●リプレイ本文
●一日目昼、寒空に雲が流れ
「あけおめ☆」
「新年明けまして‥」
寒空に、風が吹く。黙っていれば渋い壮年男性なのだけれども、にこっと笑う大泰司慈海(ec3613)の口から出るのは、非常に可愛らしい新年の挨拶だった。あけおめことよろ。何所の東北。と、思わせる短縮言葉だったが、場所が場所だけに通じるようだ。そんな慈海に、年の近い忠澤伊織(ec4354)がくすりと笑い、挨拶を返す。灰色の雛鳥、翼と、幼いハスキー犬、三十郎は棲みかにと思ったが飼い主の後を追ってくるもので。小さな二匹を抱え込み、どうしようかと思えば、孵化したトカゲ、月海と、幼い猫、夢希を連れた慈海が、にっこり笑う。人様に迷惑かけなければ大丈夫じゃないかなと。一般人が見て怖がらなければ、よほど注意の必要な場合でなければ、連れ歩くのは大丈夫。
「御祓いも良いって言われたんだ〜」
後厄の御祓いをしてもらえないかなと、社務所を覗きに行けば、構わないよと夢希を撫ぜられた。火は危ないから気をつけてと、逆に心配をされ。
「‥‥火守りって、見てるだけで良いのかな?」
「そうだねー。お掃除とか〜御守りの売り子とか〜御神酒配りとか?」
何かありますかと、社務所に聞けば、一番怖いのは火に悪戯される事なので、よろしくお願いしますと、笑顔を返された。ぱちぱちとはぜる木は、大人がひとかかえもするような、太い木だ。横倒しにしてあるその木は、やはり、長身の大人と同じくらい長く、そんな丸太が何本も燃えている。燃え過ぎないよう、消えないよう、調節をするのは、小さな焚き木と、藁だ。丸太が全て、炭と灰に還るのが丁度七日目なのだという。それまでは、丁度良い火加減を保たなくてはならないらしい。
防寒具を着込む慈海が、空へと舞い上がる火の粉を見ながら、うん。と、頷く。神社を囲む木々が、風に揺れて、火の粉を時折纏わりつかせる。小さな火ではあるから、生木にはよほど引火する事は無いが、火を七日も焚いた空間は乾く。
「火事になったら大変だもんね!」
「そうか‥参拝者‥子供が危ない事をしないように、見張れば良いのだな」
ちょろちょろと走り込んで来た子供等が、火の横を通り過ぎるのを、転ばないと良いなと眺めて、伊織も頷いた。
冷たい風が、舞い上げる火の粉を眺めて、張り番の椅子に腰掛けると、どうぞと出されるのは、身体を温める御神酒と、おつまみの御節だ。ゆっくり飲んで食べながら、炎と木々の香りが冬の冷気に混じって複雑な香りが纏いつくかのようだ。
南の門をくぐり、家内安全、厄災消除、みんなが幸せでありますようにと、御焚物を投げ入れた慈海は、社務所で見てもらった占いに、首を捻る。この国ではあまり見ない、絵札を切った占いは、不思議な風合いを心に寄せる。右に剣を掲げ、左に天秤を持つ威厳のある女性の姿が逆さになって現れた。真っ直ぐにしようとすると、逆さは逆さの意味があるんですよと微笑まれる。
「今年は、どっちつかずに気をつけると、良いかもしれませんよ。そうですねぇ。無理しないで下さいね」
悪いの? と、聞けば、占いに良いも悪いも無く、気をつければそれでまた先の事は変わるものだからと、言われて、そんなものかと絵札を眺め。
恋愛成就も捨てがたく、色々悩んで、やっぱり冒険者だしと、東の門をくぐった伊織は、燃える赤い火に御焚物を投げ入れる。
「今年一年、いいお仕事をいっぱい請けられますように!」
伊織の絵札は、月が描かれていた。月の両脇には狼と犬。真ん中にザリガニの居る川が流れ、遠くには二つの塔。そんな、綺麗な絵札が、逆さまになって広げられ。
色んな事に結論がつくでしょうと。出る結果は、良い物も悪い物もあるんですが、中途半端に諦め無いで下さいねと。あなたのがんばっただけの答えが戻る事になりますから、頑張って下さいね。と、微笑まれ。
●一日目夜、燃え上がる火の粉が夜空へと消え
「っ!」
「けひゃひゃひゃひゃ」
ガユス・アマンシール(ea2563)は、暗がりから現れたトマス・ウェスト(ea8714)の、真っ白い顔に奇妙なペイントが施された面に、思わず腰が引ける。その身体が淡く新緑の色に輝いたのは、何者なのか疑って、息をしているのかどうか、思わず確かめたかったのだった。きちんと呼吸するのを確かめると、銀髪を撫ぜつけて、取り乱した心を落ち着ける。──呼吸が在るから人とは限らないけれど‥。
