【鉄の御所】延暦寺裏手攻防再び
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:09月21日〜09月26日
リプレイ公開日:2007年09月29日
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●オープニング
鬼の腕が落ちた。
その腕は、酒呑童子と呼ばれる、鬼の大きな旗頭の腕であった。
新撰組が動いた鬼の討伐は、京周辺を大きく揺るがした。
その成果は、一定の勝利を挙げたに違いは無いのだが、鬼達が、そのまま手をこまねいている事など、戦いに参加した者はもとより、小さな子供に至るまで、疑ってはいなかった。
守りは充分であった延暦寺だが、何やら不穏な空気が流れ始めていた。
鬼の御所とは真っ向から戦いをした事は無い。せいぜい山の中で小競り合いがある程度で、近くに居ながら激しい戦闘になった事は無かった。お互いに、本気になれば只では済まないとわかっていたのか‥。
鬼の真意は定かでは無いが、延暦寺は、打って出る事を良しとしなかった。
斥候はこまめに出され、鬼との軋轢をなるべく回避してきた。
それは、鬼も同じであるかのようで、互いが互いを監視しあう。そんな緊張感が、日常になり、戦いを始める日が来るという事実を肌で実感するようになってはいたが、この期に及んでも、危機感が足りなかったと言われたら、仕方なかったのかもしれない。
冒険者達の斥候が出発するのと時を同じくし、陰陽寮陰陽頭・安倍晴明が天台座主・慈円に請われ延暦寺を訪問している。その会談の内容は漏れ聞く事が出来なかった。だが、何かが、動いている。
上の者がどうあれ、何が起こっているにしろ、延暦寺の守りの各寺の僧兵達は、いつでも戦いが出来るように己を鍛えてはいたが、いつ。とは、いつか。
‥‥どうやら、その「いつ」が巡ってきたのでは無いかと、漠然とした覚悟を決める雰囲気が延暦寺を覆っていた。
「人手を借り集めろ!出来るだけ多くだ!」
帰らない斥候に、ようやく危険を感じ取った延暦寺は戦い慣れた冒険者に助力を願い出た。まだ、この時点でも鬼との本格的な戦いを出来るだけ避けようとしていたのかもしれない。
しかし、鬼の方は延暦寺とはもはや完全に袂を分かつ事を決めていたようであった。
鬼の腕が‥酒呑童子の腕が落ちた。愚かなる弱い人の分際で、鬼の棲みかを襲撃するような者は許してはおけない。
鬼達は本気であった。
幸い、その半数は山火事と共に消滅したのだから。
少なからず山を燃やした炎は、幸い一山燃すほどでは無かった。‥‥燃え上がる炎を踏みしめて、鬼がやって来るからである。
その数三十余。
延暦寺は広い。部隊は幾つにもわかれ、じわじわと攻め上る。
その進行速度に違いは無く、ほぼ同時に西塔、東塔、横川の塔に姿を現すだろう。日吉大社方面へは幸いどの鬼も向かってはいなかったのが救いだ。
人食い鬼は居ない。ならば、踏ん張りどころでは無いか。しかし、どうしても手が足らない。広範囲過ぎるのだ。
「ギルドへ!」
僧兵を束ねる男の声が響く。
「西塔、東塔方面が手薄だという事ですね?」
「頼む。我等も出来るだけ動くが、どうにも手が足らない」
「迫る部隊は二部隊‥ですか」
「報告通りなら、そうなる。だが、増えている。続々と集まるのを調べてもらったからな」
鬼とてその数には限りがあるだろう。けれども、今回は近隣の鬼が呼び出されているようにしか思えないと、僧兵は唇を引き結んだ。
一隊の内容はさほど強敵では無い。だが、それが次々現れれば、疲弊するのは間違い無い。
「頼む」
木々の密集する、暗い延暦寺の裏手で持久戦が再びはじまろうとしていた。
●リプレイ本文
ぎりぎりの人数だった。
集まってくれた冒険者達に、僧兵は深々と頭を下げた。
「出来るだけ早く、合流出来るように、我等も力を尽くす」
「暗くなったら、篝火を焚いてくれないか?」
延暦寺は広い。とりあえず、守るべき西塔と東塔の地形をよく観察し、頭に叩き込む。結城弾正(ec2502)は、冒険者との繋ぎをする僧兵を捕まえて、夜の灯りを願い出る。
「すまない」
