【鉄の御所】高僧大塔宮の警護

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月27日〜10月02日

リプレイ公開日:2007年10月04日

●オープニング

鬼の襲撃は、あちこちで起こった。
 そうして、酒呑童子の腕は取り戻されてしまう。
 どちらにも被害は少なくない。ここで一端小休止が起こるのかと思われたが‥‥。

「高僧ならば誰でもかまわない」
 そんなふれが鉄の御所から出された。
 腕を取り戻したは良いが、酒呑童子の腕を接合する為の術を鬼達は知らなかったのだ。ただ腕を元通りに出来る術を持つ者は知る、それは高僧ではないか。高僧ならば、誰でも構わない。早く、酒呑童子の腕を元通りにと。
 そんな命を受けて動く鬼は一体では無い。
「やっと駆けつけてきたら、終りでは締まらないからな」
「そうともよ。ただ荒らして戻るのは我等には似合わぬわ」
 日本海近くから駆けて来たという、全身が鱗に被われている犬鬼の長達は、馬上で弓の具合を確かめながら獰猛に笑った。
「貸しを作るのも悪くない」
「借りと思うかよ?」
「まあ、少なくとも遅参はこれで無しとしてもらうわ」
 黒光りする鱗は微妙に色が異なり、その犬鬼達が通常の犬鬼とは違う事と一目見ればわかるだろう。
「狙うは延暦寺の高僧か」
「おお、幸い焼た山も出来た事だし、今なら油断もしているであろうよ」
 走りやすくて良いと、馬の首を叩く。
「行こうか」
「行こうぞ」
 戦闘馬を操り、六体の犬鬼の長は、手下の犬鬼を引き連れて、ゆっくりと延暦寺を目指すのだった。

 雪崩のようにやってくる鬼達に、延暦寺は酷く疲弊していた。
 ひとときたりとも緊張が解けずにいたのが、大きな戦闘が終わった事でふつりと切れたのだ。もちろん、気合十分の僧兵達もいたが、多くは、僅かでもかまわないから休息を欲していた。
「およし下さいっ!」
「何でだ? 鬼達が本当に退却したのか、わからないでは無いか!」
 長身の美丈夫な僧兵が、屈強な僧兵にぽんぽんと上から物を言う。まん丸い顔の僧兵は、広い口をぐっと引き結んで、美丈夫の僧兵が、一人てくてくと歩く前に立ちはだかる。
「だからといって、貴方様がお出ましにならずとも!」
「一山焼けたとも言うでは無いか! この目で見ずしてどうするよ」
「今、この時期に行かずとも良いではありませんか!」
「馬鹿め! 今この時だからこそ、行くのではないか」
「あいわかりました!」
「おお、わかったか。ならば行くぞ」
「もう数日お待ち下さい」
「何っ?」
「もう数日で結構ですから」
「ふ‥ん。良いだろう。お前の丸い顔を立てよう」
 あまり遅いと一人で行くからなと、にやりと笑う男の背を見て、まんまるな顔した屈強な僧兵は、小さく溜息を吐いた。立ち去る美丈夫は長槍を軽く振って、まん丸顔の僧兵に待たせるなという振りを見せる。彼は、僧兵の身なりをしてはいたが、れっきとした高僧である。
 その名を大塔宮と言い、神皇家の皇子でもある。
 鬼の来襲に出陣し、得意の槍を振るい、応戦の一角を担ってもいたという、何とも武闘派な高僧であった。

「護衛という事で?」
「おとなしく護衛される人じゃないですけど」
 まん丸の顔した僧兵が、ギルドの受付に顔を出していた。
「山と鬼の供養という形で出ますので、袈裟姿ですから‥」
 戦闘も無いのに、いつもいつも僧兵姿では、示しがつかないという圧力もあったという。
「私等も二人お供にまいりますが、それ以上は今の延暦寺で出すわけにはいかないですし」
 よろしくお願いしますと、まん丸の顔でお辞儀した。

