頼んだから。山南はんを

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 38 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月17日〜07月20日

リプレイ公開日:2007年07月26日

●オープニング

 冒険者ギルドは万相談事も、事と次第によっては引き受ける。
 鬼が攻め上り、国情の不安定さはさらに増した。
 京都を守護する新撰組や見廻組の被害も大きい。

 そんな中。

●子供達
「たすけてやっ!」
 数人の少年少女がわらわらと冒険者ギルドへと雪崩れ込んだ。
「えーとどうしました?」
「山南はんが!変なんや!」
 よく見れば、あれは、いつも新撰組の山南を捕まえている子供達だと気がつく者もいた。へらりと笑い、大人をあしらうしたたかな子供達が、今日は血相を変えている。しかも、口走ったのは山南の事だ。
 ぴくりと耳を側立てる者、立ち上がる者。
「怖い顔してな」
「せや、あないな怖い顔見たことあらへん」
「外国の人と京を出はったんや!」
 鬼が京に攻め上ったのはつい先日である。激戦には彼も参戦していたはずだ。今、京を離れるという事は、どういう事だろう。それも、外国人と。明確な法度は今もって無い。だが、単独行動も度し難しとなれば、対外的に放置しておく事は出来なくなるだろう。子供達にそこまでの洞察は無いにしろ、京を出るという事が何か山南にとって危うい状況かもしれないという事を肌で感じたのかもしれない。時として、子供は大人より機を見るに敏である。
「困りましたね…」
 冒険者ギルドは、万相談事も、事と次第によっては引き受ける。だが、子供達の言う、山南が何だか危なそうだから、見て着て欲しいという、漠然とした気持ちを依頼には出来ない。
 困惑する受付を見て、立ち上がった冒険者が笑った。
「護衛でいいんじゃないか?」
「そうだな、恩を売っておくのもいいだろう」
「おおきに!」
 子供達は、声を上げてくれた冒険者達に、ぺこりと頭を下げた。
「頼んだから。山南はんを!」

●浅葱色の選択
「京を出た‥だと」
「ジーザス教の剣士らしき年配の男と二人でね」
 屯所では、山南の昨今の行動に頭を悩ませていた近藤勇と土方歳三が難しい顔をしていた。子供達のたわいない願いは良い。今の新撰組のおかれた立場を考えれば、芸子達と川辺で遊ぶ事も、良いとは言えないが、まだ黙認出来る。
 だが、今度は誰にも何も告げず、京を出たという。
「どうするよ」
「理由‥次第か?」
「こんな話、広まらせるわけにはいかんだろ。追っ手‥いや、何をするか見届ける者を出そう」
 誰か手すきの者は居るかと、土方が腰を上げた。

●誘惑
 その男は、屯所を出た山南の後ろにそっと歩み寄った。
 日も暮れかける燃えるような日暮れ時の京の細道。
 昼と夜の境目のその空間には、魔が潜むと言う。
 小さな四辻で、山南は振り返った。
「何か御用ですか」
 初老の小柄な男だ。身なりはきちんとしている。その出で立ちから、ジーザス教を守る剣士といった所か。それだけ見て取ると、僅かに視線を外している男に、もう一度声をかける。
「新撰組に御用でしたら、私を通しては逆効果ですよ?そうですね、出張所にジーザス教の教会も作られたようですから、そちらに出向かれてはいかがでしょう?」
 宗派の差はあれど、訴えは届くだろう。と、微笑んだ。
「貴方様は、新撰組に居るお方では無いようにお見受けいたしました」
「さて?」
「武を持って、京を守るのは結構。しかし、それが新撰組でなくてはならないと言う法はありませんでしょう。源徳家康様はその主権を江戸から失いました。新撰組が、いつ京の任から追い落とされるとも限りません」
 穏やかな低い声が、暮れかけた四辻に溶ける。
「私どもとまいりましょう。貴方様なら、ひとつの旗頭となりましょう」
 濃い茜色は、山南の顔に影を落とした。その表情は、よく見えないが、いつものように微笑んでいるのかもしれない。
「勢い良く燃え盛る炎のごとく、貴方様の存在をしらしめようではありませんか」
 男は、皺深い顔を上げて、穏やかに微笑み、明日、お迎えにあがりますと深々と頭を下げ、四辻に山南を残して立ち去った。
「燃える炎のごとく、己の場所を燃やし、立場を翻せと‥そう言うのだな‥随分甘く見られたもの‥」
 近藤勇の顔が。土方歳三の顔が山南の脳裏に浮かぶ。
「少し‥探ってからでないと、何の話も出来ませんね‥」
 顔を上げた山南の視線は、いつもの穏やかな笑みが掻き消え、鋭い眼差しが男が立ち去った方角を睨み据え。踵を返すその足は四辻の、いつもの道を真っ直ぐに歩いて行くのだった。
 それは、夜の訪れる、ほんの僅かな炎のような空の出ている時刻の出来事であった。

