頼んだから。鴨川のほとり

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 39 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月13日〜06月16日

リプレイ公開日:2007年06月22日

●オープニング

 風薫る京の町は、一端落ち着きを取り戻してはいる。
 先の乱の影響は随所に見られたが、それでも毎日食べて寝て、生きていかなくてはならない。本人達にその自覚は無い事が多いが、町民は、為政者が思うよりもしたたかだ。主義主張、志は明日の飯に劣るのだ。
 だが、主義主張。志によって立つ者たちは、明日の飯よりその生き様が問われる。己に課した理想に少しでも近づこうと日々精進を欠かさない。清々しいその姿は、一瞬の閃光のようにも見えて。
「新撰組が行くよ」
「威勢は衰えないねぇ」
「口出すんはよし?下手に因縁つけられては困るやろ」
 治安に一役も二役も買っている新撰組だが、京という土地柄、どうしても田舎者扱いは免れない。実行あるのみの行動も、粗野な振る舞いとして嫌がられる事も多い。だが、表向きは、おつかれはんどす。ごくろうはんどす。そうにこやかに見送られる。その裏に嘲笑う顔があるのは、当然新撰組も知っている。ぴりりと一言、やわらかい物言いに包まれた嫌味を何度聞いた事か。
 武張る新撰組内で、京の町中で好意を持って迎えられるのは一握りだ。逆に言えば、その一握りは新撰組内では少数派であり、下手を打てば、槍玉に上がる。

「鴨川でご飯食べまへん?」
「さて。私と一緒でよろしいのですか?」
 穏やかな笑顔で芸子達と相対するのは、新撰組、山南啓助。綺麗所に取り囲まれては無下に脱出もならない。
「もちろんやわぁ」
「川床が始まる前に文目でも見ながら、のんびりしとうおす」
 川床とは、納涼の為に、鴨川に張り出すお座敷の事だ。外の空気を満喫しながら、飲食をしたりして過ごす場所である。当然、そこには所有権があり、店ごとに決まりの場所もある。何より、その場所から見下ろされて遊ぶのは嫌だと言う。
「‥‥それで、私は何をしたらよろしいのでしょうか?」
「あら、嫌やわ」
「ほんまやわ。そないな事よう言わへん」
 口元を隠し、ころころと笑う芸子達は、当然のように下心がある。もちろん、山南を好ましいと思ってはいるようだったが、それだけでは無い。
「置屋のおかあはんに許可はもろたんやけど、手も足も出さへん言われてしもうて」
「何処かのご贔屓さんにお願いしたらどうですか?」
「そらあかんわぁ。そないな事したら、どれだけ呼ばなあかへんと思うん?」
 芸子達の贔屓筋はひとつでは無い。こちらから誰かに声をかけるのは禁じ手である。ご贔屓から呼ばれるのは一向にかまわないのだが、こちらの催しに呼ぶというのは、不味いと言うのだ。かといって、女性ばかりで鴨川で遊ぶのは抵抗がある。何件かの置屋に彼女達は分かれており、置屋毎のツテも違う。どうやら、置屋の女将はこの遊び、はなっから成立するとは思ってはいないようで、だからこそ承諾もしたのだと見て取れた。
「おまけに、ギルドへ行ったらあかへん言うんよ」
 置屋の女将としては、ふらふらと女性達が川原で遊ぶのは止めさせたい。だが、無下にするのも大人気無い。もってまわったやり方で、止めろと言ったのだ。しかし、そんな事は芸子達も承知である。ならばと、屁理屈を捻り出した。
「あ・た・し・ら・が、ギルドに頼んだらあかへんのよ」
「白羽の矢と言う事ですか」
「よろしゅうにや」
「頼んだし?」
 笑いさんざめきながら、山南の袖に費用をそっと落とし、芸子達は華やかに去って行く。他の誰かに頼んだら、頼んだ人が置屋の女将達に睨まれる。それは、花街から睨まれるという事に他ならない。こんな事を頼んで、女将達から恨まれるのはまあ、ありだが、文句をつけられない人物は限られる。
「戦があっても、上が変わっても。彼女たちは変わらないのでしょうね‥」
 ぽつりと呟くと、何処か嬉しそうに山南はギルドへと足を向けた。
 濃紺の文目が川縁を彩る場所を思い出しつつ‥。

●今回の参加者

 ea3610 ベェリー・ルルー(16歳・♀・バード・シフール・イギリス王国)
 ea9689 カノン・リュフトヒェン(30歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb0711 長寿院 文淳(32歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 eb1645 将門 雅(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 ec2738 メリア・イシュタル(20歳・♀・ファイター・人間・エジプト)

