山茶花の涙

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月18日〜12月23日

リプレイ公開日:2007年12月27日

●オープニング

 寒くなってくると人恋しくなってくる。
 何気ない瞬間に、ふと寂しさが押し寄せる。

 とっくに忘れたと思っていた気持ちが戻ってきてしまうのは、お初がまだ一人身だからかもしれない。
 随分前の戦いで、将来を約束した惣太郎を亡くした。
 その時は、呆然として、信じられなくて。その後、泣いて。泣いて。
 泣き続けても尚泣けて。
 ようやく涙が止まったかと思えば、ふとしたはずみ‥思い出の場所、思い出の花、思い出が、まだ忘れていないと涙腺を緩ませて、心臓がばくばくと波を打ち。
 友達が、優しくしてくれるその優しさすらも、わずらわしいものだと思い、酷く自分が嫌な奴になっているのではと、瞼を落とし。
 かと思えば、思い出に微笑んで、笑って過ごせる時期もあり、だが、笑いあって一人になった瞬間に、どうしようもない震えが襲ってくる。
 ───いっそ自分も儚くなってしまおうか。
 そう思った事は一度では無い。
 そういえば、今年はまだ、あの花を見ていない。
 あの人の好きだった山茶花の花を。
 淡い桜色に花弁の縁を染めた山茶花が刺繍してある、遺品の鎧飾りを手に、お初は立ち上がる。また、ふたりで山茶花の花を摘もうと約束した事を思い出し‥‥。

 村外れに山茶花の垣根がある。
 山から来る風避けの為に、山道を交互に挟むかのように植えられている。
 淡い桜色に花弁の縁を染めた山茶花、赤紫に染まった山茶花、真っ白な‥‥山茶花。大きく、色の良いその場所の山茶花は、庭木程度では咲かないと、好まれた。
「死霊侍が出たのです」
 男は早汰と言った。
 数体の怪骨を引き連れた死霊侍が、山から、山茶花の垣根へと降りて行くのを見たという。
「‥‥あれは多分、惣太郎兄さんです」
 早汰の従兄は、随分と前の戦で命を落としたという。
「何で今頃‥‥」
 もう、三年になるという。三年もたったのに、どうして今頃来たのだろうかと、早汰は呟く。
「成仏させてやって下さい。お願いします」
「死霊侍と、怪骨退治‥ですね?」
「はい‥あの、出来ましたら、何か遺品を持って来て‥最後を教えてはくれませんか?」
「最後を?」
「はい。私が同行しては、足手まといにしかなりません。ですが、死霊侍は、兄とも慕う人でした。ですから‥」
 出来れば、山茶花の刺繍の胸飾りを‥と。

 その死霊侍は、胸に、小さな白い山茶花の刺繍の飾りがついた、甲冑を着ていた。甲冑は朽ち果てる寸前のぼろぼろの甲冑だったが、胸の山茶花の刺繍は何故か真っ白で。その小さな胸飾りが、死霊侍が歩く度に揺れる。錆びた日本刀を手にした死霊侍は、虚ろな眼窩を山裾へと向けて歩く。
 曇天の空からは、はらり、はらりと雪が降り落ちる。
 積もる程の雪では無いようだが、白く舞う雪の花が、降っては止み。止んでは降る。
 そんな道を、お初が歩いていた。
 山茶花を取りに。