 鬼達は、延暦寺をじっと見張っていた。
 罠に‥嵌め、高僧大塔宮を攫うために。

●今回の参加者

 ea8755 クリスティーナ・ロドリゲス(27歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb5862 朝霧 霞(36歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb5868 ヴェニー・ブリッド(33歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb6553 頴娃 文乃(26歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

マアヤ・エンリケ(ec2494

●リプレイ本文

●大塔宮
「すまないな。このご時世だ。護衛が無いと、外には出さないとこいつが、言うのでな。護衛が揃うなら袈裟でなければと今度は上の仲間内が煩い。森の中なのだが、体面というものがあるらしくてな」
「そうね。偉い様ってそういうものよね」
 意外なほど人当たりの良い大塔宮に、頴娃文乃(eb6553)はくすりと笑い、腕を組む。お偉いさんには違い無さそうだが、どちらかといえば、仲間達‥冒険者のような雰囲気を持っているなと、値踏みする。
「すいませんね、急な話で」
 丸い顔した6尺ほどある大きな僧兵が、腰を低くして、冒険者達にお辞儀する。
「こいつと二人しか今の所外には割けない状況でして」
 よろしくと、頭を下げる身の軽そうな細身の僧兵は、丸い顔した僧兵の肩ほどの身長である。どちらも、日本刀を腰に差し、槍を持っている。大塔宮は、丸腰で、漆黒の袈裟を地味に着て、手には数珠を握っている。
「こちらこそ‥よろしくお願いしますわ」
 丸顔の僧兵と同じくらいの長身の朝霧霞(eb5862)が、落ち着いた物腰で大塔宮に挨拶をすると、大塔宮は相好を崩した。
「うむ。ありがたい。あんまりあちこちから煩いから、こっそり出て行こうかとも思ったくらいだ」
「何故、そうまでして焼けた山を見たいのかしら?ホントに供養するんなら付き合うけど?」
 文乃が軽く肩をすぼめる。動く度に、ゆさりと豊かな胸が揺れるのを気にもせず、あたしも僧侶の端くれだからと、艶やかに笑う。
 鬼の供養。
 僧侶としては、確かにおかしくは無い名目なのだけれど、何度も攻め入られ、まだそのざわめきが残っている時に、わざわざ出て行くとはどういう事だろうかと思うのだ。万物を弔うという意味では、まさしく高僧らしい行動なのだが、大塔宮はそれなりの風格はあるにしろ、高僧というよりは、僧兵。戦う人に近い雰囲気がして、文乃はどうも釈然としない。
「おかしいか?」
「おかしくは無いと思うケド?」
 文乃は、また、軽く肩をすくめる。
「戦いの場を見たいという事ですかしら?」
 緩いウェーブのかかった豊かな銀の髪をなびかせて、宝石のような碧の瞳を微笑みに変え、ヴェニー・ブリッド(eb5868)が微笑む。思った通り、血気盛んな方なのだろうと、微笑んだ。
「ひと山燃えた。そこが平地となるなら、今度はそこに陣を張るに容易い。鬼も集結し易いし、逆に言えば、われらも集結し易く、もし全面戦争ともなれば、そこを先に押さえるかどうかが重要になるだろう。拠点として押さえて良いかどうか‥。自分の目で確かめたかったという訳だ」
 からりと笑う大塔宮に、お供の僧兵二人は、やれやれといった顔をする。どうやら、主の目論見はお見通しといった所か。
 それで、戦いの前面に出る僧兵では無く、高僧である大塔宮が出て行くのは、どうかとも思うが、そういう無理、無茶、無謀には何となく共感を覚えるクリスティーナ・ロドリゲス(ea8755)が陽の光を受けて、輝く金の髪を無造作に掻き揚げると、笑う。
「いーんじゃないか?見ないと解らない事もあるしな」
「そうだろう?人手が少ない上に、負け続けては、何かと不自由だ」
 僧仲間と話すよりも、気心が通じそうだという大塔宮を見て、クリスティーナは、おかしな高僧だと笑いあう。
「あたしは、マアヤ。マアヤ・エンリケ。今回はお見送りだけだけど、用があったら、ぜひよろしくねぇ?」
 文乃の見送りに来たマアヤ・エンリケは、顔立ちのはっきりした、文乃と同じぐらいの背丈の美丈夫を見て、にこりと微笑んだ。かっこいいならば、少しでも顔を覚えてもらっておこうという、心積もりである。そんな彼女に、大塔宮は慣れているのか、愛想よく返事を返した。

