浮遊する恐怖

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:5人

冒険期間:07月03日〜07月08日

リプレイ公開日:2007年07月11日

●オープニング

 それは異様な光景だった。
 しかし、この山を越えなくては、約束の日時に間に合わない。大丈夫。気がつかれないようにこっそりと通り過ぎよう。
 男は、森の中を漂いながら飛んでいる、白濁しとろりとした質感のある半透明の浮遊物を横目で見た。それは、ざっと数えて五・六体は居ただろうか。飛び交っているたし、急ぎ通り抜けようとしたので、数は正確にはわからない。
「うぁあああっ!」
 男は、男の後ろで上がる悲鳴に振り返る。
 白濁したソレが、一人の旅姿の男に覆い被さり、押し倒す。その悲鳴に反応したのか、近くを漂うソレが、競うように倒れた男に重なりはじめ。白濁した色は嫌な赤みを帯び‥。
 声も無く、男は走り始める。
 あれは、何だろう。あれは!
 どうやって山を越えたのかは覚えていなかった。真っ白な顔をして、親戚の家に辿り着き、約束の薬草を手渡すと、男はばったりと倒れた。見たもののおぞましさと、緊張とで心身共に疲弊していたのだろう。
 その山道は、隣村までの近道である。通らなくても、大回りをすれば、三倍は時間がかかるが、行けない事は無い。
 しかし、男の見た得体の知れない浮遊物が、何時、どちらかの村に下りて来ないとも限らない。
 男の話から、捕食されたのは、男の村から帰る途中の猟師だったようである。
「戦だ、鬼だとあるけどよ。身近に妙なもんが居るのも困るしよ」
 村と村は協議して、冒険者ギルドへと得体の知れない浮遊物の殲滅を願い出たのだった。

●今回の参加者

 ea1467 暮空 銅鑼衛門(65歳・♂・侍・パラ・ジャパン)
 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4026 白井 鈴(32歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea7767 虎魔 慶牙(30歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb5073 シグマリル(31歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 eb5817 木下 茜(24歳・♀・忍者・河童・ジャパン)
 ec2786 室斐 鷹蔵(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

リーシャ・フォッケルブルク(eb1227)/ マミー・サクーラ(eb3252)/ フィーネ・オレアリス(eb3529)/ 陰守 清十郎(eb7708)/ メイ・ホン(ec1027

●リプレイ本文

●江戸より
「ごめんなさいネー」
 道中、暮空銅鑼衛門(ea1467)のとても沢山ある持ち物を何とかしないとと言う事で、置けるものはギルドに拝み倒して置いて行く事になった。空を飛び、急行する事になったからだ。ギルドの受付は、小さく溜息を付いて、これっきりにして下さいねと送り出す。
「こりゃすげえ!」
 少し身に覚えのある虎魔慶牙(ea7767)が、それを見て豪快に笑った。銅鑼衛門の空飛ぶ箒も作戦の一端を担う。片づけを手伝うのもまた一興というものだろう。
「俺も医者だから一刻を争う時に道が使えない苦労は知っているつもりだ」
 依頼書を読んだカイ・ローン(ea3054)は、生真面目な顔で呟く。迂回路で間に合う用事ならば、それで良いが、万が一の事柄は、何時やってくるかわからない。そんな時に、近道があるのに使えない悔しさは、人を助ける生業の身に染みる。やはり、空飛ぶ箒を取り出したカイに、慶牙が笑って手を上げる。
「頼んだぜ」
「ああ、よろしく。浮遊物の総数、能力、習性等が不明な以上、片方向から駆除してもう片方の村に押し出してしまったら困るからね」
 浮遊物が、二つの村へ、移動しないとも限らない。出来るならば、二手に別れ、西と東の村から挟み撃ちを兼ねて殲滅に当たりたい。そう話を纏めた冒険者達は、手際よく二手に別れはじめる。
 空飛ぶ木臼に愛犬を何とか乗せ込み、白井鈴(ea4026)は、綿毛のようにふわりと白い髪を揺らして頷いた。
「相手の詳細がわからないのは、ちょっと不安だったけど、なるほどね!」
 メイ・ホンや陰守清十郎が出立前に浮遊物が何なのか、調べて回っていてくれた。それは、白溶裔では無いかと、消極的ながらあたりをつける。普段はじめじめとした場所や物の隙間に入り込んで捕食の機会を狙い、酸で腐食させて餌とする。大量に浮遊する事例は無かった。冒険者達は知らなかったが、この長雨で山の中は湿気だらけ。それが多数の白溶裔を発生させる原因のひとつとなっているようで、梅雨が終われば、山を抜けて分散していく恐れのある発生の仕方のようだった。
「妖怪褌では無かったでござるか!」
 オー。残念ネー!と、酷く哀しそうなのは、銅鑼衛門である。噂に聞く妖怪褌ならば、ぜひに手に入れたかったのだ。冒険者を続けていれば、その憧れの妖怪褌は、きっといずれ会い見える‥かもしれない。
「聞いただけじゃいまいち実感が沸かないや」
 小柄な日向大輝(ea3597)は、人を襲う白い浮遊物が、白溶裔という妖怪である事を聞いても、いまひとつ現実味が無いと思いながら愛馬ごん助の馬上の人となる。会えば分かるかなと、笑みを浮かべて、走り出す。
「妖怪か‥俺の知るカムイの自然には含まれぬ存在だな」
 人を捕食する浮遊物など、シグマリル(eb5073)の知る、厳しくも優しい自然の中には見出せないモノである。村人に安寧をもたらす為にと、蒙古馬トゥイマチャスにまたがった。
「非力ですが、皆様の力になる為、全力で頑張ります」
 この依頼の中にあっては、地力が違う。だが、それを押しても役に立ちたいと木下茜(eb5817)は思ったのだ。同じく、室斐鷹蔵(ec2786)も渋い顔をしながら、馬上の人となる。長い銀糸のような髪がさらりと揺れた。
「人の生き血を啜ると聞いたが‥」
 山蛭のようなものかと思えば、妖怪かと、短槍に松明を括り付けた武器を用意し走り出す。
 お気をつけてと、フィーネ・オレアリスが笑みを浮かべて見送れば、空を行くもの、地を走る者。二手に分かれて冒険者達は身軽に江戸を出立したのだった。

