湯煙の御伽噺
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■ショートシナリオ
担当:いずみ風花
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:12月04日〜12月09日
リプレイ公開日:2007年12月13日
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●オープニング
山に雪が降る。
曇天から落ちる小さな花弁のような白い雪がはらはらと舞い落ちる。
山に冬が来るのだ。
その山は、険しい岩場の多い山であったが、傷に良く効く秘湯があるという。大人の足で半日も登らないと辿り着かないので、一般人は山の下の温泉につかるのだ。
山の下の温泉といっても、やはり山の中。冬になれば、人も減る。雪が降れば、行き来が難しくなるからだ。もう、冬篭りが近く、客もまばらなそんな温泉街。
とても綺麗。
そう、女は思った。
山の中の秘湯の近く。岩の裂け目にちらりと覗いたのは、燃え盛る炎の色だった。鮮やかな赤が様々な色を反射して燃える。
もう少し、近くで見ようと岩の裂け目を覗き込む。
炎は、火の粉を散らし、暗い岩の裂け目──洞窟の中で花が咲いたかのようで、とても綺麗。
「!」
溜息をついた女は、足を滑らせてしまった。そうして、ずるずると炎の龍。炎龍の居る場所をも通り過ぎ、真っ暗で狭い裂け目へと嵌り込んでしまったのだった。
炎龍は、何者かが落ち込んだ場所を覗き込む。女は、さっきまで綺麗だと思って見ていたはずなのに、とても怖いと思ってしまった。声にならない声が喉の奥で上がる。涙が、ぽろぽろと落ちる。ここで、死んでしまうのかもしれないと。
のしのしと、洞窟内を歩き回る炎龍の足音が、小さくなる。とりあえずは、居なくなったのか。でも、また来るかもしれない。
「痛い‥」
落ちた拍子に足を痛めたのだ。これではこの場所から動けない。
「女、しばし待つが良い。助けを‥呼んできてやろう」
銀色にこぼれた光と声に女は顔を上げた。
陰になってよく見えなかったが、大きな人では無い者がこちらを覗き込んでいた。ばさり。ばさり。翼の音が聞こえた。
穏やかな声に、女は大丈夫と、ほっとする気持ちになれた。
地響きを立てて炎龍がやってきても、もうさっきよりも怖くは無かった。
秘湯のある山の麓の村の街の世話役の家。
月が眩しいそんな夜に、世話役は声を聞いた。
「秘湯近くの割れ目に女人が落ちた」
夢うつつで、聞く声は、穏やかで優しい声だった。
「わけあって、姿を現せないが、ここに報酬を置こう。頼む、冒険者ギルドに人をやってはくれないか?炎龍の棲みかである洞窟の中、さらにある裂け目に落ち込んだ女人を助けてやって欲しいと」
おぬし等は、炎龍を刺激してはならぬから、近寄るでないよ?と、まるで徳の高い僧のような穏やかな声の主は念を押していった。ばさり。ばさり。羽音が耳に残る。
世話役の枕元には、高額の金子が置かれており、朝日が昇ると同時に、秘湯に一番近い村の者が、女が一人、湯につかりに行ったきり、帰らないと報告を受けた。
はらはらと雪が舞い散るその湯の場所には、誰も居らず。
「いいかい?山に入ってはならないよ?どうやら、危険な龍が居るようだ」
世話役は、冒険者ギルドへと人を走らせたのだった。
●リプレイ本文
僅かに降り落ちる雪は、次第に増えていく。山に本格的な冬が来るのだ。
「本当の依頼人って、誰なのかしらね」
舞い落ちる白い雪の色した、光沢のある髪をかき上げ、セピア・オーレリィ(eb3797)が、山を見る。炎龍の存在を教え、依頼の為の金子を置いて行った。悪意ある者では無いのだろう。少し気になる。
「まあ、困ってる人は放っては置けないしねぇ?」
「はい、です。それに、何といっても温泉です」
「そーよね♪ 温泉を堪能するコトも大事よね♪」
水墨で描かれた様な景色の中、鮮やかな桃色の髪と、お日様の光のような髪の女性二人が笑いあう。御陰桜(eb4757)とルンルン・フレール(eb5885)の二人だ。
「もちろんです。女性の体調を確認して差し上げて、温泉なのです」
明るい笑顔で頷くと、七瀬水穂(ea3744)は何やら大荷物を抱えていた。
「必ず救出しなくてはなりませんね」
