朽ちた祠に咲くは紫陽花
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 48 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月22日〜05月27日
リプレイ公開日:2007年05月30日
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●オープニング
その祠は村はずれの山の中にあった。
小さな祠で、中には木彫りの観音様が鎮座している。
だが、その祠がある事を、村人は最近まで知らなかった。この村は、何年か前まで廃村だったからだ。小鬼の襲撃に遭い、壊滅した。急な襲撃であった為、冒険者に知らせに走る者が居なかったのだ。そういう、山奥の小さな村はいくつでもある。
その村に人が再び移住したのはつい数年前である。近くの小鬼の群れを冒険者が退治してくれたという話を聞き込んだ大きな村から、その村に住み辛くなった人々がひっそりと移住したのだ。
家を整え、雑草にまみれた田畑を掘り起こし、ようやく人心地着く頃、村人は周りを見る余裕が出来て来たようだった。
山菜を取りに山に分け入った女が、紫陽花の群生を見つけた。
紫陽花の咲く頃は、田畑に人手が必要で、今までは山に分け入る余裕が無かった為、紫陽花がこの山に咲いているなどとは思いもよらなかった。
「すごい‥‥」
女は、木漏れ日に開く鮮やかな空の青を映した紫陽花の群生に溜息を吐く。まだ、開ききっていないその紫陽花は乳白色に僅かに色を差し。あと数日もすれば、満開になるだろう。何処まで続くのだろうと、女は紫陽花の中に足を踏み入れた。
すると、紫陽花の中に、大きな石を発見する。その石は、階段状になり、山の上まで続いている。
───花はその石段を覆うように‥多分、以前はその石段の両脇を彩るように‥山頂まで延びていた。
興味を引かれた女は紫陽花をそっとかき分けながら、山頂へと辿り着く。石段は、人一人が通るのが精一杯の狭さであり、所々崩れてはいたが、なんとか紫陽花が途切れる場所まで辿り着いた。
そこには。
狛犬が二体。対になって女を睨んでいた。
狛犬の向うには、ぼろぼろに朽ちた小さな祠。その中には、やはり風雨にさらされ、朽ちかけた観音像がある。信仰心の薄い女ではあったが、朽ちたままの観音像を気の毒に思った。
「どうするよ‥‥」
「どうもこうも無いぞ‥」
男達は口々に言い募る。
村に帰った女から、観音様の補修をしようという提案は一も二も無く承諾された。何の守りも無い村であり、追われるように大きな村から出てきた人々である。今まで見つけられなかったのは悪かったけれども、こうして見つかったのも何かの縁。喜び勇んで補修をしようと山に向かった。
しかし。
村人の何人かは大怪我を負っていた。
観音堂を補修しようと、狛犬を通り過ぎようとしたその時、狛犬が襲ってきたのだ。命からがら逃げ降りる村人を追撃する事は無かったが、人を襲う狛犬など普通は居ない。
「何かの縁だろ」
金はかかるけどなぁと、村人達は、観音堂をどうにかして欲しいと冒険者ギルドへ願い出た。
怪しい雲行きだ。冒険者達が村へと辿り着く頃には、雨が降るのかもしれない。
●リプレイ本文
●村
今にも雨が降り出しそうな低く垂れ込めた雲が覆う、暗い空模様を睨みつつ、冒険者達は思ったよりも早く問題の狛犬のいる山裾まで辿り着いていた。
この時期ならば、田畑に人手が出ていて当たり前なのだが、どうにも落ち着いて農作業が出来ないらしく、冒険者達が着くのを今か今かと待ち侘びていたようだった。
「詳しく聞きたいのだが」
馬では急斜面は上れない。眞薙京一朗(eb2408)は、愛馬朽葉を預かってもらいながら、実際に狛犬と対峙した村人に話を聞く。
「面前までは、普通の何処にでもある狛犬さんでしてね」
「多少苔むしてはいましたがねぇ、ご苦労様な事だと思いましたよ」
「ならば、直前までは攻撃は来ないのだな?」
「へえ、そうでした。狛犬さんを通り過ぎようと、一歩狛犬さんの間に足を踏み入れたら‥」
