【華の乱】変節の藤

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月03日〜05月08日

リプレイ公開日:2007年05月07日

●オープニング

 上州から東ではその空気がざわりと重く。多くの血が流れ、そして大小さまざまな裏切りと反乱が起こる。
 裏切り。
 それは、裏切られる側としてみれば、寝耳に水。あってはならない事が多い。もちろん、やはり、彼奴は裏切ったかという、その裏切りさえも懐にしまえるほどの者もいるだろう。
 けれども、多くは、その裏切りに目を見張る。
 何故。何故。何故。
 裏切られた時点での絶望感、喪失感、憤り。愛憎が混ざり合い、怨嗟の声は空に溶ける。先に歪みがあって裏切りがおこなわれたのか、裏切りが行われたから歪みが生まれたのか。それは定かではない。

 江戸から離れた場所で、そんな密談が行われていた。
 咲き始めた藤の香の香る山の中。小さな炭焼き小屋に、壮年の男が四人、身を寄せ、顔を突き合わせ、火も灯さずに激論を戦わせている。この村は大きな村であった。その大きな村には二代かけて村を纏め育てた庄屋がいた。荒地に近い山野を切り開き、田畑にし、領主との折衝を行い、村の男達に簡単な武芸を教えた。元は武士だったのだろうが、先代の庄屋は武士だと認めた事は一度たりともなかった。ただ、村が獣や小鬼に蹂躙されないよう。豊かに育つよう。それのみに心を砕いていた。
 当然、その息子もそんな父親の背を見て育ち、若ぼん。若ぼん。と呼ばれ村に愛され、村を愛して育った。父親ほどの迫力は無かったが、育った村を大事に思うのは同じであった。しかし、戦火が彼を変えた。
 どの組にも属さず、村はいつも中立を保つ。請われれば兵糧は両軍に同じように売る。だが、兵力としての村人を出す事は断固として断っていた。その力があるにせよ。その力は、村の守りの力なのだからと。
 それが、此度の戦、伊達にのみ兵糧を流した。売らずに、流したのだ。その上、男達を兵役につかせようとの案まで上がる。流石に戦の最中、村の守りはどうすると、先代からの村役達に迫られ、その案は退けられたものの、納得はしていないのは見ていればわかった。
 そうして、そんな事を言う二代目の横には、見たことの無い異郷の宗派の、若い男達が、まるで旧友のような顔をして立っていた。
「先代の恩を忘れろと?」
「恩は恩。だが、このままその恩に縛られて、思うまま動かされるのは違うとは思わないか?何度も諌めた。その度に、口を出すなと退けられ、近辺に寄らせもしない」
「だが」
「では、お前は耐えられるのか?あの神父さんが諌めてくれると言うから、今まで我慢してきたのだぞ」
「癪には障る。だが、今しばらく待て。伊藤様も馬鹿では無い。遠からずお気づきになるだろう」
「遠からずとは何時だ?一年後か?十年後か?」
「逸るな」
「そうとも、わしらは昨日今日顔をつきあわせた新参者では無いのだから、どんと構えていようじゃないか」
 とりあえず、戦いに行く事は諦めさせたのだから、何とかなるだろうと。じき、田植えの季節でもある。豊かな村は、良く米の取れる村でもあるのだ。人手が無くては話にならない。
 しょうがないと溜息を吐いた男達は、いきなり開いた炭焼きの小屋の戸に目を剥いた。外には見張りが立っていたはずだ。だが、春風に乗って山藤の香りが漂うのでは無く、香ってきたのは血生臭さで。
「うわあっ!」
「そんなっ!貴方はっ!」
 小屋の中には絶叫と悲鳴が巻き起こる。
 剣を手にした剣士が、薄い笑いと共に、先代の仲間ともいう村役達を切って捨てたのだった。
「神の御心のままに‥」
 剣士の背後で薄く笑った若い男は、剣士に指示を出すと、含み笑いをしながら村への道を歩いていく。