●今回の参加者

 ea7242 リュー・スノウ(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb3241 火射 半十郎(36歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb4554 レヴィアス・カイザーリング(33歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 eb9659 伊勢 誠一(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec0097 瀬崎 鐶(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ec3613 大泰司 慈海(50歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●連れて行くよ
 よろしくお願いしますと頭を下げる青年を、伊勢誠一(eb9659)は、細い眼をさらに細くして眺めた。思慕と恋慕が交じり合い、複雑な色模様を描き出す、その様は覚えがあった。僅かでも気持ちがあれば、きちんと行動に移した方が良いのだ。思い切れない気持ちを引きずり、複雑な人間関係になってしまうのは自分だけで十分だと思ったのだ。
「断ります。貴方が自分の目で確認すべきだ。そして、それを何とかするのが我々の仕事です」
「‥私は何の心得も無い。皆様の足手まといになっては‥」
 依頼には、依頼人の同行までは書いていない。一般人が戦闘の場へ出かける危険性を早汰は良く知っているようで。誠一の言葉に動揺する。そこへ、大泰司慈海(ec3613)が追い討ちをかける。渋い姿で最初はきちんとした言葉で早汰に迫る。
「早汰、おまえ男だろ? 足手まといとか何ゆってんの?! 世話になった人なんでしょ〜?? 一緒に来なさい!!」
 しかし、やっぱり続かなかった。にこりと表情を緩めると、同行決定ね♪ と、ちゃっちゃと早汰を同行人数に組み込んだらしい。手にしっかりと魔除けの風鐸を握らせる。死霊は鳴っている間彼の近くには寄れないだろうと。でも、これは自然の風が鳴らさないと効き目は無いんだけどネと、おちゃめに笑う。
「‥うん‥問題無いよ‥‥」
 こくりと頷く瀬崎鐶(ec0097)も、早汰同行の同意を示すと、そうですわね、私がお守りしましょうと、リュー・スノウ(ea7242)が穏やかに微笑んだ。
「何より、親しき方を自身の目が届かぬ場で二度失う‥それはあまりに辛う御座いましょう?」
 彼女の連れたフロストウルフのぽちに、早汰は一瞬びくりとなるが、リューに付き従う姿に、恐々ながらも安堵したようである。いいなぁ。と呟くのは慈海である。綺麗なお姉さんが守ってくれるのは非常に羨ましいようだ。
「早汰、死霊侍の最期を見届けてあげてくれ。迷うなら、後悔するよりも、来たほうがいい」
 一緒に行きたい気持ちと、万が一の事を考えて、視線を彷徨わせる早汰に、レヴィアス・カイザーリング(eb4554)は告げる。後悔という言葉に、顔色が僅かに変わるのをレヴァイスは見逃さず、さらに言葉を続ける。
「なにか心当たりは無いのだろうか?三年経っても成仏できず‥何を思い残したのか‥」
 考えていた早汰は、はっと顔を上げた。逡巡する早汰は、冒険者達を見回すと、お初と告げた。
 幼馴染のお初と従兄の惣太郎は恋仲だった。戦で命を落とさなかったら、今頃夫婦になっていただろうと。二十歳になるまでに夫婦になりたいと、お初はずっと言っていた。二十歳まで待つのかと、惣太郎にからかわれ、戦が終わったら祝言という運びになっていたと。
 だが、惣太郎は戦が終わっても帰らなかった。
「君はそのお初という女性に惚れているのだな」
 苦悶するかのような表情に、レヴァイスは頷くと、淡々と告げる。純朴な早汰の心模様など、彼にとっては簡単に読み取れた。
「大丈夫だ。君の元へは近づかせない。約束する」
 レヴィアスが話は終わったとばかりに踵を返せば、準備出来ましたよと、火射半十郎(eb3241)がギルドの外から声をかけた。

