夏の夜、死霊侍鳴く

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 55 C

参加人数:7人

サポート参加人数:3人

冒険期間:08月23日〜08月28日

リプレイ公開日:2007年09月01日

●オープニング

 とある村から江戸への最短距離に、大きな荒地があった。
 そこは、いかなる呪いか結界か、定かでは無いが、夜になると死霊侍が跋扈し、朝日と共に眠りにつくという、荒地であった。
 昼日中は何も問題の無い普通の荒地である。
 膝までにもなる夏草が生え、緑の平原が広がる。ぱっと見はとても綺麗だ。
 陽が沈み、夜の帳が下りてくると、その緑なす荒地にむくりと起き上がる者が居る。
 死霊侍だった。その数はざっと二十。
 手に刀を持つ者もいれば、なにも持たないものもいる。
 虚ろな空洞の目を空に向ければ、夏の夜風がその隙間を鳴らすように吹き抜ける。
 ヒョオ。ヒョオオオ。
 彼等は何故そこに居るのか、誰も解き明かした者は居ない。あるいは、偶然そんな場が出来ただけなのかもしれない。
 ただ、立ち尽くす死霊侍達は、来るとも来ないともしれぬ安息を求めているのか‥?
 
 この荒地、夜にしか死霊侍が出ないのを良いことに、物見高い若者が度胸試しにしばし足を踏み入れる。
 荒地の外にまで追って来ないのを良いことに、肝試しに徒党を組む。
 そんな者は放っておけば良いのだが、いかんせん。
「誠にもって、お恥ずかしい限りです」
「そして、そのまま戻ってこなかったと」
「はい」
 不肖の末息子であったが、その遺品のひとつでも手に入れたいと、主人は言うのだと、武家の下働きをしているという上品な男が頭を下げた。
 このような馬鹿げた遊びを野放しにするのも腹立たしい。武家が持たなくてはならないのはそんな度胸では無いと、生き残った子供の親達は我が子の遊びに眉を顰め、一発二発殴り飛ばしたらしいのだが、どうせなら、いっそ殲滅してくれようと思い立ったのだという。
 そんな親達が集まり、そこそこの軍資金は用意したとか。
「いつまでも彷徨う同胞を、好奇の対象として度胸試しとは片腹痛いと」
「では、その死霊侍を殲滅し、ご子息の遺品を持ち帰る‥でよろしいですか?」
 白髪の混じる、どこか上品な下働きの男が頷くのを見て、ギルドの受付は複雑な笑みを浮かべて依頼書を作成しはじめた。

●今回の参加者

 ea9249 マハ・セプト(57歳・♂・僧侶・シフール・インドゥーラ国)
 eb0272 ヨシュア・ウリュウ(35歳・♀・ナイト・人間・イスパニア王国)
 eb2408 眞薙 京一朗(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb3367 酒井 貴次(22歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5761 刈萱 菫(35歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb8219 瀞 蓮(38歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ec0244 大蔵 南洋(32歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

アトゥイチカプ(eb5093)/ ウィルフレッド・オゥコナー(eb5324)/ 朝霧 霞(eb5862

●リプレイ本文

 吹く風に僅かに秋の気配が含まれるが、まだ陽射しは暑い。そんな暑さの中、冒険者ギルドの前では、出立の下準備に余念が無かった。
「これで大丈夫ですわ」
「すまんのう。よろしく頼む」
 マハ・セプト(ea9249)のウッドゴーレム、黙静に、あれよあれよと言う間に偽装が施される。その指示をとるのは刈萱菫(eb5761)とアトゥイチカプだ。移動中一般人を驚かせない配慮は細かく、荷台に乗った人形に見える。その荷台と思しき木枠を引くのは、菫の愛馬灘風だ。引くといっても、前を歩くだけだが、街道を行くだけなのだから、これで充分であった。
 偽装が行われている間、遺品を捜すに役立つだろうと、眞薙京一朗(eb2408)が依頼人に家紋を聞く。どうやら、その依頼人の家の息子だけでなく、他にも帰らぬ人になった者が居るとの事。
 結局、二名の家の家紋を聞き取った。夏を選んで度胸試し。京一郎は依頼人のやり切れない表情に、ひとつ溜息を吐く。当人達が支払った命という代償は、鬼籍を辿る自分達のみならず、残された家族にも高過ぎる代償であると思うのだ。
「行くか」
「おう」
 言葉少なく返す大蔵南洋(ec0244)は、ちらりと依頼人を目の端に留めた。危ない遊びほど面白いとは良く言うが、少々度が過ぎているだろうと、軽く肩をすくめた。危険は身に染みなければわからない。だが、身に染みる頃には命が無いとなれば‥。
 準備万端整い、整然と冒険者ギルドを後にする手馴れた仲間達を、ウィルフレッド・オゥコナーと朝霧霞が微笑んで見送るのだった。

