風舞の洞窟

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:6 G 66 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月31日〜01月07日

リプレイ公開日:2008年01月08日

●オープニング

 月が昇る。
 その浜は静かで穏やかな月光に満ちて、青白い陰影をつけ、海岸に枯れた雑草の間から、水仙の群生が美しい、寂れた美しい場所だった。
 物悲しくも美しいその海岸のある浜の洞窟から、暴風が時折現れる。
 ここ最近は頻繁に。何か癇癪を起こした風の様に、砂浜の砂を巻き上げ、水仙の頭を垂れさせ。草花は風には強い。頭を垂れても、すぐに起き上がる。しかし、このままでは、群生した水仙も全滅だろう。
 ごう。
 暴風と共に飛び出したひとつの陰。
 ごつごつとした岩肌が、浜から海へと崖のように落ち、飛沫が打ち寄せる海に侵食された場所に、ぽっかりと洞窟の入り口があった。そこから、暴風のようなものは飛び出したのだ。
 それを見送るかのように、一つ目の鬼が、一体。のそりと現れると、急な岩肌を登り、浜へと上がった。

「暴風が吹き荒れる浜があるって聞いたんだけど」
「ああ、ありますよ。人気の無い、寂れた浜に、一つ目巨人が居座ってるらしいんですが、被害も無く、様子見になってますね。一番近い人家までは、丸一日以上歩かないと辿り着かないような場所ですから」
「そこ‥探索させてもらえないかな」
「? そりゃ、行っていただけたら、助かりますけど」
 カイ・ローンは、暴風と一つ目の鬼に覚えがあった。
(「ほっとけば何が起こるか分からないし、揺籃をせめて、もとの住処に戻してやりたい」)
 六枚の真っ白な羽根を羽ばたかせて去っていった月精龍・揺籃。
 月精龍は、その性質に話の見返りとして、冒険の手掛かりをくれる事がある。もちろん、ただ待っているだけでは何も語らない。興に乗らなければ、何も語らないだろう。
 カイは、穏やかで人好きの月精龍に、近くに遺跡は無いかと聞いた。
 その答えは、月精龍らしいのか、揺籃がそういう性質なのか、不可思議な‥‥時間の概念を抜いたものだった。
 時が経てば何所でも遺跡になると。
 見えているものの時間は人のものさしで測る時間と、そうでない生き物との間では、余程細かく指定しなければ一致した答えは出ないものなのかもしれない。
 しかし、揺籃は思う場所があった。
 冒険者の面々と顔を合わす事になった原因となった場所。
 それは、海辺の洞窟であるという。
 揺籃の棲みかであった、その洞窟は、今は風精龍と一つ目巨人が占拠しているのだという。彼等は、揺籃が財を隠しているのでは無いかと信じて洞窟を襲い、揺籃の伴侶たる人の女性と揺籃を傷つけた。人は月精龍ほど強くは無い。逃げる途中に力尽きたと揺籃は言ったが、おそらく、最初の一撃で命は無かったのだろうと思う。その亡骸を洞窟に残すのは忍びなく、それ以上惨い眼にあわされないよう、揺籃は連れて逃げたのだ。そのせいで、自身も激しい傷を負った。
(「正しく生きているもの達に害を与える存在は俺は許せない」)
 聞き出した相手と、ギルドに上がっている話とは一致する。暴風が飛び交うのは、多分風精龍だろう。揺籃は、己の棲みかを確保するだけならば、人を巻き込んでまで依頼は出さないだろう。けれども、被害が広がってからでは遅い。
 カイは、一つ目巨人と、もし見つかるようならば、その他の悪しきモノの退治をギルドへと願い出た。

●今回の参加者

 ea2832 マクファーソン・パトリシア(24歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3225 七神 斗織(26歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea3744 七瀬 水穂(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea7767 虎魔 慶牙(30歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb5885 ルンルン・フレール(24歳・♀・忍者・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●サポート参加者