●延暦寺の山林
 延暦寺とは、複数の仏閣の集合体である。それぞれが、それぞれの地区に寝泊りする宿坊や、寺院、物見など様々な建物がある。西塔と東塔方面にも、固まった仏閣があった。どこも、山林に囲まれ、一区画から、一区画へと足を伸ばすには、山道を歩かなくてはならない。特に結界などは無いはずだが、延暦寺として示される山々は、何処か清涼感を持つのかもしれない。
 延暦寺の一方の端である西塔方面と、東塔方面の間を行くには、馬は入れない。徒歩で行くしか無く、辺りを警戒しつつ進むには、かなりの時間もかかる。
「天気‥は、良いみたいですわね」
 ヴェニーは、空を眺めて、軽く溜息を吐く。天候次第では、自身の魔法で敵の狙い撃ちが出来るからだ。少し残念ですわと、油断無く辺りを見渡す。
 大塔宮の隣を歩く文乃が、そ知らぬ顔をして、やはり、周りを見回す。
「でも、鳥の鳴き声がしないわよね」
「‥まだ帰ってきていない‥とは考えにくいか」
 戦闘は数日前に終わっている。鳥や、獣が戻るならば、そろそろ戻ってきても良い筈だとクリスティーナは頷く。
 そう、鬼達は、息を潜めて、大塔宮が焼けた山に入るのを待っていた。
 見事に焼け野原と化した山あいの場所は、焦げた木々が倒れて、所々歩きにくくはあったが、人為的に焼けた木々が片付けられていた。慌しかったといえ、そんな報告は上がっていない。だとすれば、半日程度で整地したのは鬼達という事になる。
「まずいんじゃないかしら?‥もう、戻った方が良いかもしれませんわよ?」
 霞が、微塵と名の付く小太刀の柄に手をかける。
「っ!後ろにっ!」
 退路に小鬼と茶鬼が現れる。ヴェニーはとっさに、稲妻を手から打ち出す。一直線に飛ぶその稲妻は、狙い違わず小鬼に当たり、小鬼はよろめき倒れた。
 それが戦闘の合図となった。
「挟み撃ちかよっ!」
 焼け野原の向うから、馬の足音が響いてくる。戦闘馬に乗った黒光りする鱗を持つ、普通とは違う犬鬼達が六体現れたのだ。
「槍寄越せ!」
「お供の人達と逃げて!」
 淡く桜色に光り、祝福を大塔宮に授けると、文乃は叫ぶ。鳥や小動物が居ない事で、鬼が潜むのは、皆、ある程度予測はつけていた。しかし、包囲を警戒していたのは文乃だけであった。森に出て行くのだから、背後を突かれるのは頭に入れておかなくてはならない。出来る限り気をつけていたのだが、文乃ひとりでは遠回りに背後に近寄る鬼達を感知する事は出来なかった。
 こうなったら、大塔宮を逃がさなくては。
「鬼をどうにかせねば、逃げるもままならんだろうっ?!」
 それも、ただ逃がすのでは的になる。お供二人を連れれば、何とかなるのではないだろうか。後は、自分達が引き受ければ良い。だが、そんな文乃の声に、返すのは、武闘派らしい大塔宮の返事である。大人しく守られてはくれないという、丸い顔した僧兵の言葉が脳裏をよぎる。お供の槍を手にすると、猛然と前面に立ち、槍を構える。
「っ!」
 立て続けて魔法を放つヴェニーは、魔法の靴を手渡すに手渡せないでいた。先に渡しておけばよかったのだが、まさか、こんな状況になるとは思いもよらず。