●白溶裔と西と東の村
「詳しく知っている人はいませんか?」
 カイが穏やかに尋ねれば、不揃いの銀髪をかきあげながら、慶牙が不敵に笑う。
「何か有力な情報はあるかねぇ?」
 西の村に辿り着いたのは、カイ、慶牙、銅鑼衛門、鈴の四人である。空を飛んできた冒険者達を、目を丸くしながら村人達は出迎えた。
「今の所、峠辺りにうろうろしてるよ」
 あまり近付くと怖いから、それぐらいしかわからなくて、申し訳ないと村人は頭を下げる。
「大丈夫ー!僕が偵察に行くからね!」
 鈴が愛犬を伴い、山へと分け入るのを先頭に、慶牙とカイも歩き出す。斬馬刀を軽く叩き、慶牙は山を見て、また笑う。
「さぁて、強い相手なら嬉しいんだがねぇ」
 少し、暑いのネーと、猫の着ぐるみを着込んでいる銅鑼衛門は恰幅の良い体を愛嬌良く動かしながら後を追うのだった。

 東の村には大輝、シグマリル、茜、鷹蔵が到着していた。馬などは村に預けて準備を始める。
「俺達冒険者は怪異から平穏な日常を取り戻す専門家だ、安心して任せろ」
 淡々と語るシグマリルの言葉には、真実労りが滲み出て、その実直そうな人柄が、江戸側の東の村の村人の心に安堵の吐息を吐かせていた。何時あの浮遊物‥白溶裔が山から下りてくるのかと、気が気ではなかったのだ。
 大輝は少し考える事があった。
 何に対して反応するかという事である。猟師だけが襲われたのは、普段白溶裔は動物を捕食していて、猟師についていた動物の匂いに反応し、さらに血の匂いに反応して襲ってきたのではないかと言う事である。試してみなくてはわからない。しかし、村では獲物の血は、手に入れる事は出来なかった。仕方無く、偵察にと先行する茜の後を追う。
(これは、沢山‥いますね)
 茜が山を登りはじめると、すぐに半透明の物体が浮かんで見えた。この数日でかなり山裾に下りてきていたのだ。
(‥まずいですね)
 距離をとって別方向へと向かおうとするのだが、そちらにも、半透明の影を見つけ。どうやら満遍なく山に漂っているようで。引き返すと、慎重に歩いて来ている仲間達と会う事となった。
 火と松明は、村で用意してくれていた。赤々と燃え上がる炎が、何となく心強い。
「山火事に注意せねばな」
 鷹蔵がぼそりと呟く。効かなかったら、それはその時と、腹は括ってある。同じように、茜も松明に火をつける。シグマリルは油断無く弓矢を構え、歩を進め。
「っ!」
 大輝は、突然目の前に現れた白溶裔を、間一髪で交わす事が出来た。抜き放った小太刀を振り抜くと、その、ぶよぶよとした体に、一瞬弾力良く抵抗はあったが、ざっくりと一撃を入れる事が出来た。だが。白溶裔は酸をじわりと出すのだ。触れた部分がちりちりと傷み、小太刀を取り落とす。
「大丈夫ですかっ?!」
「ん‥!」
 振り落とした白溶裔に、鷹蔵がすかさず松明を括りつけた短槍を押し付ける。幸い、刃物も火も、この白溶裔には有効のようだ。
「来ましたね」
 木々の合間に見えるのは、四方から漂ってくる白溶裔だ。その滑空速度は、特に早いものでは無いが、遅くも無い。茜は、ダガーを構える。接近戦は不利だ。しかし、彼女のダガーは投げても、必ず彼女の手元に戻る。
 鷹蔵は、渋い顔をしながらも、松明の灯る槍を慎重に振る。
「落ちた奴は任せろ」
「手近なのからいくぞ」
「はい」
 シグマリルの矢が、次々に白溶裔に襲い掛かり、茜のダガーが空を切る。
「カムイ宿る矢は、逃がしはせぬ!」

