春風が吹く浜の戦い
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:6 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:04月20日〜04月25日
リプレイ公開日:2007年04月28日
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●オープニング
それはまるで極楽浄土かと思えるほど美しくて。
真白き砂浜。遠くまで続く淡い青碧の海。浜から突き出した松並木が岩場にまで生え。海鳥が鳴く。そんな穏やかな浜には、豊かな海の恵みもあり。
この浜を一目見ようとやって来る観光客あり、町から老後を過ごそうと移住する者あり。
穏やかに、賑やかに。
その浜には幸せしか無いように思えた。
だが、その浜には、悪意があった。
妖術師と名乗る老人の手管に翻弄された、罪深い村長が居た。そうして、何かおかしいと感じながら、見てみぬ振りを続けていた村民が居た。
村長が罪深いと言うなら、皆同罪だと、その村の大人は頭を垂れる。
金色の光が海から上がり、陸から銀色の光が見られる時、妙齢の女性が海へと入り、そのまま行方不明となる。
その怪異は、引っ越してきたばかりの老夫婦によって冒険者ギルドへと調査と怪異の排除の依頼となって持ち込まれた。しかし、妖術師は逃走してしまった。そうして、海の怪異もそのままで。
海の怪異は、蜃であるという。蜃といえば、普段は海中の砂の中にじっと身を潜め、水面には上がって来ない。
ぱっと見は何処にいるかはわからないのだ。
逃走した妖術師の行方は、ようとして知れなかったが、とにかくこの穏やかな海の中に人食いの蜃を住まわせておくのはよろしく無い。
そのまま放置して、注意を喚起するだけでも構わないのだけれども、いつまた、かの妖術師が戻ってくるかもしれない。その見えない恐怖は村の大人を妙に縛っていた。
「償いを‥するつもりです」
ここ三年の間に行方不明となったのは八人。どの娘の親も言葉は無い。どう償って貰っても、失った娘は帰ってこないからだ。恨みが無いとはいえない。けれども、本当に悪いのは、消えた妖術師なのだから、どうしようも無い。
「海が豊かになりはじめたのは、丁度三年前ほどからです。あれが何か関係しているのかもしれません」
「蜃を倒せば、豊かな海で無くなるかもしれないと?」
受付が、じっと村長を見れば、村長は力無く微笑んだ。
「海はもともと、豊かなものです。ただ、度を越して豊かだったのは確かです。どんなに豊かな海でも、それが人柱と引き換えであるならば、それは極楽では無く、地獄というものでしょうな‥」
海難は遠ざかり、毎年、毎月、毎日大漁であるなど、異常としか考えられないのだからと村長は言う。
一生。
拭えない罪である。しかし、そこで生きていかなくてはならないのだからと。
●リプレイ本文
隆とした体躯の聰暁竜(eb2413)は、その海と村長を交互に見た。生気の失せた顔の村長に、聞いておきたい事があったからだ。
「本当に蜃を退治しても良いのだな?」
暁竜の顔には、何の表情も見られない。言い放つその口調で村長は僅かに傾いだように身体を動かして、もちろんですと頷く。
海は豊漁を続けている。
暁竜は、この不自然なほど豊かな海の元凶が、蜃であれば、蜃を倒したその後には、反動が来るのでは無いかという疑問を抱えていた。理とはそういうものだと。そうなれば、今まで人柱で済んでいた被害以上の犠牲を生むかも知れない。
村長も言っていたが、海は豊かだが、豊かなだけでは無いのだから。
「脅威の正体が分かっていれば、蜃一体程度、それほどのものではない。海難の事故と思えば、人柱と引き換えであっても諦めもつくのではないか。むしろ豊かな海と引き換えにしてまで、討ち滅ぼして良いのか?」
鋭い眼差しが射るように村長に向けられた。その視線を今度は村長はしっかりと受けた。
人柱。
その言葉が村長を鞭打ったのだ。
「被害の大きさだけをとれば、確かに、海難と同等‥豊漁を差し引きすれば蜃に生贄を差し出した方が良いのかもしれません」
