ぼくじゃない

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月16日〜05月21日

リプレイ公開日:2007年05月24日

●オープニング

 世間は激しく動いているが、小さな事件も後を絶たないでいる。
 
 その日は、酷く怒られた。
 だから、ほんのちょっと仕返ししてやろうと思ったのだ。ほんのちょっとだけ。そしたら気が晴れる。
 けれども、そのほんのちょっとだけが、こんなに怖い事になるなんて。
「あんたの所の子供が、野良猫と遊んでるのを、見た人がいるんだよ」
「違うよ!ぼくじゃないよ!」
「ま、強情だね。良いよ。謝らないのなら、あんた等親子、出て行って貰うから」
「そんな。ただ転んだだけで」
 何事かと、様子を窺っていた長屋の住人が目を丸くする。
 評判の良くない大家であったが、ここまで横暴とは思わなかったからだ。
「心の臓が止まるかと思ったじゃないか!子供が一人でも減ったら、あたしゃ嬉しいね!」
「ぼくじゃないっ!」
 確かに、母さんを転ばせてやろうかと思った。
 でも、やめたんだ。夜暗くなるまで働いてる母さんだから、ほんのちょっとぐらい、僕に当たったって、僕は平気だし。
 そしたら、目の前を、たくさんの白い猫が走っていった。

「っざけんな!黙って聞いてれば、何だい、猫に転ばされそうになったからって、子供に当たるなんて、大家の風上にも置けないね。いいともさ。店子としたって、こんな大家ごめんだよ。家主さんにねじ込んでやったって良いんだよ!」
 大家といえば、親も同然。
 店子と言えば、子も同然。
 大家とは、家主から長屋の纏めを預かり、よほどでなければ、変わるものでは無い。
 ここの大家は、雇われの大家である。この大家、大家になる前は良い人物だったのだが、小さな権力を握ってからは、それはもう。店子をいびり、ねちねちと言いがかりを付ける人物に変貌した。おかげで、店子全員から嫌われていた。
「いいね。みんなで家主さんに言おうじゃないか。この子の潔白証明してさ!冒険者ギルドへまずは行って、いろいろ調べてもらって、証人になってもらおうじゃないよ。天下の冒険者ギルドの証明だ。今までの事も全部報告してあげようじゃない」
「なんだってっ?!」
 家主と長屋の相談事をするのは大家の務めである。その頭を飛び越すという事は、とても、非常に、体面を無くす事であり、小太りの大家は顔を白黒させて言葉に詰まる。

 ぼくは、涙で前が見えなかったけれど、何だかえらい事になってしまったのはわかった。
 でも、本当に、僕じゃないんだ。遊んでた猫は三毛猫と虎猫なんだもの。この辺りには、白い猫なんて居ないのに。

●今回の参加者

 ea9454 鴻 刀渉(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ec2547 ルデナ(18歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec2767 拜 沙音(27歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●白いふわふわの正体は。
 白馬桂桂と陽陽の二頭を引きながら、鴻刀渉(ea9454)はがんばるしかないかなと、春の空を仰いだ。本来でも四名という少ない人数でこなさなくてはならない依頼だったのだが、さらにそのうち二名はどうやら依頼に間に合う事が出来なかったようだったからである。
 華国語を流暢に話す拜沙音(ec2767)は、自らの言葉が渉に届くので安堵していた。勝手のわからないギルドの中で、そっけない態度ではあったが、渉がとても面倒見が良かったからでもある。
「妖怪?」
「猫のような姿で人を転ばせるものは、すねみがき‥‥いえ、すねこすりでしたかね、名前は確かに憶えていませんが、妖怪に居たと思います」
 出発前のギルドでかたっぱしから冒険者を捕まえると、件の白い猫のような姿の物の確認を取る。漠然とした情報では、彼らにはそれがすねこすりだとは断定出来ないからだ。何人目かに、ようやくその白い猫のような物がすねこすりだと、確定する事が出来た。
 妖怪すねこすり。毛並みの整った、白くて丸々とした猫のような姿をし、暗い夜道に突然現れて、人の足元にまとわりつく獣。まとわりつかれたものは耐え切れなくなると転んでしまうという。
 一見しただけでは、少女と見紛う程の顔立ちの沙音が、ひとつ頷く。
「‥それは、可愛いですね」
「そうですね。猫と見間違えるほどですし」