●声は届いたのか
「‥惣太郎さんは‥強いのかな」
 小首を傾げて、鐶が早汰に問う。リューも、知っておきたいですわねと頷く。惣太郎の技量いかんでは、侮れない相手になるかもしれないと思ったからだ。けれども、早汰は武芸のたしなみは無く、お役に立てずと、項垂れた。
「死霊は様々ですから‥」
 半十郎は、少しでも仲間の役に立つようにと、自らの体験を話していた。半十郎の言う通り、様々な死霊が居るのでその都度考えなくてはならない。
 山茶花の生垣が見えてくる辺りで、冒険者達は女性の後姿を見つけた。その後姿を見て、早汰は呟いた。どうしてここに?と、言うなり、走り出す。お初も、早汰に気が付き、どうしたの?と、怪訝な顔をした。冒険者の中に居る早汰が、血相を変えているのだから無理も無い。
「‥こんにちは。鐶と言うよ。この先に‥死霊侍とか出て‥ね?退治に‥行くんだ」
「死霊‥侍?」
「胸に白い山茶花の刺繍の入った鎧飾りをつけているという」
 レヴァイスがお初の帯に淡い桜色に花弁の縁を染めた山茶花の武器飾りが下げられているのを見つけて、僅かに目を細める。
 惣太郎さんと呟いて、山を見るお初の手を、そっと取ったリューは、早汰に繋げる。
「早汰さん、お初さんをお願い致しますね?」
 その姿を見たら、お初が駆け出さないとも限らない。頷く早汰は、お初の手を握り締めた。
 山茶花の垣根に入る前に、リューは淡く光を纏う。死霊は彼女の知覚に感知される。
「すぐ‥ですわ」
 その大きさにさほど差の無い怪骨と死霊侍の区別はつかなかったが、山茶花の垣根を曲がれば、すぐに現れる位置に居る。リューはお初と早汰を下がらせて、光球を発生させた。その聖なる光は、死霊を寄せ付けない。
 がこり。
 音が響いた。怪骨が山茶花の垣根から、山道へと歩き出す。がこり。がこり。骨の合わさる音を立てて、怪骨が八体、現れた。その一番奥に、ぼろぼろになった鎧を着込み、日本刀を握り締め、胸に白い山茶花の鎧飾りをつけた死霊侍が現れた。
「惣太郎さんっ!」
「駄目だよ!」
 リューの懸念は当たった。駆け出しそうになるお初を、早汰が必死で抱き止める。それを確認すると、リューはその手に新たな魔法の力を宿すと、怪骨達に解き放つ。
 わらわらと広がった怪骨達に、冒険者達は一斉に攻撃をしかけた。レヴァイスは、淡く桜色に光ると、大脇差一文字を、美しい型から怪骨へと叩き込む。同じく、大脇差一文字を抜き放つと、鐶も怪骨へと向かう。振り下ろされる日本刀を受け止め、流すと、次の一手で一文字を叩きつけ。
「‥粉々には‥出来ないけど‥」
「いっぱい出てきたねぇ」
 十手で、怪骨の攻撃を受けると、日本刀、法城寺正弘を上段から叩き込むのは慈海だ。背後には聖なる光球がある。そちらへ回り込まれないのが救いか。
「中々、辿り着けませんね」
 怪骨を倒さなくては、死霊侍まで手が届かない。十手を前に出し、間合いを計りつつも、まずは手前の怪骨を叩かなくては。後ろ手に構えているエペタムが翻る。
「中々っ!」
 当たりませんねと、半十郎は八握剣を次々に投げる。だが、相手は怪骨だ。頭部に当てようにも、その頭部はいつも動いている。すかすかの怪骨の腹には尚当たりにくいが、カチン。カチンと、骨を弾き、僅かなダメージは入っていた。
 何度か刃を打ち込めば、怪骨はばらばらと地に落ちる。怪骨の数が減ってくれば、今度はその隙間から、死霊侍がゆっくりと現れた。その動きを見ていた誠一が死霊侍の前にと走り込む。振り下ろされる日本刀を、十手とエペタムでがっちりと抑えた。
「これが最後の機会でしょう‥伝わるかは分かりませんが、言いたい事があるなら言っておきなさい」
「待ってたの。ずっと。待ってたの‥お帰りなさい‥」
 それだけ言うと、お初は泣き崩れた。
 死霊侍は、その声が聞こえたのか、聞こえなかったのか。日本刀で、受け流し、再度、誠一を上段から打ち据えようと襲い掛かる。その大きな振り上げに、白い山茶花の武器飾りがぽとりと落ちた。紐が朽ちていたのか‥。
「起きないから奇跡‥という事ですか!」
 何がしかの気持ちが通じればと思っていた誠一は、今度は躊躇せずに十手で日本刀を受けると、エペタムを叩き込んだ。がくりと空いた口から、何の言葉も出ないが、激しさを増す打ち込みに、レヴァイスが、美しい戦いの女神が彫り込まれた白亜の小振りな盾ガディスシールドで打ち込めば、死霊侍の日本刀が手から落ちる。その助けを借りて、誠一は何度目かの打ち込みを死霊侍に叩き込んだ。
 そうして‥。

●雪と山茶花
 泣き崩れるお初に、レヴァイスは落ちていた鎧飾りを差し出す。崩れて無くなってしまっても、二人に踏ん切りがつけば構わないと思っていたのだが、その鎧飾りは何の偶然か‥形を留めていた。
 誠一は、考えていた。言葉が通じたのか、通じていないのかを。何故鎧飾りが落ちたのか。まるで遺品を残すように。遺言でもあるかのように。
「理ならざるものもある‥ですかね‥」
 お初の手に鎧飾りを乗せると、レヴァイスは自身の知っている花言葉を伝える。
「この芳しい山茶花の花言葉は、『困難に打ち勝つ、ひたむきさ』というらしい」
「‥惣太郎さんは自分を大切にしろ、って言ってる気がする‥」  
 ぽつりと呟くのは鐶だ。恋人が亡くなったら、同じようになるかもしれないと思う。
 黄泉路へと旅立った自分など忘れたら良い。吹っ切ったら良い。その為に浅ましい姿で現れて、襲い掛かったのかもしれないと。自分はもうこの世の者では無いからと。
 賑やかに早汰に何かアドバイスをしていた慈海だったが、お初にはとても優しい顔を向けた。辛い記憶でもあるのだろうか。
「お別れって、悲しいものだよね。ある日、突然やってくるから。ほんと、信じられないし、悪い冗談みたいだよね。その人の笑顔とか、自分の名前を呼ぶ声とか、頭から離れないよね。っていうか、忘れなくてもいいんだよ。ずっと覚えてあげていて」
 止まる事など無いのかというほど、泣き続けていたお初だったが、冒険者達の言葉でようやく顔を上げた。涙は止まらなかったけれど。
 慈海の大きな手が、ぽんと、お初の肩にのる。忙しくしてると良いよと。
 時間に余裕があれば、思い出す記憶は補完され、強化され、その思いはいつしか堅牢な城壁を築き、悲しみの城になってしまうから。
「あら。雪‥‥黄泉に囚われた魂の迷い、真白に雪げと降りた様にも‥」
 三人の思いは果たされたのかもしれないと、リューは思う。

 はらり。

 はらり。

 舞い落ちる白い花弁のようなその雪が山茶花の垣根に少しずつ積もって行くのだった。