【鉄の御所】高僧大塔宮帰還
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 80 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:10月23日〜10月28日
リプレイ公開日:2007年11月01日
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●オープニング
「どうしても、腕をつけるのは嫌か?」
ほの暗い場所で、ゆらりと揺れる火。足の長い行灯がひとつ。ふたつ。灯る床の間は、僅かに灯り周辺だけが浮かび上がる。その中心に大塔宮は縄を打たれながらも、胡坐をかいていた。
「延暦寺の僧が、鬼の腕をつけるなどと、どうして思うのだ」
はっきりと否と告げる大塔宮に、ならばと酒呑童子は薄く笑った。くるりと踵を返す酒呑童子は、四人になった犬鬼族長達を手招く。
「遠路、感謝する。だが、これではな‥」
「‥延暦寺には怨みが出来た」
「今立と、丹生の怨み」
淡々と告げる酒呑童子に、加賀からやってきた犬鬼族長達は、ぎらぎらとした目を向ける。手慰みにと思った拉致行動により、仲間が二人欠けたのだ。すぐにでも取って返し、少数で出てきた延暦寺の護衛達の息の根を止めなかったのは、大塔宮を酒呑童子に引き渡す事もあったが、突然現れた酒呑童子の使いの鬼に、深入りは無用と釘をさされたからだ。
でなければ、護衛達を追撃し、その命屠っていたのにという思いが強い。
「使えない僧は要らぬ。だが、このまま切り捨てるのはつまらぬ」
淡々と告げる酒呑童子に、大塔宮の簡単には折れぬ、強い視線が注がれていた。
「焼けた山に陣が出来ただと?!」
「はい。簡単な木の柵で囲われていますが、篝火が焚かれています!」
「なんと‥」
延暦寺は大塔宮が処刑されるというビラを手にし、奪還に赴くという僧兵達をなだめている最中である。派手に処刑をほのめかすのは、他に何かあるのではと勘繰る高僧も多く居た。これも延暦寺の戦力を分散させようと言う策かもしれない。
「数は?」
「先ほど報告に上がりました、戦闘馬に乗る犬鬼が四体、犬鬼達が十体ほどと、そこから、処刑場は近いです」
武装する弓矢の犬鬼が、犬鬼族長合わせて十四体ともなれば、やっかいである。
「私共を、使わせてください」
大塔宮に付き従っていた僧兵二人が、もう譲らないという顔をして申し出る。本当は、大塔宮を救出に行きたい。だが、延暦寺はそれを許さなかった。何故という疑問は残る。いっそ、抜け出してしまおうかと考えていた所に、大塔宮を攫った犬鬼が陣を張ったという。今にも延暦寺へと向かう備えをしているとの事だ。
ならば、ギルドへ。
犬鬼族長達の陣を破り、柵を壊して欲しいと。
●リプレイ本文
延暦寺では、丸い顔した大きな僧兵と身の軽そうな細身の僧兵二人が、冒険者達を出迎えた。
何やら、延暦寺内で慌しい動きがあり、鬼の襲撃やらを警戒しなくてはならずに、申し訳ないと頭を下げられる。
「ええと、僕に出来ることがあるなら‥‥精一杯がんばります‥‥!」
女性のような顔立ちの杜乃縁(ea5443)が穏やかに微笑む。山の緑を映して碧の瞳が揺れる。
「大塔宮殿の処刑をこのように行おうとするのは、やはり要求を断れば処するという見せしめであろうか。どちらにしろ、そのようなことを行わせるわけにはいくまいが」
整った顔立ちに表情を表さず、淡々と東郷琴音(eb7213)が状況を考察する。鬼どもが怨みに思うならば、怨み事討ち果たせば良いだけの事だと、ひとり思う。
「奪還組とタイミングを合わせて行動するとしましょう?」
長身の朝霧霞(eb5862)が、見知った僧兵に挨拶をする。同じように、前回顔を見せていた頴娃文乃(eb6553)が、軽く手を上げる。目の前で攫われたのを思い出す。それは、僧兵達も同じのようで。よろしくと、深く頭を下げられた。向うの決行はどうやら夜になるようだと、僧兵が言う。
「ああ、馬は通れないんだ。馬術じゃ負けないんだけどなぁ、炎蹄」
