あの蟹を‥食べようじゃないか!
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 9 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:06月20日〜06月25日
リプレイ公開日:2007年06月29日
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●オープニング
「あれだよ‥」
猟師達は、岩場に出没した、大蟹を、遠目で眺め、腕を組む。
その岩場は、細長く、複雑に入り組み、海水浴目当ての客はほとんど来ない。岩場の向うはすぐに、深い海だ。時折打ち寄せる波が、岩肌を洗う。
黒々と日に焼けた兄さん達は、何度か特攻をかけた。だが、その強靭な足腰でも、岩場へ隠れてしまう大蟹二匹を捕らえる事は出来なかった。
離れた浜には、特設の石釜が組み上げられ、あの蟹を乗せて焼くばかりだというのに。
「ええかげん、諦めたらどうじゃ。放っとけば、あれはあの岩場から出てこん」
深い皺を刻んだ年配の猟師が、若者の挑戦を軽く笑う。
「美味いもんじゃないぞ」
別の、やはり年配の猟師がさらに笑う。
「じい様達は、食べたんだろ?!なら、俺達も食べずに、この浜を語るわけにゃあいかねえっ!」
「俺達は運が良かっただけだって、何度も言ったじゃろが。たまたま、台風で弱ってたし、一匹だったからって‥」
「でも、食べたんだろっ?!」
「大味で、普通の蟹のが美味いって、何度も‥」
次の作戦はどうすると、顔をつき合わす青年達を見て、やれやれと、人生の先輩は溜息をつく。下手に怪我されたら、普段の漁があがったりだ。
「一匹倒して、一匹半死半生にする?」
「奴等も面子があるから、夜にこっそり頼むわ」
幸い、月の綺麗な夜である。
「次の日になったら、観光客として来てくれたら、蟹は思う存分食ってくれ。鮑も雲丹も用意するからな」
深い皺を撫ぜながら、かくしゃくたる海の男二人は、かかかと笑って冒険者ギルドを後にしたのだった。
●リプレイ本文
●漁師の居る村
「あんなに大きな蟹が美味しいんですか。一生懸命がんばらせていただきます」
現役漁師達が漁に出ている時間帯。冒険者達は思い思いに猟師村に足を運んでいた。大宗院真莉(ea5979)は、依頼人である皺深い先輩猟師達に、たおやかな物腰で、深々と挨拶をする。
「‥‥海の幸。い、いや、後輩を想うその気持ちに感服した、微力ながら協力致そう」
うっかり本音を吐きそうになった小鳥遊郭之丞(eb9508)は、えへんえへんと言葉を濁しつつ、何とか冒険者らしい真面目な顔を作ったが、どうも海の先輩達はお見通しのようで、ええから、ええから、頼んだよと笑われて、うむ。と照れ隠しに頷いた。
「2匹とも捕獲できるくらいに弱らせておき、どちらを食べるかはお任せでも良さそうですが」
一匹退治、一匹を弱らせると、理解しているが、何となく聞いておきたかった剣真(eb7311)の問いに、蟹が仲間割れの戦いをして、一匹を追い出すほど痛めつけたという算段を立てており、下手に片方が生きていたら困るからよろしく頼むとからからと笑う姿を見て、そういうものかと、真は頷く。変わった生き物だなと、海の男はさして動じず真のRDを見て眉を上げた。だが、観光客や女子供に昼見せるのはどうかと思うから預かると言われ、またついてきてしまったかと、真は漁師の先輩に預けた。
蟹が生息する岩場を眺めて、面白そうに笑っているのは眞薙京一朗(eb2408)だ。潮風が着物の裾をぱたぱたと揺らしていく。
「‥夢は手が届かない内が華だと思うが‥」
男という生き物は仕様の無い何とやら、と云った類では仕方ないと、笑みを深くする。自身にも覚えがあるのだろうか。
「まあ、夢中になりすぎて生活に支障が出てからでは笑い話で落ちもせんしな‥」
ざっと地形を確かめると、踵を返す。
