鳥居の下に傘化け
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:06月12日〜06月17日
リプレイ公開日:2007年06月20日
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●オープニング
古びた紅い鳥居の下には石畳が続く。
色は剥げ、打ち捨てられた神社へ向かい、一軒半ほど石畳は続いている。町はうらぶれ、誰も住むものは居ない。幾度かの戦で、この町は戦火に晒され続けた。あまりにも何度も焼かれ、壊された為、人々は諦めてしまったのだ。
もう、この地に住む者はいない。
その商人が町を訪ねたのは三年振りだった。戦のせいで、随分通わなかったものだと小間物を沢山入れて町へと向かう。羽振りの良い町では無いが、主街道から離れている。小間物をわざわざ買出しに大きな町へと行くよりも、こうした商人達が重宝された。同業者に入られているかもしれないが、そこは腕でなんとでもしてやろうと、荷物を背負いなおす。
町の入り口に小さな社がある。いつもそこで、商売繁盛のお賽銭を上げてから町に入るのが商人の習慣となっている。
「戦の影響かねぇ」
廃れた鳥居を撫ぜて、馬から下りて一歩進むと。嫌な感じを受けた。境内を覆わんばかりの木々が昼でも暗い影を落として。その奥から。
がこり。がこり。
下駄の音立てて、石畳に現れたのは。
「うわああっ!」
ぼろぼろの傘に一本足。妖怪だ。その数はざっと見ただけで十はいるだろうか。
慌てて馬に飛び乗ると、商売道具がばらばらと落ちた。だが、構ってはいられない。まずは命が大事だ。怯える馬に必死でつかまり、商人は何とか命からがら逃げ延びた。
逃げ延びて、一息ついた途端にあの商売道具が惜しくなる。
腕自慢の商人である、挽回は出来る。そう思い、残った品を調べると。
「ありゃ‥」
商売の手形が無い。
手におさまるほどの小さな木片に、小間物仲間でやりとりする文字が書かれ、焼印の押してある大事なものだ。
「よりによって‥‥」
仕方ないかと、商人は冒険者ギルドへと足を運んだ。
●リプレイ本文
テレーズ・レオミュール(ec1529)は、首を竦めて状況を話す依頼人に、大変でしたねと、声をかける。なるべく詳しく、小間物が落ちた場所を聞きたかったのだ。小間物屋は首を竦めてテレーズにその場の状況を話し始める。
「ああ、数歩入った所で何か出てきて、化け物だとわかったらすぐに逃げ出したんだ。化け物を見て、馬も逃げる所だったから、危なかったよ」
「丁度門をくぐり抜けた場所で、向かって右側の鳥居の柱の下あたりですね?」
小間物屋から話を聞き終えると、テレーズは、仲間の元へと歩こうとする。しかし、その荷物の多さが災いして、動きが非常に不自由だった。初めての依頼では、勝手がわからなかったのでしょうねと、大荷物を愛馬に振り分けるとか、家具の類は家に置いてくるとかをギルドの職員に教えられ、今回に限り、かさばるものは預かりましょうと微笑まれる。このまま移動すると、下手をすれば間に合わないのだ。
ふうわりと、高く結わえた暖かな茶の髪を揺らし、穏やかに微笑むのは音羽響(eb6966)である。目に鮮やかな華国風の服の裾がなびく。
「木片‥‥手形ですね、それは大変お困りでしょう」
「大丈夫です、必ず見つけてきます」
廃墟だったのを知らなかった上に、妖怪にまで出くわしたのはついていなかったですねと、間宮美香(eb9572)が青い双眸を眇めて愛馬に跨る。戦闘馬ならば、下級の妖怪ごときでは逃げ出す事は無い。
晴れ渡った空の下、冒険者達は問題の廃墟となった町を目指すのだった。
遠目からは、その町が生を失っているとは見て取れない。だが、近付くにつれて荒廃が目に飛び込んでくる。それは、そこが廃墟だと教えられているから、そう思うのだろう。久し振りの商売に気をとられていた商人が、うっかり入り込んでも仕方の無いくらいは、町はまだその場所に留まっている。
