太助の名誉を取り戻せ!
|
■ショートシナリオ&プロモート
担当:いずみ風花
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや易
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月17日〜07月22日
リプレイ公開日:2006年07月22日
|
●オープニング
藤乃山という四股名を持つ太助が、ひいきのご隠居と、ご隠居の新しいお供ふたり、4人で夜道を歩いていた時であった。
太助はまだ若いが、将来は横綱の呼び声の高い青年だ。大きな男である。
子供の頃から、なにくれとなく世話をしてきた薬問屋のご隠居は、それが嬉しくて仕方ない。小さな体が、太助の隣で、さらに小さく見えようとも、それすらも自慢で。
立会いの当たりの強い藤乃山は、引くことよりも突進する力士で、それがまた、ご隠居の自慢でもあった。普段は、港の人足としてまじめに働いている事も可愛くて仕方ない。
「いつも、ありがとうございやす」
「夏祭りの奉納相撲も、楽しみにしていますよ」
和やかに会話しながら帰る一行の前に、提灯の明かりに揺れて、柳の木の下で、黒い猫が、にゃあと鳴いた。そうして、半透明の物体がすうっと風にあおられて消えていくのを、全員が見た。
「うわぁああっ!!」
「どうしたんです!」
「怖いっ!」
「はあ?今何と?!」
揺れる柳の下、太助は、震え出し、あろうことか座り込んでしまったのだ。
これには、ご隠居、目を丸くし。そうして、ふつふつと怒りがこみ上げて来る。
「何てざまです!」
「あ‥‥違うんです!」
太助は、われに帰って、立ち上がったが、お供の失笑は免れない。困惑する太助の顔を見て、ご隠居は、はたと手を打った。猫が嫌いとも、夜が嫌いとも、幽霊が怖いなどとも聞いたことも無い太助なのだ。怒りは、すぐさま心配に変わる。息子同様の彼に、悪い噂がついてはたまらない。
よくよく聞き込みをしてみれば、この辺りでは、わけもなく恐怖に襲われる事が頻繁にあるという。
「それで、絶対に、太助さんは、そんな人では無いという証明をして欲しいと?」
冒険者ギルドで、苦虫を噛み潰したかのようなご隠居に、冒険者達は大丈夫ですと、笑いかけた。
●リプレイ本文
●不名誉な噂
小さなご隠居の近くで立ち上がったのは、志羽武流(ea0046)だった。太助とまではいかないが、その長身にご隠居は感心したように顔を上げる。
「太助殿の名誉を回復させれば良いのだな?」
「『太助』の名誉回復って聞けば放っておけるわけないよな。相撲じゃ勝てそうにないけど、将来の横綱とまで言われてる向こうに負けてられないし!しっかりばっちり解決してやるぜ。」
にっと笑い、本庄太助(eb3496)も跳ねるように寄って来る。自身の名前と同じ、太助の名誉回復という言葉に敏感に反応したのだ。同名の名が落ちるのは、しゃくに障る。
「水の志士、高川恵と申します。よろしくお願いいたしますね」
高川恵(ea0691)が丁寧に頭を下げる。
「妖怪にしてやられたままなんて、きっと自分でも許せないはずです。名誉回復のお手伝いさせてくださいね」
よろしくお願いしますと、なめらかな声で挨拶をするのはネム・シルファ(eb4902)
すらりとしたブロード・イオノ(eb5480)が微笑み、桂武杖(ea9327)が寄って来るのを、目を丸くしてご隠居は見た。月道から幾多の種族が渡ってはいるが、やはり間近で会うのは緊張するのだろう。だが、そこは薬問屋。愛想の良い笑顔を返す。
「問題の柳の木の周辺で情報収集を行い共通項を見つける。複数事例があれば共通項から的を絞れるだろう、恐らく鍵は、柳の木下・黒猫・半透明のもの。か」
小野志津(eb5647)の言葉に、冒険者達は頷いた。
「幽霊が怖いとも聞いたことは無いのに、柳の下で黒猫が鳴き、半透明の物体がすうっと風にあおられて消えていった途端、ご隠居殿とお供二人の前で怖がったのでは、名誉は傷つけられたも同然だな」
