春風が吹く浜の‥
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:7 G 30 C
参加人数:4人
サポート参加人数:1人
冒険期間:04月05日〜04月10日
リプレイ公開日:2007年04月15日
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●オープニング
それはまるで極楽浄土かと思えるほど美しくて。
真白き砂浜。遠くまで続く淡い青碧の海。浜から突き出した松並木が岩場にまで生え。海鳥が鳴く。そんな穏やかな浜には、豊かな海の恵みもあり。
この浜を一目見ようとやって来る観光客あり、町から老後を過ごそうと移住する者あり。
穏やかに、賑やかに。
その浜には幸せしか無いように思えた。
春風に惹かれて海辺を散歩中の老夫婦は、奇怪な現象を見た。目の端に、銀色の光が入ったので、そちらを向けば、若い女性が一人で海へと向かっていく。一人のはずなのに、砂浜には足跡がふたり分ついていく。それだけでも気味の悪い出来事だが、踊るような足取りで女性は海へと入っていく。酷く朗らかな顔をしており、誰も居ない場所に語りかけながら、ずんずんと海中へと進んで行く。この浜は遠浅で、かなりの距離歩いて海へと進む事が出来るのだが、春とはいえ、まだ海水浴には早いだろう。
止めようと、走り出す老いた夫を、やはり老いた妻が引き止める。この漁村は気候が良い。町の生活に疲れて、移住してからまだほんの一月にしかならない。
「普通じゃありませんよ、おじいさん。おじいさんまでどうにかなったら、あたしはどうしたら良いんですか?!」
「あ。ああ‥しかし」
笑いながら沈んで行く女性を、ただ見ているだけしか出来なかった老夫婦は、深い悔恨の念にかられ、村長へと懺悔に顔を出す。
「またか‥‥」
「またとは」
「春先になると、どういうわけか、若い女が海に向かって行くんだよ。助かる者も居れば、そのまま帰らない者も居る。帰らない者は、そのまんま、遺体も浮かばず何処かへ消えてしまうんだ」
「だって、ここは浅い海じゃありませんか」
そう、普通の海難事故や、自殺ならば、遺体は何処かに打ち上げられる。なのに、踊るように笑いさざめき海に入る女の遺体は、何処からも上がらないのだという。
「海が淡く金色に光る日は、海に近寄らない事だ」
「海が光る?」
目に入った光は、確かに銀の光だったと、老女は首を傾げた。金色の光は見なかったが、朝日に紛れて見えなかったのかもしれない。けれども、村長の言葉には、何か、ひっかかる。
「いいかい?この村で余生を送りたかったら、この事は他言無用だ」
村長は渋い顔をして、下を向いた。
「でも…」
「その光は、本当に春に数度しか見えないんだからな、何をどう調べたって何年かかると思う?」
なおも言い募ろうとする老夫婦に、軽く手を振り、渋い顔をさらに渋くして、そういう事だから気にするなと、追い立てるように老夫婦を見送った。
けれども。
自分達の娘は幸せに嫁いだ。けれども、あの娘は。
「余計な事だと思うかい?」
「いいえ。おじいさん」
老夫婦は、この青碧に輝く美しい浜に惹かれてこの地へやって来た。それが、とんだいわくの地であり、放置されている怪異がある。
何があるというのか。幸い、老夫婦の良く知る江戸には、こんな怪異を調べてくれる場所がある。
老夫婦は、冒険者ギルドへと向かう事を決心した。
それを見送る男の影がふたつ。
「余計な事吹き込んだみたいだなぁ?」
にたりと笑う、背の低い、皺深い老人は、薄くなった灰色の髪を後ろでひとつに結わえ、くたびれた狩衣を着ている。
渋い顔をした村長が老人を止めていた。
「‥春先に数人の観光客が居なくなる。それで、何も問題は無いのだろう?余計な人殺しは御免だ」
「甘い事だ」
「村人に‥手を出すな」
ある日、ふらりと村に現れた祈祷師は、この海に住むものの正体を明かした。それがいるから、時折行方不明者が出るのだと。