たおやかな手で、刈萱菫(eb5761)は進入する側に柵を作ろうと奮闘していた。きっちりと結い上げた髪がはらりとほつれるのを、なおして微笑んだ。
「とりあえず、足止めぐらいにはなるかしら」
見よう見まねの柵は、決して頑丈では無かったが、軽い障害物にはなるかもしれなかった。
空には、大きな鴉が飛んでいた。雀尾嵐淡(ec0843)の変化した姿だ。僅かな時間しか飛ぶことは出来ないが、上空から見る地形の把握は貴重なものだ。持参の筆記具でしたためた地図は、大雑把だったが、位置を知るには充分な出来だった。出立前にリアナ・レジーネスから受けた助言が役に立つ。
水之江政清(eb9679)は、とても重い荷物を抱えていた為、仲間達から遅れて村に着く事となった。さしもの身軽な忍者も、行動に荷物という足枷がついては思うように動けない。
「土地を調べておきたかったのですが‥‥」
すでにとっぷりと陽は暮れて。
遅れてきた政清に、真っ先に近寄っていったのは室斐鷹蔵(ec2786)である。うろんな目つきの鷹蔵が伸ばした手を、政清は軽く押し止める。
「そこは困ります」
「‥‥おお、済まん済まん。あまりに見事な故、つい手が出てしもうたわ。気分を害されたなら許されよ」
河童という種族を見たことの無い為の行動だったが、頭の皿にすんなりと触れるわけも無い。穏やかに押し止められ、謝罪の言葉を告げると鷹蔵は後ろを向いた。長い銀髪がさらりと揺れるが、何処か怪しげな態度は残る。
だが、そんな事は気にしてはいられない。そろそろ蟹退治の時刻が迫っていた。
「時間か」
「がんばりましょう」
たっぷりと睡眠をとった郭之丞と真が、やる気まんまんでやって来る。しっかりと依頼をこなし、海の幸にありつかなくてはならない。
言葉は無くとも、美味い物に対する思いは皆一緒だった。その為には、蟹退治なのだ。
●蟹退治
「お出ましだ」
月明かりで青く明るい岩場の上に、大蟹を真っ先に見つけたのは郭之丞だ。大勢でテリトリーに踏み入ったのだ。何事かと、蟹が二匹、岩場の丁度真ん中辺りの右側と左側に顔を出す。
「蟹はすばしっこいという話ですから、なんとか足止めできればと思います」
鴉は夜目が利く。月明かりがあれば、さらに見えやすいだろう。淡く光ると嵐淡は、青い月の光を反射する漆黒の羽の鴉と化した。
青白く、月の光に照らされた岩場が光る。月の光は陰影を淡くする。昼日中の洞窟の奥は陽射しの明るさに反して暗いものだが、月明かりの洞窟の中はぼんやりと見えた。これならば、灯りを使わずに戦えそうだ。
「先に行かせていただきますわ」
詠唱を終えた真莉がふわりと笑う。その手からは、ごお。と、音を立てて、初夏の夜に白い吹雪が大蟹を襲う。左側の大蟹は、一瞬の内、岩場へと潜ったが、もう一体の右にいた大蟹は、真莉の雪礫をもろに受けた。
吹雪が止む瞬間、嵐淡の大きな鴉が、行動が鈍った大蟹の背をその嘴で突く。
「まずは一匹と言う所だな」
「そういう事だ」
寒さと衝撃でよろめき逃げようとする蟹に、京一朗と郭之丞が吹雪と共に走り込む。かちりと鯉口を切った郭之丞が流れる動作で切り込んだ。大脇差、一文字は一瞬の殻の手ごたえと共に、ざくりと一本、足を切り落とす。抜き放った太刀、鬼切丸を上段から振り下ろすのは京一郎である。振り上げられた鋏に重い刃が切り込みを入れた。
「硬い‥が、これでどうだ!」
法城寺正弘に力を込めて、真も刃を上段から振り下ろした。べきり。という甲羅の潰れる音が、月明かりに照らされた岩場に響く。
「フッ‥‥進んで泡を掛けられる趣味など持たぬわ」
鷹蔵は、攻撃を仕掛ける仲間達から離れた場所を迂回するように岩場を伝っていた。大きくても、只の蟹。回り込んで背中から攻撃すればわけの無い事。月光のような銀髪が揺れる。だが、鷹蔵のとった行動は単独行動である。群れから離れた動物が襲われ易いのと同じで、一人離れて攻撃の隙を狙う鷹蔵は、もう一匹‥。穴に逃げた大蟹にとって、襲い易い敵であった。
