滝と乙女の御伽噺

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:6人

サポート参加人数:4人

冒険期間:01月25日〜01月30日

リプレイ公開日:2008年02月04日

●オープニング

 森の奥に、滝のある静かな場所があった。
 深緑に陽の光りを取り込み、緑と青の陰影をつける。落ちる滝は短いが、幅広く、白い飛沫を上げて、滝壺に波紋を広げる。雪のまばらなその森は、静かで、穏やかな森であった。
 あまりに人里から離れている為、猟師しか見た事の無いその滝は『乙女の滝』と呼ばれる。
 その場所には真っ白な一角獣の姿を見られるというからだ。
 額にあたる部分に、螺旋状の角を生やしたその一角獣は、森の守り神として、信じられている。今生きている者で、一角獣を見た者は、片手に足らない。ただ、遭難しそうになったり、酷い怪我を負ったりした時、何所からか声が聞こえ、命を救われるのだという。
 何故、乙女の滝と呼ばれるかと言えば、時折、娘が一角獣に気に入られ、娘も一角獣を気に入って、穏やかな時間を過ごすのだという。大人になって、人に恋をすれば、一角獣はさようならを告げる。祝福の言霊を授けて。
 娘が欲を出し、一角獣に執着をすれば、その時点でも一角獣はさようならを告げる。悲哀の言霊で決別を。

 雪がちらつくそんな場所に、月を背にして六枚の羽音が響いた。月精龍だ。名を揺籃と言う。月の光りの入る海辺の洞窟で、愛しい人の娘と暮らしていたが、風精龍と一つ目巨人に棲みかを追われ、伴侶たる人の娘を亡くした。縁あって、冒険者に助けられ、人好きな揺籃は、伴侶を亡くした悲しみを埋めるかのように、人との交わりを好むように現れる。
「久しいな白偲」
「そちらも健勝であるか」
 月精龍と一角獣は、青白い月の光りを浴びながら、滝の近くで、しばし語らう。
「どちらへ」
「気の向くままに」
 一角獣は、今は語らう娘は居ないのだと静かに微笑む。月精龍はそうかと答え。長月までには、棲みかを取り戻したいものだと深く嘆息する。もう行くのかと問う一角獣白偲に、喉の奥で笑うと、近いうちにまたと返して、月の夜空へと飛び立った。

『逃げろ』
「嫌よ!」
『逃げろ!』
「嫌あああっ!」
 打ち込まれる風の刃。
 風精龍の突然の攻撃に、何の備えも無かった一角獣白偲の白い身体に鮮血が飛び散る。
 つい先ほど出会った少女に、危害を加えまいと、必死で守る。淡く桜色にその身は何度も輝き、どうにか棲みかの滝のある場所から森の奥へと逃げ込めば、木々が遮蔽物となり、風の魔法も届きにくい。斜面を何度か下り、岩場の多い場所へと出ると、安堵したのか白偲はがくりと足を折る。
「!」
 少女は奇跡的に怪我一つ負って居ない。けれども、倒れ伏す美しい獣を見て、心が飛んだ。
 優しい一角獣と心を繋げたすぐ後だからか、そうでないのかわからないが、少女は一角獣が息絶えたのかと思ったのだ。呆然と記憶を飛ばす少女は、ひっそりと呟いた。
 ───帰らなくちゃ。
 一角獣の血まみれになった少女は、ふらりと森へと彷徨い歩く。
「どうした」
 少女へ声がかかる。穏やかな優しい声。首を横に振り、帰らなくちゃ、おじいちゃんが心配するからと呟く。
 淡く月光のように光りが目に届くが、少女は気にせず村のあるほうへと歩いて行く。何事も無いようにと、彼女が村まで辿り着くのを見送ったのは、月精龍揺籃。胸騒ぎがして滝へと向かえば、おびただしい血痕が。血痕を辿れば、そこには瀕死の友が居た。息も絶え絶えな白偲を治療する事の出来ない己を呪う。その傷には覚えがある。そして、揺籃は少女を思い出す。彼女を庇ってか‥と。
「大丈夫だ。少女は無事帰った。そして、お主も死なせはしない」
 魔法を発動する体力も気力も無いのか、僅かな怪我なら自力でなんとかする一角獣がぴくりとも動かない。声も届いていないようだ。
 揺籃は、少女の帰宅した家へと羽ばたいた。

