野火
|
■ショートシナリオ&プロモート
担当:いずみ風花
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 81 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月13日〜08月16日
リプレイ公開日:2006年08月21日
|
●オープニング
この暑さで夏草も枯れはじめていた。連日の猛暑で、土地が酷く乾いていたせいでもある。
もともと、雨の少ない土地であった為か、火の手は山間の野原から上がった。
田畑のある場所ならば、野火など起こる事はめったに無い。
だが、そこは、江戸から徒歩二日ほど離れた、人里から離れた雑木林の外れの野原。
最初は、ほんの小さな火の手であった。
人里近ければ、その火の手はすぐに発見され、消火作業が行なわれただろうが、最初の火の手を見ていたものは誰も居なかった。
火は、ちりちりと音を立て、枯れ枝を燃やし、枯れ木を燃やし、やがては下生えの雑草に引火し、雑草はまた隣の木に火の手を移し、じわじわと広がっていく。
「火が!」
小火を男が発見した時は火が、大切な築山に迫る勢いで、野原をじりじりと焦がしていたのだった。
その山には、炭焼きの男ひとりが、細々と暮らしている。
充分な腐葉土も無く、木々は死にはじめ、乾いた雑木林が広がる場所ではあったが、炭焼きにとっては最適な場所であったのだ。
そうして、消火しようと、小川へと駆け出した男は、進むも下がるも出来なくなってしまった。あとほんの二馬身ほどで川である。だが、煙に巻かれて思うように進めない。
このまま、ここで死んでしまうのか?
男は、里に残してきた年老いた両親を思った。
「誰か!!」
かすれ声で叫んでも、誰も居ないと知っているが、叫ばすにはいられなかった。
「火の手が上がっている?」
男の声は、幸いにも、依頼が終わり、江戸へ帰還中の冒険者達の耳に届いた。冒険者達は、煙と火の手を見つけ、様子を見に近くまで来ていたのだった。
山間に、ぽっかりと空いた枯れた野原。その向こうには岩棚の張り出した、川が流れている。そちらは、問題無いようだが、山にじりじりと向かってくる火の手は、放っておけば山火事に発展するであろうことは、容易に見て取れた。
何より、人が火の中に見える。
早急に鎮火しなくてはならないだろう。
火を消し止め、炭焼の男を救出せんと、冒険者達は駆け寄っていった。
●リプレイ本文
●火の手からの救出
オドゥノール・バローンフフ(eb5425)が、豊かな黒髪を揺らして叫んだ。
「たたた、大変でござる! 人が火の中にいるでござるぅっ!」
火の手は、あちらこちらから江戸へと帰還する冒険者たちを呼び寄せていた。帰り道はそう多くない。自然、冒険者達は同じ道を歩くことになるのだ。その山道で、僅かに焦げ臭い匂いを感じたのは、流石冒険者というところか。
川を右手に、築山を左手に見える場所から、冒険者達はその火の手を見つけることが出来た。
プリュイ・ネージュ・ヤン(eb1420)が、眉宇を寄せて呟く。
「一刻の猶予もありませんね‥急がないと!」
「ネム・シルファです、よろしくお願いします。山火事になる前に消し止めないといけないですね。急がないとっ」
挨拶もそこそこに、ネム・シルファ(eb4902)は、川に下りて行く。高く結わえた銀の髪が跳ねる。東儀綺羅(ea1224)も青い目を眇めてその後に続く。
「挨拶はまた後で、今は救出が一番だ」
鷹瀬亘理(eb0924)も、穏やかな物腰ではあったが、皆と変わらない速度で川へと下る。
「まぁ、なんということでしょう。火とは恐ろしいもの。さぞかし、怖い思いをなさってる事でしょうね‥一刻も早く、助けださなくては」
火の手の上がる場所に、水も被らず入ることの無謀を知っている彼等は、まず、水にマントなどを浸そうと考えたのだった。