鷹蔵の背後から、蟹の爪が襲う。
「!」
回避行動をとろうとしたが、間に合わない。足を取られ、したたかに背を岩場に打ち付けられた。
「させませんわよ?」
おっとりとした声が響く。
姿を見せればこちらのものだ。詠唱を終えた真莉により、大蟹は氷の棺に閉じ込められた。
「こっちは仕留めたぞ」
京一郎が足を取られた鷹蔵を軽く見やると、無言でその足を蟹から引き剥がすのを手伝う。政清が、小太刀、備前長船で数箇所、氷の上から傷をつける。
「このくらいで適度に弱るでしょうか。仲間同士の打ち合いに見せかけるようにした方が良いのですよね」
「そうだなそのぐらいで良いんじゃないかな?」
切り落とした足を、今まで鷹蔵が挟まっていた大蟹の爪の間に挟ませながら、郭之丞が笑う。
「いかん、いかん」
真はどうしても、思った方向とは別の場所へと彷徨って行く。七尺弱の大蟹が出入りする岩場の穴は、人も容易に出入り出来、ついふらふらっと入っていってしまうようで、仲間の背を見ながら、必死に誘惑に耐えるのだった。
幸い、乾いた岩場の上だ。冒険者達の歩いた痕跡らしき痕跡は見当たら無い。菫の用意した柵を取り除くのを手伝いつつ、冒険者達は海の先輩の頼みを、ほぼ完璧にこなしたのだった。
●浜焼きと潮風と
「食ってくれ!どんどん食ってくれ!」
漁師村の若い衆は、気の良い若い衆だった。首をひねりつつも、大蟹が弱ったのを退治し、持ち帰ってきた。
浜は結構な人手だった。大蟹の噂は、あちこちに広まっていて、多少冒険者がまぎれていても、何の不都合も無さそうだ。
気を良くしている若い衆によって、どんどん、海老、蟹、雲丹、鮑、魚が焼かれて回される。当然、あの大蟹もがんがん焼かれ。茹でるには釜が無かったので、それはもう、焼き蟹尽くしで。
黙々と熱燗で、蟹味噌やほっこりとした白身魚に舌鼓を打っていた鷹蔵は、不穏な発言をしたらしく、海の先輩に酔っ払いは頭を冷やさないとなと、何処かへ引きずられて行ってしまったようだ。海の男達は鉄火な男達でもあった。
最初はその姿に目を向かれた政清だったが、そこは漁師の心得が仲間意識を刺激する。あっという間に仲良くなって、一緒に焼きながら、つまんでは飲み。つまんでは笑い。
「夏は夏の美味しさがありますね」
菫がその身の甘さに、ほうと溜息を吐く。
ぱんぱん肩を叩かれて、大根ほどの太い蟹の脚にぱくりと食いついた。ざっくりと刀で普通の蟹の殻を切って上手に身をはがす真は、蟹の殻と戦った過去を持つらしい。満足そうに微笑んだ。
「やっぱり採れたてが美味しいですね〜」
京一郎は、手のひらほどの鮑を頬張る。程よい弾力と、何も加えないのに塩加減が最高で
「雲丹は勘弁してくれ。あのもったり感はどうも‥‥」
ぱくりと食いついている大蟹の足を横目で見ながら、あの大きさで味を凌駕してそうだと思っている所へ、焼き立ての雲丹が差し出された。
そりゃ、不味い雲丹しか食べて無いのだろうと、漁師達は笑う。その笑いで京一郎は、炙られた雲丹に箸を伸ばした‥かどうかは喧騒に掻き消えた。
うかつに話して、今回の依頼をぽろっとこぼしてはならないと、郭之丞はもくもくと大蟹を口に入れる。確かに大味だが、その食べごたえは、他に無い。ぷちっとはじける食感が癖になりそうで、いつの間にか演技では無く。
「ご馳走様でした。こんなにいっぱい食べたのは久しぶりです」
それでか?!という突込みが、昨日懇意になっていた漁師達から上がっているのは真莉だ。沢山の種類を少しづつ食べれて満足そうな彼女は、お茶を立てますと微笑んで、優雅に立ち上がった。
ふと、思い立った嵐淡が、何やら海の先輩と話している。それは、冒険者ギルドの係員へとのお土産だった。受付の彼は、お気持ちだけはありがたく。と、次の依頼の束をにっこり笑って差し出したとか。
どうも代々受け継がれている大蟹退治は、冒険者達によって無事、受け継がれたようだった。