月夜に惑う
|
■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 9 C
参加人数:5人
サポート参加人数:1人
冒険期間:10月04日〜10月09日
リプレイ公開日:2007年10月12日
|
●オープニング
秋の長雨が続いた。
からりと晴れる事が少なく、ようやく秋空を目にする頃には、街道の草原が湿地に変わってしまっていた。もともと、その辺りは窪地であり、雨が降れば、小さな池に変わる。天気が続けば、やがて乾いて野原になるし、山を背にした、街道との合間の小さな野原だ。誰も気にもとめては居なかった。
「ねぇ兄さん。足をくじいちゃったんだよ。見てくれないか?」
月が空に昇る、綺麗な夜。街道を急いで旅する小間物屋の男が、その場所に倒れている婀娜っぽい女性を見つけた。にぃと笑うそのぽってりとした唇が、何やら怪しかったが、眉根を寄せて、痛い痛いと言われれば、放って先を急ぐわけにもいかない。
「こんな夜更けに、どうしたんだ?」
「悪いね、兄さん。こんな夜更けだからさぁ?」
下心が無かったと言えば嘘になる。淡く月光のように光るような女を目を細めて見た。見れば見るほど、婀娜っぽいでは無いか。
ふらふらと引き寄せられるように近寄った男は、その女の足を見ることは無かった。
翌朝、小間物が街道に散らばり、血痕が点々と湿地に続いているのを、朝の早い旅人が発見した。物取りにしては、商品を捨ててある。何か事件に巻き込まれたのか、それとも、最近物騒な国情が引き寄せる物の怪か。役所はひととおり調べたが、街道沿いで悪さを働く悪党はここ最近は鳴りを潜めているようで。
「ねぇ兄さん。足をくじいちゃったんだよ。見てくれないか?」
役人が引き上げたその晩。
三日月になってもこの時期の月は明るい。青白い光で街道に陰影をつけて、夜を彩る。女が声をかけたのは、馬に乗る若侍であった。
この若侍、この街道付近の領主の息子であった。
「こんな夜更けに、足をくじく?」
「急ぎの用で歩いていたんだよぅ」
女が月光を浴びたかのように、ぼうと、淡く光る。
「‥妖怪かっ?」
優しげな顔をしていたが、男は腕に覚えもあった。その女の禍々しさを感じ取れたのは幸運だったといえよう。
「にぃさああぁん‥」
途端に女は、馬上の男と同じ高さまで目線が上がる。くわっと開いた赤い口。その足は、羽織った着物の下から、ぞろりと長い太い蛇の姿が湿地に伸びて。
「くっ!」
日本刀を抜き放ち、最初の一撃を交わし、女の腕に切り付けると、若侍は、怯える馬を手綱でさばき、一目散に駆け出した。女の嫌な声がいつまでも追ってくるかのような錯覚さえ覚えたが、辛くも逃げ切ったようである。
「‥あんなものが近くに居るのは捨ておけんな‥」
嫌な汗を拭うと、若侍はその足でギルドへと向かった。
「蛇のような胴体をして、魔法らしきものを使う妖怪ですか」
「ああ。今は何処でも人手が足りぬ故、頼む。それと、刀を取り落としてきた。まだ使えるかどうかはわからぬが、回収を頼みたい‥」
逃げる際に、手傷を負ったのか、左手には爪でえぐられたような酷い傷があった。手当てを受けながらも、若侍は気丈に頭を下げるのだった。
妖怪退治の依頼が、ギルドに張り出されたのだった。
●リプレイ本文
●月が浮かんだ秋の夜
「やっぱり、綺麗なんでしょうね」
依頼書を確認しつつ、セピア・オーレリィ(eb3797)は、艶やかな絹糸のような真白き髪をかきあげる。男性を魅了し、襲うとの事である。妖怪特有の能力もあるのかもしれないが、その姿は最初は妖艶な女性に見えるという話だ。
「綺麗な薔薇には‥」
セピアは、自国で見た艶やかな花を思い出す。幾重にも花弁が重なり、香り立つその花は、茎や、蔓に棘があった。美しいからとその棘がある事を知らず、迂闊に手折ろうものなら、痛い目を見る。その花はこの国ではまだ見たことは無いけれど、香り立つ優美な花に引き寄せられて、棘に刺されているような、今回の事件を、放ってはおけないと、自身が艶やかな花のようなセピアは、にこりと笑う。
「蛇女郎‥?聞きなれない妖怪ですわね」
刈萱菫(eb5761)初めて見聞きするその妖怪の名前に引かれて、足を止める。男性のみが対象なのか、夜半に歩く者が男性だけなのか、それは定かでは無いが、今のところ襲われているのは男性である。その男性が、人目を惹くほどの人物ならば、尚よいのではないかと、推理を巡らせる。
