月の浜の御伽噺

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月10日〜11月15日

リプレイ公開日:2007年11月18日

●オープニング

 ぽっかりと浮かぶ月。
 黄色身を帯びた満月が呼ぶのは切ない秋の風か、冬の初めの冷たい風か。
 海鳴りが聞こえる、砂浜の中の小さな岩場に、六枚の羽根を震わせて、赤紫の鱗を照らし出し、大きな蛇がぐったりと打ち上げられていた。それを発見したのは、貝やワカメを収穫しに来た村の女衆である。
 その蛇は、穏やかな瞳をしていた。けれども、酷く傷ついているようで、ざっくりと裂けた腹には、血が凝っていた。
「寄るな」
 その六枚の羽根を持つ蛇の言葉が無ければ、女衆は、酷い被害に会ったろう。
 迂闊に転げ込んだ犬が、浜辺の砂から起き上がった、砂で出来た男に飲まれてしまったのだ。
 昨日までは、何事も無く、浜に下りて、ワカメや貝の収穫が出来た。それなのに、今夜に限り、なぜ?
 異変は、その六枚の羽根を持つ蛇なのだが、危険を知らせてくれた事といい、穏やかな瞳といい、女衆にはその大きな怪物のような蛇が悪い物だとは思えなかった。それよりも、仲間の愛犬を飲み込んだ砂の化け物の方がイヤらしい。
「大丈夫かぃっ?!」
「‥‥」
 女衆が、六枚の羽根を持つ蛇に問いかけても、返事は無い。
 返事が無いという事は、大丈夫のはずが無い。
 女衆は、弱いものにはめっぽう弱い。それが、見知らぬ化け物のような姿でも、自分達を危険から遠ざけてくれようとしたのなら尚の事だ。
「傷口が治らない見たいなんです」
「治ったら、きっと自分の居場所に戻ると思うんですよぉ」
 数人でギルドにおしかけた浜の女衆は、その六枚の羽根を持つ蛇に心を砕く。その蛇は、夜になると、月を見上げて、ひときわ切なそうな表情をするのだという。
「何より、砂の妙な奴が気に入らないじゃないですか」
 このままでは、漁も出来ない。男衆が海に出る浜はまた別だから、不自由はしないけれど、女衆の浜を占拠されては、気分の良いものではない。はっきりいうと、女衆は、非常にむかっ腹を立てている。
「世間様はいろいろあるみたいですけどね。あたしらは、日々の生活が出来ればそれでいいんですから」
「そうそう。可愛そうな蛇一匹助けられないで、どうするって事ですよ」
 その六枚の羽根のある蛇は、小山ほどもある大きさであるのに、まるで自分達が守らなくてはならないかのように言える、女衆の逞しさには恐れ入る。
「ええっと。じゃあ、砂浜の化け物退治と、蛇の治療が依頼で良いですか?」
 圧倒される女衆の剣幕に、いつもの倍の低姿勢を見せるギルドの受付であった。

●今回の参加者

 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea7767 虎魔 慶牙(30歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea8191 天風 誠志郎(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb9090 ブレイズ・アドミラル(34歳・♂・侍・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ec3613 大泰司 慈海(50歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●月の浜辺
 月の光が明るく照らす夜の浜。砂色の浜は、砂粒が月光を反射してちらちらと光る
 羽織が海風に僅かに揺れる。天風誠志郎(ea8191)は、岩場の上で横たわる、六枚の羽根のある蛇を眺めた。
「色々疑問点はあるが‥」
 まずは、蛇の保護と、砂から起き上がる妖を退治しなくてはならんなと、呟いた。
「どうして怪我をしちゃったんだろうね」
 どう見ても年配の渋い姿なのだが、何所か可愛らしい仕草で大泰司慈海(ec3613)は首を傾げた。羽根の生えた蛇なんてと、月の光に僅かに光る、真っ白な羽根に見とれる。
「六枚羽で赤紫の鱗を持つ大きな蛇‥月精龍、みたいね」
 物事には理がある。そんな理をよく解そうと日々研鑽するステラ・デュナミス(eb2099)は、長い冒険者生活の中で聞き及んだ記憶を引きずり出す。銀色の髪が月光を反射して、ちらちらと光る。淡く炎の色を浮き立たせ、自らの力となすと、微笑んだ。
「まさか、こんなところで会えるとは思わなかったわ。ぜひ話をしてみたいけど‥」
「月精龍と言うのか。苦しんでいると有れば、助けに行かない訳には行かない」
 ブレイズ・アドミラル(eb9090)は仲間達を振り返る。
「人でなくとも悪でない以上、怪我したものを放っておけない」
 医師としても、冒険者としても。そうカイ・ローン(ea3054)は思う。ブロムと呼ばれる石像に、砂浜へと歩くように短い命令を与える。女達の話によれば、砂浜から急に起き上がるモノが居る。ならば、石像囮に出して様子を見ようと。
「俺が行ってもかまわないんだがよ」
 ゆさりと肩を揺らして、豪快に笑うのは虎魔慶牙(ea7767)だ。切って切って、切りまくれば良いんだろ?と、淡くその身が桜色に光った。
 