「‥という事は堂に立ち入る者を襲撃する以外は普通の狛犬なのか‥」
京一郎の言葉に、ぶるりと身体を震わす村人。
「がくんと音がしやしてね、突然体当たりを食らって転がって」
「肩の骨折っちまったんですよ」
「向うにはあばら骨やった奴が寝てます」
「んー、あたしも信心深い方じゃないから、がっぷりイかれちゃうかしらねー」
言葉とは裏腹に、ほわりとした雰囲気の緋神那蝣竪(eb2007)が村人が語る狛犬の襲撃を聞きながら、軽く人差し指を立てて顔に添える。
「がっぷりっていうより、どーんという突進でさぁ。‥骨ぐらいならええんです。いずれ治るものですから」
「そうそう。‥でもね、奥の観音さんはぼろぼろで、手を入れないとお気の毒でして」
「狛犬さんも何があったんでしょうかねぇ。下手して子供が近づいたら目も当てれませんし」
「長い事ほっとかれて、狛犬もご機嫌斜めなのかしら」
那蝣竪が小首を傾げ、京一郎は裏山を仰いだ。
「存在を忘れ去られた神霊や眷属は祟るというが‥」
「‥‥それとも、何かが憑いてる、か。何はともあれ、確かめなくちゃどーしよーもないわね?」
「そういう事だな」
「降って来ましたね」
優美な足取りで、飛麗華(eb2545)が歩いてくる。
ぽつり。ぽつり。
いっそう暗くなってきた村に、雨が降ってくる。この時期の雨は田畑に必要不可欠ではあるが、冒険者達にとっては、いささか条件が厳しくなる雨であった。
●紫陽花の路
「綺麗だな」
鷹翔刀華(ea0480)が、僅かに目を細める。この紫陽花の上には狛犬がいる。
村の女性が見た時は、青い色に染まるあじさいの方が少なかったが、今は真っ青な花の帯が二本、頂上から山の中腹まで延びている。雨に彩られ、その青はさらにくっきりと山の中に浮かび上がる。那蝣竪は、木の上を伝おうかと考えていた。しかし、木の幅はまちまちであるし、雨も降ってきた。自身の力量をも考えて、無難に紫陽花の路を行く事にする。
「滑りそうですからね、気をつけて下さい」
「ありがとう」
剣真(eb7311)が麗華に声をかけた。山道を昇るのに、集まった冒険者達はそれ相応の健脚を誇っていたが、彼女はどうも歩きにくそうだったからでもある。そういう真は、先を行く那蝣竪や京一郎の背を見て、ついふらりと紫陽花の壁を抜けそうになるのをぐっと堪える。迷うつもりなどさらさら無いが、つい足が別の方向へと踏み出してしまうのはいつもの事だ。
「そちらは、紫陽花の路から外れるようですが」
「ん?あああ。ごめん、ごめん」
真が間違えそうになると、最後尾の麗華が声をかけ、振り返る仲間がくすりと笑う。緊張しがちな山道に、ほんの少し、穏やかな空気が漂う。
「飛と緋神に、先行してもらうわけにはいかないかな」
紫陽花の路が空に溶けるかのように切れている。頂上は、あと僅か昇れば見えるだろう。件の狛犬の姿ももうじきみえるはずだ。狛犬を全員で攻撃するには正面からかかると足場が悪過ぎる。狛犬の攻撃範囲に先に身の軽い二人にはいってもらえたらと、駄目もとで京一郎は頼んでみた。
「それは望むところね、私は引き付けるつもりだったもの」
「かまいませんわ」
那蝣竪は、最初から霍乱、誘導をするつもりだったので、京一郎の提案にすんなりと頷く。さしたる戦闘の指針も無かった麗華も頷く。目的はみな同じ。狛犬を退治する事なのだから。
列を直し、冒険者達はゆっくりと足元を踏みしめながら、紫陽花の小道を進む。
すると、まるで上から見下ろすかのような、狛犬二体の姿が雨に打たれてか、くっきりとその輪郭を現したのだった。
●狛犬との戦い
狛犬の面前まで辿り着いても、狛犬はぴくりとも動かない。そのいかめしい顔をただ空に向けているだけである。所々に苔むして、かなり長いこと放置されていたのが見て取れる。雨による水垢とみられる黒ずみも随所にある。それよりも気の毒なのは狛犬に守られた観音堂であった。
屋根は半壊し、降る雨が観音像の半身をじっとりと塗らす。木像で無かったのが幸いしているとはいえ、雨に打たれる半身には、狛犬と同じような苔と水垢が付着していた。このままにしておくには、あまりにも無残である。
「いくわよ」
「はい」