林 潤花(eb1119)/ 若宮 天鐘(eb2156

●リプレイ本文

 水仙の群生する浜は、緩やかに下って切り立つ断崖へと向かっていた。吹き荒ぶ海風に、わずかに背の低い水仙は、みっちりと葉を伸ばし、小さな花を揺らしていた。
 冬空は、薄い青に、灰色を刷いたかのような寒々しい色をしている。吹き込む海風が、底冷えするかのような冷たさを冒険者達に与える。
「とりあえず、一匹って所か」
 斬馬刀を肩に担ぎ、笑みの形に口元を歪ませ、虎魔慶牙(ea7767)はその浜を眺めていた。一つ目巨人が何をするでもなく、四方を睥睨しつつ、行き来をしている。案外、見張りを兼ねているのかもしれない。調査をする仲間も居る。攻め込む前には、ここで待ちかと、愛馬颯を軽く叩く。
 移動はしんどいのよね。と、息を吐くのはマクファーソン・パトリシア(ea2832)だ。体力が低い彼女は軽く肩を竦めて、道程を思い返す。
「風精龍だけならね」
 マクファーソンの卓抜した知識は、カイ・ローン(ea3054)の思い当たる敵──風精龍を容易に解明する。
 風精龍。緑色の外皮を持つ、三間弱の身体を持つ、翼の生えたトカゲ。両翼を広げれば、四間強もの長さを持ち、前肢は無く、鉤爪のついた後肢と、毒針の付いた長い尾を有し、その尾先には麻痺毒。気短に動き回り、風系の専門魔法を全種類発動させる事が出来、風魔法の抵抗を持つ。いわば、荒っぽく、落ち着きの無いのがおおよその風精龍の性質であると言える。単純に強さから引き比べれば、さして負けるような要素は無いのだが‥。
 状況を聞けば、どうやら、風精龍は、その洞窟を頻繁に出入りしているようなのだ。さらに、一つ目巨人が浜には居る。
「種族は違うけど同じ風使いということで協力しているのかな? でも、財宝目宛ならその後も住処を占領し続け戦力を集める理由はないはず。何か裏があるのかな? まあ、今は敵の掃討だけを考えよう」
「居座っている原因ですか‥。でも、やっつけてしまえば問題ないのです!」
 カイから聞く六枚羽の月精龍の怪我の話を聞くと、ルンルン・フレール(eb5885)は、笑みを浮かべて、力強く頷く。何の益にもならない女性を助けるように、話を持っていった、優しい声。そして月に向かって飛んでいったのは間違いなく六枚の羽。放ってはおけません。と、また微笑んだ。
「怪我の治療だったのですね」
 ルンルンと同じく、温泉地で会った六枚の羽を持つシルエットを七瀬水穂(ea3744)も思い浮かべる。出会ったのも何かの縁。
「密かに身のこなしも鍛えたんだもの」
 空飛ぶ箒で位置を確認してきたカイの話を聞き、仲間達は顔をつき合わせてもう一度確認をする。そうして、ルンルンが偵察はお任せです!と、巻物を開く。彼女の姿は、ふわりと消える。姿を消す魔法で、一つ目巨人から離れたのを見計らい、移動する。
「!」
 見守る仲間達は、洞窟に下りる辺りで、電撃が立ち上るのを見た。風の魔法の電気の罠だ。異変に、一つ目巨人の身体が淡く新緑の色を帯びると、ばちばちと、一つ目巨人の身に帯電が起こる。薄曇りの浜で、ほんのりと光っている。電気の鎧だ。そして、雄叫びを上げながら、ルンルンの居る方向へと、地響きを立てて迫る。ルンルンの姿はまだ確認されてはいないが、万が一の事があってはならない。
「私のやれることは限られるわね」
 欲張っても出来る事は少ないから、きっちりと自分の仕事はしよう。と、マクファーソンは炎の色を纏わせる。
「根性爆発なのです」
「ったく! あれは、用意周到って言うのかよ?!」
 水穂も淡く炎の色を纏い、慶牙も桜色の淡い光を斬馬刀に纏わせた。火球が水穂の手から一つ目巨人へと飛べば、マクファーソンから水球が追い討ちをかける。
「行くのです」
「このくらいなんとも無いとか思っているんでしょう? けど‥」
 慶牙さん。と、水穂の声が飛ぶ。慶牙は、魔法が打ち込まれる合図を待って、水仙の群生の中を斬馬刀を構えて走り降りて行く。マクファーソンの倍もある巨体が魔法でよろける。そんな一つ目鬼に、慶牙の斬馬刀から飛ぶ真空の刃。
「そうらあっ!もうお終いかあっ?!」
 地響きを立てて、一つ目巨人が膝を付いた。 

