金木犀の木の下で

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:5人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月25日〜10月30日

リプレイ公開日:2007年11月03日

●オープニング

 金木犀の香りが、とある家の角を曲がると、突然香る季節。
 あちこちで、不意に香る金木犀の香りに、酷く幸せな気分になる。
 垣根に使われている金木犀の下には、小さな黄色の帯が出来ていたりもした。あまり、大きな木は街中では、見た事が無い。
「見上げるほど大きな金木犀?」
「少し、歩かなくてはいけないんですがね。そりゃ見事な金木犀でして」
 猟師の男が、目を細めて笑う。
 大き過ぎるから、むせ返るような香りかと思えば、そうでは無いらしい。どうしてそこまで大きくなったのかはわからないが、その大きな金木犀の花の香りは、街中で香る金木犀よりも僅かに淡く、穏やかな香りだという。そこは、猟師の仲間内では有名で、この時期になると一人、二人と金木犀の下で降る花を受けながら転寝をするのが贅沢な時間なのだと。
「ところが、そこに出たんでさぁ」
「出た?」
「青白い炎のような奴で、矢を打っても、日本刀で切りかかっても消えやしなくて、そいつにうっかり触ったら、酷く弱っちまった奴が居て」
 せっかくの憩いの場所を陣取られてはたまらないのだと。
「それを退治すればよろしいですね?」
「頼みますぜ」
 猟師の男は、猟師仲間から集めてきたという依頼料を置いた。

●今回の参加者

 ea1768 ネリネ・オペディルム(25歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ec2195 本多 文那(24歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec3065 池田 柳墨(66歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ec3613 大泰司 慈海(50歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ec4014 高千穂 梓(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

デフィル・ノチセフ(eb0072)/ 刈萱 菫(eb5761

●リプレイ本文

●どうして、金木犀の木の下に居るのか
 まずは、相手の正体を確かめなくてはと、高千穂梓(ec4014)は、山の近くの寺社を訪ねていた。青白い炎で、武器が効かない。見た目はまるで火の玉のようである。それは一体何なのかわからない。
「怨霊か‥」
 やれ、出ましたかと、笑う和尚は、その青白い炎が怨霊である事を梓に告げた。だが、生憎なぜそこに現れるのかはわからなかった。
 怨霊。
 成仏できない幽霊。触れられるだけでダメージを受け、魔法か銀の武器でなければダメージを与えることが出来ない相手である。通常は、凶暴で、不特定にしろ、特定の相手にしろ、襲い掛かるのだが、問題の金木犀の木の下に居座った怨霊は、ただそこを陣取っているだけである。積極的に攻撃はしかけてきてはいない。しかし、そこに居座ってもらっては、万が一の事を考えても、非常に困る。そういう依頼だ。
「猟師さんに代わってお仕置きしないとね♪ 」
 昼寝の場所を独占するなんて、礼儀のなってない怨霊だね!と、黙っていれば渋い大泰司慈海(ec3613)は、ぷんぷんと言った擬音が見えそうな、顔をして愛嬌良く笑う。
「場所は‥どう行けばいいかな?一緒に道案内もしてくれるとか?」
 どのみち、帰るところですから、一緒しましょうと、猟師は可愛らしい動作の慈海に、頷いた。聞けば、意外と山奥だった。

 ドンキーを連れた、小さなネリネ・オペディルム(ea1768)は、その山に入る猟師達に話を聞いて回っていた。銀色の髪を揺らし、青い目が興味深そうに猟師の話を聞いている。
「自縛霊の一種かもしれないしね‥‥」
 怨霊が、その場に留まるのならば、その場所は何かに縁のある場所では無いかと思ったからだ。
「金木犀の木の近くで、事件とか、事故とか、思いを残して亡くなった人とか、居ないのかしら?」
「そうだなぁ。あの辺りは、山も穏やかでなぁ。崖も、深い川も無いし‥」
 猟師が首を捻るのを見て、そんなに穏やかな山なんだと、ネリネは早く行ってみたいなと思う。金木犀の甘い香りがたまらなく好きなのだ。それが、大きな木であるという。
 うーんと、本多文那(ec2195)は、少し考える。
「幽霊さんかぁ‥‥何か想いを残しちゃったのかな〜。それとも、金木犀の匂いに誘われたとか?」
 はらはらと落ちる小さな黄色の花の下は、どれほど香りが良く、気持ちが良い場所なのだろう。と思うのだ。
 怨霊に‥なってまで居たいと思うほど。
 あれこれ考えるよりも、前向きに動くのが文那だ。少し考えてから、うんと、ひとつ頷くと、明るく笑った。
「何にしても、成仏させてあげたいね!」

