変節の山〜仇討ち

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:9 G 49 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月14日〜06月22日

リプレイ公開日:2007年06月22日

●オープニング

 山辺の砦と呼ばれるその砦は、江戸から離れた山の中にあった。渓谷の峠に築かれたそれは、大きな村だった。
 頑丈に組み上げられた丸太の門が、そのまま江戸方面の砦となり、戦時には、上部の弓と投石がこの砦を守る。
 さらに北の山脈へ抜ける谷間にも、同じように砦が組まれ、小鬼などにはそう易々とは進入出来ないようになっていた。前後の砦と、左右に下る切り立った岩場。
 山間を移動する脚力のある馬も、多くは無いが育て、主な村の収入源となっている。山菜も取れ、僅かだが田畑もある。決して裕福では無い。山の暮らしは厳しいものだ。だが、村民が餓えるほどの事態になった事も無い。
 静かな繁栄は、この先もずっと続くはずであった。

「馬鹿な!」
 親族間で結束していたこの村が、最初に揺れたのは、江戸の乱であった。
 伊達が攻め上がり、源徳が落ちていった。
 現在江戸城に居るのは伊達である。そうして、源徳はその力を蓄えるために撤退をした。
 撤退。それが、この村の自治、武力によって村を守る男達の結束を揺るがす事になっていたのだった。
 いっそ源徳が儚くなっていれば、涙を呑んで、一致団結もなったろう。だが、なまじ源徳が生きている事が、この村の男達の間に動揺を生んだのだ。
 源徳に、特に世話になったという覚えは無い。だが、源徳の世は落ち着いて暮らせたのも事実だった。かたや、伊達にはまったく縁もゆかりも無い。知りえる僅かな情報は、伊達が天下を狙い、動乱を生んだという一事である。
 この機に乗じ、伊達に与し、恩を売ろうではないかと言う急進派。
 源徳の時代が最良とは言えないが、伊達に与するのは業腹だという保守派。
 二手は、顔をつき合わせば喧々囂々と意見を戦わす。しかし、所詮田舎の山、田舎の砦。このまま伊達が手腕を発揮し、上手く政をさばいて行くのならば、徐々に落ち着きを取り戻し、再び静かな繁栄を取り戻すはずの砦であった。
「馬鹿なことでしたら、ようございましたのに」
 金色の髪をした、異国の神父だ。まだ年若く、地味な印象のある青年だった。その神父は、江戸の乱の起こった後に、壮年の従者と共に、ふらりと村へとやって来た。神父が地味なら、従者はさらに地味で、控えめに、必要な事しか話さない。布教活動という事だったが、布教らしき説教をするでも無い。村の年寄りの茶飲み話をしたり、馬の見事さを褒め、馬の世話の手伝いをする。お客さんだったその神父は、その実直な人柄で、瞬く間に村人の信頼を勝ち得て行っていた。
 その、神父が渋面を作って項垂れ、ちらりと従者の顔を見る。従者が小さく頷くと、唇を引き結び、顔を上げた。
「源徳の手の者に、こちらの若駒を三頭、引き渡す算段をしていたといいます。明日朝までにそろえてくれるならば、一頭100G、駿馬にしては高額な取引だという事です」
「その証拠は?!」
「証拠などございません。私の従者が下の村へ使いに出た時に聞いたのです。現に、山岸様は村を出ていると聞きました」
「だがっ!」
「お聞きすればよろしいのでは?馬の売買をされたかと。確か、馬の売買は月に一度、四人の組頭が売りたい場所、売りたい人物を吟味してからでないと一頭たりとも売る事は出来ない‥そうでしたね?」
 神父の生真面目な顔に、野辺は言葉を詰まらせる。確かに、重大な掟違反には違いない。
 しかし。野辺は、そこまで山岸が落ちたとは考えにくかった。
 山岸は、確かに源徳派だ。しかし、村を第一に考えてくれる男だと野辺はまだ信じている。戻ってきた山岸の後をつけると、こっそり馬小屋から馬を出していた。確定である。野辺は酷い目眩を覚えた。どんなに言い争っても、事馬に対しては、確かに仲間なのだと信じていたからだ。小さな頃から同じように生きてきたのに。
「馬盗人とはなっ!」
「待て!話を聞け!」
 何故。どうして。怒りで顔がどす黒くなる。
「何故だっ?!」
「良い取引だろうがっ!」
「!掟を何だと思ってるんだ!盗人がどうなるか、知らぬお前ではなかろうっ!」
「村の損にはならないんだぞ!」
「ふざけるなっ!」
 大声のやりとりは、辺りに響き渡る。馬盗人は死罪。子供でも知っている村の掟だ。それが、誰であろうと。どんな利益を生もうと、協議の末でなくては、馬は動かす事など出来ない。
「敵襲!」
 男達の声が響く。
 この頑強な砦のある村に、襲い掛かるは、雇われの歩兵。
「貴様っ!」
「伊達など、に与するという、野辺、お前が悪いのだ!」
 門が開け放たれていれば、どれほど頑強な砦も意味を成さない。村は戦場になった。ふいを突かれた野辺一党は、討ち死にする者あり、命からがら村を逃れるものあり。山岸はどこか虚ろな顔をして呟いている。
「野辺がいかんのだ。野辺が」
 野辺の死体は無かった。
「源徳様を指示するのも、断腸の思いでございましたでしょう」
 従者の姿は見えなかったが、神父は酷く優しげに山岸に声をかけた。山岸は、その声に後押しされたかのように微笑んだ。何処か、うつろに。
「おお、そうだ。おお、そうなのだ」