 そして翌日、京から江戸へ向かう途中の、僅かに離れた山中の寺。
「貴方がこんなにわからず屋だとは知りませんでした。でも、嬉しい誤算です。この国の者は、誰も彼も、僅かな囁きで簡単に己の立場を翻し、反乱の火の手を上げる」
 くつくつと嬉しそうに笑う初老の男。
「‥妖怪か‥」
「この国では、そういう輩が多いようですが、生憎わたしは違います。貴方のような人が多ければ楽しい。ええ、反乱の火の手を見るのも楽しいですが、私の言葉に反抗するその様も楽しいのですから」

●今回の参加者

 ea2445 鷲尾 天斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1645 将門 雅(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb2919 所所楽 柊(27歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ec0843 雀尾 嵐淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

明王院 未楡(eb2404)/ 白翼寺 花綾(eb4021

●リプレイ本文

●新撰組屯所
「ジーザス教徒風ねぇ‥また奇妙な組み合わせだな」
 新撰組一番隊組長代理、鷲尾天斗(ea2445)は土方の掛け声に音も無く立ち上がった。様子見をしていた隊士の話によれば、初老の剣士だと言う。先日の戦のごたごたが収まらないこの時期に、不用意な行動だと嘆息する。
「山南サンの動きを見届けるんだな」
 見届けるとは、また曖昧なと、新撰組十一番隊隊士所所楽柊(eb2919)が無造作に天斗と土方に近寄る。
「山南啓助という名の男が、人目につかねぇように動いているのが不味い。何かあった時、俺達が何も知らねぇのが不味いんだ」
 多少苛立ちも混ざっているのだろうか。報告にある足取りの先、向かった場所は多分、廃寺だと。それだけ言うと、土方は踵を返し、屯所の奥へと戻って行く。
「どういうんだろうな」
 土方の背を見送りつつ、柊が、軽く猫背を揺する。
「まずは、追いつかないとな。話はそれからだ」
「そうだな」
 薄暗い屯所の奥の廊下を、きゅ。と小さく音を立て、柊と天斗は着物の袖を翻し、隊士の行き交う屯所を無言で後にした。

●冒険者ギルド
「てめぇら落ち着け!花綾がビビってンぢゃねェか!」
 わらわらと群れる子供達に、白翼寺涼哉(ea9502)は見覚えがあった。娘の依頼で顔を見知っている子等である。ふてぶてしいまでの態度の子等であったのに、妙に落ち着かない姿に、しゃがんでみる。
「山南はんが変なんや!」
「やまなみはん?あぁ‥あの新撰組の‥」
 その名前は、涼哉にも聞き覚えがある。娘からえらい人だと教えられる。子供の理解はそんなものだろう。確かに、えらい人には違い無い。だが、相手は新撰組だ。何故京を離れたのか、その剣士は何者か。下手をすれば、それは新撰組の隠密行動なのかもしれない。子供達が言う、山南が怖い顔をしていたというだけでは、あまりにも情報が無かった。
「えらい人にはえらい人の‥イヤ‥そのうち戻って来るだろ」
「せやって!山南はんは、いっつもひとりで動いとるねん!何かあったらどないすん?」
 子供達は、京都での山南の動きを新撰組内の誰よりも知っているのかもしれない。そこかしこで目にする山南の姿は、いつもひとり。供も連れず、ひとり動いているのだという。
 やれやれといった風で、将門雅(eb1645)が子供達の頭をぐりぐりと撫ぜる。万が一、山南が新撰組の仕事で動いていたとしても、子供達が新撰組に駆け込んでは、逆に山南や上層部の顔が潰れる。
「しかし、ギルドに頼んだのは正解やで。新撰組やと山南はんの立場が悪うなるしねぇ。うちも山南はんに戻ってきて欲しいから頑張るわ」
「おおきに、姉ちゃん!」
「この大事な時期に京を離れるとは‥」
 子供等が心配している姿を目の当たりにして、御神楽澄華(ea6526)は小さく呟いた。京のざわめきは収まらない。叛意ありとは思えない。しかし、何か事情があるにしろ、単独行動はあらぬ誤解を生む。何事も無ければよいのですがと、心配げな子供達に微笑んだ。
 果たして、山南が京を出たのは、仕事か、単独行動なのか。それから調べなくてはならなかった。

