菜の花とあの子

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 39 C

参加人数:4人

サポート参加人数:3人

冒険期間:04月26日〜04月29日

リプレイ公開日:2007年05月04日

●オープニング

 山裾に、黄色の絨毯が出来る。
 菜の花の鮮やかな黄色が、春の穏やかな風に運ばれて来る。
 そんな、開ききる前の菜の花を、摘む子が居る。
 その子は毎年、籠いっぱいの菜の花を摘んで、江戸へと春を運んでくれる。可愛いあの子。
「来ないんじゃよ」
「可愛いあの子がですか?」
 真っ白な髭を撫ぜ撫ぜ、角の商家のご隠居が、寄り合い所と間違えているのか、愛想の良いギルドの受付にいつも無駄話をしに来る。やれ、子猫が生まれたの、曾孫が生まれたの、嫁が孫の嫁と仲が良すぎて困るだの。何の問題も無い話。けれども、どうやら今日は様子が違う。
「そうじゃ。毎年、楽しみにしとるのに、今年は姿を見せん。寝込んでいるのかもしれんし、何かあったのかもしれん」
「様子を見に行ったんですか?」
「そんな恥ずかしい事はせん!」
「ご隠居、幾つになりましたっけ?」
「数えで七十七じゃ。まだまだ若いもんには負けん」
「だったら、ご自分で見に行けば‥‥」
「かっ!この年寄りに歩けと?!」
「ご隠居ぉ‥」
 あまり居座られても、仕事に差し支える。良いですか?遊んでくれる‥もとい、仕事を請け負ってくれるとは限りませんからね?と、受付は、盛大な溜息を吐いて依頼書を作成するのだった。

「困ったなぁ」
 ご隠居の言う可愛いあの子は、水路の前で途方に暮れていた。
 水車が壊れてしまったのだ。穴の開いた水車は水を乗せて回らない。回らなければ、粉をつくのは力仕事になる。米粉を作りたいのに作れないでいた。
「今年はついてない」
 水車小屋で、ご隠居の言う可愛いあの子は頬杖をついた。

●今回の参加者

 ea5487 ルルー・コアントロー(24歳・♀・レンジャー・エルフ・フランク王国)
 eb2168 佐伯 七海(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2244 クーリア・デルファ(34歳・♀・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 eb3501 ケント・ローレル(36歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

甲斐 さくや(ea2482)/ サントス・ティラナ(eb0764)/ フレア・カーマイン(eb1503

●リプレイ本文

 春風が穏やかに山の息吹を乗せて吹く。
「ご隠居さん。馬で良いのなら連れて行けるけどどうします?」
 嫣然とクーリア・デルファ(eb2244)が小さなご隠居に問いかける。軽く屈んだ拍子にふわりと長い銀糸の髪が揺れ、豊かな胸も揺れる。
「む。お願い出来るかの?」
 艶やかなクーリアの姿に微動だにしないご隠居の姿を見て、ケント・ローレル(eb3501)は非常に複雑な心情でいた。少しは綺麗だと気持ちが揺れて欲しいのと同時に、そんな気持ちを持って欲しくは無いとも。
 そんなケントとクーリアをサントス・ティラナが、やきもきして見ていた。サントスとしては、クーリアとケントが上手くいって欲しい。いわゆるくっついて欲しいという願いがある。しかし、具体的に何をどうこうするという事を考えていなかった。
「ミーはキュウゥ〜ピットアル〜♪」
 実に嬉しげな笑いを浮かべ、それいけやれいけと応援オーラは華々しく飛び交っている。もちろん、オーラと言えども淡くピンクに輝いたりはしない。しかし、ハートと花と星が、見える人には見えたかも‥しれない。
 微妙な状況のケントと、その背後のサントスにちらりと視線をやり、フレア・カーマインはご隠居と談笑するクーリアを、少し借りるでと、ギルドのすみっこへと引っ張っていく。
「いくら男がおらんからって化粧っ気がないのもどうかと思うで」
「そう?」
「せや」
 ありありとわかるケントの秋波にお気の毒様やと心の中で溜息を吐く。じゃあ行くわね、ありがとうとふわんとした微笑を返すクーリアは、フレアが特に目立った腕を振るったわけでも無いのに薄化粧だけで何割も美人度が上がったような美しさで。
「素材がええのに恋愛に鈍感やしなぁ〜」
 見送りつつフレアは聞こえないように呟いた。それを聞いてサントス盛大に頷く。
「セニョール・ケントとセニョリータ・クーリアくっつけたいヨ〜♪」
 外野の願いはクーリアのみに伝わってはいないようである。
 甲斐さくやがぽつりと呟いた。
「可愛い子って聞いたでござるが、そんな言葉に合う妙齢の娘さんは居なかったでござる」
 そう、ご隠居は綺麗だとも、色っぽいだとも、年の頃ならとも、何も言わなかった。ただ、可愛い子と。
 可愛い。
 その言葉は酷く曖昧で、非常に範囲が広い。
「オー!そういえば、そうだったネ!」
 サントスもぺちっと自らの額を叩いて先を歩いていったケントを見て。
「そうか。ありがとう。僕はご隠居の可愛い子がどんな子でも構わないのだけど‥‥」
 佐伯七海(eb2168)が春めいてきた青空を見上げてくすりと笑い、のんびりと進む仲間の後を追った。