 数人逃げ延びた野辺と野辺の仲間たちは、浪人者を雇い、決死の覚悟で山を登り、天然の要害である山から下りて、馬を放った。気力だけで村に辿り着いた野辺達に助太刀をしたのはなんと、傍観していたはずの神父と従者であった。内側から打ち崩された山岸一党は、色を失う。
 女子供を背にされ、追い散らされた山岸は鬼籍に旅立った。馬は逃げ惑い。男達は打ち合い、ぼろぼろになった村には女子供しか残らなかった。村は、事実上壊滅した。

「あたしには、がまんがならないんです」
 まなじりのつりあがった、猟師姿の若い娘が目を腫らしてギルドへと駆け込んだ。山岸杏子と名乗る。
「あの、得体の知れない神父と、従者に会いたい。会って、何故野辺の兄に突然味方したのか聞きたい」
 村の女子供は、彼らを悪くは言わない。仕方が無かったのだと、あの人達は悪くない。巻き込んで済まなかったと口々に言うのだ。猟師の元へ嫁いだ彼女は、村にいなかったのが悔やまれると言った。
「兄は、野辺の兄を、村を裏切る人ではありませんでした。いくら、だれを担ぐかで揉めていても、絶対に、村を裏切ったりはしない」
 杏子は、白く拳を握り締めた。返答次第では、その命貰い受けたいと。
 彼女は返答など求めてはいないのかもしれない。ただ、仇討ちをしたいだけなのかもしれなかった。

●今回の参加者

 ea0042 デュラン・ハイアット(33歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea2741 西中島 導仁(31歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea2890 イフェリア・アイランズ(22歳・♀・陰陽師・シフール・イギリス王国)
 ea6764 山下 剣清(45歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7767 虎魔 慶牙(30歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文

