【鉄の御所】高僧大塔宮奪還
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:10 G 85 C
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:10月23日〜10月28日
リプレイ公開日:2007年11月01日
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●オープニング
「どうしても、腕をつけるのは嫌か?」
ほの暗い場所で、ゆらりと揺れる火。足の長い行灯がひとつ。ふたつ。灯る床の間は、僅かに灯り周辺だけが浮かび上がる。その中心に大塔宮は縄を打たれながらも、胡坐をかいていた。
「延暦寺の僧が、鬼の腕をつけるなどと、どうして思うのだ」
はっきりと否と告げる大塔宮に、ならばと酒呑童子は薄く笑った。くるりと踵を返す酒呑童子は、四人になった犬鬼族長達を手招く。
「遠路、感謝する。だが、これではな‥」
「‥延暦寺には怨みが出来た」
「今立と、丹生の怨み」
淡々と告げる酒呑童子に、加賀からやってきた犬鬼族長達は、ぎらぎらとした目を向ける。手慰みにと思った拉致行動により、仲間が二人欠けたのだ。すぐにでも取って返し、少数で出てきた延暦寺の護衛達の息の根を止めなかったのは、大塔宮を酒呑童子に引き渡す事もあったが、突然現れた酒呑童子の使いの鬼に、深入りは無用と釘をさされたからだ。
でなければ、護衛達を追撃し、その命屠っていたのにという思いが強い。
「使えない僧は要らぬ。だが、このまま切り捨てるのはつまらぬ」
淡々と告げる酒呑童子に、大塔宮の簡単には折れぬ、強い視線が注がれていた。
「伽藍、手はず通りに」
「ハッ」
酒呑童子が声をかけたのは、人喰鬼。ただの人喰鬼では無い。その身の丈は十尺はあり、その目には僅かに知性が宿る。酒呑に名を呼ばれたという事は、並の人喰鬼では無いのだろう。真っ赤に燃える獅子の様な頭髪を降り、四尺弱の大きな青龍刀を腰に刷き、黒い胴丸を身に着けていた。
伽藍は、酒呑童子と犬鬼族長達を見て、最後に大塔宮を見て、にやりと笑った。
京に怪しげなビラが撒かれた。
そのビラがどのように撒かれたのか、新撰組も見廻組もやっきになって探したが、誰と特定する事は出来なかった。
そのビラの内容は。
大塔宮の処刑。そう遠くない場所が記され、日時が明記されている。
その上。
「‥‥酒呑童子の腕をつけれる僧‥高僧を優遇するだと?!」
冒険者達は、そのビラを握りこんで唸る。
そう、酒呑童子の腕をつけれるほどの高僧ならば、来るが良いと。望むものを与えよう、酒呑童子の横で仕えるが良いと。今の世に倦んではいないか。今の立場を不服としていないか。その力、酒呑童子の為に振るう気は無いかと。
「‥見せしめにしようと言うのか‥」
延暦寺もそのビラは手にした。
だが、延暦寺が前面に動く事は出来ない。動けば、待っているのは全面戦争だ。だからといって、大塔宮を見殺しには出来ない。
「ギルドへ‥」
苦渋の決断を延暦寺は下した。
そうして、もうひとつ、追い討ちをかけるような報告が上がった。焼き払われた山を整地し、鬼が簡単な陣を張ったというのだ。延暦寺は後手、後手に回っていた。
処刑場は小高い山だった。
