お嬢さんと蝶
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:9人
サポート参加人数:2人
冒険期間:07月24日〜07月29日
リプレイ公開日:2007年08月02日
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●オープニング
じわじわと暑くなる江戸から、すこし離れたとあるお屋敷。
周囲を山に囲まれて、そこそこ涼がとれる‥地域では無かった。小さな盆地状のその集落にあるお屋敷は、夏が近付くと非常に蒸す。じりじりと暑い。僅か数時間上の裏山にある集落は風通しもよく、清流があり、夏場は避暑として使われるくらいだというのに。
そのお屋敷の中には、足を怪我してしまったお嬢さんが居た。
毎年今頃には裏山の集落へとこぞって引越しするのだが、今年は足の怪我のせいでまだ動けずにいる。
夏場の農作物の手入れで、人手も集められない。
さらに、ついこの間、鬼と冒険者達が山間で戦いをしたばかりである。
もちろん、鬼の掃討はしてもらっているが、一度大きな戦闘があると、何となく怖いものである。
「わたしは大丈夫よ」
にっこりと笑うお嬢さんは、今年の秋には遠くへ嫁ぐ。
遠くへ嫁いだら、よほどでなければこの村には戻っては来れないだろう。嫁ぎ先もそこそこ大きなお屋敷だ。裏方を束ねる嫁として、姑について学ばなくてはならない事が沢山あるだろう。
だからこそ、小さい頃から必ず毎年避暑に出かけた高原の村へ、連れて行ってあげたい。
「旦那様も、奥様も、あたし達の仕事が増えるのをよしとしないお人柄で。お嬢さんも、手貸すと怒るぐらいの気性のさっぱりしたお嬢さんなんですよぅ」
小柄な女中が、ほう。と溜息を吐く。
「夏の終りには、婚礼の準備で大忙しになると思うんです。ですから、今年の夏を楽しんでもらいたくて」
裏方を束ねるというのは、並大抵の事じゃないんですと、女中は呟く。先代の大奥様もよい人だったし、奥様もよい人だけれど、それでも女主人が二人というのは、軋轢を生むのだ。それぞれがよい人でも、微妙な緊張は続く。
「前の鬼が出た時の戦跡で見たんですけど」
物見高いんですよと、ぺろりと舌を出した女中は続ける。氷が飛び、冷たい柱が出来たりしていたと。
「冒険者さんて、そういう事も出来るんですよねっ?」
「‥何となく、言いたい事はわかったような気がします‥。ですが、魔法は遊びじゃ無いんですよ?」
受付は、お嬢さんに夏場、氷を見せてあげたいと呟く女中をやんわりとたしなめると、一応聞いてみましょうと、笑った。
「うわあっ!ありがとうございますっ!」
「氷を作る人が居なくても、かまいませんね?」
「はい!お嬢さんを裏山の高原の村へ連れて行ってくれるのなら!」
小さな湖で、まだじゅんさいが採れるんですよ!と、女中がえへへと笑った。
「あ。あのですね、その高原の蝶の中に、たまに金色の奴が居るんですよ!それを見た人は幸せになれるんですって!」
私は見たこと無いんですよっ!今年はいけそうにないしと、やっぱりえへへと女中は笑うのだった。
●リプレイ本文
●お嬢さんと女中
丁寧に、礼儀正しく挨拶をする伊達和正(ea2388)の横を通り抜け、特徴のある笑いを振りまきながら、トマス・ウェスト(ea8714)はお嬢さんの怪我を診察治療をはじめた。
「早速、聖なる母の奇跡をお見せしよう〜」
その技は確かなものである。深々とお礼を言うお嬢さんに、うんうんと頷きながらも、実に落ち着き無く、山を見上げる。
「さあ早く行こうではないか〜」
冒険者ギルドで高原に出かけると聞いた瞬間、トマスの脳裏に浮かんだのは在庫切れが近い薬草の数々だった。どうしようもなく研究が好きなのだ。
その姿に、高原行きは‥と思っていたお嬢さんは笑い出し、よろしくお願いしますと言った。
「私に装わさせていただけませんか?」
綺麗に髪の一部を結い上げている刈萱菫(eb5761)はお嬢さんと女中ににっこりと微笑む。女中が菫の言葉に敏感に反応する。お嬢さんを綺麗にしてくれるのは大歓迎らしい。お嬢さんも、嫌は無い。どうやら、決まった結婚というのは好き合った末の結婚でもあるらしい。瞬く間に、女性二人の花を咲かせるような手際で菫がその髪に櫛をいれ、毛先をそろえ。