「問題は蛇女郎の好みが不明という点ですか」
水の水のエレメンタラーフェアリー、妙の愛らしい青色を纏わせながら、雀尾嵐淡(ec0843)も襲われる人物の特定に首を捻る。詳しい情報を得ようと、依頼人の若侍に、話を聞くが、さして依頼書以外の情報は聞き出せないでいた。そんな嵐淡に、磯城弥魁厳が、蛇女郎の情報をギルド内の書類の束から探索をしてきてくれていた。蛇女郎は月魔法を使用するのが常である。しかし、その月魔法は、何が使われているかまでは、固体差があるのか、同じとはいかないようであると。基本は魅了。二間弱ほどの範囲で、その場に居る者全てが対象になり、持続時間は一週間にもなる。普通は、魔法で引き寄せる妖怪だが、今回の依頼の蛇女郎は、どうも魔法よりも手っ取り早く、その体力で獲物を捕らえる傾向にあるのではないかとも。
「‥蛇女?フン!その様な輩に抱かれる謂れなどない!斬り捨ててくれるわ!」
ギルドにふらりと顔を出した室斐鷹蔵(ec2786)は、丁度暇だからと、見知った顔を見つけると、一緒に行くと斜に構えた笑いで申し出る。
「まあ、がんばりましょう?」
にこやかに、軽く挨拶を交わすルーフィン・ルクセンベール(eb5668)は、蛇女郎はちゃんと退治するにしろ、綺麗な女性達との同行に、とても満足していた。
「どうされました?」
「ふふ。何でもありませんわ」
冒険者ギルドでは、多種多様な人種が入り乱れる。様々な人を見てはいたけれど。菫は、女性とも見紛うばかりの整った顔立ちのルーシェンを見て、くすりと笑う。褐色の肌に、新雪のような白い髪。今回の作戦では、蛇女郎を誘き出すには、嵐淡が適役で、見目良く男振りをさらに上げる為に、その技を振るうのだが。
(ルーフィンさんにもお化粧してみたいですわ‥)
きっと、とても映えるだろうと、生業髪結の性なのか、つい、彼に目がいってしまう菫である。
ルーフィンにしてみれば、綺麗な女性と何度も目が合ってそれは、幸せな道中だったようだ。
●月が出てくる前に
その街道は、蛇女郎が出るからとはいえ、昼日中は、僅かながらも人通りがあった。特に、何と言うふれも出ていないのだから、しょうがない。だが、噂は千里を走る。どうやら、危険そうだと、よほど急ぎか、この街道でなければならないとう者でなければ、通らないようである。
ふわりと魔法の箒に乗り、上空から問題の沼地近辺を偵察していた嵐淡は、山の中に、一筋の獣道を見つけた。通常の獣道とは違い、上空からでも見えるその道は、その先に棲みかがあるかどうかまでは見えなかった。
「十中八九間違いなく、蛇女郎が行き来する道だろう」
偵察を終えた嵐淡の話を聞いて、冒険者達は、それぞれの持ち場につく。何しろ、聞けば、昼の目撃情報は無い。山の棲みかに引きこもっているのかもしれない。それなら、昼に想定外の場所に逃げられた場合を考えて、鳴子をしかければ良い。セピアが、宝石のような赤い目を瞬かせ、見つけた獣道以外の場所に、木で簡単に音の出るような仕掛けを作る。
「逃がさない事が大切よね?」
「沼の深さっはどれぐらいあるだろうな」
街道を歩く役の嵐淡は、沼地に足を踏み入れてみる。ずぶりと膝まで埋まっていく沼は、動くのにかなり問題があるだろう。街道におびき寄せた所で、一気に退治出来ればそれに越した事は無い。
聖別された樫の木を削って作られた、オークボウと呼ばれるルーフィンの弓の射程は長い。ルーフィンは、蛇女郎の通り道から僅かに離れた木の上に陣取る。そこから狙えば、ほぼ、沼地と沼地に面する街道は射程内だ。
「お願いします」
「任せて下さい」
菫が、木に登ったルーフィンを目立たないようにと梢に細工し、隠す。そこに、敵が潜んでいると、最初から疑ってかかる戦いと、そうで無い戦いとでは、おのずとその潜伏の為のカモフラージュの出来は違う。まさか、そこに射手が居ると思わない蛇女郎にとっては、充分過ぎるカモフラージュが出来上がる。
「後は、夜、囮にひっかかってくれるのを待つだけかしら?」
ちらりと、セピアが嵐淡を見ると、嵐淡は、菫の手によって、身だしなみが整っていく所であった。
「む‥くすぐったいな」
「じっとしててくださいね?もう終わりますわ」