綺麗に四方に裾野を広げる、岩や灌木の多い小山。小山の裾は森が全周囲に広がり、森から一歩小山に足を踏み入れれば、山の上が丸見えになる。それは、山の上からも近寄る者が丸見えになるという事でもある。
空には、大鴉が十も飛ぶ。一箇所に固まって飛んでいる様は黒い雲のようだ。しかし、事があればその黒い雲はすぐに散り散りになるだろう。
猿轡を噛まされ、縄を打たれ、自害もままならぬ状態の大塔宮は、そこに設えられた高さと幅が三尺ほどの台の上に、一本の丸太に括られて立たされている。
大塔宮の両脇には、伽藍とよく似てはいるが、伽藍ほど大きくは無い、人喰鬼二体が立っている。手には長槍を持ち、腰には日本刀を下げたその人喰鬼二体は、伽藍の号令を待っている。伽藍が合図を送れば、すぐに長槍が大塔宮を刺し通すのだろう。そうして、空からは大鴉が大塔宮を襲うのだ。
さらに、その周りを囃し立てる様に、小鬼が十数匹、手に棍棒を持ち、回る。
様子を見に行った延暦寺の僧兵が、青い顔してギルドへと走った。
大塔宮を救出してはもらえないかと。
●リプレイ本文
大塔宮処刑───。
物見高い京の人々が、その場所を目指さないわけがなかった。ビラは京の街中にばらまかれたのだから。
悲痛な表情を浮かべる者もいれば、義憤に燃える者もいる。しかし、大塔宮を処刑しようとしているのは酒呑童子である。その処刑人として立つのは人喰鬼であり、周りを囲むのは鬼や魑魅魍魎かも知れず。最初に辿り着いた者の報告で、処刑場には小鬼が群れ、ひときわ大きな鬼が数体おり、上空には大鴉が飛び交うという。
おいたわしや。
そんな声が響き、帰路につく者もいたが、こっそり覗き見に走るものもいた。
そうして処刑場所に、裏切り者を見ることになる。
三日月が嘲笑うかのように薄い夜の影を地上に落とすその夜。
豪奢な袈裟を着た、見るからに位の高い僧が、お供を連れて、鬼に怯みもせずにごつごつとした灌木の多い山を登って行くのを人々は見た。棍棒で威嚇しつつ、小鬼達が真っ赤な頭髪の大きな人喰鬼の前まで道を開けている。通れと言う事だろう。そこを通るだけでも胆力がいる。
裏切り者。何所の僧だ。そんな囁きが森に広がる。
深々と鬼に頭を下げるのは、高僧に化けた白翼寺涼哉(ea9502)と、そのお供に化けた哉生孤丈(eb1067)であった。
「涼春と申します。心猫坊共々よろしゅうに」
「仕える気があれば、酒呑童子様は良き主となろう」
伽藍と名乗った大鬼は、ぎろりと値踏みするように涼哉と孤丈を見る。涼哉がまた、軽く頭を下げる。伽藍の背後で猿轡をかまされ、丸太に括られる大塔宮から刺す様な視線をひしひしと感じるが、救出までは忍の一字だ。これは冒険者達による、第一の陽動だった。
「酒呑様にお仕え出来るならば、この涼春喜んで尽力致します。俗世の権力争いなぞ醜うて‥」
「心猫坊とやら、腕を出せ」
「は?」
「お前の名は知らぬ。紛い物を連れ帰るわけには行かないからな。丁度良い。供の腕を切る。それを見事つなげて見せろ」
嫌か?と、笑う伽藍に、涼哉は内心で舌打ちする。
涼哉には確かに腕があるのを孤丈は知ってはいたが、うわあ。たまったもんじゃないねぃと、心の中で呟く。しかし、今にも涼哉共々切り伏せるかのような気迫の伽藍に、孤丈と涼哉は軽く目配せすると、伽藍の前に利き腕では無い方を差し出した。
その途端、何の予備動作も無く、伽藍の腰から青龍刀が唸り、孤丈の片腕を切り落とす。
(鬼がっ!)