●妖怪すねこすり
 気持ち雰囲気がとげとげしい長屋に二人は辿り着く。
 ひとりで長屋の一角で遊んでいる、小さな男の子を渉は見つけた。すらりとした見目の良い渉と白馬を見て、男の子は、目を見張る。長屋辺りでは、こんな見事な馬はいないからだ。渉は、子供の目線まで屈むと、碧の瞳を少年に合わせた。
「坊や、白い猫を見たのは何処ですか? 悪さをした妖怪を懲らしめてきますから、教えてください」
「よう‥かい?」
「はい、妖怪です」
「猫‥じゃないんだ」
「そうです」
 ぽろぽろっと、少年の目から涙がこぼれた。
 自分のやった事では無いのは、自分が知っている。でも、本当に自分はやっていないだろうかと、記憶は混濁する。小さな子供は、夢も現も混ざりやすい。おまえがやったのだろうと言われて、最初は違うと言えたのに、時間が経つにつれ、本当はどうだったかわからなくなったのだ。
 それを、ちゃんと違うといってくれる人が来た。
「案内、してくれますか?」
 渉は根気よく少年の返事を待つ。
 泣き止んだ少年は、にこりと笑い、こっちだよと、渉を問題の場所へと案内をした。
 そこは、三つ辻。ひとつの路地に垂直に別の路地が混じる。そのどん詰まりの壁際で、母親が帰るのを猫と遊んで待っているのだという。
「お年寄りが転倒して寝たきりになっては大変ですから‥‥」
 特に害は無い妖怪なのだが、転んだ拍子に打ち所が悪ければ、大怪我をする。現に、大家はしたたかに腰を打っている。
 春の夕暮れは、ゆっくりと訪れる。穏やかな色合いが西の空に沈めば、花紺の夜空が空を覆う。
 沙音は、依頼書を思い出しながら、長屋の近辺を探って回ったが、残念ながら、沙音の言葉は長屋の住人には聞き取れず、申し訳無さそうな顔が返るばかりで。その出で立ちから、件の白猫の調査に来たのは誰もがわかったようで、困惑する沙音に、なるべく知ってる事を伝えようと、長屋にいる人々は身振り手振りで、大家が転んだ場所を教えてくれた。最後は、沙音の袖を引き、春の宵が辺りを包む三つ辻まで連れてきてくれたのだった。
 そこに、しろいふわふわの猫とおぼしき物が走り込んで来た。
 すねこすりだ。
 沙音と長屋の男は足をとられそうになって、たたらを踏む。走る影はひとつ、ふたつ、みっつ‥全部で六つはいるだろうか。
 低く構えた渉がすねこすりの前に現れる。走り抜けようとするすねこすりに、渉の脚が幾つもの軌跡を描いて吸い込まれる。軽い手ごたえを脚に感じるが、六体全てを渉一人で退治するには無理があった。渉の意図に気がついた沙音だったが、捕獲しか考えていなかった為、助太刀も出来ず。
「‥逃がしたか」
 倒したのかも、逃がしたのかもよくわからなかったが、気がつけば、長屋の人々が数名、渉と沙音を遠巻きに眺めていた。その中には、少年の姿も、大家の姿もあった。
 捕獲すべく、翌日もその場所に張り込んだのだが、攻撃をしかけられたすねこすりは、姿を現す事は無かった。

●めでたしめでたし
 すねこすりは捕獲出来なかったが、得体の知れない不思議がその場所から居なくなったのは確かで、半信半疑だった人も、少年の無実を信じていた人も、胸を撫で下ろして、二人の冒険者にお礼を言った。
「妖怪すねこすりの姿と、行動を書き留めた報告書です。そこの大家さんが転んだのは、決して猫のせいでは無く、妖怪の仕業だと明記しました。同じものは、家主さんにも提出致しました」
 渉が冒険者ギルドへと駆け込んで来た長屋の人々に、書簡を手渡す。
「ありがとうございました」
 あたしら、読めないんですけど、大事にしまっておきますと、嬉しそうな笑顔を向けられる。
「ありがとうございます」
 深く頭を下げるのは、少年の母親で。少年も、それにつられて、渉と沙音にぺこりとお辞儀をした。
「‥‥大家さんの処遇については店子さん、家主さんに任せて良かったんですよね」
 沙音が、渉に顔を向ける。
「両方の顔を立てる手段も思いつきませんし、下手な取り繕いは良いことは無いでしょう」
 渉は、昨夜の内に、唇を引き結んで自宅へと返る大家に会っていた。泣きそうな顔の大家は、聞いていた印象と違い、癇癪はどこかに引っ込んで、弱弱しくさえもあって、やれやれと溜息を吐いたのを思い出す。

「今回の事件は、身から出た錆。自分で撒いた種は自分で刈り取るものでしょう? 誰かを恨むのはお止しなさい。聞けば大家になる以前は素敵な人物だったそうですね。これを機会に心を改めてはいかがです?」
 そう、声をかけると、消え入りそうな「はい」という返事が返った。大家という高い立場で恥じをかいたのは大変自尊心が傷ついただろう。けれども、それで人となりが良い人になるのならば、この恥じは決して悪いものではないと渉は思うのだ。
「話は聞かせて貰いました」
 渉と大家の背後から声をかけたのは、高く白髪を結い上げた年配の婦人だった。お供に提灯を持たせ、穏やかに微笑んでいる。
「家主さん‥」
 大家は震える声で、年配の女性を見ると下を向いた。
「冒険者のお方ですか」
「はい」
「とんだご足労おかけしました」
「いいえ、これは正式な依頼です。お気遣い無用に願います」
 家主は、渉に軽く頭を下げると、大家に微笑んだ。
「貴方以外の大家を考えるつもりはありませんからね?貴方は、もう、無茶な事はしないでしょう?」
 家主の言葉に、大家は小さくなり、泣いているかのようだった。
 それ以上を聞くのは無粋だろうと、渉は大家と家主に軽く一礼すると背を向けて立ち去ったので、その後、どんな話があったのかまではわからない。けれども、良い方向へと向かうのだろうなと、漠然とした思いはあった。

 自らの思いに沈んでいた渉に、沙音が笑いかけた。
「めでたしめでたしと言う事ですね」
「そういう事です」
 妖怪すねこすり。愛嬌のある妖怪であった。
 春の宵に吹く風は、暖かさを含み、季節が移る事を告げるのだった。