【鉄の御所】延暦寺〜戻らない斥候
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:7 G 30 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月10日〜09月15日
リプレイ公開日:2007年09月18日
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●オープニング
鬼の腕が落ちた。
その腕は、酒呑童子と呼ばれる、鬼の大きな旗頭の腕であった。
新撰組が動いた鬼の討伐は、京周辺を大きく揺るがした。
その成果は、一定の勝利を挙げたに違いは無いのだが、鬼達が、そのまま手をこまねいている事など、戦いに参加した者はもとより、小さな子供に至るまで、疑ってはいなかった。
守りは充分であった延暦寺だが、何やら不穏な空気が流れ始めていた。
鬼の御所とは真っ向から戦いをした事は無い。せいぜい山の中で小競り合いがある程度で、近くに居ながら激しい戦闘になった事は無かった。お互いに、本気になれば只では済まないとわかっていたのか‥。
鬼の真意は定かでは無いが、延暦寺は、打って出る事を良しとしなかった。
こうして、長く睨み合いを続けて来たのだが‥緊張した空気が延暦寺を覆っていた。
「また‥帰らぬか‥」
「もう三組になります」
「大勢で出ては、鬼を刺激する事になりましょう」
「新撰組‥やってくれるわな」
「いたしかたありません、あれを止めるのは帰って我等延暦寺が悪者」
「いかにする」
「鬼の陣地近くまで見てこなくてはならないでしょうが‥この上斥候で、貴重な戦力を失っては‥」
斥候に出るのはそれなりに戦える者ばかりである。普通の鬼数匹ぐらいは振り切って帰れる。それなのに、大原へと向かう山林へ放った斥候が、ただの一人も帰ってこない。
だからといって、何もわからないまま、一部隊を斥候の生死確認に割くわけにはいかない。木々の密集する起伏の激しい場所である。下手に出たら鬼に囲まれ無いとは限らない。
今までは、こんな事など無かったのに。
空は高く晴れ渡り、鳥のさえずりすら響くが、とても嫌な感じがぬぐえないでいた。
「斥候に出た延暦寺の僧兵の生死の確認と、斥候の変わりに鬼達を探って欲しいとの事です」
言葉にすれば、簡単な依頼である。
だが、そこに待ち受けるのは鉄の御所の鬼達である。
油断など微塵も出来ないであろう事は容易に想像がついた。
延暦寺は京の鬼門。
再び攻防戦の戦端が切って落とされようとしていた。
山に潜むのは、鬼達である。
様々な種類の鬼達が、数体の鬼に指揮され、不満も漏らさず整然としている様は異様であった。
陣の前には身の軽い犬鬼が弓矢を背負い斥候に行き交う。
むやみやたらと戦いを挑むでも無く、逃げるでも無い鬼の一隊が潜むのを冒険者達は‥延暦寺は未だ知らない。
●リプレイ本文
渋面を作る、冒険者達の窓口となった僧兵に、カノン・リュフトヒェン(ea9689)は、戻らない斥候達の進行ルートを聞く。どれほどの日程で出ているのかなど。
「戻らない全てが、同じルートか」
最初の斥候、次の斥候は完璧に同じ道を辿ったのではないかと。流石に、三組目は、少々迂回してはいるのだが、さほど進行方向には変わりない。
待ち伏せ。
カノンは戻らない斥候の辿った方角に淡々とした碧の視線を向ける。
「無事に済みそうにないでござるな」
黒曜石のような瞳を僅かに細め、天城月夜(ea0321)もカノンと同じ方角を眺めた。
気を引き締めて取り掛からなければ、自分達も戻らぬ一組に数えられてしまうだろうと月夜は思う。万が一を常に考え、準備を怠り無く、備品を確かめる。
「まずは斥侯の安否の確認ですね」
たおやかな物腰でリアナ・レジーネス(eb1421)がおっとりと微笑むのに、島津影虎(ea3210)が、自身のあたまを撫ぜつつ、頷き、斥候に出た者達の年や背格好を聞いて記憶する。
「ミイラ取りがミイラにならない様気を付けなくてはね」
木々の間の灌木や、藪を抜け、僅かについた獣道のような足跡を辿る。仲間の先頭を行くのはカノンと影虎である。数刻ほど、獣道を慎重に進む。いくら森に慣れているとはいえ、先発の斥候達が自然の森と見分けがつかないほど痕跡を消して進む事は出来ないだろうとカノンは藪が不自然に倒れていないのを確認すると影虎に声をかける。