「させないよっ!」
 クリスティーナの放つ矢が、空を裂いて飛ぶ。
 先頭を走ってきたニ体の犬鬼の顔に、吸い込まれるように矢が当たる。
 ニ体の犬鬼は、一瞬手綱捌きが危うくなり、戦闘馬が惑う。
「かわいそうだけれどっ!」
 霞と、大塔宮が惑うニ体の馬の足を狙う。だが。
 弓の使い手はクリスティーナだけでは無い。
 惑う犬鬼達を抜けるように、戦闘馬で割り込んできたのは別の犬鬼である。空を裂く弓矢の音が、暴風を思わせるように、前に出た大塔宮の頭上を越えて、小鬼や茶鬼を相手にしている僧兵やヴェニーの背を襲い、次の矢をつがえるクリスティーナを襲った。
「生意気にも、馬に乗ってくるなんてっ!」
 肩を背後から射抜かれたヴェニーは、一瞬止まった隙に、茶鬼に迫られるが、稲妻が茶鬼を打つ。
「そう簡単には倒れません事よっ?」
「大丈夫かしらっ?」
 文乃の魔法がヴェニーを癒す。だが、その鏃には毒がある。
「ありがとう、平気よっ。それより、来るわ」
 何とか、背後の小鬼と茶鬼を打ちとるかどうかの、その僅かな間に、戦闘馬に乗った犬鬼達は大塔宮に迫る。霞が矢をあちこちで受けながら、大塔宮に叫ぶ。
「逃げて下さいっ!」
「っ!」
 自分だけ矢が当たらないという事実に、大塔宮も、目的が自分の捕獲にあると悟る。ただ、出てきた延暦寺の僧を生死問わず連れて行くとか、退治しようと言う鬼では無いようだと。冒険者達も、大塔宮に攻撃が行かないのを見て鬼達の目的が、高僧の討伐では無く、高僧を攫う事だと気が付いた。
 だが、時すでに遅し。大塔宮を援護するように側に居た、霞と、わらわらと何体も現れる背後の小鬼と茶鬼を退治し、退路を確保しようとしていた僧兵二人と、その中間に移動していたクリスティーナとヴェニーと文乃。
 手数多い戦闘馬に乗った犬鬼に迫られれば、その包囲は簡単に行われ。
 一矢が大塔宮の腕を貫く。
 一矢では致命傷にはならない。相手が、捕獲を狙うならなおの事。
 何本もの矢を受けながら、霞の一撃が、大塔宮を攫いに寄った一体の馬の足を切り裂く。
 嘶き、暴れる戦闘馬から降り落ちる犬鬼に、やはり、矢を身体に受けているクリスティーナの矢が飛ぶ。
 背中に矢を何本も受けている丸い顔したお供と、痩せたお供がおぼつかない足で追いかけるが、弓で殴られ、軽々と馬上に引き上げられた大塔宮は、毒のせいか、ぐったりとし。
 毒の回復をしたヴェニーの稲妻が、去っていく犬鬼達に何度か当たる。だが、大塔宮に当たるかもしれない危険もある。一山越えられれば、また直線状に犬鬼を目にするには木々が邪魔をする。確かに、手ごたえはあった。瀕死の戦闘馬と、一体の犬鬼は倒した。多分、もう一体ぐらいはこの戦闘とヴェニーの稲妻とで退治出来ているだろう。
 しかし。
 丸い顔した僧兵が、冒険者達を労う。生かしたまま攫ったと言う事は、何か交渉があるかもしれないと、僧兵は言う。生きていてくれるなら、なんとしても奪還しますと。