●リプレイ本文
打ちつける雨は、石礫のようだ。轟音のような風が視界を遮る。
その風雨に髪を乱されるのを押さえつつ、刈萱菫(eb5761)は暗い街道を軽く睨む。
「たいへんですわ、これは急がないといけないですわね?」
「こりゃヒデェ雨と風だなぁ〜」
鷹城空魔(ea0276)が、ぬかるむ足元に注意しながら呟いた。まん前から吹き込む風は、馬も、人も、その歩みを多少鈍らせた。急がなくてはよくわかっているのだけれどと、鬼面の下で溜息を吐く。
眞薙京一朗(eb2408)とリュー・スノウ(ea7242)は、京一郎の愛馬朽葉に相乗りをしていたが、あまりの風に、京一郎だけ一端馬から下りる。その足には、ぐるぐると縄を巻き、滑り止めは万全で。
「大丈夫か?」
「はい。私も歩きましょう」
「この風だ。どうしてもというまで、乗っていた方が良い」
華奢なリューはこの風雨で一番体力を消耗する。仲間に迷惑をかけてはいけない。リューは長い銀色の髪が風雨に晒され、背にはりつくのも構わずに、京一郎の好意に素直に頷いた。
「踊る怪骨の群れ!怪我した丁稚を救い出せ!!の巻!とか段!とかでござる」
風雨にも、波がある。一瞬強まるその雨風に、呟く風魔隠(eb4673)の声はかき消える。愛馬のコタロウさんに乗り、サイゾウさんを引き連れていた。最初は白馬のサイゾウさんに乗って颯爽と行動をしたかったのだけれども、いかんせん。サイゾウさんはこの風雨にへこたれそうであったため、コタロウさんに乗り換えたのだ。正義の人は白馬に乗ってやってくるのでござるのにと、呟く言葉も残念ながら風雨にごう。とかき消えた。
命の源のような真っ赤な長い髪が風雨に濡れて踊る。空間明衣(eb4994)は愛馬秋風を引きながら、しっかりした足取りで街道を進む。鬼面頬でいくらか顔に当たる雨風を凌いでいるが、礫のような雨は着実に体力を奪う。
早く辿り着かなくては。
長身を風雨に向けて僅かに屈め、篁光夜(eb9547)もその歩みを速める。小石の落ちるような音が陣笠に振り落ちて雨風の激しさを光夜に教える。纏わりつく雨は、風が伴い、まるで濁流の中を進むかのようだと、重い着衣に小さく溜息を吐く。
「あれか」
どれくらい歩いただろう。街道をふさぐ様な塊が見える。荷車だ。
真っ先に駆け出すのは明衣である。荷車に添うように倒れている小柄な少年を目にしたからだ。鬼面をずらして丁稚を見るが、骨折のせいか意識は遠い。風雨に晒され、冷たくなってはいるが、ちゃんと脈はある。
「厄介なのが来てるからとりあえずだ。後でちゃんと診るからおとなしくしておけ」
添え木を準備していたのは幸いだった。この雨風では木切れなどは吹き飛び、辺りには何も無い。最悪荷車を壊さなくてはならなかったろう。手早く丁稚の折れた足を固定する。
「来るぞ」
京一朗が、風の中に、かすかに別の音を聞き取った。目を凝らせば、雨風をものともせずに、ぼうと白い姿を現すのは怪骨だ。その手には日本刀が握られる者とそうでない者が混じる。淡い桜色した光が京一郎を包む。
「‥迷いし者よ、貴方達に邪魔はさせません」
近寄る怪骨一体を、リューの聖なる魔法が打ち、一端その歩みを鈍らせる。打ち崩すまでにはいかなかったが、充分な足止めにはなった。
「大丈夫ですわ」
暗い雨風の中、リューが穏やかな光球を作り出す。その光はアンデッドを寄せ付けない、聖なる光である。風雨に晒されてはいたが、とても安心できる光であった。
「いいか?」
「はいお任せ下さい」
明衣はその光に僅かに目を細めると、丁稚をリューに預け、怪骨との戦闘に加わるべく立ち上がる。
最初の一撃を繰り出していたのは隠である。
「お前たちの相手はこっちでござるよ!」
手には八握剣が握られ、一番近い怪骨に向かい、投げつけられる。しかし。この風雨である。投げた八握剣は目の前にぽとりと落ちた。
「!」
それに気をとられ、隠は怪骨の振り下ろす日本刀に対する反応が僅かに遅れた。鬼神ノ小柄を構え、防御しようとはしたのだが、怪骨の刃が早かった。ざっくりと切り裂かれる腕に紅い花が咲く。そこへ、踏み込んだのは明衣だ。軍配が、がっちりと怪骨の次の攻撃を受け止める。ぎりぎりと音を立てて、怪骨の日本刀ははじかれた。
「無理しなさんな?」
「かたじけないでござるよっ!」
回復の術を持たない隠に明衣は回復の薬を分け与える。
びぃん。
空魔の手にした鳴弦の弓の響が雨風の中、かすかに聞こえた。あるいは、そのおかげで隠へ向かった怪骨の動きは鈍かったのかもしれない。
怪骨が襲いかかってくるのは正面だけでは無い。
左右に開かれた田畑からも、その白い骨を浮かび上がらせて、冒険者達に迫る。雨が顔を叩き、どうしても視界は悪くなる。広範囲での戦闘は不利だ。怪骨はそんな自然の猛威を気にすることなく迫ってくる。