 日が暮れる前に、彼等は問題の緑なす荒地に辿り着く。
 春の宵、花の香が香る空気に包まれ、この場所を戦い、押し通した冒険者も居た。
「またこの場所に来るとはの」
 マハが、目を眇め、何も無い荒地を眺める。どうしても夜に押し通らなかった攻防に思いを馳せる。
「あの侍達まだ残ってるんですね」
 ヨシュア・ウリュウ(eb0272)が、誰に言うでもなく呟いた言葉に、菫が軽く頷いた。
「気掛かりだったのですけれど、これで永遠の休息につかせて上げられそうですわ」
「そうだな。命を落としたは確かに哀れ、静かに眠らせてやるとしよう。危険な場所と分かっていながら、放置していた責任もあるしのぅ」
 腰に手を当て、やれやれといった面持ちで、瀞蓮(eb8219)が最初の一歩を踏み出した。豪胆さと、自身の身の程をわきまえない蛮勇は、まったく違うものである。だが、それが判るには、戻らない者達はあまりにも若く‥ならば、それも致し方なしかと思うのだ。
「月並みな言い方ですが、ちゃんと成仏して貰いたいですし」
 前を歩く、この荒地に関わる依頼をこなした仲間を見つつ、酒井貴次(eb3367)はこの先にある村を思う。以前は災害にあったと報告書を呼んだ。おおよそ五ヶ月前の事だ。今はどれぐらい回復しているのだろう。出来る限り手助けが出来ればと、素直な顔で呟いた。

 ご無沙汰していますと、冒険者達を見て走ってきたのは、春治だ。医者の卵の良太は、再び江戸へと戻ってちゃんとした医者になるべくがんばっているとの事である。
「大丈夫です、泊めていただけますわ」
 村長に会いに行った菫が戻ってくる。今回、何故この地に冒険者達がやってきたかを説明しに行ったのだ。
 ───死霊侍の殲滅。
 それは、村が成そうと思っても、出来なかった願い。
 土砂崩れを起こした山肌はまだ痛々しいが、村を押しつぶしていた土塊はどかされ、壊れた家屋は整理され、土砂の起こりそうな場所は平たく平地のままになるという。
 馬を繋いでもらったりしていると、すぐに陽が暮れてくる。きちんとした挨拶はまた明日の朝にと、冒険者達は暗くなり始めた荒地へと一歩を踏み出した。

 何の変哲も無い荒地に夜の帳が下りると、その雰囲気は一変する。
 ヒョオ。ヒョオオオ。どこか、擦れた耳障りな音が吹き込んでくる。
 膝まで埋まる夏草の中、一歩踏み出すと南洋は暗がりに目を凝らす。山間に沈む陽は、残照を僅かに残し、瞬く間に夜にその身を売り渡し。暗い荒地に目が慣れてくると、ひときわ黒い影が、ひとつ。ふたつと立ち上がり、ゆらりと揺れる姿が見えた。マハの黙静と共に、荒地の端で陣備えの前に立つ。ゆらりとはするが、こちらに来る様子は無い。
「まだ‥気がつかねぇみたいだな‥」
「持久戦だ‥行こうか‥」
「おう」
 京一郎と蓮が、一番近い死霊侍へと向かい足を踏み出す。囮だ。ふたりで釣り出し、おびき寄せ、仲間達と殲滅に当たる。死霊侍の足は、さして早くは無いが、京一郎と同じくらいの速度で迫る。しかし、姿が見えていれば、引き離すのは難しくない。そうして、連は、ひらりとその身を死霊侍の斬撃から余裕で引き離し。
 場の空気がごぞりと動いた気配がした。
 ざ。ざざざ。ざ。
 夏草を掻き分けて迫る音が、荒地の端で待つ、冒険者達の耳にも届いた。
「無理はしてはいかんぞ」
 マハの作り出す魔法の灯。それは命を失ってなお彷徨う者は触れることすらままならい光。逃げ込める場所を確保した冒険者達は、目の前に迫る死霊侍に慎重に打って出る。夜はまだ長いのだ。
 灯火は多いほうが良い。菫は、提灯に灯を灯す。ぽうと、暗い夜を照らす灯りは、人心地つく。
 だが、その灯りにか、人の気配にか、引き寄せられるように死霊侍達はやってくる。
「来ましたわ!」
 新しい血肉を求る死霊侍の振るう刀は赤錆びて、ぼろぼろにかけている。それを、菫が槌で重く弾き返し打ち砕き。
 序盤の数時間は順調だった。