山は広いのだ。夜に戦闘の場で篝火を焚くだけに人を出せる余裕があれば、そちらに戦いに赴かせるのにと、僧兵が苦しそうに言葉を吐く。
夜の戦いに備えて、火をどうするかは重要な問題でもあった。
「松明を屋根につけるかんじかなぁ?」
夜間は、篝火の下で休息を入れながら、戦うと良いのでは無いかと、マアヤ・エンリケ(ec2494)は軽く肩を竦めて笑う。
難しいところだなと、目立たない色の上着を借りて着込んできた建御日夢尽(eb3235)が、仲間を見渡した。心許ない人数には違いない。だが、知力を尽くせば結果はついてくる。
「向こうから灯り目印に狙われるかもしれねえ。弓矢を使う犬鬼が残っていそうだったら、極力使うのは避けてえな」
夜の明かりはかっこうの的だ。腕を組んで、軽く考え込むと、長い銀髪が絹糸のようにさらさらと揺れる。
「あたいたちがいない、道からちょっと入った場所につけておいて、そこの付近に罠を仕掛けたいと思うよ?」
トゥ(ec2719)が、ううんと考え込んで罠を張る為の夜の火のつけ方を提案する。
自分達が潜む場所から離れた所に火をつけて、その火に向かい、罠をしかけようと言うのだ。ずるがしこく立ち回らなければ、この戦いは厳しい。そう、トゥは感じていた。
「まさに死線ということであるな」
淡々と言葉を紡ぎ、東郷琴音(eb7213)が霧霞と呼ばれる愛刀に手を置き軽く溜息を吐いた。
死線。
それは集まった冒険者の誰もが思う事であった。
秋の空は抜けるように高い。
陽射しの眩しさと、穏やかに乾いた山の心地良い空気と。これで、鳥の声でも聞こえてこれば、酷く心安らぐ場所に違いないのだが、今この山にはぴりぴりとした緊張が張り詰めていた。青い空が僅かに色を変える頃、最初の戦端が開かれたのは日吉東照宮近辺である。
地を揺るがすようなかすかな地響きが、じわりと肌を刺す。
「始まったみたいだな。気を引き締めて行こう」
西塔方面を守る夢尽とマアヤ。それに、弾正が四方に気を配る。
世情を騒がす不埒な鬼共。と、弾正は銀の槍を構えて待つ。血気に逸る己を戒めながらも、朝まで遊んでくれるわと、血のたぎりは抑えようも無く。
からん、からん。
前方から音がする。夢尽が事前に仕掛けたロープに木を括った簡単な仕掛けに鬼がひっかかったのだ。
夢尽が鬼の姿を確認した。
「来るよっ!」
「おう!」
淡く桜色に光る弾正は、槍にその光を当てると灌木をぬって前面に走り出す。
「まだまだ暑いしぃ、水遊びもいいかもねぇ」
詠唱を終えたマアヤの水球の魔法が、現れた鬼に飛ぶ。いっそ密集して出てきてくれれば良いのにと、借り受けた戸板の後ろで、マアヤは思う。
水飛沫が鬼に当たって散った。
矢が、前面はもとより、何方向からも飛んでくる。
「ちっ!」
払いのけるにも、その数は、前衛二人の数よりも多い。上手く打ち払えても、一度に何本もの矢は払えない。弾正の槍が矢を払うが、その長さが災いして木の多い山の中では思うように振るえない。
何本か、矢が肩に刺さる。
「結城殿っ!一端下がって!」
「おう!」
だが、下がるにも、小鬼と茶鬼が二人の前に現れる。
棍棒を振るう小鬼、日本刀を手にする茶鬼が振りかぶる。
「させないからねぇっ!」
マアヤの水球が小鬼に当たる。辛くも弾正は解毒薬を飲む事に成功し、飲み干した卵ほどの壷を無造作に投げ捨てると、銀色の槍を構えなおして、一撃を入れる為にまた、踏み出した。その突きは、茶鬼の胴へと吸い込まれて。茶鬼の鈍い鈍い悲鳴が響き渡る。
「まだまだっ!」
「まずいっ!」
小鬼を切り伏せる合間に、犬鬼達が二人を通り越して進んでいく。
そう。鬼達は次から次へと姿を現す。
「きりがないってかんじぃ」
戸板で矢を防ぎつつ、マアヤは、身に迫る鬼の気配をひしひしと感じていた。聞いている鬼の数は半端では無い。詠唱を唱えて打つ水球も、その僅かな間隙をついて迫られ、じわじわと距離を詰められる。
「エンリケ殿っ!」
やはり、足に、肩に矢傷を負い、小鬼を、茶鬼を相手にし、さらに後ろから迫る小鬼戦士と茶鬼戦士。衝撃派を刃から生み出す攻撃で、ある程度は鬼の足を止められたが、止めたと思えば、横合いから小鬼が現れる。犬鬼だけでもと思うのだが、犬鬼は足が速い。
日本刀を閃かせ、小鬼を地に落とした代償に、夢尽は、足に、肩に矢傷を負い、茶鬼の一撃を背に受けた。