 菜の花畑は壮観であった。匂い立つ新芽の香りと森の息吹でむせ返るようだ。しかし、息苦しさは無い。小川が近いせいか、吹く風は何処と無く爽やかで。水車小屋はすぐに見つかった。岩場と木々との間に隠れるように立てられた小さな水車小屋は見るだけでも涼しげである。だが、小川の水を汲み上げる音はしない。さらさらと流れる川の音だけが菜の花畑と山裾の森の中に響くのだ。 
「情緒のある水車小屋だね‥でも、壊れているのかな」
 岩の間に顔を覗かせる水車を七海は嬉しそうに見た。生業は仏師だが、大工仕事ならお手の物だ。ひなびた風合いの良い建物に、自然と笑みが浮かぶ。
「おお?げんきじゃったか?」
 ひょこりと顔を出した人影にご隠居が声をかけた。
「うーっす京都から来た美女の騎士だぜぃ!悩める美女は放っておけねェ!」
 すかさず、ケントが声をかける。
 だが。
 そこに居たのは、可愛い子供。年の頃なら十二・三。山裾で育った為か、妙に子供子供した少女だった。
 どうしたのかと、聞くご隠居に、ひょこりと出てきた少女はどうも足を引きずる。それをケントは見逃さない。
「あとちっとで美女って所か??どら、足みせてくれぃ!こー見えても看護人なんだ!」
 にっかりと笑い、屈みこんだケントの迫力に押されてか、目を丸くしていた少女は、ご隠居が頷くのを見て、おそるおそるケントに足を出す。見れば、くじいたらしく、赤く腫れている。これくらいならばと、慣れた手つきで応急手当をしていく。布できっちりと足を巻かれた少女は、別の意味で目を丸くした。痛みが段違いに引いていたようだ。お礼を言う少女の頭をぽんぽんと撫ぜる。
 七海とクーリアは水車小屋に興味津々である。岩に登ったり、窓から中を覗いたり、その仕組みを見て頷いている。
「この水車小屋‥」
「羽が二枚、こわれちゃって、動かなくなっちゃったんです」
「あたい達が、なおしても構わないかな」
「本当にっ?!わあっ!ありがとうございます!」
 思いもかけない冒険者達の申し出に、少女はぱあっと明るい笑顔を向けた。そんな少女に大丈夫だと、窓から中を覗いていたクーリアが頷く。
「風車と原理は一緒なんだぁ〜。ところでこの粉で何を作るのですか?パンですか?」
「古米をついて、米粉にして、お団子にするの」
 串に刺して、甘辛いたれをつけて焼くのだという。たくさん引いた米粉だけを町に売りに行く事もあるらしい。
「この幅の板を作るのは少し手間だね」
 水車小屋の水をすくう板の幅は一尺強。それだけの幅の木を切り出すか、細い板を組み合わせて、幅を合わせるか。手間だと言いながら、七海は楽しそうだ。
 ひらり、ひらりと白い蝶が黄色の菜の花の上を飛ぶ。
「力仕事は無いってか?!」
 率先して手伝う気まんまんだったケントはがっくりと肩を落とす。細かい細工を手伝おうにも、そちら方面は迂闊にさわれない。
 クーリアと七海は少女に許可を貰い、焚き木を加工する事にする。本当ならば、木を切り出したい所だが、木の歪みを取る為には最低でも半年は寝かせないと作ったはいいが、すぐに曲がって外れる恐れがある。七海とクーリアは積んである薪の中から、よく乾燥して、幅の出来るだけ広い木を選び出す。
「業物だね」
「ありがとう」
 クーリアの手にするマイスターグレイバーを見て、七海が頷く。木を削り出し、目的の形に整えていくのが二人は楽しい。みるみるうちに、焚き木は何枚もの細い板に変わり、その細い板は溝が彫られ、合わせられ、楔が打ち込まれ、一枚の手ごろで丈夫な水車の羽になる。
「わあ凄い‥」
 少女が感嘆の声を上げる。
 手際良く壊れた羽と取り替えられると、水車はがこんと、音を立てて動き始めた。
 がこん、がこん。
 落ちる水音。回る水車のが、静かな山裾に心地よい音が響いていく。
「どうなるの?」
 クーリアは米粉がひかれる動きを興味深く見つめる。故郷のドレスタットでは、水車を見る事は無かった。けれども、水車が回る音は、故郷の風車小屋の音にとてもよく似て。流れる水音が風音に変われば、それは耳に馴染んだ懐かしい音だった。

