紅葉と天邪鬼の谷

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月12日〜10月17日

リプレイ公開日:2007年10月19日

●オープニング

 江戸から徒歩二日程度の場所に、絶景の紅葉が広がる場所がある。
 切り立った岩壁の上から、枝垂れるように紅葉の枝が垂れ下がる、その渓谷は別名『喧嘩谷』と呼ばれている。
 どれほど中の良い夫婦、友達、恋人同士でも、ふとした弾みに、相手の一挙手一投足に腹が立ち、喧嘩を始めてしまうのだ。
 それでも、喧嘩など一時も持たない。谷の紅葉を見ながら、谷を抜ける頃にはすっかり元通り。バツの悪さも手伝って以前より仲良くなったりもする。故に、もうひとつの別名は『絆の谷』という。

 何故このような事が起こるのか。それは、谷には天邪鬼が住んでいた。
 この天邪鬼、悪気は無いようであり、それ以上の手出しはした事が無い。
 真っ赤な紅葉が、白い岩肌にはらりと舞い落ちる。上を見上げれば燃えるような紅葉の天蓋。その向うには抜けるような秋の青空。行楽地としても人気が高いこの場所は、昨年は山姥が出て大変だったが、今年は何も変わらず。
 谷に入れば喧嘩して。谷から出る頃には照れ笑いながら出てくる人々でごった返す。
 そう。ごった返し過ぎた。
 ギルドに駆け込んできたのは、谷の入り口に立ち並ぶ茶屋の店主だ。
 あまりの人の多さに、スリ、置き引き、が横行しているという。
「この数日が終われば、あとはもう紅葉も下火になるんで、あたしらだけで何とかなるんですが、ちょいと睨みをきかせちゃあくれませんかぃ?」
 冒険者達が警備に当たるとなれば、悪い考えを起こすものも居なくなるだろうと。
 夜になれば、提灯に幾つも火が灯り、ぼうと浮かび上がる白い岩肌と赤い紅葉がとても美しいという。
 お茶とお菓子と、弁当付きで、お待ちしてますからと、茶店代表の店主は笑顔でギルドを後にした。

●今回の参加者

 ea4927 リフィーティア・レリス(29歳・♂・ジプシー・人間・エジプト)
 ea9028 マハラ・フィー(26歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・インドゥーラ国)
 ea9327 桂 武杖(40歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb3757 音無 鬼灯(31歳・♀・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 eb6966 音羽 響(34歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ec2195 本多 文那(24歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec2494 マアヤ・エンリケ(26歳・♀・ウィザード・人間・イスパニア王国)
 ec2786 室斐 鷹蔵(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec3065 池田 柳墨(66歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ec3613 大泰司 慈海(50歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●紅葉の山
 秋の陽射しを受けて、豪奢な金髪を無造作にかきあげるとマアヤ・エンリケ(ec2494)は、いいかんじぃ〜と、『冒険者巡回中』の看板をたてかけて頷いた。行き交う人の流れは、確かに多く、山の中なのに、江戸の街中のような人込みだ。問題の谷には険しく細い道を登らなくてはならないようで、その登山道の入り口は酷く混雑していた。『警邏中』と書いた腕章をくくりつけて歩くマアヤの揺れる金髪と揺れる胸元に視線を巡らす男性客は少なく無い。
「はぁいはぁい、悪さしてるとぉ濡れ鼠だよぉ」
「駄目駄目。それじゃ、怪我人が出ちゃうよ」
 入り口が一番混むと予測していた本多文那(ec2195)が、危うく魔法を発動しそうなマアヤに声をかける。マアヤも、本気では無かったようで、紅葉に見向きもしない男二人にじろりと視線を向ける。
 紅葉に気をとられている観光客相手なら、楽に悪さが出来ると、人込みに紛れている、実に観光客らしからぬ者達は、警備をしている冒険者の数に目を丸くし、舌打ちしつつ、鉢合わせにならないようにと退散しているようだ。
「あれ〜?どうしたのかな?」
 文那は、半べそかきながらうろついている、小さな男の子を抱え上げる。幸い、出店の一角、入り口に一番近い場所を迷子や落し物の一事預かり所とする事を、出店の人達は快く承諾してくれた。ついでに、山の中とはいえ、人の多い場所を歩かせるのに非常に難のある首の長いトカゲ正信を出店の裏に繋いでおいてある。街中では、どうしようもなかっただろうが、山の中という事が幸いする。ふわりと漂う不思議な雪玉重次を見て、半べそをかいていた男の子は泣き止んだ。
 深い皺を笑みに変え、池田柳墨(ec3065)が子供とはぐれてしまい、おろおろしている母親に声をかける。迷子の茶屋を教えると、張りのある声で流れ行く観光客に迷子茶屋の場所を告げ。先を急ごうと足をもつれさす女性に手を差し出して、笑う。
「急いだり慌てると事故の元にもなるから、ゆっくりと紅葉狩りを楽しんでくだされな」
 お礼を言って険しい岩場の細い道を歩いて行く人の波に乗り、スリや置き引きの危険性を話しつつ、柳墨もゆるゆると山を登る。獣道のような登山道は、蛇行しつつ、尖った白い岩山のような景観を抜けて行く。紅葉は、まだ見えない。そういえば、茶屋からも紅葉は少しも見えなかった。緑の山々に、白っぽい岩が僅かに顔を覗かせる、まったくといっていいほど色の少ない風景で、おや?と思った。どれほど見事な紅葉かと楽しみにしていたのに、何となく肩透かしされた気分だった。しかし、茶屋の主人達は、そんな柳墨に、にやりと笑う。まあ、山を登ってみなされと、手に甘い生菓子を持たせる。豆大福と、柿羊羹。竹筒には緑茶が詰められ。
 白く険しい岩の景色のその先には、両脇に壁が立つように狭まった場所ある。それを抜ければ、紅葉の谷だという。