ですがと、村長は続ける。一年に三人。村人が犠牲になれば、あっというまに村から人は居なくなる。人を食べ、それを糧にした美しい海など、誰が見たいと思うのか。そんな村に誰が移住しようと思うのか。こんな村から出て行こうと考える者が居ない訳も無い。すでに、数戸、新家が空になっている。それでも、ここで生まれ育った者は逃げる事も出来ない。逃げたいとも思わない。
蜃の排除を。
暁竜に負けないほどの眼力を宿し、語る村長に、暁竜は頷いた。それが、聞ければ良いのだから。
「今は、これ以上犠牲が出るのを防ぐのが先でございまするな」
蜃さえいなければ、この海は普通の海に戻る事が出来るのだ。たとえ、それまでどんな事が起ころうと。
村から海へと、磯城弥魁厳(eb5249)が、ゆっくりと歩いてくる。寄せては返す波の音は、穏やかで。水ぬるむ頃、蜃に人柱が捧げられていたなどとは微塵も感じられない。
さらりと瀬戸喪(ea0443)の髪が揺れる。
「過ぎてしまった事は仕方ないでしょう。‥一般人ではどうにも出来ない問題ですし‥」
村長が、村人が、安易な方法を取った事はわからなくも無い。だが、問題は人の命が犠牲となっているという事で。綺麗な海だと、喪も思う。しかし、人を襲うようなものは放置する事など出来ないのだから。さくりと、砂が足に絡んだ。
昇る太陽に光る海を見て、レンティス・シルハーノ(eb0370)は、褐色に焼けた太い腕を組む。海中で人を喰らい生きる蜃。海に生きる漁師としても、そんな恐ろしいモノを放っておく訳にはいかない。普通の海に戻してあげなくてはと、レンティスは切に願うのだ。
「海の平和は俺が守る!」
「何にせよ、見つけん事には話が始まらん。引き潮時に潮干狩りと行くか、囮を使うか‥。どっちもやらないといかんと思うな」
軽く肩をすくめると、西中島導仁(ea2741)も海を見る。巨大な潮干狩りだ。だが、上げてしまえば後はもう、戦い慣れた冒険者達の敵では無いだろう。
朝早い時間帯ではあったが、なるべく海に注意を向けたく無いという、ステラ・デュナミス(eb2099)とレディス・フォレストロード(ea5794)が中心となって催し物を考えた。海に近寄ろうとする観光客は、村人とレディスのさりげないが熱い誘導で、浜焼きの場所まで連れてこられ。客寄せにと、ステラが行う水魔法、盆に張られた水を空高く飛ばしては盆に戻すという魔法に、朝早く来た人達は一気に目を覚ます。
「村で大掛かりな出し物をしますので、そちらへお向かい下さ〜い」
浜焼きも村でたくさん振舞いますのでと、足止めの場所からさらに奥の村へと人々は誘導される。美味しい海の幸とめったに見られない出し物とで、得をしたと、人々は楽しげに移動する。
それを確認すると、ステラとレディスは、そっとその場を離れるのだった。オイル・ツァーンの声援を思い出し、ステラは厳しい目を海に向けた。思い出すのは苦い結末。
「今度はどうにか状況を打開したいところだけど」
「はい。今度こそ、何とかしたいところですが‥」
空と見紛う羽を羽ばたかせ、レディスも頷く。上空ではレディスの鷹トガリが待っている。
今度こそ。
二人は、仲間達の待つ問題の浜へと急ぎ、戻る。
「一般人、巻き込まないようにしておかないとな」
鍛えられた巨躯を揺すり、山下剣清(ea6764)も以外に居る人達を眺め、ひとつ頷くとその後に続く。
時は引き潮。遠浅の海へ、冒険者達はそろって足を踏み出したのだ。
魁厳が煙を上げながら海に入り、レンティスも波をかき分け、海中へと消える。
波の音とレンティスの泳ぐ音、自ら立てる音、魚の群れが方向を変えたり、海底を這う生き物の音。魁厳は調べ上げた海域に目と耳を凝らす。海底は波に洗われ、何処も同じように見える。だが、幸いにして、蜃は今年は二度ほど砂から上がってきていた。海草も、漂流物も、目だった石さえ転がっていない不自然な海底を魁偉は見つけた。レンティスも、その海底に気がつき側まで来ると、その不自然な海底は、ごそりと盛り上がった。
蜃が砂の中からこぽこぽと泡を上げながら浮かび上がる。
その海中の異変は、空を飛んでいたレディスの目にはっきりと映る。僅かに盛り上がる海面。地上で待っている仲間たちも、その異変を目の当たりにした。