菫の手はまるで花を咲かせるかのように、優雅に動き。
それなりにいつも身だしなみは何とかなっている嵐淡だったが、垢抜けたといった感じである。自分にはわからないなと、呟くと、銅鏡を差し出されると、己の姿を見て、む。と、黙ってしまった。綺麗にしてもらったが、どうも落ち着かない。だが、これは囮だからと、生真面目な嵐淡は、ひとつ頷く。
●月を背にした蛇女郎
「ぬう‥やはりこの時分となると夜風が冷えおるわ」
罠を張る作戦を手伝っていた鷹蔵は、夜になり、待機場所で軽く身震いした。仲間達と潜む場所が被らないように、潜んでいる。そんな彼が首に巻いているのは、色の煤けた怪しげな襟巻きだ。長さが十尺もある。襟巻きと言うよりは、大きな塊を首に巻いているかのような姿になっていたが、どうやらお気に入りのようだ。
冴えた光を地上にもたらす月の夜は、蒼い。
影すらも、濃く、深い群青に染められたかのようである。
人通りの無い、静かな夜だ。
そんな時刻、何か引きずるような音を、森に潜んだルーフィンは聞いていた。蛇女郎が、山から沼に下りていくのだ。確実にいこうかと、オークボウを握り直す。
たぷん。という、小さな水音を聞き取ったのは、何人居ただろう。夜の沼など、普通は見もしない。月の光を反射して、銅鏡のようになったその泥沼に、僅かに細波が立つ。
蒼い街道を歩いているのは、嵐淡である。
街道の脇で、倒れている人影が見えたのだ。さっきまでは居なかった。
その姿を、菫、鷹蔵、セピアは左右の山際に潜み、タイミングを計る。いざとなれば、すぐにどの方向へとも駆け出せるようにと。
ぼう。と、淡く月光を浴びたかのようにその人影が光った。
(月魔法か‥)
嵐淡は、魁厳から聞いた言葉を思い出す。
顔を上げた人影は、婀娜っぽい年増女の顔をしていた。女は、にぃっと、唇の端を釣り上げて笑う。
「‥正体は‥バレているぞ」
近付く嵐淡の姿も、淡く発光する。
詠唱を唱えたその魔法は、嵐淡の姿を、不定形の姿にと変化させて、蛇女郎に絡みついた。
「まずいっ!」
ルーフィンが叫ぶ。
蛇女郎の太くて長い胴体がうねうねと泥田に波打ち、持ち上がる。その体長からして、嵐淡が絡みついた拘束は、拘束もろとも、泥沼へと沈み込んで行く。ルーフィンの矢が、何本もそのうねる胴体へと吸込まれるように穿たれる。
蛇女郎の悲鳴が、月夜に響く。仰け反り、泥沼から顔を出した蛇女郎は、絡みつく不定形生物‥嵐淡を、長い爪で掻き毟る。
「させませんわっ!」
走り込む菫の手から、小太刀、微塵がいつの間にか刃を閃かせ、蛇女郎にざっくりと一撃を与える。柄には聖遺物が埋め込まれている、業物の矛という銘を持つ、聖槍グランテピエをぐっと振り上げるとセピアも嵐淡を避けて蛇女郎の逆を取る。僅かに遅れて、仲間達とはまた別方向から、鷹蔵も攻撃を仕掛けた。日本刀霧霞が、蛇女郎の腕に赤い糸を引かせ。
「今じゃ!行けいッ!!」
くわっと、顔を向けた蛇女郎に、ふてぶてしい笑いを向けた鷹蔵の首から、するりと煤けた色のものが解けて落ちた。
良く見ると、それは一反妖怪である。鷹蔵に従っているとなれば、ペットなのだろう。鷹蔵は、これを好みの色合いに染めようとしたのだが、一反妖怪は布に見える妖怪である。染まらない染料は、こびりつくような形で一反妖怪に残り、不自然な格好を長期に渡りとっていた為、思うような動きが出来なかったようだった。これが、そのまま連れて来ていれば、主の危機にはそれなりの動きをしたかもしれない。
鷹蔵は、軽く舌打ちをすると、もう一度その手の刀を翻す。長い銀髪が流れるように揺れ。ルーフェンの矢が、菫の小太刀が、セピアの槍が、一斉に襲い掛かれば、蛇女郎はその身を泥濘に沈み込ませたのだった。
「ありましたよ」
ルーフェンが、山の中の棲みかとみられる場所で、一本の刀を見つけた。その刃は折れていたが、立派な紋が柄に刻まれて。
消耗したルーフェンの矢と、回復薬。それに、街道を守ってくれたお礼だと、次の領主である若侍は、また何かあったら頼りにしていると冒険者達に頭を下げたのだった。
「ねえ?私と蛇女郎、どっちが綺麗だったかしら?」
魅了と、月魔法を振り切った若侍に刀を返しつつ、セピアが、すっと側に寄れば、答えが必要ですかと、微笑を返され。
その晩も、月は綺麗に夜を飾っていたのだった。