●リプレイ本文
北に玄武の山ありて。東に青龍水流れ。西に白虎の街道来たり。南は朱雀の住まう池を見よ。
その詳しい成り立ちは知るよしも無いが、この国の冒険者ギルドに出入りしていれば、その概要たる名前ぐらいは耳にする。建築に造詣のある者も、その位置関係はよく知る所である。
「風水っていうのかしら?四神相応の地というのかしら」
聞きかじってきたミズホ・ハクオウ(ec2130)は首を傾げる。聞いた所によると、そういう土地には、悪しきものは近付かないのでは無かったかと。
ふわりと羽を羽ばたかせ、聞き覚えのある言葉の響にツバメ・クレメント(ec2526)が近付いてくる。
「シシンソーオーの地?フースイ?響きは父から聞いた覚えがあるんですが‥‥」
「四神相応の土地ともなると、逆に一つが崩れると総崩れになっちゃうかもしれないとも思うのよね」
この土地の事を調べようとがんばったトゥ(ec2719)が、真剣な顔をして頷く。かなり離れた場所にある村落の人々に聞くと、この避暑の屋敷が作られたのは比較的新しく、道と庭園は後から作られたものなのだという事だった。
川北水藻(eb5239)は曇天を見上げる。
避暑の為の屋敷である。何が起こったか知る近所は何処にも無い。だが、掃除部隊の面々が口々に語ったのは、南の庭園にある池の水が、どういうわけか淀んで嫌な臭いがしたという事である。水藻の姿を見て、びっくりして及び腰になる掃除部隊の人に、菊川旭が同行してくれた為、いちいち押し問答する手間も無く、話を聞く事が出来ていた。
「断定は出来ないけれど、どうも庭園の中の池が原因みたいね」
陰陽師ならば、それと指摘出来るだけの情報を冒険者達は収集していた。だが、詳しくはわからなくても、池の腐敗が吉を凶に変じたのは、屋敷の怪事の一端である事は間違い無いと予測する。
「と、とにかく、今回の依頼は屋敷にいるらしい何かを確かめ、必要なら追い出すなりってことですから、それで頑張れば大丈夫ですよね!」
小さな手を、ぐっと握り締め、がんばりましょうと言うツバメに、仲間達は頷いた。
「駄目元でやってみようかと思うの」
朝霧霞(eb5862)は、ひとつの考えがあった。この館に侵入したのが魑魅魍魎の類であるのなら、御神酒‥酒で釣り出せるかもしれないと思ったのだ。古びた桶を調達し、おびき寄せられる辺りを物色し、手持ちのどぶろくを、なみなみと惜しげもなく注いで行く。どうしても、おびき出す場所は庭になる。裏庭もかなりの広さであったが、小さくても築山があり、庭園として隠れられる木々があり、何より、広さがあるのだ。庭の中心辺りに、その酒の桶を置く。
レオナール・ミドゥ(ec2726)とレムリナ・レン(ec3080)と水藻は、屋敷の外周を調べて回る。何かが屋敷にいるならば、よほどでなければ、なんらかの形跡が必ず残ると踏んだのだ。
「ちっちゃいのが一杯じゃなくて、何か重そうなものが通ったみたいだよね」
レムリナの、目の覚めるような赤い三つ編みが、地面に屈みこんだ拍子にぱさりと落ちる。メリア・イシュタル(ec2738)とミズホが、この国の言葉が不自由なレムリナの通訳に入る。京都市内では、迷子になりそうだったが、ランティス・ニュートンに、冒険者ギルドへと連れてきてもらって事無きを得ていた。
長く太い幅の擦り跡が、問題の雨戸へ向かってのびている。もう片方の擦り跡は、どうやら庭の池の方へと繋がっているようだ。水藻も屈んでその跡を見た。
ツバメは、ぱたぱたと飛んで、雨戸と床を見ながら屋敷の内部を窺う。
「床と、雨戸に擦り傷がついてます」
床を掃くような音、何かが引きずって進んでいったかのような跡。本多文那(ec2195)は、聞いた話と照合して、ひとつの答えに辿り着いていた。
「断定は出来ない。けど、大百足に違いないとは思うんだけどね〜」
大百足。その名の通り、巨大な百足である。二丈ほどもある大きな百足で、その牙には毒がある。
「百足って奴は暗くてジメジメした所が好きらしい」
すたすたと、無防備に雨戸へと近寄っていくのは結城弾正(ec2502)だった。江戸に居る親戚が、妖狐と対峙したと聞いているせいか、負けられないという気が強い。何時でも刀を握れるように、地面に突き刺し、屋敷の雨戸をそっと外しにかかる。
その頃、中では、トゥが姿を消して、辺りを窺っていた。
雨戸が閉め切られ、入ってきた隙間からこぼれる僅かな光以外は真っ暗である。只でさえ、姿を消す魔法は視界をさえぎられる。その上、この暗さだ。
(何も‥見えない)
そうこうしているうちにトゥの足が柔らかいものを踏んだ。
その時、雨戸が何枚か外され、陽の光が差し込んで来た。
陽の光にさらされた物を良く見ようとしたトゥは、突然吹き飛ばされた。彼女は気がつけなかったが、大百足の足を踏んで、その足に吹き飛ばされたのだ。その衝撃は決して小さくない。