「森の奥に居る友人を助けて欲しいそうなんでさぁ」
「貴方が行ったら良いのでは?」
「それが、どうも森の中に危険な怪物が居るみたいで、その人も逃げ出したらしいんですよ」
「‥‥その方は?」
「急ぎの仕事があるとかで、くれぐれも、普通の人が森へと立ち入らないようにって念を押して行かれて‥実は、その数刻前に孫娘が、血まみれで帰宅しましてね、運良く怪我は負っちゃ居ませんが、どうも、そのご友人とやらが助けてくれたみたいなんです。だったら、あたしもその人の役に立たなきゃまずいでしょうが?」
 その依頼を願い出た人が居なくなってすぐ、山が震えるような風が吹いて、大きな叫び声も聞こえて、怖いのだと。
「危険があるかもしれないと言うのでしたら、こちらの管轄でしょう」
 依頼書を作成する受付に、そういえば、出来るだけ女性が言いと。男性でも構わないけれど、気難しい男だからと言ってました。
 わかりましたと、山奥の村の依頼が作成された。

●今回の参加者

 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3094 夜十字 信人(29歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea3744 七瀬 水穂(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
 eb3797 セピア・オーレリィ(29歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 eb5885 ルンルン・フレール(24歳・♀・忍者・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●サポート参加者

ヒナ・ホウ(ea2334)/ シアン・アズベルト(ea3438)/ ミラルス・クラウゼン(ea6063)/ 鳴滝 風流斎(eb7152

●リプレイ本文

●一角獣
 山が唸っている。
 地震かと思える地響きが、何度も村を揺らす。
 秀麗な眉を僅かに寄せると、カイ・ローン(ea3054)は山を見た。空飛ぶ箒で探索をする事も考えていたが、何かが見え隠れするのだ。間近で見なければならないが、かなり大型の何者かが争っているようだ。幸い、その場所は移動してはいないようである。負傷者の救助という依頼に、医師として見過ごすわけにはいかないと、参加したが、それだけでは済みそうにないようだ。
「怪物が患者の所に来ないようしないと」
 見え隠れするという事は、巨大な生き物という事だ。聞き込めば、昨夜は、山が淡い緑や白に光り、暴風も吹き込む事があったという。幸い、村人に欠けた者は居らず、探索者は怪我をしたという男と、その救助を願い出た男だけという事になる。
「治療は任せるよ」
 セピア・オーレリィ(eb3797)とルンルン・フレール(eb5885)が、そちらは任せて欲しいと、笑顔を向ける。
 よく似た依頼を受けた。はっきりとした証拠は何も無い。しかし、この場の半数以上が薄々気がついている事でもあった。指示された怪我人が居るとういう森の一角へと、二人は、絶対そうだという確信を持ちながら歩く。妙に人に寄って来る、優しい月精龍だ。
「姿を見せず、代理を頼む依頼主‥ちょっと前にもあったわね」
「はい、親切に告げて去っていくこのパターン‥揺籃さんに違いありません。揺籃さんのお友達なら絶対良い人です。何が何でも助けるのです」
「そうね。でも、この前の火竜並みに危険な相手が居るんでしょうね」
 地響きを感じながら、セピアが小さく溜息を吐く。幸い、聞いた場所と何かが居るような場所は離れている。怪我の治療に専念できるだろう。とても、気にはなる。揺籃が戦っているのならば、駆けつけたいのは山々だ。けれども、その揺籃の友を託されている。おろそかには出来ない。
 依頼主の注意に、出来れば女性とあったが、治療対象がいるのなら、出向かなくてはならないと、トマス・ウェスト(ea8714)も二人の後を追う。話の内容から、人では無い者が絡んでいるのはわかるが、見ないうちから決め付けては判断を謝るだろう。
「我輩もドクターのはしくれだからね〜」
 トマスの連れてきた霊鳥赤斑越具羽有渡丸が、巨大な羽を羽ばたかせ、上空から救助者を探すが、木々と岩場の為、はっきりと見えない。そんな三人の前を、ルンルンの連れて来た、忍犬が前を走る。点々と地面についている、血の跡からも簡単に辿る事は出来た。血の臭いは途絶えない。岩場が見えてきた。その辺りだと聞いている。
 念の為、ルンルンが呼吸の魔法を使う。激しく争う大型の呼吸がふたつと、仲間達の呼吸。そして、目指す場所では、息も絶え絶えの呼吸を感じて、方向に間違いないと頷く。
「お待たせ、白衣の天使の出前でーす! ‥って‥」
「え?」
 その場に居たのは、男では無かった。
 真っ白な身体を鮮血に染めた一角獣が横たわっていたのだ。意識は無いらしく、二人が近寄ってもぴくりともしない。
「何とね、一角獣ではないか〜。我が輩がやれば一発で完全回復なのだがね〜」
 男性より女性が良いと言う依頼の内容を、トマスはまた思い出す。一角獣ならば、触る事はしない方が良いだろう。回復は容易だと考える。しかし、一角獣は、基本、乙女にしか身を委ねない事をトマスは知っていた。駆け寄る女性達から、一歩下がる。
「わぁ大変! セピアさん、私も手伝いますから、治療よろしくお願いしちゃいます!」
「これは‥」
 人用の薬が効くかどうか。半開きになっている一角獣の口に薬を流し込む。半分ほど入ったろうか、飲み下すだけの力は無いようである。傷口を浄化し、清める魔法をセピアは使う。ざっくりと刃で切り裂かれた無数の傷が少しずつ塞がっていく。大きな傷は、マントで包み。ルンルンも、セピアの手助けをしようと手を伸ばす。
 その介抱で、うっすらと、目を開ける一角獣。
『‥‥触る‥な』
 淡く桜色に輝く一角獣はその身体に生気を取り戻す。息も絶え絶えだった姿からは、想像もつかない激しい視線がトマス、ルンルン、セピアに向けられる。
 セピアは、その手をゆっくりと離すが、ひるまず一角獣と目を合わす。
「貴方の友‥という方から、手当てを頼まれたの」
 ずしん。地響きが伝わり、一角獣はあたりを見回した。
『‥友‥』