「寄って来るがよろしかろう!」
魁偉は海神の銛を蜃に目掛けて放つ。硬い殻に守られた蜃だが、その一撃にぐらりと揺らめく。そうして、ふるふると身をふるわせる。砂塵を巻き上げ、再び海中の砂の中へと潜りはじめながら、淡く金色に光り。
「まずいっ!」
ふいに蜃の姿が消える。だが、その質量までは消す事は出来ないようで、僅かに海中に屈折した海水を見て取れる。そして、海底には、今まさに蜃がもぐりこもうとしている窪みがくっきりと見えるのだ。
ようやく投網を取り出す事が出来たレンティスは、その沈み込む海底へ向けて網を投げる。透明になり、その姿は見えないが、レンティスの手にはしっかりとした生き物の手ごたえがある。しかし、一対一での力比べは分が悪い。
「ぐっ!」
ごぼりと、レンティスの肺の中の空気が多くの気泡と化す。
「苦戦しているか?」
海面のさざ波は収まらない。暁竜が波を蹴立てて海に入り、ざぶりと潜る。見えない何かを砂の中に逃がさないように綱引きになっている、レンティスと魁偉の姿が砂で濁った海域の中見え隠れする。
一方、深い場所からスモールシェルドラゴンが寄って来ていた。いきなり海中で出くわしたら怖いものだが、スキュータムと名のあるステラの連れである。村に辿り着く前までは同行していたので誰も怯みはしなかったが、その突進にはかなり肝を冷やした。見えない蜃に対するぶちかましで、蜃はその動きが停止する。
「今だ!」
一度海面に出なければそろそろ息の持たないレンティスだったが、動きが止まれば海中を引きずるのはお手の物だ。暁竜と魁偉も手伝い、一気に浜へと引き上げる。干潮時を選んだのは正解だった。広い砂地に引き上げられた蜃は、何度も攻撃を受けた為か、その姿を網の中に現している。こうなれば、もはや蜃には逃げ場は無い。
ステラが淡く光り、仲間達にその光りを分け与えていく。本当ならば、自分も戦闘に参加したい。けれども、ステラの使う魔法は範囲魔法が多い。万が一仲間を傷つけてはならないと、蜃を倒せるようにとの願いを込めて次々と光りは作られる。
若草のような薄い緑色の刀身を持つ、薄緑と呼ばれる刃を閃かせ、踊るように蜃へと喪の一撃が飛び、いくらか離れた場所で、待ち構えていた剣清の日本刀から、衝撃波が襲う。
淡く光った導仁の手にある陽の光りを浴びて七色に輝くミタマと呼ばれる太刀の一撃も打ち込まれた。
「殻さえ砕けばな!」
北欧の戦神が用いたとされる鉄の金槌がレンティスの手から力いっぱい振り下ろされる。陶器が壊れるような音を立て、蜃の殻の一部が砕けて落ちる。ふるふると震える蜃は、最後の力を振り絞り、手近な魁偉へ向けて、壊れかけたその口をぱっかりと開いた。蠢く人肌色した中身が太陽光の元あらわになる。戦う相手がひとりならば、冒険者でなければ、その攻撃は蜃にとって有効な攻撃だったろう。
魁偉の槍が、やわやわとした肉を貫き、震える蜃へと暁竜の拳が、叩き込まれ。
蜃の口が開くのを狙っていた導仁が、止めとばかりに刃を入れた。細かく震えていた蜃から命の気配が消えるのを、冒険者達は安堵の息を吐きながら眺めていた。
「良い経験をさせてもらった」
海中の戦いは初めてだと、不適に笑う暁竜が、村長に手渡している。
この件は解決かなと導仁は思う。妖術師は見つけ次第退治の対象であるのは間違いが無いけれど。なんとなく思いついた言葉をぼそりと呟く。
「あいつ‥食えたりするんだろうか。妖術使いがいたら、喰わせてみるんだが」
だがすでに、蜃には火がかけられ、埋める準備も行われている。何によって肥え太ったのかを考えれば、それが一番良い。レンティスは、立ち上る煙に娘たちの冥福を祈る。
今度こそ、海中の難は取り除けた。だが、レディスは釈然としないものを感じていた。
「件の妖術師が気になりますねぇ‥」
「知る限りの漁師仲間には、そいつの特徴と何をしでかしたかを言い含めて流すから、まずこの近海では同じ手は通用しないぜ?」
心配顔のレディスに、レンティスが大丈夫だと頷いた。
この浜が、どう変わるのかはわからないが、心の荷がとれれば心からの笑顔が満ちることだろう。
件の妖術師が再び冒険者達の前に現れるのは、夏の初めとなるのを今は誰も知らなかった。