【星宵】宿場町の戦い
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:07月03日〜07月08日
リプレイ公開日:2007年07月07日
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●オープニング
梅雨が明けると、まるで拭き掃除でもされたかのように鮮明な星空が広がる。
夜空に浮かぶあまたの星。
目を凝らせば、千も万も見えてくるかのような錯覚に陥る。
戦や鬼や、様々な妖怪、モンスターに脅かされつつも、人々は逞しく生きている。それが日常と言うものなのだろう。
「‥‥うちはところてん」
「‥‥うちは葛きり」
江戸から少し離れた宿場町で、道を挟んで星祭の戦いの火蓋が切って落とされた。
どの旅館も笹を飾り、様々な願いを込めて、梅雨明けを感謝しつつ、磨かれたような星空に願いを託す短冊を飾る。それが、旅人や、近所の村や町の人に妙な人気が出たのは何時の頃からだったろう。
ある年、うっかり口を滑らせた旅館の若い衆の言葉が始まりだったとも言われる。「うちの旅館の笹が立派だったから、お客さんはうちの方が多かった」それを聞いた向かいの旅館の若い衆が、かちんと来た。「ふざけんな。うちの料理が美味いから、うちに来たお客があぶれてそっちに行ったに違いない」なにぃ。何だと。やるかこのやろ。若い衆の喧嘩を止めに入った旅館の亭主や女将が、喧嘩の原因を聞いて、また火花を散らし。
「今年はうちが勝たせてもらいますよ」
「なぁに、また今年もうちが圧勝ですわ」
「三票差だったくせに」
「勝ちは勝ちです」
ふふふ。あはは。と、穏やかに笑いながら、びしばしと火花散る両軍大将。もとい。纏め役の女将と亭主のふたりは、にこやかにお互いの陣地‥もとい、お互いの組内に帰っていく。
「今年は、助っ人頼んでも良いらしいですからね。みなさん、がんばりましょう!」
江戸から向かって道を挟んで左側の組、『蜻蛉組』の亭主が、穏やかな物腰で、でも、しっかりと握りこぶしを振り上げた。去年は三票に泣いたのだ。夏はすっきりとして酸味の利いた、ところてんに決まっている。井戸で冷やしたところてんとタレの味には叶うまい。
「今年は、助っ人を頼まないと、人がさばけないほど多く来ますよ、皆さん!」
江戸から向かって道を挟んで右側の組、『金魚組』の女将は、にっこりと勝利の笑みを浮かべた。今年もクジ運が良い。夏は井戸で冷やした葛きりに、やっぱり冷やした黒蜜をかけて食べるのが、女性や子供には大うけだろう。
えいえいおー。と、宿場町全体で勝ち鬨が上がる。
「と、まあ、こんな具合なんです」
蜻蛉組でも、金魚組でも無い、宿場町を統括する年寄り連の代表の老女が、冒険者ギルドに人手を借りに来た。人が多いと、よからぬやからも増える。せっかく良い具合に盛り上がっている祭りを台無しにされてはたまらない。
「夜半には静かになりますんで、その時分には、あたしらのもてなしを受けちゃくれませんか?」
星祭がひと段落すれば、旅館はそれぞれの業務に戻る。寝静まった丑三つ時になりますが、星明りだけを見て祭りの喧騒の後を楽しむのもオツと言うものですと、年寄り連の老女は微笑んだ。
●リプレイ本文
●水面下の戦い『金魚組』対『蜻蛉組』
冒険者達が辿り着いた宿場町は、そこそこ大きな宿場町だった。広い道を挟んで笹竹が各宿屋の入り口に括り付けられ、色とりどりの色紙が、流れる流水のように切込みが入り、長く伸ばされ、その合間に赤い金魚に見立てた折り紙が飾られ。風船に折られた可愛らしい玉の形の折り紙や、ぱっと見複雑な模様が入った切り紙は、いくつも折りたたんで鋏を入れるとあっという間に出来るようである。細く輪にした色紙は、鎖のように連ねられ、吹く風に揺れている。そんな華やかな飾りの間に、薄い短冊が顔を覗かせる。文字の書けない者は、宿屋の誰かが手伝って、たあいの無い願いや、目標を書き込んで括りつける。
その前か、後に。美味しそうな葛きりか、ところてんを頬張るのだ。
向かい側の食べ物はよく見える。入り口で貰った木札の選択は合っていたのか、間違っていたのか。美味しい議論も花盛りだ。レディス・フォレストロード(ea5794)は、浴衣を着込み、楽しそうに笑いさざめきながら行き交う人々を上空から眺める。通りは広いとはいえ、かなりの人手だ。袖擦り合うも他生の縁とはいえ、袖擦り合い様に財布を抜かれてはたまらない。
「葛きり美味しいですよ〜。甘くて冷たくて、とろり。と、美味しいですよ〜」