愛馬を連れて行くつもりだった六条桜華(eb5751)が、残念そうに馬首を叩く。延暦寺周辺の山は馬が動ける場所は少ない。問題の山は、燃えた上に整地され、向うからどうやら馬の通れる道があるようなのだ。だから、その燃えた場所からこちら側にも馬で来る事はよほどでなければ出来ない。
「夜なら、インフラビジョンが役に立つね」
桜華は自分に言い聞かせるように呟くと頷いた。機動力勝負かなと、足元の忍犬、林影を撫ぜる。
「獣道を通っていった方が見つからないのじゃないかな」
「そうだねぇ。数で劣ってますし、気を引き締めねばなりませんかねぇ」
犬鬼の警戒網がどのように張り巡らされているかもわからないと言う雀尾嵐淡(ec0843)に、設楽兵兵衛(ec1064)が、毒は嫌ですしねぇと頷いた。額に締めた必勝鉢巻がなんとも飄々とした顔と合わないのは気のせいかどうか。
「京の街の安全には直接関わらないけれど‥風下から近づいた方が良いわよね。寝込みでも襲ってやれると良いのだけれど」
不安の種はしっかり取り除いておかないとと、皆本清音(eb4605)がぽつりと独り言を言う。
静かな夜だった。星と、三日月が冒険者達を照らす。青く染まった夜の陰影に目が慣れると、木々の間からちらちらと篝火の灯りが見える。もう、程近いのか。
その時、忍犬達がいっせいに主人を振り向いた。
広い場所に出るまで、犬鬼達は攻撃を待ってはいなかった。
空を裂く矢の音が耳に届く時は、すでに矢は何所かに当たっている。
やっぱり、放たれた矢を察知は出来ないわよねと、清音は次々と振ってくる矢を出来るだけ受け流そうと動く。
陣形を考えていた冒険者達だったが、その中核は決まっていても、誰が左右の何所に行くのかをまったく考えていなかった。それによって、その陣は残念ながら機能せずにいた。
居場所を感知しながらの移動は難しい。大体の居場所は、先に空飛ぶ箒で確認してきてはいたが、相手も移動している。それでも、嵐淡はなんとか片方から来る犬鬼の近くまで寄る事に成功する。不定形生物に変化し、一体の犬鬼に絡みつくが、それまでに、何本かの矢をその身にうける。不定形生物になっている時は、他の行動は出来ない。確実に、一体を覆い、無力化する事に全力を尽くす。
犬鬼族長達の戦い易い場所に出向く前に、探査の方法を持つのならば、冒険者達も迂回して、陣の背後か側面をつくことも可能だった。
「水晶の剣よ‥‥!」
縁は、その手にクリスタルソードを生み出し、続いて石の守りをその身に授けるつもりだったが、詠唱は飛んできた矢に阻まれる。
「大丈夫ですか?!」
霞が小太刀微塵で矢を受ける。
「このままでは、囲まれます!ごめんっ!」
小柄な僧兵が、文乃に会釈すると、片方の犬鬼達に向かって矢を受けつつ走り出す。
「森の中で襲われるのは、前も同じだったのにっ!」
文乃は、前回、焼けた山の際の森の中で小鬼と茶鬼に襲われたのを思い出す。あの時は、遠距離攻撃は前面から来る犬鬼族長達だけだった。しかし、今回は左右から、犬鬼がやってくるのだ。下がれば、多分、左右からさらに分かれた犬鬼達が退路を経つのだろう。手傷を負って、見晴らしの良い場所へと追い出されるという事だ。今回は、小鬼や茶鬼の姿を見かけないのが僅かに救いである。そういう報告はなかったのだ。
「警戒だけでは不十分だったと、そういう事かしら?」
霞が唇を噛む。
前回よりも人数は多い。だが、陣にならない陣では、動くにも迷いが出る。肝心の犬鬼族長達の姿がまだ見えないからだ。
不定形になっていた嵐淡は、数分で元に戻る。戻った途端、身に当たった矢の多さに、がっくりと膝をつく。そこへ、兵兵衛の忍犬、丼兵衛と呑兵衛が走り込んで来なかったら、危なかった。軍配斧で矢を避けるにしても、一本では無い矢は、何箇所か、兵兵衛の身にも刺さっていた。
「犬鬼に遅れを取るわけにも行きませんしね」
丼兵衛と呑兵衛が犬鬼の足止めをしていなければ、追いつけなかったが、ようやく追いついた兵兵衛が、犬鬼に斧の一撃を入れる。近付けば、こちらのものだ。背後は忍犬達が牽制してくれる。僧兵と、清音も追いつき、犬鬼達は逃げるもままならず、次々と倒されて行く。