「覚えとけ?わしが、この村の者を救ってるのだぞ」
「わかってる」
「‥なら良いんだがな」
春先に、海で村人が行方不明になる事は無くなった。だが、村人でなければ行方不明になっても良いのかと。今年二十歳になる娘の顔を思い出して、村長は力無く項垂れた。
村は益々豊かになった。しかし、村長は、祈祷師が現れたあの日の陽射しを今も忘れられないでいた。
●今回の参加者
ea0946 ベル・ベル(25歳・♀・レンジャー・シフール・モンゴル王国)
ea4927 リフィーティア・レリス(29歳・♂・ジプシー・人間・エジプト)
ea5794 レディス・フォレストロード(25歳・♀・神聖騎士・シフール・ノルマン王国)
eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
●サポート参加者
玉梓 稲荷(
eb6770)
●リプレイ本文
●冒険者達
その浜は、穏やかで暖かい春の海風が吹く、美しい浜だった。人は多くないが、何人かの若い二人連れが浜を散策したり、浜と平行に延びている松林の道から海を眺めて、のんびり歩いている。
風に長い銀髪をなびかせ、軽く化粧をしたリフィーティア・レリス(ea4927)は、小さく溜息を吐く。誰も居ない浜ならばともかく、思ったよりも人が居たからである。女性のひとり歩きにしか見えないリフィーティアは油断無く辺りを窺う。ひとりの女性を狙う悪質な状況を何とかしなくてはと思う。この相手が、見た目で判断をしているのならば、申し分の無い女性であろう。だが、夕暮れ時になり、人影もまばらになってもリフィーティアに魔の手は伸びる事が無かった。
不可思議な赤い点滅を繰り返す光源を伴い、茜空とよく似た髪と羽根の色を映してふわりとベル・ベル(ea0946)の水色の衣装が揺れた。
女性を狙う怖い事件だ。ベルは海に異変が無いか、目を凝らす。祠が沈んではいないか、何時金色の光が現れるか。だが、穏やかな海は何もベルに見せる事は無かった。
「本当に、何がどうなっているのか」
「ご迷惑をおかけします」
老夫婦は、来訪したレディス・フォレストロード(ea5794)をそっと家に上げた。青い空に溶けるような羽根を震わせて、小さくお辞儀をするレディスに、夫婦はとんでもないと、首を横に振る。
「お願いしたのは私達ですから、何でも聞いて下さい」
「ありがとうございます」
浜に吹く穏やかな風のような微笑を浮かべるレディスの髪が揺れる。まるでこの浜の海の色を映したかのような青が、さらりと揺れた。
この浜の人気の多い時間と少ない時間を聞けば、早朝ぐらいしか、人の居ない時間帯は無いとの事である。春の穏やかな浜を見るために訪れる人は決して多くは無いが、少ないとも言えないのだと。
確認するかのように、お互い頷きあう老夫婦を見て、レディスは、実直な夫婦だと思う。実直で、優しいのだろう。目をつぶれば、そのまま何事も無く暮らせるはずなのに、あえて冒険者ギルドへ依頼を出した。その金額は少なくはない。
「穏やかな浜だと思ったのに‥」
別れ際に、ぽつりと呟かれた言葉は、酷く辛そうだった。原因をなんとしても見つけて、取り除こうと、レディスはお礼を言いながら思うのだった。
光について、ステラ・デュナミス(eb2099)は深く考察する。ボーダーコリーのパクスが足元で尾を振り、そんなステラをじっと見ている。
「どうして村長さんが黙っているかよね」
春先に数度旅人が行方不明になる村。
時期もわかっているのだから、村人や旅人に注意を喚起すれば済む事だ。それがされないという事は、村長自身がこの怪しい現象に関わっているのかもしれないと、ステラは溜息を吐く。
蜃が関わっている。
そう、玉梓稲荷に出発時に助言をされた事を思い返す。だが、それ以上の話は稲荷には調べられなかったようでもあった。
「金色の光と、銀色の光‥‥」