目つきの怪しい男が男女二人連れにそっと迫る、そのさらに背後からふわりと降りて、男に目を合わせ、にっこりと微笑んだ。おう。ぁう。と、意味を成さない言葉を呟く男の袖を引くと、ふうわりと笑みを浮かべた飛麗華(eb2545)がその後を引き継いだ。これで何人目であろうか。
「井戸で冷やした葛きりに、やっぱり冷やした黒蜜をかけて食べるのは‥格別です」
「黒蜜が足りませんっ!」
「わかりました、ここはお任せします」
あらと、麗華は宿屋の奥を見ると、嬉しそうな厨房の面々が顔をひょこひょこ出していて、思わず微笑むと、レディスに軽く頭を下げる。レディスは、深く頷いて麗華を送り出す。とても、非常に、美味しいらしいから、食べるのが楽しみでしょうがない。ふわふわと飛びながら、お手伝いが終わってからと、呪文のように心で唱え。
「任せて下さい」
葛きりの仕込から手伝っていた麗華の腕は、そこいらの料理人は足元にも及ばない。今年の葛きりは一味違う。ただ甘さを強調するだけの黒蜜では無く、僅かに甘味を切り上げる事で、喉越しがさっぱりと甘く、後を引く。もう無くなってしまったのかと、ほう。と溜息をつく者続出で。『金魚組』は序盤の有利を確信していた。
「我ながら真面目過ぎるとは思うが、性分だからな‥」
たくさんの人の中を、辺りに目を配りながら歩き、こっそり呟くのはルザリア・レイバーン(ec1621)だ。宿場町だけあって、異国の彼女もすんなりと人の波に紛れている。到着した時、宿場町の入り口で、ところてんか葛きりかの木札を示され、対応する宿場町の人は慣れたもので、一方の木札を口を尖らせ、酸っぱい顔をされたのを思い出して、くすりと笑う。
それにしても、不思議な光景だと、ルザリアは思う。植物に細い紙が沢山つるされている。さわさわとしなう植物をひっぱって、高い位置につけようとがんばる者、隅の方にこっそりと括りつけて行くもの。様々だが、どの顔も楽しそうだが、意外に真剣な顔だ。
「これもこの国に住む者の習しなのだな。‥綺麗だな」
「季節ごと、月ごとに祭りはあるから、楽しむと良いよ」
女性にしては大柄で、非常に艶っぽいシルフィリア・ユピオーク(eb3525)は、艶やかに笑いながら、ルザリアと共に歩いていた。言葉の通じないルザリアの通訳を兼ね、一緒に祭りの見回りをしているのだ。
「嬉しそうな人が沢山いるっていうのは、気分が良いやね」
シルフィリアは、せっかく祭りなのだからと、浴衣を貰い受けていた。流しているルザリアの髪を簡単に結うと、金の髪に映える黒漆の簪をちょいと挿した。そうして。ルザリアの瞳の色と同じ緑の帯を可愛らしい二重の蝶々に結ぶ。目を白黒させていたルザリアだったが、着せ付けて貰った、この異国の服は肌に涼しいと、嬉しそうに笑い。
「そうだな。とても‥色々ありがとう」
「あたしが好きでやった事だ。こっちこそ、ありがとうだ」
そう言うシルフィリアは、きりきりと豊かな胸にさらしを巻き、舞い上がる青竜が背中に記された上着に、真っ白なたすきをかけている。そんなシルフィリアは非常に人目を惹いた。胸には、大きな木札を下げている。これは、役員の印である。宿場町で立ち働く者は、すべてこの木札を下げている。それは、どの冒険者も同じだったが、非常に似合っていた。
「おっと」
そうして、ルザリアは明らかに祭りとは違う視線を彷徨わせる男に視線を合わせ退散させ、シルフリアは昼間から酒を飲んで良い気分で女性たちにちょっかいをかけていた男を、まあまあとなだめ、本部となっている年寄り連の陣取る宿屋まで連れて行く。
「ご苦労様です。氷の花、好評です」
「そりゃあよかった!」
座る間もなく、また宿場町の入り口へと戻ろうとする彼女達に、老女はおやまあと微笑む。
「少し休憩されてはいかがです?」
「祭りが終わったら、ゆっくりさせてもらうよ」
相好を崩して、シルフィリアは笑った。祭りの準備の手伝いにと、仲間達から僅かに早く到着した彼女は、きびきびと祭りを盛り上げる為の手配を行った。
何よりも、年寄り連に話を通しに行った彼女の筋の通った行動がとても好意的に迎えられたのだ。ギルドに話を運んだ老女が目を細くして頷けば、嫌は無い。何よりも、シルフィリアの提案は祭りを楽しくしようという心意気に溢れていた。
「ところてん、つるりと冷たくて美味しいわよ」
きらめく銀髪を揺らし、セピア・オーレリィ(eb3797)はところてんを祭りの客に奨めていた。異国人だから、奥向きの仕事を手伝おうとしたら、とんでもない!と、表で接客を頼まれた。流石宿場町。異国人の使い所を知っている。そんなものかと、セピアは思う。去年は金魚組が勝ったという。ならば、今年は蜻蛉組が勝った方が何かと楽しいのではないかと思い、ところてんを奨めているのだが、じわじわと差を広げられて、微妙にいやんな空気が流れる。
───少〜し、負けてる?