「うンめェッ!!!江戸に来た甲斐があったな!」
 小さな水車小屋の隣の小さな小屋で作られたのは、摘み立ての菜の花の天ぷら、胡麻の香り高いおひたし、干し肉を戻して柔らかくしたものをきざんで混ぜてある、少し燻製の香りの混じる和え物。
 作ってくれたのは、小さい少女である。猟師の父親から教わったのだと、褒め言葉に照れながら、水車をなおしてくれたお礼だと、僅かだが酒も出す。かいがいしく動く少女を、やれ足元は大丈夫か、やれ、油は飛ばないかと、口を出しているご隠居もいたりした。
「艶やかな花が江戸にもあるンだな!」
 黄色の絨毯のように山裾に広がる菜の花畑に目を細め、出される食事と酒に舌鼓を打ちながら、ケントは思い人の姿を捜す。何度も声をかけようとしているのだが、どうも上手くいかない。色々聞いてみたい事が沢山あるのだ。好きな食べ物は何だろうとか。とか。とか。
「一緒に食べないか!クーの…美味いモン食ってる時のツラが見てェんだ!」
 呼ぶ声に、クーリヤははいとも、いいえとも答えない。ただ少し、頬を赤らめ下を向いただけであった。
「若いのぅ」
「そういうご隠居もな!」
 ご隠居がいつの間にか手にしているのは、菜の花の花冠。可愛いあの子に渡すのだろうか。

 その少し前。ご隠居はクーリアから、その菜の花の花冠を手渡されていた。ケントに気がつかれないように彼を見て、クーリアは自信無さげにほうと、溜息を吐く。
「あまり作った事がないので出来が悪いかも知れないけどご隠居の大事な人に渡したらどうですか?最近貰って嬉しかったから喜ばれると思いますよ。あたいも一応女性ですし」
 ケントに貰ってとても嬉しかった事を思い出し、クーリアは絹のような銀糸で髪をかき上げた。その指に嵌めた銀色に光る指輪がキラリと光る。ジョシアンの指輪と呼ばれるそれには裏に呪文が刻まれている。男性を遠ざける呪文が。
「老婆心からの助言じゃがの。あの若いのはあんたを気合入れて好きのようじゃぞ?」
 花冠、ありがとうじゃと、かくしゃくたるご隠居はクーリアに方目をつぶってみせた。
 菜の花畑のご隠居の可愛いあの子の足の怪我も良くなり、水車小屋は見事な手業で修復がなされた。
 だが、揺らぐクーリアの心はまだどうなるかわからないようである。傾いでいるのは確かのようだが、もう少し時間が必要なのかもしれない。