蛍狩り

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月14日〜06月19日

リプレイ公開日:2007年06月22日

●オープニング

 その小川には、蛍が現れるのだという。
 淡く緑に小さく光る姫蛍が、川縁の竹薮から一面に空中に上がって行く。小川のせせらぎを聞きながら、蛍は深夜、地上に降りた星のように瞬くのだ。
 静かに。ただ、静かに。音の無い蛍の演舞が続く。

「その川に、荷車が突っ込んだと」
「面目次第もござんせん」
「突っ込んだだけなら、何もこちらに話を持ってこなくてもよろしいのでは?」
「勘弁してくだせえ‥大きな声出さないで下させえ!」
「はい」
「かなりな高さがありやしてね、おいら一人では上げられない。明日の昼には帰らなくちゃならねえんですが、女将さん‥に内緒にして欲しいんでさぁっ!!」
「バレたらまずいという事ですか」
「蛍川に突っ込んだなんて知れたら、おいら、生きちゃいませんぜっ!」
 何より大事にしているのだという。
 けれども、その蛍川、山奥にあり、めったに人が通わない。だからこそ、知る人ぞ知る、彼の勤める旅館の秘密の場所になっているのだという。
 彼が荷車を引いていったのは、縁台を運ぶ為である。縁台も落ちてしまったというからさあ大変。涙目で、一番大きな声で内緒なのだからと叫ぶ下働きの彼の声に、冒険者達は、くすりと笑いをこぼす。
「蛍狩りに参加させてくれるなら行っても良いよ」
「っ!ほんとすか?身内枠ってのがありやして、今年は彼女に振られた‥ええいっ。今年はおいらの枠空いてまして、8人さんほどなら仲間にも都合つけてもらいやす!!」
「蛍狩り行く人〜」
「違いますって!荷車引き上げて欲しいんでさあっ!」
「荷車ひきあげるの付きで、蛍狩り行く人〜っ」
 がっくりと受付に頭を打ち付ける下働きの男を尻目に、なんとなくお祭り気分が漂う冒険者ギルドだった。

●今回の参加者

 ea4026 白井 鈴(32歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea4885 ルディ・ヴォーロ(28歳・♂・レンジャー・パラ・イギリス王国)
 eb3334 深山 奏子(26歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb7311 剣 真(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb9708 十六夜 りく(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ec1073 石動 流水(41歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec3078 河 鷽汰(34歳・♂・武道家・河童・華仙教大国)

●リプレイ本文

●蛍狩りしか聞こえない
仕事を物色しに冒険者ギルドに来ていた十六夜りく(eb9708)は、ひときわ大きな声で内緒だと叫ぶ声に振り返った。どこか苦笑しながら、依頼書を作成するギルドの受付が、書きあがったばかりの依頼書を高く上げて、募集の声をかけたのに、思わず手を上げてしまった。
「荷車ひきあげるの付きで、蛍狩り行く人〜っ」
「はーい」
「違いますって〜〜!」
 絶叫する男の肩を、石動流水(ec1073)が、ぽむと叩く。
「あー、まー、アレだな。蛍狩りが目的だ。正直言って。旅館のお弁当つきで蛍狩りが楽しめる、こんなラッキー見逃す手はないからねぇ」
「旦那ぁ」
 へこみそうな顔をする男だったが、にこやかに集まってきた冒険者達の目的はやはり蛍狩り。当然、プラスお弁当である。
 こほんと咳払いするのは、墨染めの着物に袈裟姿の品の良い僧侶、深山奏子(eb3334)である。僧侶の姿に、思わず姿勢を正す男へ、先に言っておかなくてはなりませんと、微笑んだ。
「荷台が落ちるという事は、しっかりと結ぶのを怠ったからですね?小さなことがらを大切に、丁寧に行っていたら、台車は落ちなかったのですよ?百歩譲ってしっかりと結んでいたとしましょう。足元に気をつけていたら、台車が通れる道です、うっかり滑らすなど無いではありませんか。今の大きな声といい。どうも落ち着きが足りません」
 びし。びし。びし。奏子の説教が男を打ちのめす。
「‥へい。お説ごもっともでさぁ‥」
 しゅんとなる男に、反省していれば良いのですと、低い位置から声がかかった。
「大丈夫、ついでに荷車を持ち上げるからね」
 ふわふわな白い髪を揺らして、にぱりと笑う白井鈴(ea4026)の言葉に、安心したのか不安がつのったのか。ぺこぺことお辞儀をしつつ、現場へと案内をするのだった。