●サポート参加者

オイル・ツァーン(ea0018

●リプレイ本文

 川床の準備を尻目に、川風を浴び、暑くなって来た京の町から涼を取りに鴨川の河川敷に遊びに来る人は後を絶たない。
「こんかいはよろしくですぅ〜」
 河川敷へとそぞろ歩く女性の一団を発見すると、ベェリー・ルルー(ea3610)は、愛犬三月の背にちょこんと乗って、近寄っていく。新緑を映したような碧の髪が川風に揺れ、きらきらと好奇心に光る緑の双眸に、芸子達は笑みをこぼす。
「それで〜それで〜」
 久し振りに冒険者ギルドへ顔を出せば、綺麗所と食事という依頼が目に入った。芸子さん!なんて素敵な響だろう。町中ですれ違った事ぐらいしか無いけれど、ここはひとつ、是非にでも、仲良しになりたい。ルルーの手は上に行ったり、下にいったり。背中の羽もせわしなく動く。
「どうしたん」
「芸子さんになってみたいですぅ〜」
 いっぱいいっぱいになりながら、ようやっとルルーは願いを口に出す。あの素敵な着物を着せてもらって、おしろいを塗ってもらって。ルルーは舞妓姿になった自分を想像して、ぱふぱふと三月の背を叩く。
 可愛らしいルルーの姿に芸子達は顔を見合わせると、またくすりと笑う。
「ここには何の用意もして無いんや、ごめんやし」
 ルルーの頭をそっと撫ぜ、艶然と微笑む芸子達。ルルーは何としても早めに芸子達と会いたかったのだが、残念ながら、彼女達の寝泊りする場所を聞くのを忘れていた。そうして、会えたのは当日である。
 普段着姿の芸子達は、川原には客商売の憂さを晴らしに遊びに来ている。身だしなみ程度は当然だが、戦闘用の化粧道具は持ってきてはいなかった。
 しょぼんとするルルーに、芸子達は口々に所属の置屋の名を告げ、居る時間帯を教えた。深夜まで仕事をし、日中は稽古に余念が無い。だが、まったく暇が無いわけでも無い。
「機会があれば、遊びにおいでな?」
「ありがと〜ですぅ〜!おねぇはんて、呼んでも良いですかぁ?」
「ええよ。可愛い子に呼んで貰えたら嬉しいなぁ」

 河川敷は、オイル・ツァーンが下見をしてくれており、とても良い場所に緋毛氈が敷いてある。枝葉を広げた潅木がその場所を上手に目隠しし、道行く人の目から隠す。川縁から少し離れた乾いた場所には真っ直ぐな葉を風に揺らし、ふっくらと咲くのは文目の花。紫、白、黄色。花弁の中央に網目模様がある。
 艶やかな歓声を上げて、芸子達はその緋毛氈に足を乗せるのを、ステラ・デュナミス(eb2099)はのんびりと見た。戦いばかりの中、川風に吹かれながらのんびりと昼食を取るのも良いものだと思う。もともと、花‥植物が好きなステラである。京の文目をゆっくりと見られるのは心和むひとときである。
「いやぁっ!かわええっ!!」
「ありがとうございます」
 ステラの獣耳ヘアバンドと、ふわふわのグローブが、芸子達の心にストライクだったようで。興味を惹かれたとみると、にっこり笑うとこの扮装に関する冒険譚を語り始める。
「本当にこんな格好の人が周りに溢れてたんです」
 まあ。とか、あら。とか、ステラの話に、芸子達は目を丸くし、続きをねだる。
 おっとりと笑うメリア・イシュタル(ec2738)は、その小さな手に、大理石のパイプを持っていた。
「私、使わないので、お姉さん達に」
「あら、またかわいい子が、可愛い事をしてくれはるんやねぇ」
 差し出されたパイプを、芸子達は笑ってメリアの手に戻す。気持ちだけは貰うからと、芸子達は、メリアの真っ白な髪を褒めた。それよりも、何か話して欲しいとせがまれて、メリアは遠い生まれた国の話をはじめる。それは、乾いた国であり、気温の変化が激しいせいで昼と夜の境目がとても美しい国であると。
 にぎやかになりはじめた河川敷を、何事かと覗く者も居る。カノン・リュフトヒェン(ea9689)は、そんな者達に一瞥をくれる。剣を腰に佩く彼女や、他の面々をみれば、確かに女性が多いが、あえて声をかける者は居ない。
 その出自に考える所のあるカノンは、文目の近くでくつろいでいた。剣を抜く必要は無さそうだと、静かに微笑む。さわ。と、川風がカノンの黒髪を撫ぜて行く。穏やかなひとときは、心に染み入る。涼やかな文目の香りが心地良い。
 カノンは自ら信じる宗派を思い、小さく溜息を吐く。───ジーザス教。何が起こっているのやら。まつわる凶事が嫌に多い。吹聴して歩くつもりは無いが、何処と無く肩身は狭い。居場所が無いのは今に始まった事では無いがと、知らず彼女は苦笑する。