「失礼しました。そのお顔は仮面ですか。奇抜なお姿にビックリしてしまって」
「かまわないよ〜」
ガユスは、火の番をしつつ、西行‥トマスと夜通し語り明かしたいと思っていた。ペットとか。鉢植えとか。写本とか。しかし、トマスはびしびしと不埒者っぽい者を取り締まりたかった。
「不埒者には、コ・ア・ギュレイトォォ!」
トマスは、明らかに、酔っ払ってぐでんぐでんになって、おねいちゃんに絡みまくって、騒ぎ立てる、場に不似合いな輩を、白い仮面のまま踊るように追い詰める。魔法使わなくてもきっと、怖い。彼の使った拘束の魔法の時間は短いが、不埒者はきっと風邪を引いたに違いない。すこしばっかり行き過ぎではあるが、まあ、酔っ払った挙句に火に突っ込むとか、階段踏み外して足を折るとかするよりはマシと思ってもらえたら幸いである。
ガユスは、年末、恋人達の姿に当てられてしまった事もあり、寂しい冬の夜を、聖なる炎の前で、見知らぬ誰かと語り明かすのも良いかなと思っていたのだが、相手が悪かったようだ。社務所から、お疲れ様ですと、心まで温まるような御神酒と御節を貰う。ざわめく人々と、独特の笑い声を聞きながら、まあ、それも良いでしょうと笑みを作る。
南門から入って、家内安全を祈願する。
「独り身では有りますが、我が家には沢山のペットと鉢植えがあふれております。どうか今年一年私とペットと鉢植えが無事過ごせますように」
ガユスの御焚物は、聖なる火の中に静かに落ちる。
現れた絵札には、女性の姿。タロットカード。ガユスは、見たことのあるカードに笑みを浮かべる。神社でこんなものを目にするとは。出たのは世界。人間、牛、ライオン、鷲の姿が女性の四方を囲む。
「達観する事は無いですよ? 落ち着いてしまわれたら、そこで終わってしまいます」
一歩を踏み出さなければ、何も始まらない。全て身の内で終わってしまえば、それはそれで穏やかではあるが、そこで終りなのだから。望めば良き伴侶も得られるでしょうと。
「あ、あ、アチュー!」
せっかく防寒具を持って来たのに、着なかった。らしい。トマスは、思わずお国言葉でくしゃみをすると、占いを思い出す。回る車輪。トマスも、占いの絵札がタロットカードだと知る。場所場所によって、僅かに絵札が違えど、内容は大差無い。そのカードの名は運命の輪。回る車輪は、次から次へと様々な出来事を運んでくる。今年も落ち着きの無い一年になりそうである。
「家内安全とはいかなかったね〜」
南門から入って、御焚物が風に吹き飛んで、何度も入れなおしたのがこの結果を導いたのか。必要なのは、時間。ゆっくりと、そのうちにと、微笑まれ。
●二日目朝、しじまの中
紫色した空が、次第に色を変える。淡い橙と、青空がまじり、ほんのりと緑を刷いたかのような空。朝の静かな時間は、明ける前から、顔を出す、人。人。人。
しまったと思ったのは、アキ・ルーンワース(ea1181)だ。この国の新年行事は、朝が一番人出が多い。ひょっとして? と思ったその見通しは正しい。
夜のうちに、僅かに小さくなった火種に、焚き木と藁を追加で放る。新しい焚き木に火がつき、藁の良い香りが立ち上る。事前に、火について聞いておいたのが良かった。
「酔っ払いさんが、数人、懲らしめられたみたいですね」
昨夜の出来事を聞いてきた城山瑚月(eb3736)が、くすくすと笑う。同じ魔法使いでも、その性質は随分と違うものだと、一緒に火の番をするアキに視線を向ける。沢山の人出に、火に寄り過ぎないようにと緊張するアキと、体力は無いはずなのに、割と元気だった昨晩の二人。
良かったらどうぞと手渡された千早を、男性は全員着込んでいる。女性は巫女装束だ。防寒具をその上に着込んではいるが、気分のもんだいですからと、微笑まれ。
三つの門を、不思議そうに瑚月は見る。不思議な風習は、きっとあちこちにあるのだろうが、この門は、願い事が入る前からわかってしまうので、気恥ずかしい。
「火の番、頼む」
「ん。了解だ」
火の点いたように泣き始める小さな子を連れて、社務所へと、瑚月が向かう。人いきれに、体調を崩さなければ良いがと、アキを見るが、どうやら、大丈夫のようで、小さく溜息を吐く。