「寄って来い」
聖なる光球の外側で、京一郎は寄ってきた怪骨と切り結ぶ。鈍く白いその骨に、鳥の文様が刻まれた飛鳥剣で薙ぎ払う。
空魔は一端弓を置くと、煙を上げて何体もの姿に別れ、怪骨の霍乱を狙う。しかし、怪骨は、空魔であって空魔でない者には目もくれず、生身の空魔にその白い手を伸ばした。怪骨はかなり近くまで寄ってきていたのと、風雨により行動を阻害されていたのが空魔にとって間が悪かった。
「っ!まじいっ!」
がっちりと片方の腕を捕まれ、かくりと開いた空洞の口が空魔に迫る。
「お前の相手は俺だ」
光夜のナックルが空魔を掴んだ怪骨に打ち付けられ、怪骨はぐらりとその身を揺らしよろめくと、空魔を離した。この怪骨が日本刀を持っていなかったのも空魔には幸いした。しかし、ぎっちりと握られていた腕はかなり痛いはずだ。
そのまま、光夜の拳が派手に怪骨を襲う。
「倒れろ!」
「んな時間とれねぇか!暴雨風と一緒に吹っ飛びやがれ!」
空魔は火遁を使う気でいたが、迫り来る怪骨の攻撃を防ぎ、打ち込むのが精一杯であった。
「あまり離れない方がよろしいですわね」
菫の腕から、赤銅色の刀身を持つラハト・ケレブが風雨と共に怪骨に襲い掛かる。
前方からは明衣と隠。荷車を背にし右側に空魔と光夜、左に京一郎と菫が風雨に晒されながら怪骨と切り結ぶ。
「鬼の面は本意ではないからな。この憤りをぶつけてやろう」
鬼面を被りなおしている明衣は、雨風を振り払う勢いで軍配で怪骨の攻撃を受け、薄い緑色の刀身に雨を纏わせながら、薄緑という名の刀で怪骨を薙ぐ。
「っわ!でござるっ!」
ぬかるんだ街道の足元は、何度も隠の足を取る。普段ならば、そんな事はありもしないのだが。怪骨の攻撃によるかすり傷も、かなり多い。
「行かせないでござるっ!」
それでも、隠は背に暖かな色をした光球の中に居る丁稚を守るべく鬼のような奇妙な顔が意匠された小柄を振るう。
「骨は動かないで砕けて土に還れっての!!」
軋む腕を庇いながら、空魔も何体目かの怪骨に龍叱爪を打ち込み。
「最後か?」
降りしきる雨も、風も、その勢いを衰えさせる頃、冒険者達は怪骨を全滅させる事に成功した。京一郎が辺りを見回しながら、重くなった袖をぎゅうと絞った。たすきをかけていなかったら、どれほど邪魔になったのかと、絞り落ちた雨水を見て軽く笑みを浮かべる。他の冒険者も同様に、滴る裾をぎゅうぎゅうと絞ったり、髪をかきあげたり、しぼったり、整えたり。
まだ雨はぽつり。ぽつりと降っていたが、吹き飛ばされるほどの暴風はおさまり。雨雲の合間から、僅かに光がこぼれて落ちる。もう雨も上がるのだろう。
「拙者の八握剣が〜!!」
全身傷だらけの隠は、近場に落ちた八握剣を、泥の中に見つけた。不幸中の幸いだったという事か。八握剣が拾われたように、仲間の連携で彼女の命も拾われたのかもしれない。
明衣の手当てと、差し込む陽の光で、丁稚はふうと息を吐き、うっすらと目を開ける。冷たくなった丁稚の身体を温めなくてはならない。
濡れた丁稚の衣服を絞り、毛布を持っている仲間が暖かく包む。心配されていましたよと、リューが丁稚に優しく話しかける。旦那様はご無事ですかと、かすれた声で問うてくる丁稚に、大丈夫だと頷く。こぼれる光にリューの長い銀髪が美しく光るのを、丁稚は眩しそうに見て、こわばった顔をほころばせる。
「本格的な治療は、戻ってからの方が宜しいですかしら‥何よりもお互いの無事な姿に早く会いたいでしょうから」
「なあ、荷って何が入っているんだ?」
空魔が素朴な疑問を口にする。
荷車の車輪はちょっと所では無く壊れていた。このまま丁稚だけ連れ帰るのは簡単だ。けれども、この荷の無事も含めて依頼の成功としたいと京一郎は思うのだ。男達は荷を運ぶべく縄を括りつけている。
「必死で護り通した品だ、店にとっての命を護った者とその身のみを案じた者‥双方の想いを汲むに丁稚坊の身と荷、どちらも欠かせぬからな」
持てば、ずしりと重い。
丁稚は恐縮しながら、それは『紀紅』という梅干なのだと言った。
「へぇー。梅干かぁ」
とても美味しく、どうしても江戸へと運びたかったのだと、色を失ってはいたが、少しづつ回復している丁稚が笑った。
「雨も上がるか?」
明衣は丁稚を、愛馬秋風に乗せながら、空を見る。戦闘馬の秋風のみ、戦闘が始まっても逃げる事無くその場に踏み留まっていた。他の愛する者達は、戦闘の気配も無くなった事であるし、いずれ戻ってくるだろう。
「よく頑張られたな。今は安心して休まれる事だ」
満足そうに笑うと、明衣は煙草を取り出した。一服させてもらうよと、断ると、ぷかりと。晴れて来る空に向かって紫煙を吐き出した。
もうじきからりと晴れるだろう。
春の空を連れて、冒険者達は無事江戸へと帰還するのだった。