●荷車を引き上げよう
 荷車が通る道なので、冒険者達の馬は楽に登る事が出来た。割合に幅のある山道には小鳥の声などが響き、暑くなりかけた町から来た身としては、こうして山に入るだけで、木陰がひんやりと涼しく心地良い。
 剣真(eb7311)の愛馬刻影は、ふらりと森に分け入りそうな手綱捌きの主人を心配そうにぶる。と鳴く。そうして、その後ろからは、確かに置いて来たはずのRD424 503が、ちょこまかとついてくる。指示しただけでは主人を追ってきてしまうようだ。幸い、まだ小さい。犬に見ようと思えば思えるし、猫に見ようと思えば思えるし。さらに助かったのは蛍狩りは夜行われる。見られても、山の中の僅かな人だ。
「蛍狩りに間に合わなくなったら困るからな。急ごう」
 刻影に見守られてもつい、足は別の方向へと進む真に流水がその後ろでくすりと笑い、愛馬時門で歩を即す。
 みんなで問題の斜面を眺めると、川には突っ込んでいないが、丁度真ん中辺りにひっかかっている。
「思ったよりも縁台が大きいわね」
「一個一個、ロープで縛って、引っ張っろうか?」
 りくが呟くと、ルディ・ヴォーロ(ea4885)が思案気に頷く。軽そうならば、荷車ごとまとめて引き上げる事も出来るかなと考えていたのだが、青竹の縁台はずっしりと重量がありそうだった。
「空飛ぶ木臼使ったら楽そうだけど‥乗せるバランスが難しいよね。順番に運び出すのが一番なのかな」
 鈴は、愛用の空飛ぶ木臼を使おうかどうしようか、考えていた。積載重量は充分なのだが、足場の悪い場所で木臼にバランス良く括りつけるのは逆に手間がかかるかもと、諦める。
「違う積み方すると載らなくなることがありますからね」
 真が積んである様子を忘れないようにと声をかける。ロープに毛布に馬に人。人海戦術が瞬く間に荷車と縁台を運び上げる。青竹の切り立ての良い香りがふうわりと漂った。

●依頼人と女将
 ひとまず、こちらにっ!と大声で呼ぶ男の姿に、やれやれと冒険者達は顔を合わせて笑う。
「絶対バレるよね」
 いたずらは、バレるものなのだ。どちらかというと叱られる側の方が多い鈴が、軽く肩をすくめて笑う。こういうのは、バレテも周りから見たら、そんなに大して怒られないものなのだけれど、怒られる本人はやましさも手伝って、非常に気まずくすくみ上がるもので。
「素直に謝っちゃうのが一番良いと思うんだけどねぇ」
 鈴よりも幾分か硬質の白い髪に新緑の影を落とし、流水が軽く笑う。なんとかなるのだ。そういう事も。
「でも、彼女にフラレた上に女将さんに怒られるのはちょっとかわいそう」
 りくがぽつりと呟いた。
 旅館までは、特に迷う事の無い道だった。途中二股に分かれる道の片方は江戸へ。片方が旅館へと続くようである。
「お戻りになるのですか?」 
 また、ふらふらと江戸へと向かいそうな真は、奏子の声に、慌てて手綱を引き絞る。
「いいえ、とんでもありません!」
 真が何度か道を踏み外しそうになる以外は、穏やかな木漏れ日を受けながら、のんびりと木々をわたる風に吹かれて旅館へと到着した。と、いうか、遠くからあの声が聞こえてきて、みんな顔を見合わせた。
「帰りが遅いと思えば、何してたの!」
「おおお女将さんっ!これには深いわけがっ!」
「わけに深いも浅いもあるかねっ?お前が蛍側に荷車落とした事がバレないと思ったら大間違いだ!今から人をやるから、手伝っておいで!」
「おおおおお女将さんっ!」
「蛍川に落ちてしまったけど荷車も縁台も蛍川も無事だったし、お手伝いするから、どうか怒らないであげてくださいな」
 半べそをかく男に駆け寄ったのは、りくである。そこで、怒髪天を突く勢いだった女将は、ようやく旅館の入り口辺りに姿を現した冒険者達を見つけ、男をじろりと見た。
「駄目ですか?」
 真剣な顔をしているりくの顔を見て、女将はやれやれと笑顔を見せた。