「戦のせいで町が焼かれ、人々は町を捨て、廃墟には妖怪が住まう。妖怪を恐れ、人々は更に町から離れていく。悪循環だな。やはり戦はするべきではない。何も良い事を生み出さない」
新緑を映す碧の眼差しで一瞥すると、桜乃屋周(eb8856)は、小さく溜息を吐き、淡々と言葉を紡ぐ。戦いの止まない国情が廃墟を生み出しているのか、妖怪などが現れるから国が荒れるのか。それは誰にもわからない。しかし、こういう様を見るとやりきれない思いは湧き上がる。
ほどなく、冒険者達は問題の鳥居を視界に納める。鎮守の杜は人の手が入らなくなってからは荒れるに任せているのだろう。うっそうと神社を覆うように生い茂る木々が、よほど知った人意外は、遠目からでは、この町が廃墟であるという姿を隠しているようにも見えた。
響がいつものように、愛馬生駒が混乱しないように指示を出し、自由を確保出来るような場所に繋ぐ。
「何となく、光っているような気もします」
鳥居の近くに落としたとの話を聞き、美香は近付く前に大体の位置を知ろうと目を凝らす。陽の光が木々を抜け、暗く影を落としてはいるが、僅かにこぼれた光が、商人の落とした小間物に反射して僅かに光っていた。
「‥魔法使うまでも無さそうです」
傘化けがやってくるのを、事前に調べようと思っていた美香だったが、鳥居に近付くと、奥の杜から怪しげな音が聞こえてくる。立ち上がると、仲間達を振り返って艶然と笑う。
「ボロ傘に一本足?ふざけておるのか?聞いて呆れるわ‥‥」
事前にギルドでここに棲みついているのが、傘化けと知れている。その容姿は、小間物屋が見た通りのやぶれた傘に、一本の足。足と言うよりは、太い柄である。器用にぼろぼろの傘を開閉しつつ、その足が神社の奥からやって来る。ばさり。がこり。そんな音が、妙な滑稽さもかもし出す。だが、これは妖怪である。
「‥‥‥」
傘が動く。その奇妙な姿に、室斐鷹蔵(ec2786)は表情を変えずに沈黙した。神社の杜をざわりと風が揺らし、鷹蔵の高く結わえた長い銀髪をひとすくい、糸を引くように流した。
「帰る」
「切るしかないだろう?」
本気で言ったのでは無いのは見て取れるが、くるりと踵を返した鷹蔵を視界の端に入れると、真っ先に山本剣一朗(ec0586)が、かちりと鯉口を切って傘化けへと向かって行く。
「奥へと行かなくてはな」
なるべく落ちた小物から引き離さなくてはならない。周は、きらりと僅かに光る、銀糸の刺繍の縫い取られた漆黒のマントを翻して傘化けへと両刃の剣で切りかかる。シャスティフォルと呼ばれるその剣は武者修行をする為の騎士の助けになるようにと鍛えられた剣である。決まった型こそ無いが、周は鍛錬を怠っては居ない。鋭い切っ先が翻った。
「全部倒す必要は無いのですよね」
銀糸の絹糸のような髪がするりと落ちる。テレーズがその身を淡く輝かせ、魔法を使い、傘化けに向かう。冷たい空気が辺りに漂い、目にするのは青白い氷の棺。傘化け一体が、その氷の棺に取り込まれて動きを止めた。
「落し物の確保が大事ですわね」
テレーズに微笑むと、同じように、淡く光って詠唱を終えた響が、剣一郎に襲い掛かる二体目の傘化けを拘束する。
「こっちには来させません。小間物を踏まないように、後を追いましょう」
やはり、詠唱を終えた美香が群れから外れた傘化けに向かい、魔法を発動させる。どう。と、音を立てて、美香の示した一直線上の傘化けが倒れる。倒れる直前には、魔法の軌跡である黒い帯が確かにその威力を発揮した証として僅かに残り、空気に溶けるように消えていく。
全部倒す必要は無い。だが、傘化けは、引くことを知らない。追いつけるならば、追って、追って、攻撃を止める事などしないのだ。
流石に、多い。
「っ!」
「大丈夫か?」
「‥大事無い」