●月精龍と風精龍
「竜‥? 何だ‥?」
 正確な判断は出来なかったが、長い戦いの中で伝え聞く事もあった夜十字信人(ea3094)は、その巨体をぶつけ、噛み合う二体の姿に目を丸くする。
「月精龍と風精龍だ‥」
 そのどちらにも、カイはかける思いがあった。依頼の中で出会った二種の龍は良い意味でも悪い意味でも記憶に新しい。ずしんと、響く音。双方譲らず、あまり近付くと、その巨体の攻撃範囲に入る。この争いに割って入るべきか、どうかと、じっと見る。
「どちらに理があるのだろうか?」
「本能で戦っているようには見えんが‥」
 月精龍にも、風精龍にも、明確に、相手を組み伏せるという意思が見える。
「‥人助けの依頼のはずでしたが」
 小さな丘ほどもある龍達の戦いに、七瀬水穂(ea3744)は、うにゅ。と、唸って目を丸くする。乙女の滝という名前にも惹かれていた。乙女にはこだわりがあったのだ。しかし、目の前で繰り広げられているのは、木々をなぎ倒し、滝の淵へと落ち、盛大に水飛沫が飛び交う。六枚の白い羽と、もう一体の緑色した翼持つ巨体。それには見覚えがある。
 風精龍が、その尾を振り回し、呆然と見ていた冒険者達にも一撃を与えようと動くが、その尾を、月精龍は飛び込んで押さえた。月精龍の長い姿に、僅かに変色する傷が、またひとつ増えた。ちらりと冒険者を見て、そのまままた体当たりの攻撃をかける月精龍。
「‥まさか‥揺籃‥?」
 カイは、向けられた視線と、こちらを庇うかのような行動に、いつかの浜で出会った月精龍揺籃と、結びつけた。
「成る程。人好きの月精龍か、噂には聞いていた‥。なら、黙って見てはいられんな」
 そんなカイの言葉に、信人は得たりとばかりに頷くと、無造作に足を運ぶ。
「竜の御仁、聞こえるか。必要とあれば助太刀をする。如何する?」
 ぶんっ。と、信人へ戦闘の風が飛ぶ。攻撃では無かったが、それでもその風圧はすさまじく、赤銅色した髪を乱す。
「無用」
 短い言葉が、響く。
「しかし、この騒動の責任の一端は俺にもある」
 揺籃が戦う風精龍となれば、つい先日取り逃がした風精龍に違いない。カイは、助太刀不要の言葉を飲むわけにはいかなかった。ふわりと空飛ぶ箒の高度をとった。
「俺は黙ってみているが‥退屈しのぎに、偶然ソニックブームを放ったら、偶然手助けする事になるかもしれない」
 にやりと笑う信人に、カイも頷く。そして、思い切り力強く、水穂が拳を握り締めた。月精龍揺籃が真剣に戦う風精龍といえば、カイに同じく、先の依頼で逃げられた相手であり、水穂の大事な天馬翡翠を危うく大怪我させる所でもあった。その怒りは収まらない。ふわりと全身を淡い炎の色が包む。努力と根性を誘発させる魔法が水穂にかかる。逃がさないのですと水穂の茶の瞳に炎の色が映りこんだような気がした。
「ここで会ったが三週間目‥ふるぼっこなのです」
 カイは拘束の魔法をかけようと、魔法の箒でぎりぎりまで近付こうと空を駆ける。そして、それとほぼ同時に、真空の刃を繰り出すために、信人が走り込んだ。その相手を、海辺の洞窟で戦った相手と認めたかどうかはわからないが、風精龍は月精龍を振り切って、飛びあがろうとする。風圧が木々と冒険者達を揺らす。
 しかし、その合間に、水穂の身体が炎に包まれていた。火の鳥だ。
(「飛べるのは自分だけじゃないのです!」)
 火の粉を撒き散らし、火の軌跡を描きながら、上空から滑空する火の鳥が、風精龍を叩き落すように体当たりをかければ、飛びあがろうとした腹に揺籃が鎌首を上げて牙を向き、信人の真空の刃がかろうじて届き。
 上空にはトマスの霊鳥が風精龍を押さえ込もうと鮮やかな色彩を空に映して飛んで来る。
 魔力を使い果たしていた風精龍は、尋常では無い攻撃の数々に、その身を霧散させたのだった。