「このままではっ!」
弾正も同じように鬼に囲まれていた。前面の小鬼を突いた返す手での背後への槍の尻で打ち据えて、牽制をかけるも、数が多過ぎる。
引いて回復をとも思うのだが、引く事もままならず。
「きゃあっ!」
マアヤも鬼の攻撃にさらされた。一方向からの攻撃ならば耐えれただろう。だが。手元が薄暗がりになり、空の色が変わる頃には、戦況は決っしていた。
「尖った石って無いものだね」
東塔方面では、トゥが罠をしかけようと画策していた。抱えられるほどの石をいくつも用意し、斜面の上方に陣取る。何しろこちらは二人である。近付かれる前に、何とか少しでも鬼の気勢を削いでおきたい。致命傷にはならないかもしれないが、怪我の一つくらいにはなるに違いない。
「倒す事は考えないでおこう?」
「まともにやりあったのならば、体力が続くはずなかろうからな」
一箇所に留まる戦法を取らない事で、トゥと琴音の意見は一致していた。せっかく広い場所での攻防なのだ。ならば、水際ぎりぎりで待たず、足を生かし、隙をつくり、物陰から攻撃して引くのを繰りかえせば良いと琴音は思う。
戦場の風が吹く。
怒号が上がり、鬼達の下卑た笑いが山に響き渡った。
「いよいよだな」
(「聞きかじったことがあるのですが、鬼の体躯は基本人間と同様ですので、腱などを斬ってしまえば時間稼ぎになると思いますよ」)
「なるほど。至極もっともだ」
琴音は、来生慶からの助言を思い出して、淡々と霧霞に手をかける。
騒々しい音と、地響きで、鬼達の来襲を知る。
「まずは、これ落とすから」
「む。では、私は、その後出よう。武運を」
「うん。あたい達のおかげで、敗北から遠ざかることができたと、後から思ってもらえるような戦いをしたいね」
坂を転がり落ちる石は、木々に当たり、思ったようには鬼には届かなかったが、鬼の進行を阻む時間は作る事が出来た。その間に琴音は裾をさばいて攻撃範囲に近寄った。途端に、空を裂く音と共に矢が降ってくる。
「!」
何本かは叩き落としたが、全てを避ける事は出来ず。頬を掠めて矢が飛んで行き、左肩に矢が刺さった。幸い、頬を掠めた矢は、矢羽が顔を打ったほどであったが、肩の矢はそうはいかない。
「東郷さんっ!」
「‥大丈夫だっ!」
ざっと後方に下がると、琴音は解毒剤をあおって捨てる。
雄叫びを上げて迫る小鬼に、今度こそ、真空の刃で薙ぎ払う。鈍い声が響き、音を立てて小鬼が傷を受けてよろめき倒れ。だが。
「くっ!」
攻撃をしている間は狙われやすい。犬鬼が二体いるなら尚の事。
どっ。どっ。
嫌な振動を琴音は自分の身に感じる。
「東郷さんっ!!」
背に、腹に。矢は突き立ち。
姿消す魔法を使い、トゥは自分の出来る足止めに走る。しかし、見えない場所からの脅かしは、鬼達の足を鈍らせはしても、止める事は出来ず。
背後から現れる鬼達に、僧兵達は死力を尽くす。
何処も人手不足だ。このぐらいで良いだろうと、甘い考えを持っていたのを今更ながらに思い知らされる。
鬼達は思う様暴れたが、何故か、徹底的に奥にまで入ろうとはせず、朝日が昇る刻限には、残兵力を纏めて撤退していった。
建物には多少、被害が出たが、壊滅的なほどでは無い。
瀕死、死亡の冒険者達は、丁寧に高僧の元へと運ばれて、その命を繋ぐ。
見通しの甘い依頼にかけつけてくれて、とてもありがたかったと、目を覚ました冒険者に、高僧達は深々と頭を下げた。
「少しは、役に立ったのかな」
トゥが尋ねる。
「おかげで、横川、日吉大社方面へ、心置きなく人を回せた。向うの被害はほとんど無い。感謝する。身体を大事にな」
背の高い男振りの良い僧兵が、笑う。
丸い顔した屈強な僧兵が、その後を追うのが、妙に目立つ光景だった。
夢尽がふうと、息を吐く。
「成功とは言えないか?」
「鬼‥優勢なのに、帰っちゃったんだよねぇ?」
マアヤが、小首を傾げて、鬼達のやって来た方向を見る。弾正も、同じように目を眇めて鬼達との戦いを思い返し、呟いた。
「まだまだって事だな」
「‥次に活かせるよう、精進することに致そう」
淡々と、琴音は言うと、くるりと踵を返し、延暦寺を後にする。
鬼との戦いは、まだ、これから‥だった。