百合の花を

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 64 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月24日〜06月27日

リプレイ公開日:2007年07月02日

●オープニング

 少女はその百合の花を見て、口を閉ざした。明らかに不機嫌そうである。
「お前が欲しいって言ったから」
 少年は夏祭りに幼馴染の少女を誘おうと思っていた。少女は「百合を取ってきてくれたら」と、他愛も無い、承諾確実なお願い事を少年に笑いながら言ったのだ。朱色の百合は少し山に入れば沢山咲く。咲きかけの蕾を沢山摘んで、少年は意気揚々と帰ってきたのに、どうやら雲行きが怪しい。

「それじゃないわ」
 少女はぷっと頬を膨らませると、下駄の音を立てて少年の前から駆け去って行く。その日は丁度彼女の十七歳の誕生日。六月の二十七日であった。
 鬼百合なんて、どういうつもりなのかしらと、半べそをかいているのは、少年には見えない。ずっと好きだった。自分から言うのは恥ずかしいし、すぐに頷くのも恥ずかしい。だから、少しだけ我侭を言った。百合を取って来てくれる間に、自分の気持ちをまとめておきたかったから。
 それなのに。
 覚えていてはくれなかった。
 私の事を好きだと言ってくれたのに。
 少女の心は千々に乱れる。ささいな事だ。大人はそう言って笑うだろう。けれども、少女にしてみれば、とても重大な事なのだった。
 
 山に小鬼が出たと知らせが来たのは、それからまもなくである。
 少女は真っ青になってギルドへと駆け込んだ。
「百合なんかどうでも良いの!助けて!」
 大丈夫、間に合いますからと、少女に山の地形を詳しく聞き取りはじめたのだった。

●今回の参加者

 ea6725 劉 志雄(23歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb0112 ジョシュア・アンキセス(27歳・♂・レンジャー・人間・ビザンチン帝国)
 eb3535 桐谷 恭子(31歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb3619 日向 陽照(51歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb7871 物見 昴(33歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ec3188 ドゥギー(39歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●リプレイ本文

●百合の咲く山へ
「‥‥日向陽照‥‥黒の僧侶です‥‥」
 軽い猫背の日向陽照(eb3619)が、青白い顔に笑みを浮かべて、挨拶をする。どよん。そんな効果音がついてきそうである。反面、彼の周りを飛び交う刹那と呼ばれる火のエレメンタラーフェアリーが、とても愛らしい。赤い蝶の様な羽根を羽ばたかせ、ドレスの裾を翻す様と、陽照の雰囲気が見事な対比を作り出し、見た者は絶対に忘れないであろう空間を作り出している。
 物見昴(eb7871)が細身の腰に手を当てて、ほうと溜息を吐く。
「‥‥私もあの頃にスパッと言ってしまえば良かったかね‥‥」
 異性から花をもらって嬉しかった事を思い出したのだ。花は、今でもらえたら嬉しいに違いないのだが、真っ直ぐな受け答えが果たして今も出来るかどうかは、少し考える所かもしれないと。好きだという気持ちに何の迷いの無い時期は短いからだ。
 素直になれないのは絶対に損だ。桐谷恭子(eb3535)は、うんうんと、ひとり頷く。百合の花の見分けがつかない不器用な男の子に、好きなのに好きと言えない女の子。
「何とかしてあげたいねー」
「えーと、難しいことはよくわかんねぇけど、とにかく兄ちゃん追っかけて小鬼から守って、小鬼全部倒せるモンならぶっ倒してくりゃいいんだろ?」
 百合の事も忘れてはいないと、ぱたぱたと動いて、軽く冷や汗をかくのは劉志雄(ea6725)だ。恭子は目を腫らした女の子に微笑む。
「百合の花で、思い出とかあるのかな?」
「去年‥一緒に摘んだの‥茜色の‥百合‥」
「ははぁ。色は一緒って事なんだな?」
 志雄が、ぽむと手を打つと、少女はこくりと頷いた。 
「ああっと、ねーちゃん、その男の子の名前と背格好教えてくれないか? 聞いておかねーと探しづらい」
「草太と、言います」
 背丈は同じくらい。と、言う少女に、ジョシュア・アンキセス(eb0112)は軽く笑いかけ、同じくらいねと、自分を指差して、また笑う。
「茶の上着に生成りの下穿き。髪は後ろでひとつに括って‥」
 別れた時点の服装や、状況を昴が詳しく聞き取っていく。
 山の地形などをゆっくりと聞き取ると、陽照は、こほんとひとつ咳払いをした。
「‥判っていると思いますが‥‥、戻ってくるまでに‥‥心を決めておく事です‥‥」
「決め‥る‥?」
「‥‥これもまた試練‥‥」
 少女が大きく頷いたのを見て、陽照もゆっくりと頷き返す。誰の為に百合の花を取ってきたのか。誰の為に、また百合の花を取りに行ったのか。
「だーいじょうぶだって!」
 不安そうな少女にジョシュアは笑いかけた。頷く少女は、沢山の笑顔を向ける冒険者達を、唇を引き結んで見送るのだった。