「やはり、彼奴等は伊藤様を亡き者にしようとしていました」
「なんと!」
「おいたわしや伊藤様」
「証拠は上がりましたか?」
「早瀬、遠海、下沼の三名が武器を持ち、誰にも知られず炭焼き小屋で密談をしていたという事実では追いつきませんでしょうか。何を話していたかは、あまりにも‥‥あまりにも非道‥‥。私の口からはとても申し上げれません」
「そう‥か」
「踏み込んで問い質す私達に切りかかり、反撃をせねば、死出の旅路を歩んでいたのは私でございましょう‥‥いえ、いっそその方が良かったかもしれません‥‥このような話を伊藤様にする事無く、済んだのですから‥‥」
「‥よくわかった。‥‥よく‥わかった。貴方が無事で良かった」
「勿体無い‥」
「貴方達だけが頼りです」
 俺のやり方にことごとく逆らうのが悪い。と、何処か虚ろな目をして、伊藤の二代目は呟いた。ああ、でも遺族に保障はしないとなと、言うと、遺族はもはや始末したと、異郷の宗派。ジーザス教の神父は言う。何故と問えば、仇討ちをすると息巻き、討ちかかって来たからですと、さも悲しそうに顔を伏せ。
 そうか。と、伊藤の二代目は呟き、村の男達を戦地へと送る準備を命じるのだった。

「仇討ちを!」
 年の頃なら十二・三の少年が目を真っ赤にしてギルドへと駆け込んだ。
 このままでは、放っておいても村は潰れる。田植え時期に人がいなければ、米は実らない。その上、何の証拠も裁きも無く人を切る庄屋がいる。だから、その庄屋を打ちたいと。
「何の証拠も無いのは坊やも同じでしょう?」
 確かに、妙な話ではあるが、無い話でも無い。今は江戸も大変な時期だ。
 ばらばらと、子供が出したのは、はした金。
「金が無きゃ駄目か?!駄目‥かっ‥!」
 怒りと悔しさのあまり、身体を震わす少年の顔を見て、受付は大丈夫だと頷いた。

●今回の参加者

 ea0988 群雲 龍之介(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2742 東 一(40歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 eb7700 シャノン・カスール(31歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb9659 伊勢 誠一(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec2197 神山 神奈(26歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 小柄な男性と同じ高さの、鉄像が、軽い地響きを立てて村に入る。
 陽の光りを浴びて鋼が鈍く光る。
 一体でもその姿はこの国では異質なものであるのに、二体が並んで歩く様は異様であった。いっそ厳かと言い換えても良いかもしれない。何をするでもなく、二体が地を軽く揺るがせて大きな村の、農村にしては整地された道を横幅いっぱい使い歩いて行く。
 その後ろからは、目深にフードを被った怪しげな男と、身なりのすっきりした、侍一人。その二人を窺うような姿の小柄な男。薄汚れた服、手入れの悪い伸ばし放題の髪を乱雑に頭の後ろで一つに結わえている。どうやら子供のようだ。
「一番大きな家が庄屋の家でしたね」
「ああ、これで山城でもあったら、小国と呼びたいくらいだ」
 小声で、小さな子供‥‥東一(eb2742)が群雲龍之介(ea0988)にそっと確認を取る。龍之介が事前に村の配置を調べていた。村は、小さな集落が十あまりもある。広い村だと聞いた通りだった。
 村の北にある山には、炭焼き小屋が見張り小屋も兼ねて山からの侵入者の警戒にも当たれるようになっていた。山を背にして三方に広がる田畑は、所々雑木林に阻まれて、固まった集落では無いのも特徴だった。外敵が、いきなり田畑を踏み荒らさない配慮なのだろう。農道も、幅の広いものが一本、田畑と雑木林をうねるように進む。突き当りが庄屋の家で、脇の畦道が少し広くなった程度の道が、村の家々に通じるのだろう。よく出来た村‥戦乱に踊らされなかった村というだけはある‥今までは‥。