どぉん。という、音が屋敷内から起こる。
外で各々、大百足に備えていた冒険者達が一斉に屋敷に顔を向けた。
「まずいわねっ!」
蜂比礼。イクセント系のモンスターがが布を振っているものを中心とする直径二丈弱の範囲に入ることが出来ないという。そんな特殊な布を持ち、水藻が屋敷に飛び込んだ。陽の光が半分、薄闇が半分支配するその場所は、丁度庭を眺める広い部屋だった。
「無事かっ?!」
水藻の後を、長棍棒を握り締め、レオナールが追う。仲間が危険な目にあっているのだ。飛び込もうとしたレオナールは、水藻の蜂比礼が効果を発揮したのか、丁度開いた雨戸から、大百足が庭へと勢いよく走り込む所に鉢合わせする。
「くっ!」
勢いがついた大百足の突進は、レオナールを弾き飛ばし、庭へと躍り出た。
「させませんっ!」
「当たれっ!」
メリアとミズホが次々と矢を射掛け、大百足の足を止める。ぬらりと赤黒く光る背に、毒々しい黄色とも橙色ともつかない足と腹。僅かに上げた鎌首が冒険者達を威嚇するように揺れる。その僅かな対峙の時間に空中に待機していたツバメが動く。急降下して、大百足へと霞小太刀を突き刺す気でいたのだ。
「きゃあっ!」
霞小太刀は、狙い違わず、大百足の背に刺さった。その瞬間、緑色の体液が噴出し、ツバメの羽をべったりと塗らす。幸い、毒性は無いが、高く羽ばたくのはもう無理のようだ。すぐに、大百足は大きくうねり始める。二丈もの身体を縦にねじるように蠢かせるのは、背中の小太刀が痛いからかもしれない。そのねじりは、ツバメを酷く遠くに打ちつけた。
「足が一杯動いてて気持ち悪いけど、ボク、絶対負けないから!」
エスキスエルウィンの牙という短刀と、一文字という大脇差を光の様に刃を光らせ、レムリナが大百足に突っ込んで行くが、彼女に二刀は重い。自身の攻撃の反動と、大百足の激しい当たりで、吹っ飛んだ。
「とにかく、切るって事だよねっ!」
文那が霞刀でうねる大百足に迫ると、それを察知した大百足の長い胴体が方向転換をしようと、大きく動いた。
刃で切りつけたものの、文那もその蠢く足と胴に、体当たりされ、声を失う。冒険者達の攻撃によって流れる緑色の体液が、ずるりと、足をとる。
「このっ!」
微塵という小太刀と一文字という大脇差を両の手で閃かせ、うねる大百足を、霞はしたたかに切りつけた。手ごたえは充分だったが、引く間合いが間に合わない。ざざざざと音を立てた足が、霞をもよろめかせる。
淡く桜色に光り、己の武器を強化した弾正が霞刀を上段から、百足の胴体の継ぎ目に向かって振り下ろす。
「これ以上はっ!」
刀を持って大百足に向かう仲間たちの攻撃の合間を縫って、メリアとミズホの矢も、容赦なく大百足を襲い、その鎌首を休ませない。それが無ければ、誰かが牙の餌食にかかっていた事だろう。
大百足は逃げようにも逃げられない。大百足を逃がさないように、水藻が蜂比礼を持って、仲間たちの居る方向へと向かわせていたからだ。
直接攻撃を仕掛ける冒険者達は、皆、大百足の足や胴に当たり様々な疲労を蓄積している。そうして、やっと、大百足はその動きを鈍らせた。なにしろ手数が多かった。ミズホの矢が、動きが鈍った大百足の頭部を射抜いた。
断末魔の痙攣をひとしきり打った後、大百足の巨体はぴくりとも動かなくなったのだった。
●清流の音は響き
「掃除部隊の女性に任せるのは酷ってもんだろ」
「解体しないと持っていけないわ」
何しろ二丈のでかぶつである。レオナールが言うと、霞も頷く。緑の体液が邪魔ではあるが、これをこのまま移動するよりはマシである。
「あたいも手伝うよ」
あちこちしたたかに打ち付けたトゥも寄って来た。怪物でも、生きていたのだから、弔いぐらいはしてあげたいと思うのだ。
埋葬は、レオナールの言う裏山が一番近いし、害も無さそうなので、そこに埋める事になった。埋葬が終わると、ミズホはせっせと庭の掃除を始める。整地は本職に任せるとしても、荒れたままでは忍びないと思ったからだ。散々暴れた大百足は、庭園を半壊させていた。しかし、屋敷の中で戦う事を考えたら微々たる被害といえるだろう。
「あのさ『百足は一匹見たらもう一匹居ると思え』って聞くけど‥」
文那がさらりと怖い事を言いながら、屋敷を探索する。最初に屋敷周辺はくまなく調べてあり、心配は無さそうだが、屋敷の内部はどうなのか。雨戸を全部外した屋敷は、外の風が淀んだ空気を押し流し、何の異常も見当たらない。
基本は床板だ。人の住んで居ない屋敷には壊れ物も出ていない。多少の傷はあるが、そこは、掃除部隊に任せてかまわないだろう。
「お屋敷って、やっぱり綺麗ですねぇ」
ツバメは、ぽてぽてと歩いて屋敷を眺める。
南の池の不浄は定期的に水底の落ち葉をすくわない為生まれていたようであり。その旨は、きちんと報告もされ。静かな清流の音の響く避暑地が戻って来たのだった。