●村を尻目に山間の街道を行く
 依頼人山岸杏子は話を聞きたいと言ったが、それは仇討ちありきのものなのだろうと、その場に居合わせた冒険者達は思った。思い詰めた彼女の目に不穏な物を感じるのだ。
「では、一刻も早く追い付かないといけないな」
「よろしくお願い致します」
「では、俺の馬に乗って行きましょう。多少なりとも時間は稼げる」
「良い‥馬ですね。ありがとう、でも、自分の馬がありますから」
 そういえば、彼女は馬を育てる村に育った人だ。西中島導仁(ea2741)は愛馬獅皇吼烈を撫ぜる杏子の目が、僅かに和むのを見た。仇討ちなど、成就した所で良い事は無い。正直な所、奨められる行為では無いと思っている。しかし、仇を討つ。その一事を胸に生きて行くよすがにする人もいれば、どうしようもない悪党を討たなくてはならない時もある。杏子の言葉を全て信じれば、その仇討ちは否定できるものでは無かった。
 導仁の基準である正義が、そこには然りとあったからである。正義無い場所で刃を振るうのは、たとえいかほどの報酬を詰まれたとしても受けるものでは無いからだ。
「話を聞く限りでは、どうにも胡散臭い神父だな」
 歩を進めながら、デュラン・ハイアット(ea0042)の派手な装飾のマントが翻り、陽射しを受けてまばゆく光る。
「何かその神父、妖怪か何かの類の感じがしますね」
 穏やかに言葉を紡ぐ宿奈芳純(eb5475)は、持てる知識を総動員していた。しかし、確たる証拠が何も無い。人の気持ちを揺るがすのは、何も妖怪変化だけでは無いからだ。
「人でも妖怪でも構わないわ。何故、突然野辺の兄に助太刀したのか、聞きたいの」
「難しいとは思いますが、激情にかられたまま言葉を交わすのは、相手の思う壺かもしれません。ここは、少し落ち着きましょう」
芳純が馬上の杏子に声をかける。芳純の見立てた通り、杏子は気が立っている。まずは、彼女の心を落ち着けたかった。なんらかの意識操作が行われるのなら、感情の高ぶりは相手に絶好の機会を与えるだけなのだ。
「私は冷静よ」
「はい」
 剣呑な光を宿した目をする杏子へ、ふっと、芳純は話題を変える。同じ事ばかり言い合っても意固地になるだけだからだ。導仁の馬首を嬉しそうに触っていたのを思い出し、話を振ると杏子は目に見えて穏やかな顔になり、頷く。本当ならば、これがこの人の顔なのだろうと、芳純は次々に馬の話を杏子から引き出した。一族で暮らす、幸せな過去。しかし、どうしても拭えない一事。もはや馬の村は無いのだという事実に突き当たる。芳純の話術をもってしても、生々しい現実はあっさりと杏子の心を乱していくようだ。
 道行きの途中、杏子が見上げた山がある。街道から問題の村へは、ほんの半刻もかからない。山裾の村では、今も生き延びた人達が暮らしているだろう。
 デュランは軽く顎を上げると、不敵に笑う。
「正体は分からんがこちらは冒険者だ、万全の準備をして当たればよかろう」
 そう、正体はわからないのだ。
 デュランは、相手が誰でも、杏子の仇討ちを手伝う気でいるから、何も問題は無いようである。
 神父と従者。二人はそこそこの使い手ではあるが、それだけである。それ以外の推測するだけの情報が、彼等には集まっていない。
 誰も、村人から直接神父達の話を聞きだそうとはせず、ただ、杏子の話だけを信じ、依頼を受けたのだから。これは、兄と、兄とも思う人、仲間を失った女性の感情に任せた依頼である。それが、冒険者達の心の琴線に触れたのは間違い無いが、それと、彼等に関わる事象を詰めていくのは、まったく別の問題であった。 
 やがて遠くに小さな人影が見える。うねる山道である。隠れては見え、隠れては見える。芳純はその身に淡い光を纏わすとじっと小さな人影を見た。ぼやけた視界が次第に焦点が合ってくる。
 金色に光る髪に、白いローブの若い男と、剣士の身なりをした年配の男。神父と従者に間違いはなさそうである。
 ふわりと、先行しては戻るを繰り返していたイフェリア・アイランズ(ea2890)が同色のエレメンタラー・フェアリーの弥生と共に舞い戻る。
「もうすぐ追いつくで〜」
 びり。と、冒険者達と杏子に緊張が走った。