どっと押し寄せた御焚物を投げる人々は、昼近くなると、ぽつぽつと少なくなり、熱気とも人いきれとも、何とも言えぬ空間に、穏やかな風が吹く。
長く考えてから、願い事をする為に南門をくぐったのはアキだ。
国に居る父の無病息災を祈り、御焚物を投げ入れた。そうして、目にするタロットカード。法王を意味するそのカードは、何とも自身に被る事か。大丈夫。父も自分も、側に居る人を大事にしていけば、何も問題は無いだろう。派手さは無いが、しっかりとした人間関係を築いてきた。それが今もアキとアキの父を支えるのだろう。
唯一の妹を嫁に出すまではと、様々に思いは乱れるが、必ず生き延びる。そう、心に誓う理由のある瑚月は、東の門をくぐった。
色鮮やかな絵札に、目を見張る。何の予備知識が無くても、その絵札が命をあらわすものと知れるだろう。太陽と幼子が描かれるその絵札は、逆さを向いて現れた。
「色々、考え過ぎていませんか?」
考えの迷路に陥ってしまえば、その本質は見えませんと、微笑まれる。素直になって下さいと。今の貴方は、様々な事を考え過ぎてはいけませんよと。物事はもっと単純明快かもしれません。何かの糸口になればと、肩を叩かれた。
●二日目昼、小春日和
穏やかに晴れた陽の光りが暖かい。
ふわふわとした真っ白な髪を揺らし、暖かい炎を見つめて、白井鈴(ea4026)は笑顔で居た。神主さんは、穏やかな人だった。絵札を、シャッシャッと音を立てて混ぜたり切ったりする姿が不思議な感じだった。ちゃんとご挨拶をしたら、深々と逆に挨拶を返されて。占われた絵札をぼんやりと思う。南門をくぐって投げた御焚物には、特に深い思いは無かった。こうして神社に来る人々を眺めていると、ふんわりと幸せな気分になるから、良いのだ。
新しい年を迎えて、気持ちが綺麗になっていくその手伝いが出来るなんて、嬉しいことだと思うのだ。吐く息が白い。
「寒いからね」
「寒いの関係あるの?」
「ちょっとだけね」
神主は笑う。背に白い翼のある天使が二つの杯を持ち、水を入れ替えている。その水は地に落ちないで、杯と杯の間を流れる、不思議な綺麗な絵札。それが、逆さまに現れたのだ。大きな手が、鈴を撫ぜた。
「心が知らない間に辛い事になってたね」
自分の思った事と、逆の事を言っては駄目ですよと、微笑まれる。スキなのにキライって言っては駄目。苦手なのに、大丈夫って言っては駄目。もう少し、自由で居ても良いんですよと。
暖かい陽だまりと、暖かい火に、ゆっくりとほどけていくようだった。横では、綺麗な桜色した髪が揺れて。
「桜ちゃんは何て出たの?」
「イイのかしらあれ」
西門をくぐった御陰桜(eb4757)は、もっとらぶらぶ出来ますように♪ と書いて、御焚物を投げた。綺麗な弧を描いた御焚物は、真ん中にぽとりと落ちた。こちらから、積極的に声をかけるだけでは無く、らぶらぶ出来ますようにと願う相手から、もう少し、近くに来て欲しいのだ。気の置けない仲間達は沢山居る。隣に座る鈴もスキだ。けれども、らぶらぶは、その人としたい。
神剣咲舞の差し入れのお茶を手にして、あまり絵柄の良くない絵札を思い出す。
ねじれた角のある牛のような鬼。その下に虐げられる男女。逆さまに現れたのが救いだったが。
「焦らないで下さい」
「焦ってルように見えるの?」
「とても可愛らしいお嬢さんなので、私にはそんな風には見えませんが‥」
気に障ったらごめんなさいと、絵札に目を落とす。
混ぜて切って。誕生日から計算された数を計算され、不思議な形に置かれた絵札。その中の今を示す絵札が、あまり見て楽しい絵札では無かった。
「短気を起こさないで下さいね? もういいわ。なんて口にしちゃ駄目ですよ?」
可愛い方なんですから、あちらさんも自信が無いんですよ。と。本当に自分だけなのかってね?だから、のんびり行きましょうと。
「のんびりね」
「桜ちゃん?」
「甘酒、美味しかったわね」
「うん、御節の黒豆! おっきくて甘かった!」
絵札は絵札。それによって何が変わるかといえば、絵札を見たという事が加わるだけで。何かを変えるのは、何時も本人次第で。新年のお参りは、ほんのちょっと立ち止まって考える。そんな意味があるのかもしれない。
今年もよろしくお願いします。そんな言葉が行き交って‥。