風は無い。
だが、もうもうと上がる黒煙や白煙と、陽光の元では見難いが、ちらちらと燃え上がる赤い舌が、彼等を笑うかのようだった。朱鈴麗(eb5463)が、即座にフライングブルーム。空を飛ぶほうきを掴む。
「何よりもまず人命救助が最優先じゃ」
「ふふ‥ちょうど貴女くらいの娘がいるんですよ。華国で生んだ子がね。」
子供がいるなどと、考えられないほど童顔のプリュイ・ネージュ・ヤン(eb1420)が、いきなり飛び出そうとする朱の言葉を皆に伝え、朱に微笑んで頷いた。朱は、小さな箒にまたがると、ふわりと浮かび、一足飛びに男の下へと低空を滑空しはじめた。
「‥‥スクロールの類はできる限り持ち歩いてるんですよ。今回は役に立ちそうです」
朱を見送りながら、プリュイは、淡く赤い光を纏っていた。そうして、その光が消えると同時に、目の前の炎が、一瞬のうちに掻き消えた。
「‥急いで!すぐにまた燃えてきてしまうから!」
倒れているのは男のようだと、遠目でも確認が出来る。男に辿り着くまで、あと僅かの距離の火が消えなかったが、近づくには充分な距離が鎮火されている。
まだ、熱い地面を蹴る様に走る、鷹瀬、東儀、ネム。そうして、ルスト・リカルム(eb4750)は、ひとり、一端川に飛び込んで水浸しで駆けて来る。
立ち上る熱風と、煙とで、朱は思うように男の下まで辿り着けれずにいる。
子犬と子馬を、火と煙で怖がらせないようにと、オドゥノールは、離れた場所に彼等を繋ぐ。馴れたペットではあるが、まだ小さい。つぶらな目が、主を見送る。
「よーし。いい子達でござる」
慌ててはいたが、オドゥノールは、手際良く、延焼を防ぐ為に、ハンドアックスで築山方面の草を刈り取って行く。地味な作業だが、大切な事だ。なるべく根の近くから刈り取ると、火とは反対方向へと、放り投げる。
「これは‥‥想像以上に苦しいものでござるな」
熱と煙とで、目は痛むし、咽は焼けるようだった。濡れたマントを被ってさえもこれなのだ。救出は足りているだろうかと、火と煙の向こうを見る。
男は‥‥無事か。
「いきます!」
火の消えた空間で、男に向かって、淡く青色に光るティアの手から、水球が飛ぶ。水は、はじけて、火を消すが、瞬間的に、倍もの煙を立ち上らせる。
「切らねば、燃え続けるだけです」
鷹瀬が、水に濡れた草木を全てを薙ぎ払うかのように、忍者刀を振るう。湿った草木はそのまま地に伏すが、いつまた乾いて引火するやもしれない。男近くの草木は全て燃えているのだから、仕方が無かった。だが、草木を消火し、切り開いたおかげで、男を中心に、僅かな空間が確保出来た。
東儀は、その足技で火を消せるかと試そうと思っていたが、どうもそんな余裕は無さそうで。水に濡れたマントを振り回しながら、男に近寄る。ルストが炎を掻き分けながら、男に声をかける。
「助けに来ましたよ!」
倒れ伏している男は、その声に反応したのか、僅かに手が動いた。ネムもやはり、声をかけながら走り寄る。
「しっかり!大丈夫!もう大丈夫です」
駆け寄ると、ルストは、濡れたマントを男にかけると、東儀と二人で抱き起こす。咳き込む男に、ルストはさらに濡れた帽子を脱ぐと、そっと口に押し当てる。ネムの湿った毛布も、念のために男に抱き抱えさせる。
「これは‥‥夢か?」
「お助けに参りました」
朦朧とする男に、鷹瀬も声をかけ、状態異常を調べようかと思ったのだが、煙に巻かれて上手く見えない。
「乗れ」
「い‥嫌だ!何なんだよ?!」
空間が開き、ようやく降りて来られた朱だった。彼女は、水を浴びる前に男の下へと飛んできてしまったので、炎と煙で幾分か苦しそうだ。
そんな、空から降りてきた朱に、男は首を横に振る。冒険者など、山奥で炭焼きをしている男には縁の無い人種なのだ。おまけに、朱の言葉は男には通じない。ティアとネムが顔を見合わせ、鷹瀬が口を一文字に引き結んだ。彼女達も朱の言葉は聞き取れないのだ。だが、救出する気持ちは一緒である。