●捜索
 大体の方角は子供達の言葉から知れた。だが、本当にその方角に向かったのかは定かでは無い。涼哉は娘の白翼寺花綾を連れて『最近この通りでみかける人』『気になる音や匂い』について動物達の聞き込みをするが、ざわめいている京の中ではしっかりとした答えは無い。何しろ人の出入りが多過ぎた。目立つ新撰組の羽織を着ているわけでも無い山南は、その目立たない行動で、知る人でなければ人ごみに易々と紛れてしまうのだという。
「あっちの方角としかわからねぇか‥悪いな、ついでに花綾送ってやって」
 捜索の手伝いをしていた明王院未楡に手を取られ花綾と子供達が町外れから京の町中へと戻って行くのを、目を眇めて涼哉は見送る。
 雪のようなふわふわした塊をまとわりつかせ、雀尾嵐淡(ec0843)が大鴉から元に戻る。子供達の言った方角を探ってきたのだ。その方角には、山の中に小さな寺があった。中まではよく見えなかったが、見た所寺は壁に囲まれているが、見張りなどはいないと、仲間に告げる。
「おう」
「‥新撰組はんには、知れとるって訳や」
 見知った顔がやってくるのを見て、雅は小さく溜息を吐く。そういえば、鴨川の時に、計ったように近藤局長を見かけたのではなかったか。浪人風に身をやつしている天斗と、こざっぱりと女物の着物を着て身なりを整えている柊が知った顔を見て、軽く挨拶をする。渋い顔の雅に、久し振りに男装を解いた柊がくつくつと笑う。
「勘違いするな?俺達は山南サンの様子を見に来ただけだからな」
「‥しかし、ギルドには筒抜けって事か?」
 どんな情報からだと、逆に問われる。子供達の持ってきた依頼を話すと、新撰組の二人は顔を見合わせて苦笑する。らしいといえば、あまりにもらしい。ならばと、目的はほぼ一緒であるのだから。