出来栄えに菫は満足そうに微笑んだ。お気に召しましたら、結婚式の時にお呼びいただければ幸いですと、結った後の崩れないコツや手入れの手段とかを嬉しそうに話す。
「治ったばかりなのだから、ゆっくり行けば良い。道案内はお願い出来るのだろう?」
子馬なら、怖くは無いだろうと、穏やかに微笑みながら、木賊真崎(ea3988)は馬夫さんという漆黒の子馬に乗る事を進めた。嫁いだら、暫くは戻れない場所だ。普段と違う道行は、思い巡らすばかりでは無く、見える景色すら違うだろうと。
●高原とじゅんさい
瀬戸喪(ea0443)は、二本足のトカゲ、陰を連れて山道を先行していた。
木々の緑に陽が透けて、とても気持ちが良い。陰は幸い、珍しいトカゲと目を丸くされるだけで済んだが、登山の人々からは幾分か遠巻きにされているのは仕方ないかもしれない。おかげで、怪しげな人物や小鬼などが来襲するという懸念は吹っ飛んでいた。
「これくらいしかお役に立てませんしね」
陰を撫ぜつつ、喪は踊るような滑らかな歩きで先を行く。上杉藤政(eb3701)も、この道行きを楽しんでいた。お嬢さんが笑うのを見るのは心がほぐれる。たまにはこういう旅も悪くないと、穏やかに微笑んだ。
「ああ、確か金色の蝶を見つけたら幸せになれるって言い伝えがあるんですよね‥僕、蝶の事もそれなりには詳しいんですよ。金なら一匹、銀なら五匹‥‥あれっ?これはコカトリスの嘴の話しだったかな」
沖田光(ea0029)が、お嬢さんの笑いを誘っていた。もともと笑い上戸なのかもしれないが、よく笑うお嬢さんを見て、退屈じゃないなら嬉しいなと、綺麗な笑顔を向けた。
比較的涼しい高原だが、陽射しはやはり暑い。高川恵(ea0691)はにっこりと笑うと摘んで良いものかと尋ねながら、花を摘む。
「何をされるのですか?」
桶に水を張り、花を浮かべる恵にお嬢さんは首を傾げた。
軽く笑うと、恵は詠唱を唱え、その手を桶の中の水につける。
「まあ!」
桶から銀のトレイに出来たてひえひえの花が閉じ込められた氷をぽこんとのせる。暑い日差しは早くも氷に艶を滲ませるが、美しさは変わらない。
「水魔法の使える方、夏場は少し羨ましいです‥僕も冬場は需要あるんですが」
火の魔法の使い手の光が、ひえひえの花氷を見て微笑んだ。
言葉の通じる者に声をかけ、ガルディ・ドルギルス(eb0874)は、鍛冶屋の業か、仲間達の名のある武器を見せてもらっていた。こういう機会はめったにないからと、ぽつりと言葉は少ないが、職人気質が垣間見え、仲間達は概ね好意的に武器を差し出す。業物を知る人に見てもらうのは悪い気はしない。
『植物学概論』『毒草学』という本を持ち、食事時以外は高原に森にと忙しいトマスが戻って来たという事は、ご飯の時間である。
この近くの池で採れる名産品のじゅんさいはそれ自体が味は無い。つるりとろりとした食感は大方好まれるものだが、妙な顔をする者も居ないでは無いようだ。
おすすめはこれと、高原の宿の者が出してくれたのは硬めに茹でたうどんに醤油とゆずで味をつけたじゅんさいをのせただけの冷うどん。つるりとした食感とゆずの風味がふうわりと口に広がる。
●金色に光る蝶
光は夜の高原を歩いていた。見た人は幸せになれると言う言い伝えの蝶。それは、金色に光るというが、案外、羽化したての蝶が羽を乾かすまでの間に僅かに光る‥。案外そんな理由なのかもしれないと目を凝らす。
「幸せになれるっていうのは、本当だと‥思います」
探そうと思うだけで、わくわくするのだから。花の香りが清浄な高原の空気に混じり、歩いているだけで洗われているようで。ふと、空を見上げると、深い紺碧に宝石をこぼしたかのような星が瞬き、手を伸ばせば掴めそうで、光は思わず微笑んだ。
同じように夜の高原をうさぎのももとかすみを連れた恵がゆるゆると歩いている。思わぬ冷え込みに、二匹の足取りはゆっくりだったからだ。
「一緒に金色の蝶を見られるとよいのですけれど‥」
どうなるかなと、昼間は淡い花で彩られた高原を見た。今は星明りが僅かに地上に色をつけて青の色彩を強めている。
「『夏草や 桃と霞も 戯れり』」
蝶の探索も楽しかったが、見たことの無い草花に顔を寄せるももとかすみを見て、ふと思いついた句だったが、直接的過ぎたかなと、可愛らしい出来栄えにくすりと笑った。