 大きな金木犀のある山の周辺を池田柳墨(ec3065)はのんびりと回る。怨霊が現れるには、それなりの訳があるのだろうと、柳墨も思うのだ。死して尚、残りたいと思うその思いが固まった青白い炎は何を告げたかったのかと。
「忙しい所すまぬが、金木犀の下に出るという幽霊の事について聞きたいのじゃが何か知っておるかの?噂話でも幽霊の事なら、なんでもいいのじゃが」
 穏やかににこやかに笑いながら、背の高い柳墨は、農作業の手を休めて話してくれる者の目線まで、ひょいと腰を落とす。
「特別、誰とは知らないけど、みんな、死んだらあの下でのんびりしたいて言うな。猟師でなきゃ、なかなか山奥まで出て行って、のんびり昼寝なんか出来ないからね」
「そうか。ありがとうな」
 何かあったのかと聞く村人に、いやいや。と手を振りながら、柳墨は首を傾げる。みんな、そこに行きたいのかと。
 それを聞いて、依頼を持ってきた猟師は、まさかと呟いた。
 遠くの山で、鬼に出くわして儚くなった男が仲間に居るのだという。
 その男は、金木犀の木をとても好んでいて、毎年必ずやってきて、金木犀の木の下で酒を飲んで昼寝するのが好きな男だったと。怨霊はそのままでは何も語らない。遠くで亡くなった猟師なのかも、そうでは無い誰かもしれない。
 だが、ただ金木犀の木の下を好むように居座るその青白い炎は、金木犀の木を好きだった者の魂なのかもしれない。と、漠然と思った。

●ここに居るよりは
 柳墨は、自らが囮になる。ネリネが氷の吹雪を打ち出す為に、金木犀の木から怨霊を引き離したいからだ。出来る限り、木にダメージを与えたくは無い。
「手荒な方法じゃが‥‥やむを得ぬ、か。ごめん!」
 金木犀の木の下に行き、攻撃を仕掛けるそぶりをみせれば、青白い炎は、簡単に金木犀の木から離れた。ふわりと柳墨に襲い掛かるその炎の動きは早い。
 触れられた場所が、酷く痛む。柳墨は、河伯の槍と呼ばれる、魔力を帯びた槍を振るい、怨霊を振り払う。青白い炎が、ひときわ大きくなり、うねるように燃え盛る。
 慈海が日本刀法城寺正弘を抜刀し、上段から叩き込む。
「こっちこっち♪」
「援護するよっ!」
 文那の武器は長弓梓弓だ。弓の射程は長い。文那は易々と仲間達と被らないような場所を確保する。背嚢を置くと、ぎりと、音を立てて弓を引き絞る。空を裂いて飛ぶ矢は揺れて逃げようとする青白い炎を掠めた。
「逃がさないようにしなくてはな!」
 矢が飛ぶのを良く見て、梓が大極と八卦で陽中の陽を表す乾の記号三本線が刻まれた小太刀、照陽を抜刀する。怨霊はその魔力ある小太刀を避けようと、僅かに上に浮き上がる。
「避けて!」
 ネリネが、仲間達に魔法を使う為の合図を送る。詠唱を終える時間は充分に貰った。金木犀の木を痛めないように、魔法の範囲もきちんととってある。仲間達も、ネリネの合図で、襲い来る怨霊を魔法の武器で弾き飛ばしつつ、退避するのを確認した。どうしても、怨霊が動くので、完全とはいえない。そこに、文那が取り出した鳴弦の弓の弦を鳴らした。怨霊は、その弦の音で、僅かに動きが鈍る。ネリネは、にっこりと笑った。
「凍えるがいいわ‥アイスブリザード‥!」
 真っ白な吹雪が怨霊を打ち、金木犀の黄色い花を余韻で吹き上げた。吹き上がった黄色い小さな花は、再び、はらはらと金木犀の木と、冒険者たちに黄色の粉雪のように舞い落ちる。
 最後の灯火だろうか、燃え上がる怨霊に、柳墨の槍が突き刺さり、走り込んだ、梓の小太刀が炎を裂き、上空へとふらふらと逃げようとする怨霊へ、文那の矢が貫いて飛んで行った。
 怨霊の青白い炎は、青い空に溶けるように、掻き消えたのだった。