●砂男
「砂っぽいなら、水で固めたら動きが鈍くならないかしら?」
 ステラには一計があった。高まった力は、海の水を砂浜に落とそうとする。しかし、その魔法は海という区切りの無い水を移動させる事は出来ない。多少大きくても、区切られた場所にある水ならば動かす事は彼女には出来ない事は無いのだが、何所までも続く海には太刀打ちは出来なかった。
「樽の水じゃあ、少ないねぇ」
 何しろ砂浜は広い。樽に水を汲むのも限度がある。女衆が慈海を快く手伝ったが、樽の数にも限度がある。
「いいんじゃねぇか?出てきたら倒すだけだろ?」
 なぁ?と、ざんばらな銀色の髪をかきあげると、斬馬刀を担いで、慶牙が笑う。体力勝負だが、囲まれなければいいだろうと、また笑う。
「出現の仕方といい、多分砂男。確か、砂男は獲物を待ち受け狩りをする魔物だったはず」
 漆黒の瞳を眇めて、誠志郎も自身の得物に手をかける。
 砂男。砂漠や砂地に潜み棲む、始末の悪い不定形生物の仲間だ。通常は砂に紛れ、誰かが踏みつけると突然姿を現し、太い腕で殴りかかる。獲物に取りついた後はそのまま包み込んで絞め殺し、自身の養分とするという。
「砂男、ねぇ。どれほどに強いのか興味はある」
 地響きを立てて、カイの命令に従った石像が砂浜へと歩いて行く。
「下がれ」
 どうやら、砂浜に入って来そうな冒険者達に、月精龍は羽根を震わせ、首を上げ、警告を発する。静かに響くその声から、確かな知性と落ち着いた性格とを感じさせる。
 女衆がかばうはずだ。
「出たぞ」
 ブレイズが一尺もある長い野太刀を軽く振るうと、走り出す慶牙と誠志郎の後に続く。砂が固まって出来たような、いびつなひとがたが起き上がる。手足は太く、顔ははっきりしない。石像が歩く度に、軽い衝撃を石像に与えてから、むくり、むくりと起き上がる砂男。石像に絡みつこうとしては、砂に戻るかのように地に落ちる、それを逃さず一撃を与えに冒険者達は走る。その足音は、砂に落ちようとする砂男達を、僅かに留め、留まった砂男へと足を進める。
「囲まれるな」
「おうよ」
 多勢に無勢という言葉がある。誠志郎がアマツミカボシと名のある霊刀を振るう。天から降り落ちた星の神より作られたといわれる魔法の刀の刃は、まるで意思を持っているかのように紫色に輝く。そう、助けなくてはならない月精龍の鱗のように。
 宝槍三叉戟、毘沙門天で、走り込む仲間達の背後から、援護をするべく走るのは慈海だ。流石に樽を持って移動は出来ないが、何体も現れる砂男に、六尺ほどあるその戟は近付かなくても傷を与える事が出来る。誠志郎の霊刀が月光を受けてひるがえれば、よほどの事が無ければ、砂男は致命傷を受ける。
「水が駄目なら、火があるのよね」
 仲間達に当たらないようにと範囲を気をつけ、ステラの身体はまた淡く炎の色を僅かにまとう。
 ごう。と、音を立てて、地中から火柱が上がる。砂に伏している砂男達は、火魔法に炙られて、その身を晒し‥晒すだけでは無く、当然痛手も受けていて。
「さぁ、派手に蹴散らすぜぇ!」
 豪快な笑い声と共に、慶牙が斬馬刀を唸らせ、砂男へと間合いを詰める。
「逃さないようにしましょう」
 ブレイズがステラの位置を背に庇うように動きつつ、空を裂いた音と共に砂男の身体に野太刀を叩き付け。
 広い砂浜で、起き上がる砂男達の殲滅は、着実に行われていった。