 囮といっても、釣って来る距離が短い間は良かったが、次第に遠くへと足を踏み出さなくてはならない。この荒地は、意外と広い。
 時間が経つにつれ、じわじわと分が悪くなる。
「っ‥」
 貴次が、辛そうに身体を揺する。月の矢は、複数体対象が居た場合、自身を打つ。確実に当てる言葉を放てず、最初に失敗をした怪我はマハに治療してもらっていた。だが、衝撃そのものは払拭は出来ず、貴次を苛む。
「何体だっ?!」
 南洋が鬼魂と呼ばれる金棒を振り下ろし、荒い息を吐いた。倒した死霊侍の数は、途中からわからなくなっていた。
 ばらばらになったその姿から、正確な数は導き出せない。何よりも、何時襲ってくるかわからない緊張が長時間続き、皆疲労を蓄積していた。ふっと気の緩んだその時、ざざざ。と、夏草が揺れ。
「くっ!」
 死霊侍の攻撃を、盾で受けたヨシュアは、ぐっと堪えて弾き返す。
 一方、囮の二人もあわや囲まれる危険を脱していた。
「そう簡単にはっ!いかんかっ!」
「堅実にいこうかの!」
 京一郎は、死霊侍の一撃を受け、ぐっと押し戻す。このままここで立ち往生は危険だ。蓮の激しい打ち込みで、よろめいた死霊侍の一方が空き、二人は何とか二体を釣って穏やかな灯火ある陣地に転がり込む。
「させませんっ!」
「はいっ!」
「そっちは任せた」
「そいつを殴るのじゃ」
 待ち構えるヨシュアと菫が二体のうち一体を受け持ち、南洋がぐっと手にする金棒を握り直して踏み出せば、マハが黙静に支持を出し、数度の打ち合いの後、死霊侍はガラクタの様に地に伏した。そろそろ、マハの魔法も打ち止めに近い。
 原型を留めないほど討ち果たさないと起き上がってくる死霊侍との長い戦は、朝日が昇るまで続いた。

「息災か?」
 蓮は、出迎えた春治の頭をぽんと叩く。照れくさそうに笑う春治は、冒険者達を仮の宿へと連れて行く。一軒開けてくれたのだ。手土産にと出した酒は、嬉しそうに受け取ってもらえ、皆で消費したが、同じだけ戻されていたのに気がつくのは後の事。
「がんばっておるのじゃな」
 気になっていた良太は、江戸に戻ったと聞き、その行く末を頼もしく思う。死霊侍の殲滅が成ったとしても、村に医者は必要だ。 慌てて夜に何里も駆けるという事をしないだけ、人の安心も深まるだろうと、マハは穏やかに微笑んだ。
 今年の気候はどうかとか、上手く茶碗は焼けるだろうかとか。恋占いとかをせがまれている貴次の連れだ。占いも、物珍しく、僅かな娯楽もこの村では貴重であり、とても喜ばれていた。
 提灯を持っている菫に、村長が油を手渡す。これぐらいしか手伝えずと、何ともいえない表情の村長に、菫は満面の笑顔を返す。
 こうして、穏やかな雰囲気につつまれて、一晩戦い抜いた冒険者達は、のんびり休息を取る事が出来たのだった。

 そして、再び、夜がやって来る。
 かなり倒したはずなのだが、ビョォと、また、耳に障る音が風に乗る。あとどれくらい倒せば殲滅となるのだろうか。
 そんな思いもあったが、どうやら終りは近かったようである。
 最後と思われる一体が地に伏した時、明らかに場の空気が変わった。荒れた平原ではあったが、鈴虫の声が、小さく聞こえ。
「あった」
 翌朝、家紋を聞いていた京一朗が手にしたのは印籠。若者が持つには不似合いなものだが、自らの出自を威に着る者達にとっては、絶好の品なのだろう。
「こちらにも」
 手に骨以外の手ごたえを感じていた場所で、南洋も煤け、折れた、家紋付きの柄のある小刀を拾った。
  

「どれ‥」
 この国のものとは違うじゃろうがと、マハは鎮魂の経を唱える。抑揚のある声が秋の気配を含む風に乗って平原を渡って行った。
 何がこの地にあったのか、知る術は無いけれど、いわくのある地なのは間違いが無い。塚を立てて、供養してはどうかとのマハの言葉に、村長は、必ずと、首を縦に振った。
「あたしには手加減する余裕が無いから」
 遺品を手にした依頼主に、ヨシュアが詫びる。その詫びは不要ですと、下働きをしているという上品な男は微笑んだ。魂無き姿で彷徨う事ほど物悲しいものは無いのだからと。
 こうして、どんな呪いか結界か、定かでは無かったが、夜な夜なうつろに立ち上がる、死霊侍が居る荒れた平原は姿を消したのだった。