穏やかに微笑むのはルーラス・エルミナス(ea0282)だ。英国紳士たるもの、女性の危機を見過ごす事など出来ない。
だが、それにしても。と、ルーラスは仲間達を見回した。
見事に女性ばかりである。
そういう事もあるでしょう。と、ひとつ頷き、水穂と同じく、何やら荷物を持ってきていた。
炎龍をおびき寄せると決まったが、何に心惹かれるかはわからない。だが、この地の奥に住まうならば、この地の物に惹かれるのかもしれないと思ったのだ。何時からこの地に居るのかはわからないけれど。
「ただ、住み着いているだけなのでしょうか」
そんな龍を退治したくは無いものだと、ルーラスは思う。
用意したのは吹き溜まった硫黄に、温泉卵。そうして、沢山実っていた柿を分けてもらった。どれかが当たると良いのだけれどと山を見上げ。
「雪が本格的になる前に救出せなあかんどすな」
行きますえと、西園寺更紗(ea4734)が仲間達に声をかけた。
「大丈夫どすか?今助けますよってに大人しゅうしておいておくれやす」
更紗は、小さな割れ目から見える女性に、そっと声をかけると、顔を上げた。女が落ちた割れ目は、情報にあったように、人ひとりが入れるだけある小さな割れ目だ。
「女の方が落ちている割れ目以外は、見つからないのです」
他に割れ目を探すルンルンは声を上げる。
そもそも、割れ目がある事を村人は知らなかった。知っていたら観光客に注意もするだろうし、何らかの対策を打っていた。その割れ目が昔からあれば、誰かが知っていてもおかしくない。新しい亀裂なのだろう。
割れ目を探し、女性を見つける事から冒険者達ははじめなくてはならなかった。大きな割れ目があれば、炎龍は外に出てきていたかもしれない。そうなれば、目撃談はもっと増えたはずだし、依頼は違ったものになったろう。
見上げて月が見えたという事は、地に落ち込んだという事で、炎龍が地上に上がってくる程、低いものでは無かった。
「陽動作戦、そのものが、使えないという事なのですね?」
焚き木を拾い集めて、火を焚いて、その火に興味を持ってはもらえないだろうかと考えていた水穂は、うーん。と首を横に傾げるが、でもやっぱり、火は焚くのですよと、拾ってきた木々に火をつける。救出後に温まってもらいたいし、懐からこっそりと出したのは、芋と栗。焼けたらほくほく美味しいのです。と、満足気に微笑むと、せっせと準備を始める。淡く炎の色に光ったのは、焚き木の火が万が一、炎龍についていかないようにと、自らの支配下においたのだ。
「ふふふ。みんなでぬくぬく食べるのです。元気が出るのです。決して私が食いしん坊というわけでは無いのです」
いい香りに、魚でも焼いておびき寄せとか、漠然と考えていたセピアが覗き込むと、水穂はにっこり微笑み返し。
桜の周りに煙が巻き起こった。問題の炎龍が何所に居るのかはわからないが、春花の術の範囲に居てくれる事を祈る。正確な範囲はわからない。だが、やらないよりは、やった方が良い。
駄目もとなのだからと、割れ目目掛けて放った術は、不安げに見上げている女性をも眠りに誘う。
「大丈夫です。忍者感覚に感知有りです」
セピアがロープを繋ぎ合わせている間に、ルンルンが巻物を開いていた。ふっと笑う彼女の手には、呼吸を感知する魔法の巻物があった。ルンルンは、大きな生き物の息を感じ取っていた。割れ目から離れた場所で、規則正しい呼吸がする。
冒険者達は、危険を回避する為に、洞窟の奥まで入って確かめることは出来なかったが、さして警戒もしていなかった炎龍は、桜の春花の術に見事にかかっていたのだった。
更紗がルンルンにロープを手渡す。
「ルンルンはん」
巻物を開くと、ルンルンの姿は消えた。姿を消す魔法だ。彼女は、ロープを伝い、慎重に割れ目を下っていく。洞窟の内部は暗い。よく眠っている。
再び、呼吸を感知する魔法の巻物を開けば、同じ位置で、大きな呼吸を確認する。
(「動いていないのです。眠っているのか、気がついていないのか‥どっちにしてもラッキーです」)
女性をロープで固定すると、ルンルンは、また巻物を開いて、仲間に声を届ける。静かに。そっと。女性は炎龍の洞窟から救出された。
「炎龍‥か‥」
確かに、炎龍は脅威だろう。だが、この小さな割れ目からでは出てくる事は出来ないのでは無いかとセピアは思う。攻撃的になっているわけでも無い。ならば、そっとしておけば良いと。そう思うのだ。
