にも不都合は無いぐらいにはなったが、それにしても暗い。
打たれているかどうかもわからない細かい雨は、その移動中にみっしりと服を濡らし、軽い寒気も襲ってくる。依頼者の妻が居なくなった同じ状況をと考えるとどうしても夜になる。
「神隠しかぁ〜どんなモンなんだろ?昔一人あったことがあるっていってたけどソレっきり何もなさそうだし‥‥」
「神隠しのからくりはわからぬが、似た状況で起きている以上、共通点が鍵となって起こった可能性が高いと思うが」
「だよな〜。何か起こる条件みたいなのがあんのかもね」
鷹城空魔(ea0276)と上杉藤政(eb3701)は、依頼書の内容を何度も反芻する。特殊な条件がそろわないと成立しない事は推測される。とても長い間、同じ現象が起こらなかった事を考えると、様々な現象が重ならないと、その道は現れないのだろう。
「春雨の降るときだろ?」
「うむ。男女が口論‥‥もしくは喧嘩か何かで感情が高ぶっていた事も考えられそうだ」
「俺らのうちの男と女が喧嘩しながら洞窟を歩く‥かな?」
「人形もひとつの要素となっているような気がいたす」
教えられた洞窟は、すぐに見つかった。横幅はそう無いが、縦は大きな男が楽に通れそうな高さはある。とにかく、大人がひとり、駆け込んでも大丈夫なぐらいの広さはあった。
何処と無く、落ち着きの無かった風魔隠(eb4673)は、仲間達の話し合いを聞くよりも先に、洞窟探検に心が躍っていた。洞窟の謎を解き明かせ!洞窟の怪!!の巻!とか段!とかでござると、口の中で呟いて、そのまま洞窟に走りこんだ。依頼人の妻の安否が気にかかる事もある。
「今すぐ助けにいくでござる!」
真っ暗な洞窟の内部は聞いていたので、暗くても大丈夫ではあったが、気合を入れて入っていった隠は、すぐに突き当たりにぶつかる事になった。
「あ、あれ?分かれ道がないでござる‥‥一本道でござるよ」
「おーい。ちゃんと話聞けー?」
空魔の声が追いかけて来た。
「話とはっ?!」
「だから、この洞窟が二股になるには、条件があるみたいなんだよ」
きょとりとした顔の隠に、空魔が笑いかけた。慎重に洞窟の壁を確認しながら追いついた藤政も頷く。
「ただ、駆け込んでも何も起こらないようだな」
「そ‥そうでござるか」
「何方が喧嘩いたしますの?」
端切れや藁で、簡単な人形を作ってきていた刈萱菫(eb5761)が、にっこりと微笑み、差し出した。そう、喧嘩をしなくてはならないかもしれない。
藤政が、ひとつ頷いて笑った。
「私は、男性というには少し背が足りぬな」
「私でもかまいませんけれど」
穏やかに微笑む菫の喧嘩も見てみたいが‥。
「俺か‥」
「拙者でござるか!」
非常に適任の二人が顔を見合わせた。
●救出?