 入場整理の合間を見て、少女と見紛うばかりの、整った顔立ちのリフィーティア・レリス(ea4927)は、燐光のティルナを纏わりつかせ、長い銀髪を秋風に遊ばせながら、ゆっくりと谷を歩く。揺れて落ちる紅葉の葉の鮮やかな赤を見て、嬉しげに目を細めた。生まれ育った国とは格段に違う季節の移り変わりを、とても好ましいと、陽が差し込み赤い色を様々に反射する高い青空を見て思う。
「こっそりなら‥いいかな」
 ざわめく人の波の奥、紅葉の天蓋を見上げて、リフィーティアはひとつ頷いた。ティルナの姿といい、自身の美しさといい、観光客の視線を集めまくり、こっそり所ではなかったが、本人はそっと紅葉を楽しんでいるつもりである。そして、リフィーティアは、小さな声で歌い出す。この国の言葉は美しい。意味はまだわからない事が多かったが、韻を踏んだ言葉や音はリフィーティアの気に入るものだった。長い冒険者生活で聞き覚えた歌は沢山有る。その中でも、秋に聞いて心に染みた音を柔らかで伸びやかな歌声に乗せて、今日の日がより楽しいものであるようにと願って歌う。リフィーティアの願い以上に、行きかう人達は、幸せな顔をして歌声に耳を済ませていた。
 白い岩壁に僅かに色を添える緑の松の葉、そして、秋晴れの青空が、くっきりと、岩壁に覆い被さるように枝垂れかかる、紅葉を映し出す。
 警備の合間に、上ってきていた大泰司慈海(ec3613)は、その色合いの鮮やかさに、口元をほころばせる。
 江戸から二日かけて歩いてくれば、紅葉の絶景が見られるのかと、笑みは深まる。冒険者にやってくる依頼は様々だ。それこそ、命をかけなくてはならないような依頼もある。けれども、こんな依頼もあるのだと、秋風を胸いっぱいに吸込んだ。昼の青空の下の紅葉も、それは美しかったが、陽が落ちて、提灯に灯が入ると、幽玄な景観が現れる。白い岩肌は、橙色に浮かび上がって揺れ、提灯の灯りを受けて、紅葉の赤い色は鮮やかな赤から、深い陰影をつける赤に変わる。照らされた場所の僅か向こうには、真っ暗な闇。闇に浮かぶ橙の灯りと赤くしたたるような紅葉。
「酒が旨いよね♪」
 岩肌を伝う夜の冷気は、寒いというほどでもなく。忍び寄るような涼しさは、手にする酒が埋めてくれる。空に浮かぶ月と星を赤い紅葉の下から透かしてみれば、これほど旨い酒のつまみはめったに無いと、慈海は、杯に月を映して飲み干した。
 提灯の灯りに、室斐鷹蔵(ec2786)の長い銀髪が美しく浮かび上がる。彼の連れてきたグリフォン化け物は、やはり、山の中だとはいえ、昼も夜も始終紅葉を見る為に行き交う観光客を、怖がらせてはいけないと、茶屋の裏につながれる。バックパックの中に入れてきた、一反妖怪長木綿も、長い間狭い場所に押し込められていた為に、茶屋に辿り着くと無理な体勢が祟ってバックパックから弱って出てきてしまう。一反妖怪は布に見えるが、布では無い。生きているので、無理な場所には長く居られないし、無理な体勢は続かないのは仕方が無い。これも茶屋の裏に繋がれて。鷹蔵は、お茶を飲んで行きなよと、茶屋の主人に一服を進められていた。