依頼書を思い出し、目立たない場所から、海を見る。この金色の光とは陽の魔法。そうして、銀色の光とは月の魔法ではないかと思うのだ。稲荷が使う月魔法を思い出す。
「イリュージョン‥‥」
術者の思いのままの幻覚を対象者へ送り込む魔法が脳裏をよぎる。決定的では無い。だが、限りなくそれが正解では無いかと思うのだ。
ステラの予測はほぼ当たっていた。
リフィーティアは、村長の家を訪ねていた。
依頼書を見る限りでは村長が何か知っているのは確実である。
「はい、こんにちは」
愛想良く、村長が応対する。
美しい女性の姿のリフィーティアは、そんな村長に優雅に微笑んだ。
何を、どう聞くか考えていなかったリフィーティアはしばし考えると、春の浜の見所の時間は何時かと聞いてみた。
「そうですね、明け方、夜の明ける直前が一番綺麗ですよ」
お嬢さんおひとりですかと、逆に聞かれて、頷くリフィーティア。村長は穏やかな微笑を浮かべて伝えたのは、レディスが老婦人から聞き出した、人気の無い時間帯であった。観察の鋭い者なら、村長の目が決してリフィーティアと合わされる事が無かったのを見て取る事が出来ただろう。
●逃走
「潮時だなぁ」
リフィーティアが去ると同時に現れたのは、皺深い顔をした、小柄な老人である。くたびれた狩衣を揺らして、にたりと笑う。
「‥‥何がだ。あの女性なら申し分無いだろうに‥‥」
「女だったらなぁ?」
「‥‥どういう事だ」
見目は充分だけれどなぁと、妖術師の老人は下卑た笑いを作ったが、ずいと、村長に近寄った。
「冒険者かもしれねぇ」
「‥‥」
「上空に怪しい光点がシフールの後について飛んでたしなぁ」
シフールの観光客は別にいない事も無い。だが、光点を連れて飛ぶシフールは十中八九冒険者‥特殊な立場のシフールだろうよと、伸びをする。
「どうするつもりだ」
「どうもこうも無いなぁ。あいつ等とまともにやり合ったら命が幾つあっても足らねぇ‥‥」
「待て!それじゃ、村人はっ!」
「お人好しだなぁ。おめぇさんはよぉ‥」
悔恨にさいなまれると良いと、妖術師は笑う。村人の犠牲者も全部自分が誘導したのだと。都合の良い村で、雨露が凌げて、食事も出て、その上、楽しく遊ぶ事が出来たのだと。
「な‥そんな‥」
淡く銀色に光って掻き消えた妖術師の嫌な笑い声が村長の耳に消える事無くこびりついたのだった。
●懺悔
浜に出ていたステラは、土気色した村長から声をかけられた。
「では‥」
彼等は知る事が出来なかったが、海中に潜むのは蜃である。ただ、おびき出す案が妖術師の逃走により、不可能になってしまったのを、村長の話から知る事になった。
「私は娘可愛さに、何も見えなかった。見えていたのかもしれない。けれども、見なかった。見たくなかった最初に下した決断が、全ての間違いだった事を認めたくなかったのです」
「今度は何時出てくるか‥‥わからないって事だな」
リフィーティアが明け方の海を見る。
朝日が昇り始める瞬間の海は、紫とも蒼とも緑ともつかない複雑な色をし、陽光を反射してきらきらと光る。確かに、明け方の海は美しい。
レディスの鷹トガリと、リフィーティアの隼エギューが、その明け染めし上空を飛ぶ。
「上手くいかなかったですね〜」
哀しげにベルも村長を見た。
「僅かですが‥」
もっと早く、冒険者ギルドへと行けば良かった。けれども、行った隙に村人が、娘が、あの怪しげな妖術師にどうにかされてしまったら。誰かに頼んで、その事がバレたら。もし。もし。もし。そんな根拠の無い、けれども切実な恐怖が村長を縛っていたようである。
手渡された追加報酬。
「これから、どうなさるおつもりですか?」
レディスの穏やかな問いに村長は項垂れる。妖術師は去ったが、海中の何かは、まだ居るかも知れない。村長の職を辞し、江戸へと向かうと言った。
「では」
「海の中に人食いが居る‥それをそのままには‥」
遅い決断ですがと、村長は下を向いたまま、呟く。
春風の吹く美しい浜の戦いは、まだ終わってはいない様であった。