●貴方は誰か
 杏子を守るように距離をとっているのは虎魔慶牙(ea7767)である。無造作に伸ばした銀の髪をかき上げ、見落とす事の無いようにと、二人から視線を外さない。
 同行するのは芳純と導仁である。導仁は、さりげなくその歩を進め、囲むような形をとる。
「話を、お聞きしたいのですが、よろしいか」
 弓を握り締めた杏子の鋭い視線が、頷く神父と従者に注がれる。
「馬を育てる村と言えば、おわかりか?」
「ああ‥惨い事になってしまいました」
 どちらも、これと言って変わった様子は無い。
「上手く誘導尋問に引っ掛かってくれたらええ感じやねんけどな〜」
 遥か上空では、イフェリアが油断なく眼下で繰り広げられている杏子の糾弾を聞いている。
 何故、突然野辺に与する事にになったのかと。
「ムーンアロー使いたいねんけど、何を指定してええんかわからんしなぁ〜」
 どんな妖怪かがはっきりしていればそれを使うのはやぶさかでは無い。この山の中、居るのは冒険者と依頼人、そして村をかき回し、壊滅に近いほどめちゃめちゃにしたと、杏子が思っている神父と従者だけであるからだ。
 その頃山下剣清(ea6764)は山間を移動していた。大人数で取り囲んでは、聞ける話も聞けなくなりそうだと思ったからだ。僅かな距離しか無い場所にしか、短時間では移動出来なかったが、なんとか目指す位置まで辿り着く。見えるのは、少し距離を置いて、弓を握り締めている杏子といつでも庇い前に出られるよう気を配る慶牙。油断無く杏子の背後に芳純。自分と反対側の山際にかかるように導仁が居る。上空にはイフェリアが待機しているだろう。
「最悪、悪魔って線もある」
 空中を浮遊しながら、神父と従者の最後の逃げ道を塞ぐ為にデュランは呟く。歴戦の記憶がそう推測させるのかもしれないが、残念ながら、それと断じる証拠は未だ挙がらない。
 申し訳無さそうに、神父は、杏子の望みのままに、語り続ける。馬を勝手に山岸が売る算段を立てていたのを従者が聞いたと、村の掟はしばらく暮らしていた自分も知っていたので、野辺に伝えた事。野辺は半信半疑だったが、山岸が馬を勝手に持ち出そうとするその場に居合わせ、激昂した事。それを見咎められた山岸が、外に待たせていた浪人者を呼び寄せ、村を占拠してしまった事。その時は、何がどうなっているのかわからないうちだったので手出しを控えた事。脱出した野辺が険しい山間を越えて戻ったのを喜んび、その時初めて、援護を頼まれ、浪人者を狙って攻撃に参加した事。
「貴方は、何も悪く無いと言うのっ!!」
「そうは‥申しません。あの場に居ながら、どちらの方も止めれなかった‥それが‥罪でしょう」
「兄と、野辺の兄の最後は聞いたわ!」
 相打ちだったという。それは、村の者が数名見ていた。互いが互いを罵り合い、間に入る間もなく切り合って果てたと。
 ───おかしい。
 芳純は、心底項垂れている神父の姿を見て思った。とても普通の人なのだ。それは、隣に居る慶牙も感じていた。攻撃するそぶりも、何か術を使うそぶりも見られない。ちらりと、導仁を見ると、やはり難しい顔をしている。
 誰も、神父達が村で行った怪しの術を見た者は居ない。それは、村人のごく少数が僅かに覚えているだけの、見逃してしまいがちの言葉である。村の惨状に激昂していた杏子は、そんなささいな違和感を生じる会話まで解析をする事は出来ない。
 ただ、村が壊滅したのに手を貸した神父を討ちたいだけだったからだ。
 冒険者達にもたらされた情報は、ただ神父の話す事実のみ。それは、杏子の知る事実と大差無く。正体を断じる為の証拠に到るには、決定的に決め手が欠けていた。

●仇討ち
「貴方が、野辺の兄に加担しなかったら、兄は死ななかったっ!」
 ぎりぎりと弓を引いた杏子に、神父と従者は目を丸くする。
「何の証拠も無く、この国の者は聖職者に弓引くかっ!」
「裏切りを正す野辺様を危うく殺しかけて追い出しておきながら、その野辺様が村を取り戻す戦いに手を貸すのが悪だと‥いえ、貴女には悪なのかもしれません‥どんな裏切りをしたとしても、山岸様は貴女の兄でありましょうから」
 言っている事は理解出来る。
 正体を断じ、すっぱりと討ち果たし、帰る算段しかつけていなかった冒険者達は戸惑う。
「ああ、そうともっ!」
 杏子の手から弓が神父に放たれる。
「仕方ないか!」
 それを庇おうと剣を振りかざし、杏子に向かう従者の動きは、慶牙の太刀三条宗近にざっくりと切り裂かれる。
 否応無く戦端は開かれた。深々と神父の胸に突き刺さる矢。
「脳天串刺しサンダーボルトぉっ!!」
「逃がしはしない」
 上空からは、イフェリアの雷が落ち、森を掻き分けて現れた剣清が切り掛かる。
「たかが二人相手に卑怯だと思うか?悪いが冒険者は勝つ戦いしかしない」
 デュランの声が、倒れた二人に届いたかどうか。肩で息する杏子を連れて、冒険者達は帰路につく。

「女子供ばかりになってしまったのだろう?今後が大変だな」
 剣清が、気を紛らわそうと、杏子に微笑む。意味ありげなその態度に、残念だけど主人が居るのと杏子は泣き笑う。
「仇討ち‥は出来たが‥」
 山間を振り返り、導仁は依頼を受けた時の事を思い返す。だが、少なくとも、彼女は今は満足なのだろうと馬上で背筋を正す。
「普通の人ではありえないと思ったのですが」
 芳純の知識にさえ載らない、そういう者かと思ったのだ。ゆっくりと首を横に振る。依頼は成功したのだから、良しとしなくてはと。

 討ち捨てられた、神父と従者の死骸を、誰も確かめる事はしなかったが‥‥。