●小鬼追い百合は揺れ
 鬼百合が朱色の花弁を揺らし、冒険者達を迎える。あちこちに咲く膝上までも伸びる鬼百合の花は、木立ちと岩場の間に咲き誇る。その名前のように人の目を惹きつける強い朱の色が初夏の山に眩しい。
「ここいらには居ないみたいね」
 荷物が多少、昴の行動を鈍らせる。愛犬シンパチとコタロウに少年‥草太の匂いをかがせようと思っていたが、少女は何も持っていなかった。村まで行けば何かあったかもしれないが、今は救出に急がなくてはならない。昴は荷物を背負いなおす。
「高原って感じだな‥このまま行くと、見晴らしの良い場所に出るぜ。‥無事でいろよー!」
 ジョシュアが目を細めて山頂を見る。
 山は、なだらかな斜面に岩場の多い山だった。丘と言っていいかもしれない。その長い斜面には、草原のように草花が生えそろい、初夏の息吹を感じさせる。岩と岩が重なり合い、見えにくい場所も多々あるが、概ね頂上まで同じような風景が広がる。草花が生い茂る丘のような場所が中腹であった。じわりと汗をかくほどの陽射しが遮る物の少ない山肌に降り注ぐ。
「これ、姫百合だべ?」
 ひどい寝癖を気にした風も無く、明るい声でドゥギー(ec3188)が、鬼百合の合間に見える、一回り小さな朱色の百合を見つけた。
「足跡っぽいのはこっちだしな‥合ってるか」
 動物の跡を追って山を点々と動くジョシュアにとっては、無防備に歩く草太の痕跡を見つけるのはたやすい事だった。風に乗って、むせるような花の香りと‥イヤな臭いに眉を顰める。
 同じように、痕跡を確認していた恭子も憮然とした顔をそちらに向けた。
「小鬼‥来たわね」
 山頂まで、岩場が邪魔をして見通すまではいかないが、ちらちらと集団で動く影がある。高い百合は、小鬼ほどの高さまで背が伸びる事もある。それが気に入らないのか、千切っては投げ。千切っては投げている小鬼は、まだこちらに気がついていない。そうして、小鬼に見つかるか見つからないかの場所で、せっせと姫百合を摘む草太の背中をも発見したのだった。
「ぎりぎりね」
 昴が一歩を踏み出した。
「まかせとけ!」
 その横を、するりと抜けて志雄が行く。身の軽い志雄は、少年の居る場所から離れた方向へと大声を上げて走る。
「いくわよぉ!」
 日本刀を抜き放つと、恭子もその足を小鬼に向けて走り出す。走る風に、背の高い百合の花達はゆらりと揺れて。
 抜刀した恭子が自分と違う方向へ走っていくのを見て、危険を感じたのか、こちらへと向かってくる。むせるような百合の香りが風に巻かれて動く。
「捜索願いが出てるの!」
 昴が草太を手招きする。まずは、この少年の安全が一番だ。
 下卑た笑いが、初夏の山に響き渡った。
 小鬼達は、襲って来る人数が少ないと見るや、攻勢にかかったのだ。昴は、草太に微笑んだ。
「先に、山を下りて!山裾で待っていて?」
「‥‥彼の者に試練を‥‥」
 陽照から放たれるのは、精神に影響を与える魔法。小鬼一体の怒気が殺がれ、力無く棍棒を下ろす。岩の上から、飛び降りるように、志雄が小鬼に拳を当てる。
「全滅するのが無理でも、追い払うぐらいは出来そうか!?」
 びょう。
 ジョシュアの手から矢が次々に放たれる。草太が山を下るなら、迷う事は無い。
「このっ!」
 棍棒を打ち払い、小鬼に刃を入れる恭子。タイミングを見計らい、気力を無くす魔法をかける陽照。唸るジョシュアの矢。昴の一撃。ドゥギーの一撃。最初は、数に押した小鬼だったが、じわじわと討ち取られる仲間に、最初の雄叫びのような笑いは鳴りを潜め。悲鳴に変わるのに時間はかからなかった。
「深追いは無しって事ね!」
 恭子が山向うに逃げて行く小鬼を見て肩をすくめた。