●蛍狩り
 丁度今日当たりが蛍の出る日なんだよ。と、女将は縁台を磨いたり、荷物を運ぶのを手伝ってくれたりした冒険者達に微笑みつつ、男を軽く蹴飛ばし、サボらせない。
「どうかなっ?」
 鈴は、淡い紫陽花の柄が浮き出る浴衣に着替えて来ていた。ふわふわの白い髪と、碧の目が、その淡い色合いの浴衣に良く生えた。色白なのも手伝ってか、小さな女の子のようにも見える。張り切り過ぎたかなと鈴は思ったが、意外とそうでも無い。流水の羽織は、非常に思い切り派手だったからだ。荒事歌舞伎羽織と呼ばれるこの羽織は、赤い布に錦糸でみっちりと刺繍がしてある。
「祭りだろ?」
 と、うそぶく。
 夕暮れ時から、足元に気をつけて、旅館の客達と、山道を行く。山の夜は早くて暗い。手にするのは、旅館特製のお弁当と、成人には冷やしたお酒に、飲めない者には冷やした玄米茶が入った竹筒が手渡される。
 筍ご飯のお握りに、猪と牛蒡の佃煮。鶉の卵が串にささり、塩焼きの山女が一匹、威勢を誇り、木の芽が練りこまれた甘味噌を塗り、焼かれた地鶏のふくよかさの横には、去年の鮎の干物を巻いて煮込んだ昆布巻きが鎮座する。そうして、梅味の羊羹に鞠麩が口直しと色合いにのぞいている。
「かわいいね!」
「ぅわー!」
 鈴とルディが見目鮮やかなお弁当に歓声を上げ、一口食べては、幸せの溜息を吐く。真は、細い目をさらに細くして嬉しそうに笑った。
「美味しいと幸せになりますね」
「いや〜楽しい仕事だな。いつもこういう依頼だったらいいのにねぇ」
 酒を注ぎ合いながら、流水も旅館のお弁当に舌鼓を打つ。大きな戦が終わったばかりだ。人も街も、傷つき疲れている。こんな折には、この国ならではの息抜きが、酷く心に優しいものなのだと、流水は目を細めて竹のぐい飲みを干した。
 空が薄い群青色に変わる。太陽の煌きは西に落ち、珊瑚色や梔子色。薄萌黄など、穏やかで鮮やかな色を僅かに残す。すぐに、群青色の空は紺青に染め替えられて行く。そろそろ蛍の出る時間だ。初夏の宵闇は鮮やかに深い紺色をしている。
 目を凝らして、藪辺りを見ていると、ぽう。と、ひとつ、緑色の光が灯る。
 縁台に座る人たちが一斉に息を呑む気配がした。
「すごい‥綺麗‥」
 りくが、手にした竹筒を握り締める。すうっと、りくの目の前に、最初の蛍が飛んできて、握り締めた竹筒に留まった。
 蛍は、ゆっくりとその姿を増やしていく。炎が揺らめくような軌跡を描いて、ふうわりと踊る。
 ひとつ。ふたつ。みっつ───沢山。
 そうして、ある瞬間に、まるで火の粉が舞うように、ぶわぁっと、無数の小さな緑の光が漂い現れた。それは、海中から気泡が上がっていくかのようにも見えて。
「ぶわぁ、って! ほら、今、ぶわぁって!!」
 躍り出る気泡は何度も何度も藪を揺らすかのようで。どうしても、感嘆の声があちこちから上がるのは止められない。
「あ、こっち来るよ!」
「静かに!」
「あなたが一番大きい声!」
 りくが男を笑った。
 浮かび上がった沢山の蛍は、その行き先をてんでばらばらに動き回る。光の残像があちこちに残る。
 寄ってきた蛍を、金魚をすくうかのように、旅館で借りた団扇で、ぱたりと触るように追い落とし手にしたのは真である。
 近くに群生している‥女将が群生させている‥蛍袋の花を一輪手折り、淡く黄色に光る蛍をそっと中に入れた。
 蛍の光は淡い黄色である。けれども、新緑に反射して、その光の火の粉、光の気泡は緑に見えるのだ。
「真さん、上手ですね」
 目を丸くするルディーに、真は笑って、こう。と、手首を返して蛍すくいをしてみせる。
「ちゃんと、帰るときには戻してあげようね」
 そう、言葉を添えるのも忘れない。
「御仏の加護を感じてしまいますね‥」
 奏子の銀糸の髪に蛍が髪飾りのように留まった。
 美しい清流にしか、蛍は棲まない。少しの群れならば、町を外れれば、いくつも見れるだろう。けれども、こんなに乱舞し、まるで蛍の群れの中に入ってしまうほど多くの蛍を見れるのは稀である。ひとときの平和な時期だからこそ、この蛍も人の心を安らげるのかもしれなかった。