卵石

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月29日〜02月03日

リプレイ公開日:2008年02月06日

●オープニング

「俺が嘘を吐いた」
 どうしても、その祠にあるものが欲しかったから。と、男は泣いた。
「でも、祠から持ち出したら、それは只の石くれだった。ついうっかり、手を滑らせて落として壊した」
 男の里の山のさらに奥に、洞窟があるのだという。
 その洞窟には注連縄が張られ、毎年、村長が神主の代わりを勤めて注連縄を張り直すのだとか。
 その洞窟には、小さな石が御神体として奥に祭られている。
 鶏の卵ほどの小さな石。
 男は、村長の婿だった。
 好意で婿に神事を見せた村長は、まさか婿がそんな馬鹿な事をしでかしたなどとは、信じられないだろう。しかし、今村に居ないというその一事が、婿がしでかした事によって起こっている事だと結びつけるのは簡単だろう。
 もう、村に帰れないと、男はむせび泣く。
「妻に悪いことをした。妻を助けてやって欲しい」
 身勝手な男の、身勝手な頼み。
 注連縄の奥の小さな御神体は、村長の血筋でなければ、動かすことは出来なかったから───。
 そう、男は、興味本位で御神体を欲しがった。
 ただの人には、何の力も示さない、変哲の無い石でしかない。しかし、その石は、確かに神域と呼べるほど、その村の洞窟の中の祠で、何百年も祭られていた、祈りを捧げられた石であった。
 石が壊れたその瞬間。山の中から咆哮が聞こえたという。
「化け物が、出たんです」
 男は力なく呟く。
 男は浅慮から起こった事の意味を理解できなかった。それほど、何も考えず、それほど、深い信心も持ちあわせていなかったのだ。
 妻も愛してはいたが、どうしてか、気力を振り絞って祠に戻る事の出来なかったと泣くしかない、哀しい男であった。
 冷たい静寂が冒険者ギルドに流れていた。

 巨大で不気味な顔は、二間弱。大きなその顔から鋭い爪を持つ腕が生え。顔にはぎょろりとした大きな瞳と、胡坐をかいたような大きな鼻、巨大な牙を大きな口から覗かせているのだという。
 狭い山道を登り、沢に下りる細い獣道のような道を下ると、沢の向うにその洞窟はあった。ぽっかりと広がる空間は、川原から繋がり、石がごろごろと転がっている。奥行きは十畳ほど。高さは大人二人分ほどだが、奥へと行くにしたがって、低くなる。再奥は子供が座り込んだほどの高さしか無い。洞窟というよりも、沢から、山の岩場へと鉈が入ったような裂け目であった。
 そこに、その顔は居た。
 男の妻は、夫が何をしたのか、山から上がる咆哮で気がついた。あの人は見るだけだと言ったのに。でも、そうでない事もうすうすは知っていた。それでも、夫が好きだから、断れなかったのだ。

 石は度々壊された。その度に、巨大な顔が、現れて、次の石を拾うまで消えず、村には災厄が降りかかる。
 女は迷っていた。怖い。怖いのだ。
 女も、神事の家系に生まれてはいたが、普通の女だった。あまりにも普通故、石を持ち出すという事の重大さがわからなかった。
 父──村長は嘆くだろう。父ならば、顔を怖がらないかもしれない。けれども、石を拾う為の家系では無いのだ。母がその直系だったが、母は亡くなって久しい。今は、自分が直系で。傍系は多くいるが、顔に正面きって立ち向かえるほどの胆力のある者は居ないだろう。
 巫女など必要ない。そう言って、普通に畑を耕し、町と行き来してきた人達だ。
「どうしよう‥」
 足音が近付いてくる。父も咆哮を聞いたのだろう。そして、その咆哮が何を意味するのか気がついたのだろう。
「どうしよう‥」
 女はただ泣いていた。

●今回の参加者

 ea1181 アキ・ルーンワース(27歳・♂・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb2963 所所楽 銀杏(21歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3582 鷹司 龍嗣(39歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb4462 フォルナリーナ・シャナイア(25歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ec3613 大泰司 慈海(50歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)