「まあ、間違いは無いだろうな」
「そうですね、痕跡を考えても、しばらくはこの道を進んでいったのでしょう」
細かい枝の具合などを見ていた影虎も、カノンの意見に賛成だった。手練れの者が三組も帰らない。それが意味する事は。
「手強い相手だったのか、それとも‥‥数そのものが多かったのか」
「‥‥今回ばかりは『鬼さんあちら♪』を、希望したいところですが‥‥」
ルーティ・フィルファニア(ea0340)が後方から可愛らしい顔を難しそうにして、小さく唸っている。遠物見という生業のルーティは、遠くを探る。遠くを見る。斥候という仕事に親近感を持っていた。
「強いては事を‥‥うんたらかんたら‥‥っていいますしね」
「仕損じる?」
もごもごっと、口ごもりつつ、苦笑するルーティに、後衛を並んで歩く月夜が笑いかける。そう、それですねと、ルーティはえへへと笑った。
その少し前。ふわりとジークリンデ・ケリン(eb3225)が空飛ぶ箒で浮かび上がっていた。なるべく延暦寺側になる山に向かう。ふわりと浮き上がった彼女は銀色の髪をなびかせて飛んで行く。その様は、美しくよく見えた。幸い、彼女の選んだ山には鬼は居らず、到着地点から今度はスクロールを広げると空に浮かんだ。ふわりとひろがるドレスの裾、なびく銀の髪。空中で淡く光る彼女はとても目立った。
「あら‥まあ‥」
暖かいものは赤く、冷たいものは青く見える、その魔法は、多くの赤い光点を彼女に見せることになる。密集した赤い光は、かなりの数が集まっているのか、巨大なものがいるのか。そうして、もうひとつのスクロールをひろげて遠くまで見える視力を手に入れた彼女は、その集中した赤い塊が、様々な鬼の一隊だという事を見ることが出来た。さらには、その鬼の一体と目が合った。もちろん、鬼の方からは、彼女ははっきりと人として視界に入ってはいないだろう。しかし。
ジークリンデが戻ってくると、冒険者達はその数に息を呑んだ。多い。とても、僅かな人数で対応する数では無かった。
「あちら‥ですね?」
「ええ。残念ながら、細かくは見れませんでした」
あまりにもたくさんある赤い点を全て見ることが出来なかったと、ジークリンデは憂いの表情で鬼達の居る方角を見た。方角を再度確認すると、リアナが集中して詠唱を始めた。
ひとつ。ふたつ。たくさん。
荒くれた息遣いがリアナに届く。頭におおよその地形を描きながら、リアナはその目立つ多数の息遣いの中、ほんの僅かな息を見つけた。その数はひとつ。それも、近い。獣では無い、絶え絶えのその息は。
「斥候の方‥かもしれません」
生存者の可能性。
それは人が傷ついて倒れているのか、それとも、鬼が瀕死でいるのか。
ジークリンデの確認した、鬼の一隊のいる位置と、方々から集まる鬼達の位置を書き込むとリアナもふわりと空飛ぶ箒で空に浮かぶ。
リアナとジークリンデの報告に、足を進めていた仲間達も渋い顔になった。鬼達も、その絶え絶えの息をする地点とは近いのだ。
「こんなに近くなければ、すぐにでも救出に向かったのですが」
急ぎましょうと、リアナは箒を握り締めて呟いた。
そうして、夜中の行動は続く。
虫の声が僅かに聞こえる。まだ、鬼達はこちらに気がついていないのか。
「いつの間にか周りが敵だらけ。という状況のようでござるな」
月夜は、やれやれと言った風に呟く。鬼が周りを取り囲むという事もあるが、ジーザス教や悪魔の台頭。それ以前よりもあるという、厄介事の火種である鉄の御所。まるで呼応するかのように次々と抜き差しなら無い問題が本格化しているような気がするのだ。
「急ぎましょう!」
今暫く、待っていて下さいと、ルーティが倒れているかもしれない斥候を気遣って、ぐっと唇を噛締める。
しかし、鬼達に気取られないように、目的の場所に辿り着くのは、難しかった。
正しくその息も絶え絶えの地点‥人は、斥候の生き残りである。
彼は、わざと生かされていた。
次から次へと斥候が鬼の手にかかったのは、そういう事である。
待ち伏せ。囮を使った‥待ち伏せであったのだから。
「来ます」