やぶれた傘化けが激突し、剣一郎の着物の袖を割き、飛び上がった傘化けが周の顔すれすれに迫る。二人ではその猛攻を止める事は出来ない。しかし、後方から魔法の援護が二人を支えていた。
静かな神社の境内に剣戟の音と傘化けのばさり、がこりという音が、風に揺れる木立の囁きを消して響く。
「おい‥なんだ?これは?申してみい‥」
後手に回ったが、鷹蔵にも傘化けは容赦なく体当たりにやってくる。ここに到っては仕方なしと、傘化けに相対していたが、どうしても受け手に回る。憮然とした表情から、笑みが消える。
「えぇ―――――いっ!!いい加減にせぬか!うろんなヤツめっ!!」
間合いを取り、刀を一端鞘に収めると、渾身の力を込めて抜き放つ。長い銀髪が、鷹蔵の動きの後を追うように、すうと動いた。
「あと‥何体だ」
剣一郎の息が上がる。周の動きの邪魔にならないよう、ただ黙々と傘化けと打ち合っている。これもひとつの武術の修行。そう思っているのかもしれない。そんな剣一郎の横で、周は、なるべくテレーズや響に傘化けを向かわせないようにと、背後を気にしつつ、飛び上がり、突進される傘化けの攻撃を打ち返し、切り付ける。
「あと‥少しっ!」
数体は、テレーズが氷の棺にその動きを封じ込め、複数で周と剣一郎に襲い掛かる傘化けの動きは響きが一端その足を止め。
健一郎と周の防衛線を突破する傘化けは、美香と鷹蔵が辛くも仕留め。
「大丈夫ですわ」
響の癒しの手が怪我を治していく。
「もう居ないみたいです」
美香が、手を土に当てて、周囲を探査する。魔法の探査は、少なくとも、この近くで、がこがこと音を立てる傘化けの音は拾う事が無かった。
「この集落に住まわれていた方々が使っていた傘だったのでしょうか」
倒れた傘化けは、ただの朽ちた傘である。動かなくなり、戦闘で折れた骨や、破れが酷くなった傘を見て、響は、ほうと溜息を吐く。こうなってしまえば、もう是非も無いのだが、物悲しいものだと思うのだ。
氷の棺に入った傘化けはとりあえず置いておき、まだ陽は高いとはいえ、覆いかぶさる木々で僅かに暗い鳥居の近くへと冒険者達は足を進める。
「まずは、木片か」
周がすっと、ばらばらになった小間物のある場所に座り込む。
「商売の手形だったな‥」
その長身を屈め、見つけるしかないかと呟きながら、剣一郎も慎重に目に付く小間物を拾い、小さな石をどかしたりする。テレーズが拾い集めた小間物を見て呟く。
「少し砂っぽいですし、微妙に傷があるみたいですが、小間物も拾っていった方が良いですよね、買いなおすよりはずっと‥」
「持ち帰って判断して貰いましょう」
美香が、テレーズに頷く。腕の立つ商人だという話である。こういうものも、何とか売りさばけるかもしれない。
「あ!あれじゃありませんか?」
石畳の隙間に埋まるように、木片が顔を出していた。テレーズが拾うと、達筆な文字が黒々と墨で書かれ、複雑な文様の焼印が押してあった。大人の手のひらほどの小さな木片。間違いないだろう。
「落ちてる小間物も、回収‥出来たみたいだね」
周がマントの裾をさばいて立ち上がる。ぽたり。氷の棺から、水滴が落ちる。殲滅を考えている者は居ない。まだ氷の棺が溶け、傘化けが攻撃して来るまで余裕はあるが、立ち去るには良い時間かもしれなかった。
剥げた朱塗りの鳥居を冒険者達はくぐり直して、帰路へと向かう。
「このお社と集落が元の賑わいを取り戻される日が来る事を弥勒菩薩様にお祈りしましょう。寂しいものですわね‥‥」
愛馬生駒を引きながら、響は神社とその向うに広がる町を見た。砂埃が家屋敷に被り、枯れ草はその格子戸に溜まる。雑草を引き抜く住人はすでに居らず、後はもう、風雨にさらされて崩れ、木々に埋もれ、いずれは消えて無くなってしまう町なのかもしれない。それでも、祈り、願う事はしたい。
冒険者達は、こんな町を作らない為に、日夜ギルドへと顔を出すのだろう。
小間物問屋の手形は無事回収された。そして、廃墟に志を新たにする者も居たのだった。