志羽も事件のあらましを確認するかのように呟く。
うさんくさそうに、冒険者達を見るお供のふたりをちらりと見ると、志羽は声を上げる。
「その柳の木の辺りでは、わけもなく恐怖に襲われる事が頻繁にあるらしいが、それはご存知か?存ぜぬのであれば、その辺りの情報収集をしたい。名誉を回復させるのはそれからでも遅くはない」
その志羽言葉に、お供ふたりが顔を見合わせる。それを、渋面を作り、ご隠居がちらりと見ていた。そんなご隠居に、志羽はしっかりとした口調で決意を告げる。それは、集まった冒険者達の総意でもあった。
「安心してください。我等が、太助殿の名誉を回復させて見せる」
●現場検証と聞き込み
「ええっ?お母さんもですか」
「そうなのよ。急に怖くなっちゃってねぇ」
「最近、同じような目に会った人の事を知っていますか?夜あたりに」
「大きな男の人が猫を怖がったっていうのを、誰かに聞いたかねぇ。そういう人を知っては居るけれど、まさかと思う人なのよねぇ」
「ありがとうございます」
高川とネムは、噂の有無について周囲の聞き込みをしていた。聞けば聞くほどわからなくなる。恐怖を感じた者に、年齢性別の統一性が無いのだ。しかも、昼夜問わず。場所はほぼ決まってはいたが、明確に柳の下で恐怖に駆られる事もなさそうで、井戸から水を汲んでいたおかみさんが薄ら寒い怖さを感じた事もあった。
そうして、名前まではまだ出回っていなかったが、太助の事も口の端に登っているという、あまりよろしくない話も聞く事が出来た。
小野は、捜査結果に首をひねる。独自の予測があったのだ。江戸からでは陰陽寮に確認をとりに出向くことは難しいが、大よその推測は立つ。陰陽師の彼女の知識を総動員して再考を始めた。
「黒猫が鳴くのがきっかけで何かが起るかと思ったのだが‥‥。然し全員がソレを見ていながら一人にしか恐怖は起らなかった。これも共通項では?」
「ギルドに、何か資料あったでしょうか?伝承知識とかありそうな人が居るかもしれませんから、調べてきます」
ネムは、百鬼夜行絵図を片手に、走って行った。
桂とブロードは太助の働く港に来ていた。
重い米俵を軽々と肩に担いでいる、ひときわ大きな男に、自然と目が行く。太助だった。
仕事がひと段落着くのを見計らって、声をかける。
「薬問屋のご隠居に頼まれて、いろいろ調べている」
「‥ありがたいことです」
「すまないが‥ひとつ手合わせをお願いできないか」
「ここは土俵がありません。腕相撲なら喜んで」
奉納相撲の力士達は、皆他に職がある。夏祭りの土俵以外では、よほどの事がなければ、取り組みはしない。人のよさそうな笑顔で、太い腕を出されると、桂もにっこりと微笑み、その腕をとった。
流石、冒険者だけあって、太助とも良い勝負で、ブロードがその判定をしていたが、どちらがどうとも言えなかった。
「なるほどこれが横綱を目指せる力か、強いな。土俵という世界では今の私では勝てそうに無い」
「いえ。俺はただの、町の力士ですから」
負ける気はお互いに無さそうで、桂と太助は顔を見合わせて笑った。
場が和んだ所で、ブロードが、太助の目をじっと見た。
「太助君の見たような物を魔法でお見せしたいの。嫌でしたらおやめしますわ、太助君が怖がらない確認をしておきたいの」
ブロードは、柳に猫に半透明の物体のイメージを確認してきていた。それを、太助に見せて、恐怖が無ければ、それはそれでひとつの証拠となる。
ブロードの、やわらかい、丁寧な物腰に、首を縦に振る。なにより、腕相撲を取った相手の仲間の頼みだ。淡い銀色の光がブロードを包んでしばらくしても、太助は何の恐慌状態にも陥らなかった。柳と黒猫と、半透明の物体は、確かに同じような物だったと、ブロードのイリュージョンから覚めた太助は言った。
本庄は、大体の範囲を確認していた。特に現象の多いと言われる柳の木の下を中心に、周囲の地形、路地を見回っていた。置いてある物などを細かく調べている。隠れられそうな物があれば、特に入念に調べる。