向かい側の葛きりの味が上がったとの話が流れて来ていた。それは、他ならぬ仲間の腕によるものだったのだが。不安げな蜻蛉組が、合間を見て話しかけてくる。
「セピアさん?」
「がんばりましょうね!」
セピアが綺麗な赤い宝石のような瞳で微笑むと、話しかけてくる『蜻蛉組』の面々は、がぜん張り切り出した。
「負けてる?」
ひょっこり顔を出したのはシルフィリアとルザリアである。
ところてんも葛きりもどちらも美味しいと思うのだけれど、木札の数で一喜一憂する宿場町の皆さんを見ていると、そう簡単な話では無いのかもしれないと、セピアは軽く肩をすくめる。
じゃあ、ちょっとだけと、中立を守りたくはあるが、競り合いになった方が面白いに決まっている。シルフィリアとルザリアが客寄せに加わり、ところてんの木札はみるみるうちに数を増し。
やった!とか、何も言わずに厨房はガッツポーズとか、途端にところてん組‥『蜻蛉組』は息を吹き返したのだった。
●さらさら笹の葉揺れて
やがて、一人減り、二人減り。
歩く人がまばらになり、涼しい風が吹き込み、しゃらしゃら、さらさらと笹の葉を揺らし。藍色の天空に色とりどりの小さな光る宝石が瞬き始める。
空の藍は濃さを増し、地上の光は朧に揺れる。その朧な光も、一つ消え。二つ着え。
祭りの喧騒が潮が引くように消えて行く。宿場町は、まだ軽く目を開いてはいたが、そろそろ最後の我慢も切れそうな時間帯。
「ありがとうございました。今年は大盛況に終わる事が出来ました」
年寄り連の老女が、片付いた縁台に冒険者達を招く。旅館の奥の奥。裏庭ともいえるその場所にも、綺麗な笹竹が、とりどりの短冊と、色紙飾りを揺らして飾られていた。
『蜻蛉組』と『金魚組』。初手は圧倒的に『金魚組』のペースだったのだが、途中からぐんぐん『蜻蛉組』が追い上げて、宿場町の灯の落ちる時間には、わずか二票差で、『蜻蛉組』のところてん勝利に終わった。
両陣営の主人と女将の顔は、もっといがみ合うかと思っていたが、意外にさばさばしていて、セピアはおやと思う。所詮、ひとつの宿場町。真剣勝負は真剣勝負。けれども、それ以外は手を取り合って盛り上げる気持ちに嘘は無さそうで。ならば、良かったと、一肌も二肌も脱ぐ気でいたセピアは満足そうに頷いた。
お疲れ様でしたと、冒険者達の前には葛きりと、ところてんとふたつ並べられて。
疲れた身体に、甘い味が染みてきて、シルフィリアは目を細めて微笑んだ。
「‥‥!!」
ルザリアは、甘い香りのする葛きりを一口頬張ると、その爽やかな甘さと、とろりと喉に落ちる食感に言葉を無くす。レディスは、わくわくという態度を見抜かれていたのか、多めの葛きりに相好を崩す。
宝石のように瞬く星を、のんびりと眺めながら、麗華はところてんをつるりと口にして微笑んだ。片方しか食べられないのかとは、どの冒険者も思っていた事らしく、この最後のもてなしに、舌鼓を打つ。
「どっちも美味しいわ」
満足そうに頷くセピアに、澄んだ緑茶が食後の締めに出される。熱いお茶の味わいが、冷えた舌を元に戻し、その熱さが、さらに風を心地良くさせ。
季節を取り込み、楽しむ祭りを堪能したセザリアは、忘れなければまた来年も見にこようと、ところてんの甘酸っぱい不思議な味にむせながら、お茶を飲み。
───剣の道を。
ひらりと、そう書かれた短冊が風に揺れた。それは、こっそりと掲げられたレディスの願いであり、目標だった。
誰にも知られず、己が内にだけに秘め。
知るのは瞬く星ばかりだった。