そのくらいの事はするか‥とも思いながら、涼哉は、膝をついた孤丈を抱きかかえるように起こし、鮮血にまみれながら落ちた腕を取って、淡く光る。孤丈の腕は、その切り口がわからないほどに綺麗に元に戻っていく。
「見事」
伽藍の殺気が緩む。
しかし、孤丈の出血による体力の低下は免れない。ふらつく足腰を感じて、孤丈はまずいかねぃと、また、心の中で呟いた。
「裏切り者を行かせるなっ!」
処刑台のある小山の下から、声がかかる。カノン・リュフトヒェン(ea9689)だ。猛然と山を登る彼女に小鬼達がわらわらと迎撃の態勢を固める。降りては来ない。地の利を生かす事を小鬼達は命令されているようだ。おびき寄せて、時間を稼ぎたいのにと、カノンは聖剣ミュルグレスの柄を握る。
とりあえずは、時間を引き延ばす。大塔宮の安全が第一だからだ。助けられる命ならば助ける。そう、呟くと、迎え撃つ形をとりつつある小鬼を襲うそぶりをする。
「数々の無念の涙を知りながら、命惜しさに鬼に屈する等、仏道に有るまじき行い、断じて許しません」
ミラ・ダイモス(eb2064)は追っ手を装う為に、服装を整えてきていた。背丈の有る彼女に似合いの、柄が朱に染め上げられた太身の槍皆朱の槍を軽く振るう。
空飛ぶ箒で浮かび上がったリアナ・レジーネス(eb1421)の手から、稲妻が飛び、その範囲上に居た大鴉に当たり、嫌な悲鳴が上がる。ばさりと大鴉は群れる雲から単体に散らばる。
「鴉が鳴いたら‥今回ばかりは帰れませんか。なんとか、鴉は泣かせて、ついでに鬼さんはあちらへ‥逝ってくれると、助かるんですけどね」
グリフォンのナフカに乗った、ルーティ・フィルファニア(ea0340)も大鴉に迫る。その手から放たれた魔法は、何匹かの大鴉の動きを鈍らせ、鈍った大鴉を攻撃しようと夜空を駆ける。魔法を使えば、淡く光りを身に纏う。その光りが、身につけた銀のネックレスに反射して、ちかりと目立つ光りを放ち、大鴉の目を引くが、その光りを目にするのは大鴉ばかりでは無い。
「‥ふむ‥冒険者か‥ならば足手まといは‥」
冒険者達の声と攻撃が始まったと見るや、伽藍が青龍刀を真上に上げる。
すぐに、大塔宮の両脇にいる鬼が動く。もともと、処刑するはずの大塔宮だ。腕をつけれるかもしれない僧が手に入れば、邪魔なだけ。目撃者も多数いる。生かしておく必要はもう無いと判断されたようだった。涼哉の動きを止める魔法は今一歩及ばない。
大塔宮の胸に、槍が突き刺さる。
それと前後するかのように、大塔宮の身体は氷の棺に閉じ込められた。密かに近付いた宿奈芳純(eb5475)の手により、氷の棺の魔法がかけられたのだ。
(間に合った)
芳純は胸を撫で下ろす。近寄る時に、淡い光りは見つかったかもしれない。けれども、囮として先行した二人が居て、後追いの仲間達が居たからこそ、近くまで寄れたのだった。大塔宮は、最初は頷きはしなかった。しかし、鬼には屈しないと広めるためにも、助けに来た我等の為にも生きてほしいと説得し、ようやく承諾を得たのだった。
「どうかご無事で」
芳純は仲間の邪魔にならないようにと大塔宮を案じつつ下がる。
大塔宮が氷の棺に入ってくれれば、もうしめたものだ。大薙刀、蝉丸を構え、涼哉を庇う孤丈に伽藍が切り掛かる。青龍刀が蝉丸をはじき飛ばす。孤丈は、さきほどの出血で力が思うように入らないのだ。その脇から、人喰鬼が日本刀を振り下ろし、大鴉が涼哉と孤丈に遅いかかる。
小鬼達は、とりあえず、下からやってくる冒険者達を迎え撃とうと走り出し。
「パックンちゃん、GOです!」