「誰かが魔法とかで悪さをしてるんだったらきっとどこか物陰とかからだよな」
「その柳の木で首をくくった死があったのではないか‥‥とも思ったのだが」
小野が溜息を吐きながら、歩いてきた。
柳の木は細く、とても首をくくるほどの太さは無く、近辺に無残な死があったという事実も見当たらなかった。
「ぅわああっ!」
叫び声のする方向を見れば、夕暮れ時からの聞き込みを始めたばかりの桂が、地に足をついていた。かたかたと震える大きな肩に、冒険者達は、太助が遭遇した妖怪が桂を襲ったのを把握する。駆けつけてきた志羽が淡く緑色の光を纏い、何も無い桂の背中あたりの空間に向かって問う。
「どうしてこの場は澱んでいるのか?」
「半透明の奴が、男の背中で何か呟いて逃げた」
志羽に語られたのは、それだけだったが、集まった冒険者達は持ち寄った情報をつき合わせ、あるひとつの結論を導き出した。
●妖怪の正体
「妖かしが悪さをしているのであるなら、何とかしなければなりません」
月桂樹の木剣に手を置き、魔よけのお札が懐に入っているのを確認する高川を横目に、当日の柳の木の下で太助の震える様を見た者達と冒険者達は、柳の下まで歩いていた。いくつかに分かれてはいたが、目的は同じである。
「あら、大丈夫ですわ。こんなに人数が居るのですもの」
嫌がるお供をブロードが微笑みとやさしげな物腰で足を進めさせているのが多少目立つ。
陽はとっぷりと暮れ。
ぞろぞろと歩いて行くと、すぐにソレは現れた。
「ご隠居の後ろだ!」
本庄が、昼間調べていた、身を隠せそうな場所から声を上げる。
するりと移動してきた半透明の妖怪は、人の目を抜け、ご隠居の後ろに辿り着いていたのだ。別方向から見張っている本庄がいち早く発見したのだ。
「出たわね、臆病神!」
ネムが叫ぶ。
妖怪臆病神。
ふわふわとした半透明の体をし、道を転がったり、風に舞ったりして現れる。こつりこつりやぶるぶるとも呼ばれる、ジャパンに古くから住む妖怪だった。
人の後ろからこっそりと現れ、言霊を使って人を脅かすことを楽しむ妖怪。効果を受けた対象はなぜだかわからないが恐怖を感じてしまうという。
淡く銀色に発光する小野とネムが、太助やご隠居、お供の二人からその身を守る月魔法を付加して行く。
「太助さん、妖怪に雪辱を果たしませんか?」
「太助殿、名誉を回復するも、汚名になるも自分自身だ」
一切、手出しをするつもりの無い志羽が、軽く腕を組んで下がっていく。小野も、端正な顔立ちを崩さず、太助を見上げた。
「貴殿も噂は不本意だろう、自力で回復してくるといい」
「大丈夫だ、お前なら戦える。相撲の勝負の気迫があれば、負けない。保障する」
腕相撲をした桂が、淡くピンクに発光しながら、さりげなく太助の腕を取った。
「凄いの期待してるぜ!」
ふわふわと、転がる半透明の臆病神を逃さないよう、辺りに気を配りつつ、同じ太助の名前を持つ本庄が、掛け声をかけた。
太助は、冒険者達と、ご隠居の顔を見回して、力強く頷いた。
そうして。
お供達とご隠居の目の前で、太助と冒険者達は臆病神を成敗したのだった。
●回復する名誉
「奉納相撲って、いつやるの?絶対応援に行くからさ!」
太助の広い背中を、太助が景気良く叩くと、ネムが微笑む。
「みんなで、藤乃山関の土俵での雄志を見に行きたいですね」
「良くやった。横綱になれるよう期待している」
表情の少ない小野が、口の端だけだったが、微笑んだような気もした。そうして、小野は、いつもの表情の無い顔でお供ふたりを振り返った。
「知らぬが故の言かもしれんが贔屓の者ならば信じてあげて良いのではないか。彼は危険な妖しに立ち向かった、それは凄い事ではないか」
奉納相撲は、夏の暑い盛りに行われる。
暑気払いや疫病払いの願いを込められた夏祭りの奉納相撲だ。
その力士達は、町のあちこちで暮らしをも支えている。
───藤乃山、妖かしを祓う。
その噂は前の噂を塗り替え、夏祭りまでには町中の人が知ることになったのだった。