「大丈夫です」
「心配ありませんから」
「嫌だ!」
無理にでも、男を乗せようとする朱と、みんなの手を、東儀が止め、しゃがみこんでいる男を立ち上がらせた。火の手はじりじりと、その輪を、再び狭め始めようとしていた。一端消えた火も、押し問答をしている間に、また、燃え広がり始めたのだ。男を抱えて野原を突っ切るのも、危うくなっている。
「‥死にたくないのだろう?」
「すぐにリカバーをかけてやるからの、もう少しの辛抱じゃぞ」
自身も辛そうな朱だったが、にっこりと男に笑いかける。言葉は通じなくても、笑顔は通じるものだ。東儀が通訳しなくても、男はその言葉の優しさを感じ取ったようだった。
ここにこうしていても、火に巻かれて死んでしまうだけである。男は、何を思い出したのか、目を潤ませ、わななくと頷いた。
「‥‥よろしく‥お願いします‥‥」
「無論じゃ」
こうして、朱に乗せられて、男は川向こうへと運ばれた。
●消火
「乾燥する時期、わかってはいても‥‥広がる前に食い止めないとね」
東儀が運ばれる男を見送り呟いた。そう、わかってはいても、止めようの無いのが野火である。詮無い事と、首を横に振ると、マントをまた水に浸しに走り出す。
「暴れ出してしまった炎は、まるで魔物でござるよ‥‥」
火から離れた場所でオドゥノールが延焼を食い止めようと、ひとりで草木を刈り取ってはいたが、火の手はその勢いを止める様子は無い。
「これ以上、火の被害を広めたくはありませんね」
「がんばります!」
鷹瀬も、火のつく前の草木を薙ぎ払いに、離れた場所へと移動する。
ティアが、淡く青色に発光し水を湧き出させたり、水の玉を大きな火の手に被せたりした場所は、煙を伴ってしまうが、徐々に鎮火してきている。
火の手の無い場所から、土を運んだり、川の水を汲み出したり、地道な消火作業は続く。
「まだ山には届いてはおらぬ」
男を対岸に置いて来た朱が、上空から火の手のひろがりを伝える。
皆の疲労が溜り始めた頃、淡く青い色に発光するプリュイは、いちかばちかの詠唱を唱えながら、空を睨んでいた。
「大気に踊る数多の小さき水精よ 我が声に応えここに集え 天を覆う雲となり 地を潤す雫をこの手に!」
詠唱は、空気を変えた。
ぽつり。
ぽつり。
雨雲が見る間に広がる。
「雨よ!」
「わぁ」
誰ともなしに声が上がる。
雨の少ない場所ではあったが、まったく降らない場所でも無かったのが幸いした。野火が発生すると、その空気の歪みは上空にまで達し、雨雲を引き寄せるからだ。それが、プリュイの詠唱で早まったのであった。
ざあと、音を立てて降りしきる雨は、あれほどにしつこかった火の手を消し、煙をも打ち消す。
そうして、夕立のように雨雲は、西から東へと流れて行った。
●事も無し
「ありがとうございました」
何度も治癒魔法をかけられ、治りきらない場所には、ルストが丁寧に河童膏を塗ったおかげで、炭焼きの男は、元気になっていた。
深々と頭を下げて立ち去る男を見送ると、雨水に跳ねられた草木の焼けた黒い煤が、あちこちにべったりとついているのに気がついた。
「せっかく川もありますし、消火の汚れを落としつつ川遊びなどどうでしょう‥めずらしく、女性ばかりですしね♪」
ネムの言葉に、皆は笑い会うと、思い思いに川で煤を落とし始めた。
「あぁ‥温泉はいりたい‥」
水浴びをしながら、東儀は、大好きなお湯を思って呟いた。だが、川の冷たい水もそれはそれで楽しいもので。
きらきらと水飛沫が上がる。
歓声の上がる川から、いち早く上がった朱は銀色に光る髪をくしけずりながら微笑んだ。
「ふふ、皆無邪気じゃのう」
山中の野原からの出火は、こうして食い止められ、野火の報告も、帰還した冒険者によってなされ、万事手抜かり無しと、冒険者ギルドは報告書を綴りに綴じたのだった。