ジークリンデと、リアナが、再三に渡り、鬼の居場所を確認し続けている。目標対象が近くなれば、鬼にもこちらが見つかってしまう。
空気を割いて何本もの矢が打ち込まれる。
木々が邪魔になって、矢を射掛ける犬鬼や犬鬼戦士の姿をはっきりとは見つけられない。
その奥には、僧兵の身なりをした男がぐったりと岩場の下で倒れていた。
「‥間違いなさそうですね」
影虎が、聞き及んでいた姿に違いないと、仲間に声をかける。戦闘は極力避けたかったのですがと、影虎は男を救出に走る。鬼に見つかったならば退却をとも考えていたのだが、囮として斥候が生かされているのならば、それもままならない。生きているのなら助けたいではないか。
「動いちゃ駄目です」
ルーティの拘束の魔法が犬鬼達を縛る。攻撃魔法を打とうにも、鬼の背後には斥候の男が居る。
「みなさん、ご注意下さい!」
ジークリンデの魔法。煙幕にするための煙がもうもうと辺りに立ち込める。
「大丈夫か?」
「ぁ‥」
影虎が男の下に辿り着いていた。動くのもままならない男を背負うと、仲間達の居る方向へと走り出す。
「一人でも、生きているのならなっ!天城殿っ!」
襲撃を警戒していたカノンが声を上げる。
「おう!」
煙にまかれてはいたが、撤退の陣形もしかと組んである。思いもよらない攻撃に、鬼達の地響きを上げるかのような咆哮が響いた。すぐ近くに、本隊があったのだ。それは、充分回避して、一番手隙の方角から近寄ってた。しかし、戦端が開かれれば、当然、本隊が出てくる。煙の向うから、矢が、当たれば幸いと、無数に飛んでくる。木々と煙が邪魔をして、ほとんど届きはしなかったのだが。中には、煙をかいくぐって出てくる小鬼や、小鬼戦士、茶鬼や犬鬼の姿も見え。
「こっちだ!」
退路へ導くのはジークリンデと影虎だ。立ち上る煙も時間がたてば消えていく。その間に、出来るだけ鬼の本隊から遠ざからなくてはならない。
「とりあえずは、大丈夫!」
万が一、生き残った斥候に何か術でもかけられていたらと、ルーティがすかさず敵対心を持ってはいないかを確認し、回復薬を飲ませ‥。その間だった。
「みなさん、そろってますねっ?」
煙幕の煙の中から一体、また一体と現れる鬼達を聖剣ミュルグレスという古くから邪悪なる者と戦い続けた業物を振るい、殴るように切り伏せるカノンや、鉄扇をその手に、優美に、したたかに重く振り切って小鬼を打ち倒す月夜の背後‥撤退する中衛にあたる場所から声がかかった。ジークリンデだ。
このまま、鬼達に追いすがられては、埒があかない。彼女の詠唱は超越魔法を紡ぎ出す。
火柱が、鬼達を襲った。
マグマが吹き上がった大地は、痕も残らず奇麗なものだが、上の木々はそうはいかない。森の一帯を鬼達と共に、紅蓮の炎に包み込んだ。炎風が森を、山を、冒険者達の間を熱く吹き抜けた。
その魔法に一瞬息を呑む冒険者達だったが、歴戦をくぐり抜けた彼等の決断は早い。カノンの声が響く。
「まずは逃げ延びる事が大事だろう!」
爆炎に、戦意をそがれている鬼の部隊を尻目に、冒険者達は延暦寺への道をひた走る。大事な生き証人を連れ、貴重な情報を持ち。
じりじりと火の手は森を舐めるが、幸いにして、夜露の降りる時期とも重なった。少なくは無い被害を山には及ぼしたが、同時に鬼の部隊の戦意と戦力を大いに削いだ。
「これからどうなるのかは‥‥まあ直ぐにでも解りそうでござるな」
月夜は、一端足を止めた鬼の部隊を思い返して、盛大な溜息を吐いた。
条件反射のように、やられたらやりかえす。有無を言わさず突っ込んで行く。状況が悪いと見れば、すぐに三々五々逃げて行く。通常の鬼達ならば、そんなものだ。
しかし、この鬼の部隊は、時期を見ているようにも見えるのだ。すぐに押し寄せてこないし、撤退したとも考えにくい。着々と到着する仲間を待ち、延暦寺に対抗するに足る数が集まったら、攻撃に転じるのではないかと。
そう。鬼達は知ったのだ。冒険者と名乗るつわものが、延暦寺に加担した事を。去る日、新撰組と共に鉄の御所を強襲した憎むべき者どもがまたも彼らの前に立ち塞がる。延暦寺を襲う為には、今暫く数を集めなくてはならないと。
鬼の襲撃は、今日か、明日か。身構える延暦寺に辿り着いたのは気が緩むほどの時間が経ってからであった。