もう片方の犬鬼達へは、琴音と、桜華の忍犬林影が走っていた。林影一匹で数体の犬鬼を足止めするのは無理もある。近付いてしまえばこちらのものだが、犬鬼達の足は、冒険者達より僅かに早い。
「逃がさないよ」
桜華のソウルクラッシュボウから、矢が放たれ、狙い違わず犬鬼の一体に当たる。向うの矢が届くという事は、こちらの矢も届くという事だ。
「来たわね」
文乃が、前方から響く蹄の音に眉を寄せる。犬鬼族長が出て来たのだ。
星と三日月の光りに、黒々とその身を浮き立てて、犬鬼族長が矢を放つ。重い矢が音を立てて、霞と文乃を狙う。
向うからは馬で来れるが、やはり、森の中までは入れない。延暦寺の裏手の森は、馬の移動は出来なかった。森を早く抜けなければ、犬鬼族長達への接近攻撃は出来ない。
「行きますわ」
霞はその身を囮にする事に躊躇いは無かった。仲間達も、何とか犬鬼を退治し、追いついてくるが、その身は矢傷が少なくない。毒消しや、回復は僧兵にしてもらえるが、矢を受けた衝撃までは回復はしないからだ。
「逃さぬぞ」
犬鬼族長の一人が、吠えた。
「それはこちらの台詞よ!私達の顔は覚えているかしらっ?!」
霞が数歩、前に出る。
犬鬼族長達の気配が、殺気立ったものに変わる。
四体もの戦闘馬から一斉に矢が射掛けられた。犬鬼族長の得意は弓だ。あわよくば、こちらに走ってきてはくれないかという冒険者達の考え通りには犬鬼族長達は動かなかった。
「これを、かいくぐらなくては、駄目か」
出来るだけ引きつけて攻撃を仕掛けたかった琴音だが、犬鬼族長達とて、自分達が有利な馬上からの遠距離攻撃の範囲を崩すつもりは無いようである。馬相手に駆けずり回るのは、上策とはいえないが、矢が尽きるで待つのもどれ程時間がかかるのか。
近くにさえ寄れば、高速詠唱で死の魔法をかけれるのにと、嵐淡は飛んでくる矢を避けるので精一杯である。
「では、行ってきます」
兵兵衛が、仲間達から少し離れると、彼の周りに爆発が起こる。微塵隠れの術だ。
「何っ!」
「貰いましたかねぇ?」
一番端に馬を並べている犬鬼族長の馬上に現れると、そのまま、蹴り飛ばし、落馬させる。落馬したくらいでは、たいした怪我など負わないが、犬鬼族長は其処に隙が生じた。
「機動力さえ潰せれば‥」
僧兵の影から、緑が重力波を、飛ばす。一直線に飛ぶその魔法は、矢を射る事に集中している犬鬼族長の戦闘馬を一体、転倒させる。
「行きましょう」
兵兵衛の作った隙に、僧兵一人が、槍を振りかざし、犬鬼族長達に突っ込んで行った。
「っ!援護は任せてっ!」
桜華の放つ矢が、犬鬼族長達の手を止める。
「間合いまでは来てくれぬなら仕方あるまい」
琴音も、走ると、真空の刃を叩き込む。真空の刃は、犬鬼族長を狙うが、戦闘馬に当たる。それが、かえってよかった。暴れる馬を落ち着かせようと弓が射れず、移動も出来ない犬鬼族長に桜華の放つ矢が当たる。
陣の外に出てきてくれたのは幸いだった。
僧兵一人が走り込んで、陣の入り口を塞ぐ。それを見た、犬鬼族長の一人が、僧兵に狙いを定めて、次々と矢を打ち込む。犬鬼達の矢を多く受けていなければ、彼もここで、多くは矢を受けなかったのだが‥。
「怪我人は無理しないで!」
文乃が最後尾から、仲間達に危険を知らせる声を上げ。何とか、ぼろぼろになりながらも、冒険者達は犬鬼族長を倒し、篝火の下、柵を破壊することに成功した。
大塔宮は、奪還に動いていた冒険者達と共に延暦寺へと戻って来ていた。
「ごめんなさい」
罵倒すらも、甘んじて受けようと思っていた文乃に、大塔宮は、何が?と笑い、らしくないぞと真面目な態度の文乃の肩を叩く。
「もともと、これは自分の浅慮が招いた事だ。詫びるなら、私だろう。すまなかった。来てくれて嬉しいぞ。ありがとう」
消耗品は個人の懐から届けようと大塔宮は言い、また、何かあったらよろしく頼むと、大塔宮は冒険者達に頭を下げる。
「延暦寺でも気がかりであろうが、鬼達の数‥‥戦力は余裕があるのであろうか」
推測でもかまわないと言う琴音に、大塔宮は首を横に振る。気がついたら酒呑童子の前に引き出されていたのだと。ただ、少なくも無いし、疲弊してもいないようではあると、難しい顔をした。
まだ、鉄の御所とのやりとりは続くのだろう。