 仇討ちをとギルドに駆けて来た少年を龍之介は思い出す。
「出来るならば、人が人を殺さない方が良いんだ」
 仇討ちをと、息が止まりそうになるほど憤りに震えている少年には届きにくい言葉かもしれない。龍之介はそれでも、言葉を繋ぐ。どんな悪人でも、殺めてしまえば、それは確実に心の中の一石となる。
「‥仇討ちをして‥その後どうする?仇討ちをした相手の身内から、仇と狙われるかもしれない。‥死ぬまで‥人を殺めた事は消えやしないし‥な」
「その‥覚悟があると言ったら?」
 少年にじっと視線を合わせられ、龍之介は、おやと思った。依頼を願い出る時の村の状況を見る視点といい、一筋縄ではいかなそうだ。
「俺は、好きにしたらいいと思う。その手助けをするのに手は惜しまない」
 赤い目を僅かに細め、シャノン・カスール(eb7700)は少年に頷く。
「貴方にとって、意に添わない方法かもしれません。ですが、私達を信じては下さいませんか?」
 伊勢誠一(eb9659)が、細い目をさらに細くし、柔和な、だが決意ある笑顔を少年に向けた。口を真一文字に引き結ぶ少年に見送られ、冒険者達は江戸を後にしたのだった。
 
 その村は、広い村だった。村が見えると、冒険者達は各々の役割を確認する。どちらも気を抜けない作戦だ。何より、分かれてしまうと、人数が少ない。
「それじゃきっちりとお役目は果たそうか☆じゃ、いろんな意味で皆気をつけてね♪」
 神山神奈(ec2197)の明るい笑顔に見送られ、村に先乗りしたのは良かったが、遠すぎる。騒ぎを起こして気がつくには、街道からかなり中に入らなくてはならない。その間に、雑木林もある。誠一は龍之介から手渡された地図を見て小さく溜息を吐いた。
「怪しい奴が村に入っていったから、様子を窺いながらつけてきた‥‥でしょうかねぇ‥‥」
 誠一は、ギルドで仇討ちの話を聞いた時から気になる事がいくつもあった。江戸城は伊達の手に落ち、その戦乱のどさくさを縫うように、ギルドへと届けられる依頼の数々。乱による、小さな乱。それによる混乱。
「嫌な感じですね」
 その呟きはすぐに現実となる。