●百合の意味
「大丈夫?怪我してない?」
 危うく小鬼と鉢合わせする所だったと気がついた草太は、少し降りた所で、真っ青な顔で座り込んでいた。恭子が草太の様子を注意深く見る。戦闘には巻き込まれなかったのが、幸いしているようだ。
 冒険者達を不思議そうに見る草太に、陽照はえへんと咳払いをすると、厳かに話す。多少猫背であるが、僧侶の言葉には重みがある。
「‥‥女性に対して『鬼』のつく花はいけません‥‥」
「鬼?」
 きょとんとする草太の顔を見て、冒険者達は、やはりと思う。草太は百合の花の種類に頓着していなかったのだ。
「‥これは貴方への試練でもあります‥‥」
「試練?」
「‥‥僕が言った事を良く考えることです‥‥」
 鬼百合と、姫百合を手渡して、陽照は深く頷いた。同じ朱色の百合を手にして、首を捻る草太に、志雄がちょいちょいと手招きする。
「多分姉ちゃんが欲しかった花って、姫百合じゃねーのかな」
「姫?」
 鬼も姫も、草太には見分けがつかない。
「まーでも姫百合って名前も一番女が好きそうだし、その辺じゃね?心配なら全部摘むか?‥‥しまったなぁ、出てくる前についでに姉ちゃんに何が欲しかったのか聞いてくりゃ、考える手間省けたのに」
「何か、この百合で二人で話した事とか無いの?」
 恭子の問いかけに、草太は、あ。と声を上げた。そういえばと。誕生日の花は、小さい茜色の百合だと言ったような気がすると。
「あ!それ俺も聞いた事があるぜ?!すげぇうろ覚えだけど!」
 志雄が満面の笑顔で草太の肩を叩いた。昴が笑う。
「世間一般でみれば、百合とか花に例えられて悪い気分にはならないな‥その百合に『鬼』とか女を褒めるには不適当な単語がついてなければ、の話だが」
「姫‥百合‥。茜色の百合!」
 草太は、ようやく納得がいったかのように上げた顔に、恭子は微笑んだ。
「小鬼達がまた来る前に、山を降りないと」

 無骨な少年は、誕生日おめでとうと、少女に姫百合の花を手渡した。
 少女は、涙でくしゃくしゃになった顔でうんと、ひとつ頷いた。
 
 少年と少女の百合の話は村の親達に伝わり、気持ちばかりですがと、追加報酬が手渡され。
 百合の花は、ゆらゆらと風に揺れ。
 追い払われた小鬼達も、またこちらへと戻る気配も無く、ちいさな恋の物語はゆっくりと育っていくようだった。