 同じ頃、西の村から山に入った仲間達も、思いの他麓近くにいる白溶裔と戦いになっていた。
「うっそ!」
 すぐに取り囲まれてしまった鈴は、微塵隠れで白溶裔を吹き飛ばすと、僅かに開いた隙間から脱出する。僅かに白溶裔につかまって、じわりと衣服が溶けたが、構いはしない。この相手は捕まったら最後なのだ。
「ノーっ!」
 捕まりそうになったのは、銅鑼衛門である。だが、すぐに白溶裔は銅鑼衛門から離れて逃げ出す事になる。カイの聖なる結界が、白溶裔を近づけなかったのだ。
「纏めて片付けてやるぜぇ!」
 寄って来ていた白溶裔を、慶牙の斬馬刀が横殴りに薙いだ。嫌な感触が手に伝わったが、振り抜いてしまえば後は同じ事である。
 右に左に、鈴と鈴の愛犬二匹が白溶裔を翻弄し、戦闘は有利に進んでいった。

「怪我?」
「うん、平気だよ」
 大輝の傷に目を細めたカイだったが、酷い怪我では無さそうだが、一応ねと、簡単な手当てを施す。ひりひりとした痛みが引いて、大輝は、目を丸くして、お礼を言った。大輝だけでは無く、何人かが軽い炎症程度の小さな怪我をいくつも負っていたのを、カイは丁寧に手当てしていった。冒険者といっても、痛いものは痛いのだ。
 峠で一端合流した仲間達は、道すがらに出てくる白溶裔は全て倒したのを確認し合っていた。銅鑼衛門が危機一髪だったが、カイのおかげで事なきを得てもいて。総数は十体強だろうか。
「じゃあ、僕は向うの探索に行ってくるね!」
 鈴が、北側へと愛犬を伴って消えて行く。
「では、私はこちらを探そう」
 巣などが無いとも限らないしなと、シグマリルも別方向へと足を進める。銅鑼衛門も、ゆっくりとした足取りでその後を追う。万が一巣があるのなら、完全に退治しておかなければ。
「ねぐらを突き止めるでござる」
「俺も行く」
 山の中見回って仕上げといこうぜと、大輝も、怪我をものともせずに山の中へと消えた。
「俺は、村人に怪我人がいたみたいだから、見てくる」
 一通り山の中を探索し、村周辺にはもう浮遊する白溶裔がいない事を確認すると、カイはひとつ頷いて、西の村へと戻る。白溶裔に襲われそうになった男の村は、薬草を採取し、卸すのを主な生業として生活する村だった。こんなものしか差し上げる事が出来ないのですが、僅かな気持ちですと、冒険者達は薬草の束を手渡されたのだった。

「‥無念であったろう」
 シグマリルは、山を探索する時に、白溶裔の被害にあったとみられる人の遺品を拾っていた。ほとんど溶けて無くなっていたが、僅かに残る革の切れ端や鏃など。僅かなものなのだが、持ち帰ると、村人の一人に手を取られ、拝むように額をし付けられる。その猟師は、この村の者では無かったが、仲の良い友人だったからと。
 こうして、浮遊する恐怖はふたつの村から払拭されたのだった。