●喧嘩と絆の谷
 マハラ・フィー(ea9028)と音無鬼灯(eb3757)は、警戒しつつ谷に入っていた。万が一に備えて、視線を巡らすが、その必要はどうやら無くて良さそうだ。
 たまには、紅葉を見るのも、和んで良いと、マハラは思う。隣を歩くのが、知った顔ならば、尚良い。華やかな赤い紅葉の色を仰ぎ見ると、マハラは小さく息を吐き出して微笑む。
「血の赤と違い安心して見れるのがいいですわね」
 鬼灯は、マハラと深い縁がある。仕事仲間としての信頼も彼女に預けてある。さわさわと秋風に揺れる、紅葉の葉の赤を見て、穏やかな微笑を浮かべるマハラを見る。マハラは血を見ると、僅かに言動が変わる。そう危険な変化では無いが、無いなら無いに越したことは無い。耳に心地良い葉擦れを聞きながら、幾重にも重なる紅葉の様々な赤い影を楽しむ。修行時代は、こうして空を仰ぎ、紅葉を眺める余裕など無かったと、思い返して目を落とす。
 と、不意に、マハラは何か無性に隣を歩く鬼灯に言いたくなった。
「彼方は女性なのですからこの様な場所では女性の衣装を着ては?」
「マハラさん、僕がそういうの着ないの知ってるよね?」
「恥ずかしいんでしょう、日頃しないから忍びとはいえ可愛いんですわね」
「‥マハラ‥さん?」
「ええと。わたくし‥」
「出たかな」
「そう‥なのかしら?」
 鬼灯は、突然押し付けるような言葉を聴いて、おやと思った。何か微妙に違うのだ。そうして、依頼の内容を思い出し。ほんの一瞬しかかからなかったけれど、言葉の迷いは、多分‥。二人は顔を見合わせて笑った。

●天邪鬼のお礼
 桂武杖(ea9327)が、育ちの良さそうな物腰で挨拶をするのは、昨年の依頼で馬を預かってもらった茶屋の店主である。再開を喜び合うと、武杖は団子を譲ってもらうと、山へ向かう。あの時は、時間との戦いだった。
「もう一年が経ちますのね。時の流れは速いものですね」
 感慨深げに、音羽響(eb6966)は山を見る。山姥は、あの時の響にとっては、手強い敵だった。観光客に気がつかれないように、山姥の倒れた場所にそっと手を合わせて菩提を弔う。次に生まれてくる時は、善なる者に生まれて来れるようにと。
 ふと見れば、武杖の手には団子らしき包みがある。思わず、響は自分の持ってきた団子と見比べる。武杖も、響の手の中の団子を認め微笑んだ。
「天邪鬼に?」
「ええ」
 冒険者さんから御代はいただけないと、店主達は、笑顔で団子を押し付けた。天邪鬼を見たらよろしく言ってくれと口々に言伝る。
 以前に天邪鬼を見た場所で、武杖は団子を持って、軽々と崖を上る。顔を出した事を思い出し、くすりと笑うと、武杖は一般客の来ない場所で、気が向いたら団子を食べろと、声をかける。聞こえているのかいないのか、紅葉と松の葉が入り混じる崖上では秋の爽やかな風が吹く。高い場所から、紅葉の屋根を見下ろし、続く白い岩肌と、その向うの緑の山々を見て、溜息を吐く。
「やはりいい景色だな!また遊びに来るから元気でな」
 そう言って、立ち去ろうとする武杖の足元に、ひょこりと天邪鬼が顔を出した。何か言う間も無く、近寄ってきた天邪鬼は、武杖にぎゅっと抱きつき離れると、ぺこりとお辞儀をして松の木々の間に飛び込んで隠れてしまった。
 響も、観光客から見えない場所へと岩場の奥に入り込むと、やはり、ひょこりと顔を出した天邪鬼に、ぎゅっと抱きつかれ、やっぱり深くお辞儀をされて。
「悪戯は悪戯で笑っていられる程度にして下さいね?丁度今くらいので良いですわ」
 その声は届いたのか。二人の持って行ったお団子は、無くなっていた。天邪鬼が持っていったのか。
 今年の紅葉ももうすぐ終わる。
 また来年。喧嘩谷と絆の谷は鮮やかな紅葉を散らす事になるのだろうと誰もが思った。