●一角獣と月精龍
 手助けは無用と言ったのだがと、少し憮然とした風の揺籃を見て、信人は笑う。
「やれやれ、何とも熱血な月精龍の旦那だな」
 機会があれば、ゆっくりと話がしたいものだと言えば、機会があればと揺籃が嬉しげに頷く。
 一角獣が、ルンルンとセピアとトマスと連れ立って現れれば、友を助けてくれて感謝すると、揺籃は喉の奥で笑うかのような声を発した。
 淡い桜色を纏えるようになれば、一角獣は、自力で傷を治していく。触れられるのを嫌う白い獣は、冒険者に感謝を述べると、少女はどうなったかをルンルンから聞いていた。無事だが、森の中の話は覚えていないと。それならば、それが幸せかもしれないと、一角獣の呟きを三人は聞いていた。
 カイの手当てを受けている揺籃に、トマスは、死者蘇生の薬の話を振る。揺籃は、一端目を閉じると、ゆっくりと開き、首を傾げるようにトマスを見た。何を蘇らせたいのかと、逆に聞き、死もひとつの世の理だがと、かんで含むように前置きし、薬として何所かにあると聞いた事は残念ながら無いと、また首を傾げ、人は霊鳥をも従えるようになったのかねと、下を向いた。
 一角獣の友人がいるなんて。と、セピアは、揺籃の交友関係が気になった。精霊らしいというのだろうか。
「またの機会があるのなら、他の友人にもご紹介与りたいわね‥その時は私達もあなたの友人として」
「縁があれば」
 揺籃は、セピアの願いに応とも否とも答えなかった。二度会えたのは何かの縁だろう。と、目を細め、喉の奥で笑うかのように声を出すが、真意は定かでは無い。
「貴方の棲みかには、もう一つ目巨人は居ません‥」
 風の吹く浜に当たりをつけて、揺籃の棲みかに巣食う風精龍と一つ目巨人を退治しに行き、一つ目巨人は倒したが、風精龍は逃がしてしまい、今回の事になったのだと、カイが揺籃に告げれば、しばし、考えるような目を揺籃はカイに向け、そうして、ありがとう、友よと音が零れるように呟いた。
 揺籃の亡くした伴侶に遺族は居ないと告げられる。だからこそ、共にと思ったのだと。
 一角獣は、半壊した森を眺めて、ひとつ溜息を吐く。
「女性を守ったのですから、傷は勲章なのです」
 水穂が歩み寄ってくる一角獣に笑いかけるが、一角獣は首を横に振った。
 自分はここから去ると。
 感謝の代わりにと、滝を示した。
 滝は、水の壁となって洞窟を隠していた。

 一度目は偶然。
 二度目に会えたら‥。友と呼んでも良いだろうかと。

 月精龍揺籃は、白い六枚の翼をばさりと羽ばたかせた。