しかし、いざ喧嘩をするにも、悪意も敵意も無い相手と喧嘩をするには非常に骨が折れる。だが、中々上手くいかない焦りが生まれ、何度目かの挑戦でようやく喧嘩のようになる事が出来た。人形を持った空魔が腹の立つのも手伝って、小走りに洞窟へと入って行く。その後を、透明になって追っていた藤政だったが、条件を変えてみようという隠の言葉で足を止めた。
すると。
ごおん。
待っていた地響きが、表の冒険者達に響いてきた。
「空いたようですわね」
「よおっし、救出でござるなっ!」
「この場合全員で向かった方が良いのか悪いのか」
隠と菫と藤政が、洞窟へと空魔を追って入っていった。
「大丈夫か?」
空魔は、乾いた空気が流れる二股の道の前に立っていた。今まで散々同じ事を繰り返してようやく出てきたこの二股の道。
そのすぐ脇に、女性が眠るように倒れている。そうして、市松人形は一体ではなかった。数体の市松人形が、愛らしい顔をして、待っていたかのようにその場にあったのだ。古いものもあるが、どの人形も風化せず、穏やかな顔で頬伝でいる。
「千重さん、大丈夫ですか?千重さん」
依頼人に妻の名前を聞いていた菫が、呼びかける。ショックで倒れていたのが数日だとしても、軽く衰弱はしていたが、どうやら元気のようで。
「大丈夫か?」
藤政が声をかけると、しっかりとした返事が返ってくる。
「どうであろう?ご主人の人形はまだ腹立たしい物であろうか?」
ここに居るのが冒険者だと知って、千重は恐縮するばかりで、あの夜はどうしても我慢が出来なかったからと、深々と謝罪する。無事ならば良いと、村へと帰ろうとしたその時。
「人形を拾って、おしまいでござるな?」
隠が市松人形を拾い上げると同時に、壁が動き始めた。
「まずい!」
冒険者達は、その僅かな隙間に飛び込んだ。その先に、何があるのか、誰もが知りたかったせいもある。
ごおん。
千重を残して、二股の道はまたぴったりと閉じてしまったのだった。
冒険者達は結局知り得なかったが、この移動する壁。妖怪塗坊という。特に人に害は成さない。ただ、壁になっているのが好きな妖怪である。この塗り坊は、冒険者達が推測した通り、春雨の夜、男女が喧嘩をした時点で目を覚まし、男が先に走り込んだ時点で通りたいのかなと体を動かす。そうして、一定の時間開いており、通ったんだなと思い、自分の居心地の良い壁の場所へと戻るのだった。
迷惑なのかそうでないのか。意見は分かれる所だが、とりあえず。悪意は無い。
悪意は無いが、時折、こんな風に、とても困る妖怪であった。
●洞窟の先
「ええ〜い、こうなったら仕方ないでござる、こっちの道を突破でござる〜!!」
隠が、力いっぱい主張したが、あっさりとそれは承諾されてしまった。
「みんな、物好きなのでござるな?」
拍子抜けした隠は、気持ちがっくりと肩を落とす。
「この際だからな。最初に行方不明になった女の子がどうなったかの手がかりだけでもつかみたいものだ」
「塞がってしまっていたなら別の道を探すしかないですわ」
いたって前向きなのは、流石冒険者といった所か。
「なあ、これこのままにしとくの良くないと思わねぇ?」
「うむ。人形であるからな」
人の型がうち捨てられているのはあまり好ましく無いと藤政は軽く埃を払うと、人形を拾い上げた。そんなに数があるわけではなかったので、市松人形を皆して抱えると、僅かに風の吹き込む方向へと歩いて行く。
その行軍は、とても長い道を歩くことになった。
藤政と空魔が余分に保存食を持っていなかったら多少ひもじい思いをする事にもなったかもしれない。
そうして、冒険者達は眩しい太陽を目にする事が出来たのだった。
「うっわー」
洞窟が繋がっていた場所は、切り立った崖の中腹であった。
見渡す先には海が見える。かなり、遠くまで来ている。ここでは山狩りをしたとしても辿り着く事は出来なかったろう。
しかし。
「あれ、村かな?」
空魔が指差す先には、小さな村があった。崖も、急ではあるが、降りられないような場所では無い。どうにかこうにか崖を降りると、妙齢の女性が目を丸くして立っていた。
「拙者達は怪しいものでは無いでござるっ!江戸の冒険者ギルドから‥」
「あの洞窟からいらしたのっ?!」
「‥‥あの村の方であろうか」
藤政の問いかけも、聞こえないのか、女性の目は、菫の抱く人形から離れない。
「もしかしたら、あなた、あの洞窟から‥」
こくりと頷く女性に、冒険者達は顔を見合わせた。女性はやはり、十年以上も前、行方不明になった少女であった。毎年、春には毎日、高い崖の上にある洞窟を見に来るのだという。
確かに、一般人が降りてきた洞窟まで登るのは困難だろう。そうして、帰るにも、子供の少女は自分の住む場所を正確には知らず。藤政が、女性に問う。
「今は、どうしておみえなのだ?」
「所帯を持って‥」
「幸せなんだ?」
涙が止まらない女性に、空魔が頷いた。菫が、そっと女性に市松人形を渡して、背中をさする。
「これにて一件落着!でござるな?」
満面の笑みを浮かべて、隠が笑った。
雨の上がっている、穏やかな春の山は、生き物の気配と若葉の香りで幸せに満ちていた。
洞窟の謎は、ようやく帰り着いた冒険者達によって、近隣の村へと知らされる事になり、謎の洞窟は姿を消したのだった。