 深と静かな春の陽射しを受け、金色に光る髪と赤い目を隠すように目深にフードを被るシャノンと、子供に見せかけている一に、浪人者そうろうの龍之介は、大きな庄屋家の前まで辿り着く。農家にしては、嫌に大きい。門構えこそ無いが、柊と木の芽の生垣に囲われ迂闊に生垣からは入れないようになっている。木の芽の良い香りが爽やかに香る。
 入り口には、知らせを受けていたのだろう、三十前後の若い男‥二代目の庄屋と、その前を守るかのように、赤茶の髪の剣士と、庄屋の横には、金色の髪の神父が立っていた。無頼の徒が庄屋の家目指し、巨大な鉄人形と共に歩いてくるともなれば、警戒するなと言う方が無理である。
「あんた達とは仲良くしとけって言われたんだけどね〜」
 シャナンがあざ笑うかのような物言いで軽く小首を傾げ、くつくつと笑う。
「ここに来たら、美味しい思いが出来るそうじゃないか。男手も居ないようだ。俺達を雇わないか?役に立つぜ?」
 いかにも職が無く、うらぶれた浪人を演じながら、龍之介は油断無く、庄屋、剣士、神父を眺める。(何故‥一言も話さない‥)龍之介はあまりにも静かな村に聞き耳を立てる。もうじき、潜入班が自分たちを追い払いに来る。それまでにひと悶着起こさなくてはと、気持ち、凄んでみる。
「どうだい?毎日酒と飯と女。それに、そうだな。週ごとに小遣いをくれればいう事はねぇ」
 少々ふっかけてやれと、龍之介の提示した金額は、ギルドの依頼でもめったに提示されないほどの金額であった。
「‥良いでしょう」
 ふっと笑う神父に、龍之介は一瞬気をそがれる。とんでもないと言われ、ごろつきなどを雇うわけが無いとあしらわれる予定だったのだ。
「‥っおう?」
「ザスク」
 神父が、剣士の名前らしき言葉を紡ぐ。
 しまったと思ったのは潜入する為に様子を窺っている誠一と神奈を含める冒険者の面々だ。ぼうと淡く光る剣士に、シャノンは、戦闘の気配を感じ取ると、すかさずフライングブルームネクストを取り出し、空へと難を逃れる。
「っ問答無用か?」
 龍之介は丸腰だった。刀は、愛馬白王号に積んである。白王号は、抜き放たれた剣に怯え、来た道を引き返していく。
「なめられたものだ」
「っ!話をっ」
 二代目の庄屋も腰の日本刀を抜いて一に切りつけた。小太刀で受けるが、どうしても押されてしまう。壁になっているシャナンのゴーレムは、すぐには動けない。
「助太刀いたす!」
 誠一と神奈は、急ぎ、仲間たちと仮の戦闘をすべく木立ちから走り出す。
「なにやら怪しいと後をつけてみれば、案の定だ!改心すれば良し、そうでなければこちらも容赦はせぬ」
 すらりと霞刀を抜いた誠一だったが、神父の手から発せられる淡い黒の光りに目を剥いた。投降する為の言葉も無く、脅しに来た三人に容赦の無い攻撃をしかけているからだ。
(まずい)
 一歩遅く、一にその黒い光りがぶつかって行く。
「っああっ!」
 クタリと倒れる一に、振り下ろされる領主の日本刀。走り込んだ誠一が間一髪でその刀身を受けた。
「はて、どちらに助太刀されるおつもりか?」
「殺す事はありますまい。生かしておけば、何か役に立つ事もありましょう」
「む‥」
 渋面を作る庄屋に神父の声が飛ぶ。
「息の根を止めなくては、仲間を呼ばれるかもしれません」
「貴方は聖職者だろう!」
「伊藤様に仇なす者に、情けなどかける必要が何処にあります?今のをご覧になったでしょう?彼等はこんなモノを盾にして、揺すりたかりをする、働かざる悪しき者です。打っても何ら害は無い。それよりも、そちらのお嬢さんも、何故攻撃をしないのです?」
 ぐっと詰まる神奈だが、神父を睨んで大声を上げる。
「むやみやたらと成敗すれば良いってもんじゃないでしょっ!」
 剣士の剣をいくつか身体に受け、龍之介は血まみれだった。ひと太刀は、一が地に伏したのを目の当たりにして、僅かに動きが鈍ったせいもある。隙を見て逃げようとしているが、背を見せて逃げ去るには、危険だと勘が告げるのだ。
 再び、黒く光る神父に、攻撃の迷いは無い。それを見て、二代目の庄屋も何かを忘れるかのように日本刀を誠一に振りかざした。
「ギルドに依頼を持って行く手間を省いているのじゃありませんか。今手伝ってくだされば、報酬は差し上げますが?」
 言外に、今逃しても、人相但し書きをしてギルドへと討伐依頼を出しに行くと言っているのだ。
 このまま、芝居を続けるわけにはいかない。最初の一手が悔やまれる。相手は、何の証拠も無しに守るべき村人をも切って捨てた輩である。無頼の徒など、虫けらほどの価値も見出さないのは明らかだった。
「こうなったら、しょうがないじゃないっ?!神よりも悪魔って言った方がいいみたいだよっ!」
「すまんっ!」
 神奈が、血まみれの龍之介を下がらせる為に、衝撃波を飛ばし、前に出る。両刃の剣が神奈を薙ぐ。
 バックパックから龍之介はようやく短刀を取り出すと、神奈に加勢する。酷く怪我をしているが、今は非常事態だ。
「生憎、残念ながら私はまだ人の身ですよ」
 神父の手から放たれる黒い光りは、僅かに神奈の気持ちを削ぐ。
 すこし離れた場所に下りたシャノンはゴーレムに指示を出すのをためらう。混戦であり、地には一が倒れている下手に動かすのは帰って危険だ。一直線に飛ぶサンダー系の魔法も入り乱れた場所では味方に当たる恐れがある。
「いけるかな?!」
 その身が炎の鳥に変わるまで大して時間はかからなかった。
 誠一の刀が庄屋を動けなくし、神奈と龍之介の刃がようやく剣士を倒した頃、炎の鳥に襲いかかられた神父も事切れた。
 手加減を出来る相手では無かった。だが、一斉に襲い掛かっていれば、ここまで苦労する事もなかったかもしれず、生きたまま捕らえる事も出来たかもしれない。
「っありがとうございます」
 虫の息の一は、酷く複雑な味の回復薬をシャナンから飲まされ、辛くも命が助かった。他の怪我人もシャナンのおかげで助かった。
 ‥仇討ちは‥成功した。

 それからしばらくして、その村から報酬がギルドへと渡された。力が無い事に憤っていた少年は、伊藤の三代目であり、村を継ぐ事になったとの事だった。