はじき飛ばされた薙刀の代わりにか、伽藍と孤丈の間に、大ガマが現れる。ルンルン・フレール(eb5885)の術だ。こっそりと処刑台の裏方へと近付いていた彼女の奇襲は、孤丈への一撃を阻む。
「‥大塔宮‥と、僧に化けた囮の人達は大丈夫でしょうか‥」
アイスコフィンがかかるのを確認すると、雨宮零(ea9527)は赤銅色の刀身を持ち、天使が神の世界を守るために振るったという伝説のあるラハト・ケレブを腰に確認するとカノンの後に続く。鮮やかな真紅の左目が僅かな月光に光る。
同じく、大塔宮の安全が確保されたと見るや、備前響耶(eb3824)も走り出す。京の街中で見たビラが酷く気にかかる。別方面から協力者が出ないとも限らない。彼の頭に浮かんだのは、最近不穏な動きの多いジーザス会である。腕を付けるのも可能な者がいるかもしれないと。
「今が好機!」
僅かに先行していたミラとカノンは、小鬼を振り切り、伽藍に迫る。
「我が槍を受けられるなら、受けてみよ」
打ち込んだミラの槍を、伽藍の青龍刀が弾く。
「‥‥影ながら人々の平和を護るのも、忍びの使命なんです!」
処刑台の裏で、一体の人喰鬼を相手にしているのはルンルンである。腕にも、腹にも深手を負っている。一人で別方向から近付くという事は、それだけ目立つという事でもある。縄ひょうは人喰鬼に僅かに傷を負わせるが、足を止めるほどの攻撃にはならない。大ガマは数分しかもたない。その間に、一体にまわりこまれたのだ。けれども、彼女は引かない。鬼達のたくらみを放ってはおけないと。もう一体の鬼は、深手を負いながら、孤丈が相手をしている。涼哉は大鴉を追い払うのに手傷を負っていた。
空からは、ばさり、ばさりと、打ち落とされる大鴉が増えてきていた。
「後は、低空で打ち合ってる大鴉ね」
ルーティが呟く。
「黒影牙」
響耶が回り込み、ルンルンを襲っている人喰鬼に重い一撃を浴びせかける。
零も孤丈を襲う人喰鬼の背後をとった。
「下がって‥下さい。後は僕が」
その時。
上空から、幾筋もの雷の魔法と重力を変動させる魔法が落ちる。それは、鬼を狙ってはいたが、混戦になっている今は両刃の剣でもあった。鬼に当たる時もあれば、仲間の背を打つ時もあった。対象が固定では無く、一直線に飛ぶ魔法なのだから仕方が無い。立て続けに落ちる魔法の雷は夜に幾本もの光りの軌跡を映したのが、遠巻きにしている人々の目にもよく見えた。
「喰らい尽くせ‥鬼切丸」
落ちる魔法に気を取られる人喰鬼に、響耶の太刀、鬼切丸の渾身の一撃が入る。鬼を斬るために鍛えられたとされる無骨な造りのその太刀は、致命傷を人喰鬼に与えた。音を立てて地に落ちる人喰鬼。
「終りです」
もう一方の人喰鬼と切り結ぶ零も、肩に切り傷は作ったが、最後の一撃を入れていた。
そうして、伽藍が包囲される。
肩で息をしていた、傷だらけのカノンと腕や足に深手を負うミラは、仲間達の参戦に最後の力を振り絞る。
「冒険者。何所までも我等に立ちふさがるかっ!」
「何時までもだっ!」
ミラの槍が翻り、伽藍に深々と突き刺さった。
氷が溶けた大塔宮は、酷い手傷を負っていた。槍がニ箇所貫いているのだから、死ななかったのは、ぎりぎりに氷の棺に保護されたからである。もう少し遅ければ、命は無かっただろう。
「作戦上の事とは言え大塔宮殿には無礼を働いた」
深く頭を下げて、響耶は、鬼に屈しなかった感謝と賛辞を込めた言葉を告げた。
大塔宮は苦笑する。迂闊な行動をしたのは俺だ。いっそ殺してくれた方が簡単に討伐出来ただろうと。皆ゆっくり休んで欲しいとも。
目立つ傷は涼哉が治したが、傷は治っても、体力までは容易には戻らないだろうという事は見て取れた。
鉄の御所との攻防はまだ収まる気配も見えなかったが、大塔宮奪還は成ったのだった。