夜の青さに目が慣れてくると、高原は昼とはまったく違った顔を見せる。冷えた空気が頬を撫ぜ。
星明りに浮かび上がる様々な花は、ほんのり夜の色に染まり、突き出た岩の表は青白く、その裏は濃紺の夜を宿す。まるで夢の中の景色を歩いているようだと和正は高原を一望する場所で、その美しさに小さく溜息を吐く。幸せになりたいと望み、歩いて来たが、この景色を見ただけで穏やかな心持になると思った。
そう簡単に見つけられはしないだろうと、思いながらも、何となくその話に惹かれ、夜遅く、喪は優美にじゅんさいの池まで歩いてきていた。昼間はじゅんさいを収穫する人々や池を見に来る人々がいるのだから、金色の蝶がその羽を見せたら難しいとは言われないだろう。ならば、静かな夜では無いかと周りに気がつかれないようにゆっくりと歩く。夜の散策も良いものである。水面を吹く夜風が寒いくらいだが、きりりとした空気が心地良い。
「見つけられたら‥」
喪は探しているものがあった。穏やかで綺麗な顔立ちからは何の表情も読み取れなかったが。見つけられても見つけられなくても良かった。でも‥。
朝靄の立ち込める中、真崎はジェイド・グロッシュラーに言われた言葉を思い出して軽く眉を顰めた。乙女な思考で悪かったなと呟くと、浅沙の花を探す。植物と会話出来る真崎は、沼縄‥‥じゅんさいに質問を投げかけていたが、複雑過ぎたようだ。黄色に花開くその花は、天気の良い朝にしかみられない。朝日を浴びて光るその花に蝶の面影を見るつもりであった。蝶で無くとも、じゅんさいの池に咲く黄色の花は、しばし翅を休める蝶の姿には見えないだろうか。
「綺麗ですわね」
金色の蝶は、見てみたいが、朝の空気を目いっぱい吸い込みながら菫は足取りも軽く高原の散歩を満喫する。背後には岩場の多い山があり、豊かな森が眼下に広がる。色の淡い花が小さく愛らしく揺れる様は、見ているだけで思わず口元がほころんでくる。花が点々と咲く、色とりどりの緑の絨毯を歩いて行くと、美味しく頂いたじゅんさいの取れる池が見えてくる。丸く小さな葉の間から、ふるふるとした透明な葛のようなもので包まれた新芽が見え隠れし。翠の池の上を朝靄がゆっくりと移動するのを楽しげに見た。
鷹碕渉がトマスに蝶の居そうな場所を教えたが、彼は最初から蝶には興味は無いようで。
陽の魔法を駆使したが、わからないと返答が来てしまい、藤政はやれやれと呟いた。しかし、この高原で、お嬢さんに幸せな思い出を沢山作って貰ったのだ。それで良しとしようと、高原で見る星のすばらしさを胸に止めて、穏やかに微笑んだ。
その、蝶の噂‥まだ朝日も射さない森の中を、ガルディはゆっくりと歩いていた。朝から昼にかけて、森を探してみよる心積もりだった。高原の集落から離れた森の中は、時折、恋人達が紛れ込む。見通しの良い高原や、じゅんさいの池のまわりも美しくて良いのだが、誰にも見られず、ふたりきりになりたいのならば、木々が覆い隠してくれる森の中がより好ましい。金色の蝶はそんな恋人達がよく見つけた蝶であった。恋人達ゆえに、何処に居たとはっきりと答える者は少なくて。
朝靄が木々の間を縫うように引いて行く。じき、朝日が昇るだろう。ふと、何かが横切ったような気がして、ガルディは振り返り、木々を仰ぎ見た。ちらり。きらり。
───あれは‥。
朝日はすぐに高原を明るくし。穏やかな金色が木々の間に差し込む頃にはガルディの見た光は何処にも居らず、果たして本当に見たのかも定かではなかったが、この僥倖を仲間に伝えるべく、ひとつ頷くと光射す森を後にしたが、生憎、冒険者達はもう帰還する刻限が迫っていた。
礼を言うお嬢さんに、祝いの言葉を紡ぐ者もいる。
「‥己に幸運を呼べるのは‥自身の心だけだ」
蝶に幸福を願うのは、ささやかなまじないであり、祝いであるのは承知しているが、幸せを作る根底は自分自身の在り様だと真崎は思うのだ。使用人を気遣い、冒険者達に素直に礼を言えるお嬢さんならば、幸運の蝶に頼らずとも、嫁ぎ先で必ず幸せでいられるだろうと。
ガルディは無愛想に頷くと、麓の村で依頼主代表の女中に高原の花を手渡した。それは一足早い夏の花。小さな白い花、梅鉢草だった。本格的な夏はもうすぐである。