狛犬と狛犬の間は、女性二人が並んで通り抜けれるぎりぎりの幅である。那蝣竪と麗華は頷き合うと、走り出した。狛犬の間を通り抜ける瞬間に攻撃をしかけようと、残りの冒険者達は手に手に得物を構える。
石が崩れるような音が響くと、狛犬は身を揺すり、麗華と那蝣竪に襲い掛かる。
「我々は観音堂の修復に来る者の使いです。お通し願えませんか?」
真は狛犬に声をかける。もし。万が一、こちらと意思の疎通が出来るのならば、無下にしたくはなかったのだ。だが、やはり、狛犬には真の声は届かない。
刀華が小太刀を抜いて走り込み、狛犬の背後から一太刀を浴びせる。ずしりとした手ごたに、軽く眉を顰めると、二撃目を打ち込む為に一歩下がる。その隙に狛犬が反転し刀華に突進をかけた。
「くっ」
重い。
力負けして足がずるりと背後に半歩ずれる。
「はいはい、狗さんこちら〜ってね♪あたしと神楽の舞といきましょう?」
狛犬の気をそらす為、那蝣竪が声をかけるが、思うように狛犬は那蝣竪を向かない。京一郎の槍が、その狛犬に衝撃を与えて、ぐらりと揺らした。
観音堂の右と左に分かれ、狛犬との戦いは始まった。どちらにでも手が出るように、京一郎は観音堂の前に陣取る。なるべく観音堂に近づきたくは無いが、何しろ足場が狭い。
もう一方の狛犬の攻撃を受けているのは真と麗華だ。
「やっぱり、言葉は通じませんでしたね」
話せなかったのは残念でもあるが、仕方の無い事だとも真は思っていた。思いの切り替えは早い。法城寺正弘と銘のある日本刀で狛犬の背に衝撃を与える。体当たりを食らった麗華も、まだ戦える。真に襲い掛かった狛犬の背に強化したナックルを叩き込む。
狛犬は、ただ、攻撃をしかけられた方へと突進をする。その度に、冒険者達から重い一撃を食らい続け。
やがて。
降りしきる雨の中、ぴしりと狛犬の破片が散り。ひとつ入った亀裂は、止める間もなく、がらがらと。
───長く観音堂を守ってきた狛犬が、砕けて落ちた。
何度も体当たりを食らった冒険者達は、ぎしぎしと悲鳴を上げる身体をなだめながら、それぞれが思いを乗せた溜息を吐いた。
「ん…眠い…」
細いその身に受けた衝撃か、手数多く戦った疲れか、刀華は小さく呟いた
●観音堂
降り止まない雨の中、那蝣竪は、拳ほどの大きさになってしまった狛犬を丁寧に集める。
「長い間、待たせてごめんなさいね‥‥これからはきっと、沢山の人が会いに来てくれると思うから」
「護りの居ない観音堂というもの寂しいものだな」
空の座を、京一郎はそっと撫ぜる。
真は朽ちた観音堂の周辺を綺麗に片付けていく。ぼろぼろになった堂の欠片を拾い集めるだけで、観音堂はこざっぱりとした姿になる。人の手が入るというそれだけなのだが、たとえ未だ雨ざらしでも、息を吹き返したかのような姿になるのは不思議である。
片付けを終え、山を下っていくと。左右の紫陽花が雨に打たれてその丸い頭を僅かに下げるのは、冒険者達にお礼をいっているのかもしれない。
「今まで祠を護ってきたのですから、これからも護ってもらえるよう修復、再建を御願いできませんか」
真がお礼を言いに転がり出て来た村人に話をする。
「もちろんです。これも何かの縁。狛犬さんも、あんなんじゃなかったら、磨いて差し上げたかったぐらいですし」
怪我をさせられたのに、恨むでも無いこの村の住人達は、これからあの観音像を奉って、幸せになるんだろうなと、何となくそう思わせた。
もう忘れられる事も無いだろうし、新しく狛犬を作って護りと据えても、それに襲われる事も無いだろうと、京一郎は微笑んだ。
仲間が見ていない間に、村の責任者を探し出し、狛犬建立代の為の、いくばくかの足しにと、ほとんどの報酬を手渡した。
「‥どうせ気楽な一人身だ」
目を白黒させて、駄目です、持って行って下さいと、手に押し付けられるが、京一郎は大きな身体を屈めて、笑ってまた返した。
「たまにはこういう仕事も、何かの縁‥というものだろう? 」
「そうきましたか!」
「そういう事だ」
じゃあなと、笑い、京一郎は帰路についた仲間の後を追う。
雨はまだしとしとと降っていた。
観音像の濡れていない半身に、ふと雨が降り込み、一筋の水滴を流したのを、誰も見てはいなかった。