●廃寺
 その寺の周囲は、呆れるほどに静かだった。配置についた彼等は突入の機会を窺っている。
 ぎぃ。と、雅の手で閂が外される。嵐淡の魔法で壁の内側には誰も居ない事がわかっていた。しかし、静かだ。天斗の魔法は、確実にこの寺の内部に山南が居る事を天斗に告げている。
「寺なら何か金目の物は無いかなぁ〜」
 浪人者を装いつつ、天斗はずかずかと本殿へと上がる。観音開きの戸に手をかけるが、開かない。ならば、回り込もうと、裏手に回る。
「一人、移動しています!もう範囲の外にっ!」
「何っ!」
 嵐淡が探知出来た時には、寺の内部に二人。そのうち、一人は、魔法の範囲外に脱出を図っていたのだ。誰も来ないはずの寺。閂がかかっていたはずの門が開いたのだ。よからぬ心の者が居たら、その音に警戒しないはずが無かった。
「どっちだ!西の壁にっ!」
 西の壁をよじ登る、初老の男の姿が見えた。
 中には、もう一人しか感知は出来ない。そうして、天斗には、中に残るのが山南だと知れ、仲間達に頷いた。まずは、山南を救出しないと。何人かで、開かない扉を蹴破った。
「待ちやがれ!てめぇ、一体何者だ!」
 今にも、脱出しようとする、初老の男は、皺深い落ち着いた顔をしていた。嵐淡の探知に反応するとなれば、きちんと呼吸もしているのだろう。
 涼哉の拘束の魔法の距離を詰めるより早く、初老の剣士は壁の向うに消えてしまった。
「深追いは、危険です!」
 澄華の声が飛ぶ。逃げてくれたのは良かったのか悪かったのか。
 彼等は、すぐに、本堂の床に血まみれで倒れている山南を見つけた。駆け戻ってきた涼哉が、すぐに治療をはじめた。
「大丈夫だ。息はある」
「山南さん!しっかりしてください!」
 動く事もままならないほどの出血である。傷が塞がっても、しばらくは動けないだろう。天斗の声に、山南はうっすらと目を開けた。
「これは‥お手数を‥かけました‥」
 柊が眉を軽く顰めて覗き込んだ。
「何があったんです」
「得体の‥しれない‥」
 涼哉が喋るのを止めようとするのを、逆に止め、山南はジーザス教の剣士の姿を借りた、何者かの暗躍の可能性を語った。証拠は何も無い。こうして、怪我をしても、何の証拠にはならないがと、笑う。わかったのは、変化か憑依かで剣士の姿をとった悪しき者が、反乱の火の手をあちこちで上げたがっているという事だと。それすらも、捕縛するか、退治するか出来ていなければ、何の証拠にもならないと。
 証拠を掴んでから、報告と思ったのが仇になったと。
「京の新たな火種とならなければ良いのですが」
 澄華の呟きは、この場に居合わせた者全ての思いでもあった。
 涼哉の手当てで、傷の回復をした山南に、雅は相談があるねんけどと、しゃがみ込む。
「今回の一件で、局長や副長からの風当たりが悪くなるで。普通やったら懲罰とかあるやろうけど、ここは口裏を合わせん?今、山南はんを懲罰になるんは、新撰組にとってもあかんと思うし、なにより子供らの事も考えたってや」
「‥ありがとうございます」
 救出してくれた面々に、丁寧に頭を下げると、山南は微笑んだ。言い訳は、副長の逆鱗に触れるだけでしょうと。口裏を合わせるのなら、冒険者ギルドに集まっていた全ての冒険者、そして子供達まで及ばなければならず、それを山南は良しとしなかったのだ。
「ジーザスね‥」
 あちらも、こちらも、ジーザス教が絡んでいる。と、涼哉は溜息を吐く。その教義や、多くのジーザス教徒はまっとうな人なのだろう。だが、それを隠れ蓑として、何かがこの国に入ってきているような気がしてならなかった。

●そして
「それでお前達は、山南の単独行動だったという事を、誰にも口止めしなかったのか」
「山南さんに不審な点はありませんでした。それより、明らかになった事の方が重要かと」
 ジーザス教の剣士に化けた、何者かが京の町‥この国にいる。それは、また顔を変えるかもしれないし、そうでないかもしれない。すぐに襲ってくる気は無いようだが、叛意を誘い、信じるものを裏切らせようと画策する。反乱の火の手と言ったそうだ。それは、山南の言うように、言葉だけで、何の証拠も無いのだけれど、危険な事に変わりないと天斗は思うのだ。
 子供達が冒険者ギルドで叫んでいたのは多くの冒険者が聞いている。今更取り消しも出来ない。あれは、山南の内偵だったと噂を撒いておけと、土方は淡々と言うと、踵を返したのだった。
「とりあえず‥良さそうかな」
「良さそうって言うのかな、あれ」
 ふっと、緊張を解き、天斗が小さく溜息を吐くと、軽く顔を土方が去った方に向けると、何時もの様に地味な男装に戻っている柊が、飄々と呟いた。
 山南の処分は未だ出ない。だが、命を落とす事は無かった。