 一方、ひとり、洞窟の前の岩場に陣取るのは、カイだった。各個撃破は可能だろう。数値のみならば。戦闘の判断の境目は何所にあるのか。漠然とした思いを抱えつつも、自らの判断の通り、カイは場所を選び取る。
 ほどなく、岩場の上での電撃を目にし。仲間の危機を知る。雄叫びが聞こえれば、洞窟の中から、一つ目巨人が、ぬう。と、その姿を現した。カイとの間合いは四間強。足場の悪い岩場の上ではあるが、手にするのはピグウィギンの槍。草でできた柄を持ち、魔力を帯びるその槍は、高名な妖精の騎士が戦場におもむく際に愛用するという。
 淡く緑に光る一つ目巨人。その僅かな隙に、カイは岩場から飛び降りた。
「巨人といえども槍ならその目を狙えるか?」
 一つ目巨人に、ざっくりと刺さるピグウィギンの槍。一つ目巨人の大きな手が、あまりの痛みにか、カイを薙ぎ払う。
「くっ!」
「これ以上の居座りは、絶対に許さないんだから!」
 煙と共に洞窟の入り口を塞ぐように現れたのは大ガマ。ルンルンだ。電撃を浴びながらも、岩場を下れば、カイが戦っている。一体ならともかく、万が一、増援が来るようなら、まずい。
 しかし、ルンルンの出した、その大ガマは、洞窟の中から起こる、吹き荒ぶ暴風に吹き飛ばされ、すぐに消えてしまった。やはり、新手が洞窟の中に居た。カイの槍が刺さり、大ガマの体当たりを食らった一つ目巨人はもはや瀕死の体なのが救いか。洞窟の中から、稲妻が、飛ぶ。中は見えないが、距離をとって遠距離攻撃をし続けるつもりなのかもしれない。
 その、瀕死の一つ目巨人に、氷の円盤を投げつけて息の根をルンルンが止めれば、カイの唱える魔法は一瞬のうちに聖なる結界を築いて、稲妻を防ぐ。
「うぉーい」
 慶牙が岩場の上から顔を出す。
「あそこにっ!」
 最悪の状況は何時も予想しなくてはならない。仲間達が崖を降りる途中で、遠くから羽ばたいてくるのは風精龍。ルンルンが声を上げる。風精龍に気を配っていたのは彼女だけだった。何の備えも無い仲間達は、突然現れたかに見える風精龍の攻撃をまともに喰らう。
「嘘でしょうっ!」
 体力が無い為に、仲間達の負担にならないようにと離れていたマクファーソンへと風精龍は襲い掛かる。───遠くから。雷撃。イカヅチがマクファーソンに手傷を負わせる。その暴風は慶牙とカイの愛馬颯とナガレを襲い、水穂の天馬翡翠をも襲う。ルンルンの連れてきていたイワトピペンギンのジィヤは戦闘が始まった時点で姿は無く、愛犬ビスカスも見当たらない。マクファーソンは、そんなペット達を見て、この場に来る事をさせないように指示していた猫達を案じる。
「させない‥青き守護者、カイ・ローン参る」
 雷撃が防御されているのを見て取ったか、洞窟の奥から現れる一つ目巨人は、ぱちぱちと帯電の鎧を着けてはいたが、翻るピグウィギンの槍が、何の抵抗も無くざっくりと入る。
「必殺、忍法影縛り!」
 ルンルンが陽の元へと出てきた一つ目巨人の影を縛ったのだ。一方の、風精龍はといえば、何の対処も考えていなかった冒険者達を笑うかのように一撃を加えた後は、後ろを振り返りもせずに、東の山へと飛んで行った。

「ありがとう。大丈夫よ」
「ん。無理しないで」
 洞窟から、もう何も出て来ないのを確認すると、カイは、手にする薬をマクファーソンに分け与える。遊んでいったのか、深い衝撃は無いようだ。軽い溜息を落とす。
「追い払ったって事になるのかな」
「少なくとも、この地からは」
 水穂も、やれやれという風に、息を吐く。ペット達は脅されただけのようで、酷い被害は無かったが、危うかったと言わなくてはならない。風精龍も、冒険者達と本気で争う気は無かったのだろう。もし本気で戦力を削ぐ気でいたら、離れている弱い者から叩くのは定石だ。その手足をもぐのも。
「洞窟の中は‥ざっと見た感じ、特別なものは無いようですね」
 何故、風精龍はこの地に留まっていたのか。カイは、月精龍揺籃から聞いた話を反復する。財宝があるわけでも無い。ただの洞窟。ほんの四半時、中を見回れば、それ以上の収穫も無い場所だった。一つ目巨人は、倒した数、三体だけで、洞窟の中には生活していたと見られる跡が残るだけであった。
 人里から離れており、寝起きするには十分な広さがある。そこから新たな悪巧みが生まれていたのかどうか、確かめる術は無かったが、これ以上の悪しき者の吹き溜まりにならないで済んだのだ。
 せめて、風精龍を懲らしめて、何か手掛かりが得られていれば、変わったかもしれない。しかし、悪しき風精龍は、冒険者との直接戦闘を避けた。いずれまた、何所かで会うかもしれないが、逃げ去った方角からは何も伺えない。
「接近戦に持ち込むには、魔法を何とかせにゃならん。って、事か」
 一つ目巨人にしろ、風精龍にしろ、懐に入ってしまえば。そう思っていた慶牙は軽く舌打ちすると斬馬刀を肩から下ろす。
「具体案が欠けていたのでしょうか」
 水穂も、小さく溜息を吐く。風精龍を洞窟に引き込むにしろ、どう引き込むのかは考えていなかった。揺れる、水仙を眺めて、寒さに僅かに身を竦ませる。
「ありがとう。でも、とりあえず、洞窟は綺麗になった」
 風精龍を逃がしたのは残念だけれどと、カイは仲間達に微笑んだ。月精龍揺籃のかつての棲みかを取り戻せたのだから、良しだろうと。
「女の人にも家族がいたのだろうね‥」
 カイは無くなったという、揺籃の伴侶たる女人に思いを馳せる。いずれ、揺籃に会う事があれば、黄泉路へと旅立った女性の家族の話が聞けるだろうかと、ふと思う。
 海風が、冒険者達の間を吹き抜けて、群生する水仙の黄色い花弁を揺らして内陸へと吹き込んで行くのだった。