助け出された女性の足の腫れをかいがいしく手当てする水穂の手から、ほこほこした芋が手渡され。湯気立つ芋に、はらりと雪が落ち。強張った顔をしていた女性は、ようやく笑顔を見せたのだった。
「村に知らせを持って行ってくれる人が居てくれたりすると、すっごくありがたいと思うのよねぇ?」
頬に指を当てて、小首を傾げる桜に、ルーラスは私ですね?と微笑んだ。皆さんでどうぞと、酒を手渡す。温泉には興味があるが、もとより、女性の数が多い。英国紳士たれと何時も自分を戒めるルーラスは、当然のように桜の提案を受ける。
「危険は無いかと思いますが、充分に注意なさって下さい?」
依頼をした声の主が現れないとも限らない。悪意ある者では無いのだろうが、何しろ女性ばかりだと。
しかし、女性といっても、ここに集うのは、救出された女性以外は歴戦のツワモノだ。ふふっと笑うと、桜はさらりと実力行使を告げる。
「大丈夫、大丈夫♪ 覗きとか出たら、眠らせて簀巻きにして転がしておくから」
「駄目です!もしかしたら、お忍びで来られている、何処かの王子様だったらどうするんですか?」
きゃーっ!と、一人盛り上がるのはルンルンである。すっかり妄想のお花畑を展開しているのは、放って置かれたり。
「うむ。大丈夫なのです。露天風呂は混浴と決まっています」
水穂が、ルーラスから酒を受け取ると、持参の甘酒を掲げて笑った。準備は万端。温泉にて雪見酒。
はらり。と、落ちる雪は、さして降りしきるほどでも無く、程よく情緒をかもし出す。低い雲の切れ間には、冴々とした月が見え隠れして、これもまたおつなものでは無いかと、うきうきが止まらない。
「誰であれ、顔を出してくれたらお礼が言えるわね」
軽く方を竦めると、セピアは、ルーラスさんも一緒で構わないのに?と笑った。
温泉は、横長に三軒、縦幅に一軒ほどある、意外と広いものだったが、周りが急な斜面になっており、見晴らしはあまり良いとは言えない。
翠の色を僅かに落としたかのような、透明な温泉の効用は傷に効くと言われている。傷ついた動物達も、普段は追う追われるの間柄でも、この温泉の周りでは、決して争いをしないのだと伝えられている。
「すべすべ〜っ!」
ほんのわずか、とろりとし、救い上げるとさらりと零れる温泉に、水穂はつるっと腕を撫ぜた。
「それにしてもお風呂だと胸が楽で助かるわねぇ♪」
きゅっ。きゅっと、フェイスラインをマッサージしていた桜が、ううんと伸びをする。湯煙が全てを見せてはくれないが、ぷかりと浮かぶ魅惑の胸には、同性でも思わず視線が行ってしまう。
「生き返るのですっ!」
これの為に来たのです〜っ!と、心の中で盛大に叫んだ水穂は、きゅっとお酒を口にする。
「雪見酒なのですね〜っ♪」
夜空を見上げれば、時折見える月明かりに照らされて、至近距離に雪を見つける。暗い山の中では、視界が利くといっても、僅かなもので。
くったりと身体を伸ばした女性達に、何所からか声がかかる。
「感謝する」
「誰ですのんっ?!」
お酒の香りにふわふわとなっていた更紗がざばっと立ち上がる。一応、湯浴み着は着込んでいたが、濡れた湯浴み着はぴったりと身体にまとわりつく。
「‥温泉では、人も精霊も、お猿さんも、皆一緒なのです。ご一緒にどうですか?」
うむ。と、水穂が声のする方へ呼びかける。
「ありがとう、だが遠慮しよう。女性ばかりではないか。私の方が恥ずかしい」
助けられた女性も、声のする方へと感謝を述べると、良かったなと、喉の奥で笑ったかのような声がして、気配が立ち消えた。
「あれは‥‥?」
茶色の雛鳥を湯に遊ばせながら、月を眺めていたセピアが、空に影を見つけた。月へと向かって飛んで行くのは、六枚の羽を持った‥。
その少し前、村へ報告する為、山を下るルーラスにも声がかかっていた。
助け手に感謝する。と。
「何故此処に居られるのでしょう?」
何かあれば、力になりたいと言うルーラスに、喉の奥で笑うかのような声が遠く聞こえる。怪我を治しに。だが、もう大丈夫だ。思わぬ出会いに感謝しよう。皆にも。何かあれば、私も力になろうと。
そう、小さくなる声の方角へとルーラスは小さく頭を下げた。
飛んで行く姿は、六枚の羽のある‥。
誰も名を問う事をしなかったが、飛んでいったのは月精龍。名を揺籃と言い、酷く人好きな龍であった。
一度目は偶然。
しかし、二度目に会えたら‥。