 一方。多い荷物で空飛ぶ箒に乗るのは不都合だったカイは、海岸にバックパックを置くと、祝福の魔法を自らにかけ、身軽になって箒で空を飛ぶ。遠回りして、波が打ち寄せる岩場へと慎重に寄っていく。すぐには月精龍に近寄らないで、声をかけた。
「羽の生えた綺麗な蛇さん、先日助けて貰った人達がそのお礼をしたいと治療に遣わされた者です。そちらにお伺いしてもよろしいですか?」
「これはまた、大層な力ある者達よな」
 動くのも億劫なのか、僅かに目を開けて月精龍はカイを見て頷いた。とりたてて威嚇されるわけでも、攻撃されるわけでも無く、カイは月精龍に近付く事が出来た。丁寧に名前を聞けば、『揺籃』と告げられる。
「派手よな‥」
「何かに切られましたか?」
 火柱を眺め、次々と屠られる砂男を見て、呆れるような声で、喉で笑うかのように揺籃が呟く。カイの手によりその裂けた腹の治療が終わる頃には、砂浜には静寂が戻っていた。

●月精龍の溜息
 ほかほかと湯気が立ち上る握り飯の山を見て、月精龍揺籃は喉の奥で嬉しそうに笑う。人と同じ食物が主な栄養源では無いだろうが、女衆の好意を無下にする事はしたくないのか、僅かに口にする。慈海が女衆にお願いしていたのだ。
 冒険者達も、朝日の昇るまでまだ間のある月の夜更けに、月精龍を囲んで、握り飯を頂いていた。
「ほんとは、無理は禁物だと思うのよね」
 治療は傷口を塞ぐだけである。体力や気力が回復するには、それなりの時間がかかる。女衆を止めて、被害が拡大するのを防いでくれた揺籃に、冒険者としても、礼を言う。そうして、月精龍が何を元に回復するかまではわからないけれど、今回はこれれでさようならをするつもりでいたステラだった。お礼を言いつつ困惑する彼女に揺籃は感謝の意を告げる。
「さても、女人は情が深い」
 その声は何所か遠く。
 ブレイズが揺籃を覗き込む。
「この様な所に揺籃殿が居られるとは、一体何が有ったのだろうか?」
「おお、そうよ!何故に怪我を負った?月精龍ともあろう者が珍しい」
 慶牙も、その派手な切り口を見て目を丸くした。めったな事では姿を見せないかの龍が、動けないほどの遅れをとるとはと。誠志郎も同じように揺籃の傷口が気になっていた。刀傷かと思えば、似ているが、どうもそうでは無い。何故傷ついたのか。それは冒険者達皆が聞きたい事でもあった。
「棲みかを追われたのだよ、大きな力ある方々」
 何故、急に砂男が大量に現れたかまでは、揺籃は世の理の不思議であろうと、喉の奥で笑い、祭りは変わっただろうかと、ブレイズに聞き返す。自分もこの地に棲んでいるのだよと。慈海の「月から来たの?」というかわいらしい問いには、傷を負った腹が揺れるほど笑って、同じこの地から生まれ出でると答え、慶牙には、随分久し振りに人に会うと答え、万物の創造主では無いからなと、喉の奥で歌うように笑うが、風翔龍という言葉に僅かにその目を閉じた。
「何処かに今だ知られてない遺跡とかの情報はないかな?」
「何所にでも遺跡は在るといえるし、無いといえる」
 いずれこの地も遺跡になるかもしれないとカイに笑い、そうさなと、目を閉じた。
「この近くにもあるにはある。私が棲んでいた洞窟だ。今は血塗られた場所となったが」
「怪我をして帰れないの?それとも帰れない事情があるの?」
 慈海の質問に、風翔龍がの。と、揺籃は呟いた。
 自分のペットの事なのかと、慶牙が声をかけると、飼われているものがいるとは驚きだったと笑い、そうでは無いと地に零すかのような溜息が吐かれた。
「迷宮というほどの場所では無いが、我の棲みかはそれなりの洞窟でな。月の光が良く入る入り江の中の波音のする静かな場所であったよ」
 今は、風翔龍と一つ目巨人が居座り、様々な邪悪が増えているかもしれないと零した。
「この傷は、もしや‥」
 爪跡なのかと、誠志郎は思ったのだが。揺籃はまた、目を閉じて、真空の刃が入ったのだよと冒険者達に話した。つい最近、情を交わした娘が居たと。その娘はとりたてて人目を引く娘ではなかったが、好ましい娘だったと。
 娘が老いて儚くなるまで洞窟で一緒に暮らせたらと思っていたと。
 その願いを血塗れにしたのは風翔龍と一つ目巨人。揺籃が財を隠していると信じて洞窟を襲ったのだと。
「娘さんは?」
 逃げる途中で力尽きたのだと。
 自分もここで命尽きるまで居ようかと思ったのだが、さても、女人が酷い目に会うのは見ていられず、声を上げ、それがきっかけで助けてもらう事になったのも何かの縁であり、月の導きでもあるだろうと、しみじみと呟いた。
 一度目は偶然。二度目は運命。
 また会えたらと含みを持たせ、手当ての礼を言うと、月の夜空に飛び立った。