●金木犀の木の下で
「幽霊さん成仏できたのかな」
 舞い散った黄色の花を軽く払い、辺りを見回す文那は、後でお供えでも持って来ようかと思う。結局誰だかわからなかったけれど。
 ありがとうと、ついてきた依頼主の猟師は冒険者達に頭を下げた。そうして、あんなものに効く弓があるんだなぁと、文那が放った矢を拾い、曲がり具合を確かめる。実態の無い者に当たった矢は、特に歪みもせず、文那に返されて。ちょっと得したかなと笑い、文那は猟師から受け取った矢を矢筒に戻した。
 強い風を遮る森の木々に囲まれて、天からは暖かく太陽が照らす、小さな場所。
 ちいさな場所に見上げるほど大きな金木犀が黄色の花を、はらり、はらりと甘い香りと共に落とす。
「いい匂い‥これで香水とか‥作れないかしら‥」
 舞い落ちる金木犀の花を手にして、ネリネ・オペディルム(ea1768)は、ほぅ。と、小さく息を吐く。淡く甘い香りはしばらく彼女を楽しませるだろう。けれども、甘い余韻を残して消えるのが時期の花というものでもあるようだ。
「ん。花の香といい、寝心地といいこれは確かに心地よい」
 ごろりと寝転んだ柳墨は、程よく乾き、太陽のぬくもりを残す大地の上で深呼吸する。ふうわりと、香る甘い金木犀の香りが穏やかな眠りを誘うようで。
「夜になったら、お酒とか飲まない?」
 依頼人の猟師に、退治出来た事だし、皆呼んで、花の香りと酒の香りとで一緒に飲もうよと、言うと、猟師は嬉しそうに頷き、仲間を集めてくるよと金木犀の木を後にした。
「僕は、お酒も飲めないし、金木犀の香りの中で転寝してるよ♪」
 慈海と猟師の話を横で聞いていた文那は、お酒かぁと、首を左右に傾げながら、居心地のよさそうな場所にごろんと横になる。上を見上げれば、小さな花が、時折、はらりと視界をよぎる。その向うには、晴れた青空が広がり、気持ちの良い空気を胸いっぱいに吸い込むと、知らず知らずのうちに穏やかな眠りの淵へと沈んで行く。
「どんな理由があるんだろうね」
 猟師を見送り、振り返ると、大きな金木犀の木。
 銀木犀のような爽やかな香りでは無く、確かに金木犀の香りで、けれどもその香りは、ほんのりと漂うほどの甘い香りで。優しい気持ちになる。大きな花の木の下には、何かが埋まっているのかもしれないねと、こっそり呟いた。
 そんな文那を見て、梓もその穏やかな午睡の時間に身をゆだねる。確かに、この木の下では、食べ物の匂いは無粋だろうと、納得する。淡い香りを食欲で消してしまうのはもったいない。
 昼下がりは、まるで時間が止まったかのような一瞬がある。僅かなその黄金の時間を、幸せだなと呟いて。
 仲間達が、寝息を立てている。
 最初に穏やかなまどろみから目を覚ました柳墨は、金木犀に手を合わせた。
 誰だかわからなかったが、昼寝に来た迷える魂が、穏やかな眠りにつきますようにと。
 身体のあちらこちらに降り注いだ金色の小さな花は、しばらく彼等の袖や髪に留まって、秋の名残りの甘い香りを振りまいていたという。