「お手数をおかけしました」
「まいど。しかし、山南はんも毎度毎度大変やね」
 労に謝意を伝える山南に、将門雅(eb1645)が、やり手の商人らしく、からりと笑う。
 仕出しは山南を通して、雅が弁当を頼んであった。出汁巻き玉子に、里芋と京人参、南瓜と蓮根とインゲンの炊き合わせ。椎茸とごぼうの旨煮、ちりめんじゃこと菜の漬物がまぶされたご飯。ぱらりとふられた金胡麻がご飯の食感を良くする。
 甘いものは葛きりに黒蜜がかかった小鉢に、抹茶風味と、小豆の水羊羹。竹水筒には緑茶と酒と甘酒をそれぞれ入れて、流水で程よく冷やし。
「こちらの食べ物は、見目も鮮やかなものが多いな」
 カノンは配色良く仕切られた弁当に感嘆の声を上げる。運び出しなどを手で運び、慎重に手伝ったかいがあるというものだと満足気に頷く。
 愛犬烈風に『おあずけ』をしているのは長寿院文淳(eb0711)である。おあずけなど当然なのにと言わんばかりに文淳を見上げる烈風の頭を撫ぜると、文淳はくすりと笑う。
「‥警戒‥お願いです‥」
 文目の花も綺麗だが、笑いさざめく花もとても綺麗だと思い、心が浮き立つ。そんな文淳も、芸子達顔負けに綺麗なのだが。
 食べ終わると、再び竪琴を手に取った。彼のつまびく音は、酷く心地が良い。会話をしていた時も、楽器を変えつつ、休み休みつまびいてはいたのだが、決して場の主導権を握る音ではなかった。けれども、心地良い音はいつまでも耳に残る。
「疲れませんか?」
 ずっと楽器を弾く文淳に、山南が声をかけた。
「‥好きですから‥」
 そこで、ようやく、芸子達はずっと引いていてくれた文淳に気を回す。おしゃべりと、食事に夢中になっていたが、ちゃんと音は聞いていたらしい。
「綺麗な楽器やねぇ」
「‥ご要望があれば‥出来る限りお答えしたいです‥」
「じゃあ、ボク歌うよ〜」
 ルルーの一声が、高い空に届けとばかりに響いた。その後を追うように、文淳の竪琴が静かに音を重ね。並々ならぬ力量の二人である。即興の歌と曲ではあったが、その場に居合わせた者の喝采を浴びるのに充分以上の音曲だった。
 それに触発されたのか、芸子達が顔を見合わせて、文淳に楽器を貸してとねだる。横笛、尺八、三味線、琵琶。そうして、楽器が渡らなかった芸子達が艶やかに笑って立つと、冒険者達にお座敷芸を披露する。

「ええ都人が無粋とちゃう?たまには皆はんを楽しませとる姐さん方に、息抜きを贈るんは男前な事やと思うんやけどな」
 雅はほとんど座に居なかった。近場の野次馬はカノンの一瞥で踵を返したが、徒党を組んで、邪魔というか、仲間に入りたいというか。そんな輩も居るには居たのだ。
「‥お話‥聞きましょうか‥」
 いつの間にか、文淳がにっこり笑って邪魔しに‥もとい、仲間に入りたい怪しい男達を、川原から連れ出していく。
「巡回ばっかやと、ちぃと疲れるかぃな」
 雅は、ただにこにこと座する山南をからかいに行こうと決めた。あんなに沢山の綺麗所だ。ひとりやふたりはお気に入りの姐さんが居るに違いない。その考えに気を良くして、宴会場所に戻る途中の事だった。
「あ‥れ?」
 川向こうに居る人物を見て、雅は自分が軽く緊張するのがわかった。

「ありがとうはん」
 口々に礼を言う芸子達は、お座敷の仕事が始まる時間までには帰らなくてはならない。とても楽しかった。またお願いねと笑いさんざめきながら、川原を後にする。
「良い時間が過ごせたようで良かった」
 カノンが芸子達の後姿を見送る。
「文目の花言葉って何だったかしら」
 様々な場所で、様々な花言葉がある。ステラの知っている花言葉は『良き便り』だった。動乱の収まらないこの国に、花言葉のような便りが来れば良いのにと、思った。

「なあ、山南はん‥間違いや無かったら、局長見たで」
 雅は対岸に居た人の事を山南に話す。京の町で近藤勇を知らない人は居ない。それが、雅ならばまず間違いなく見分けただろう。
「そう‥ですか」
 そろそろ、陽が落ちる。
 京の町に夜がやって来るのだった。

 屯所の奥では、溜息まじりに近藤勇と土方歳三が顔をつき合わせていた。
「今がどういう時期かわかっているのだろうな」
「そりゃ、わかってるはずだ。けどな、止めろと言って、聞くようなら、あんな真似はしないだろう」
「困った‥ものだな」
 蝋燭が、ゆらりと揺れた。