●サポート参加者

キドナス・マーガッヅ(eb1591

●リプレイ本文

●男に希望を
 首を横に振り続ける男に、フォルナリーナ・シャナイア(eb4462)は困惑する。
「早く駆けつけて、助けてあげなきゃ。わたしたちも、お手伝いするから」
 逃げ出した貴方の変わりに、貴方の奥様が一人、罪を背負わされて責めを受けているに違いないから。このまま、黙って放っておいて良いのかと。ひょっとしたら、奥様は、貴方が逃げ出した場所へと一人で向かっているかもしれない。頼るべき伴侶が居なければ、どれほど心細いでしょうと。
 フォルナリーナは、懇々と語りかけたが、男の首は縦に揺れない。
「貴方方に任せる。貴方方なら、妻を助けてくれるだろう。貴方方が、妻の心の支えになってあげて欲しい」
「全てを失ったも同然の身であるなら、覚悟を決めて、村へと戻るのだ」
 困惑する内心の思いを、その優美な物腰に隠し、鷹司龍嗣(eb3582)も首を横に振り続ける男に応とは答えさせることが出来ないでいた。
 男の好奇心は人ならば誰でも持ちうるものだ。好奇心が人の発展を支える根幹である事は龍嗣も十分知っている。けれども、無知故に、人は犯してはならない過ちを犯す。無知は悪では無い。けれども、今回は罪深い業を招いてしまったと、密かに思う。
 しかし、それだけで終わらなかったではないかと。今一度、村へと戻ろうと、静かに告げる。
「何の心の準備も無いまま、顔の化け物が現れれば、誰もが恐怖と驚きで逃げ出すだろう。しかし今、おまえはこうやってギルドへ来て、冒険者という力を得た。もう村に帰れないと、泣いている場合ではない」
「俺が戻らない方が、妻はまた別の人生をやり直せるだろう」
 大柄で、年配者の風格漂う大泰司慈海(ec3613)が男に名を問えば、八次と答えが帰る。
「人は誰しも間違いを犯すもの」
 間違いを犯さない人なんか居ない。後悔も反省も沢山すれば良い。その後、どう行動するのかが重要なのだ。厳かな雰囲気が次第に砕けて行く。長時間は持たないのか、えへ。そんな愛嬌のある顔になった慈海が、ぱむぱむと男を叩く。
「大丈夫、キミ一人でやれなんて言わないから。俺たちがついてるからね」
 そう笑いかけるが、どうやら今回は慈海の言葉には乗って来ないようだ。行きたいのに行けない。そういう気持ちでは無く、自分の全てを否定している八次を強引に動かす事は出来そうに無かった。
「‥帰らない。それが、俺の選んだ贖罪だから」
 頑なな心は、叱咤激励だけではその戸を開けることは出来ないようだ。後はよろしくお願いしますと、ギルドを立ち去ろうとする八次に、考え込んでいたアキ・ルーンワース(ea1181)が、思慮深い蒼の瞳を向けた。
「戻れなかった理由、恐らく‥半分は、貴方のせいじゃ無いですよ」
「え‥」
「心を挫く妖は、多いから」
 石が壊れた瞬間に咆哮を浴びたという話から、何かしらの神話めいたものを思い起こしたのだ。様々な伝承に似たような話も無いでは無い。その石には様々な呼び名があるのだろう。神の憑代である要石。豊富な知識の中を探り、ふと、そう思ったのだ。僧侶たるアキの言葉には重みも、説得力もあり、その知識から、出現した顔の正体も大よそ判別が出来る。
 おとろし。巨大で不気味な顔から、鋭いつめを持つ腕が直接生やす。顔にはぎょろりとした瞳とあぐらをかいた鼻、巨大な牙を大口からのぞかせ、髪は長く、ざんばらになっている。神社などの聖域に住み着き、守っている妖怪。恐ろしげな形相や恐怖の力、時には力ずくで不信心なものたちを追い払うという。
「封じていたモノに心を挫く力があっても、不思議じゃない。‥普通の人が抗えないのも、不思議じゃない」
 アキは言葉を選んでゆっくりと話す。
「‥罪を犯した‥それと知って、負けた自分の心を受け入れる‥今必要なのは、その覚悟。残りの半分は、興味本位で神に触れた貴方の迂闊さだから‥責任は、取らなくちゃいけない」
「確かに嘘とか、相談もなしに出てきた事は、褒められた事ではないです‥でも、貴方はそれを悔やんでいるし、依頼にも来ている‥石の大事さがわかったのなら‥やり直せると思います、よ」
 小さな所所楽銀杏(eb2963)も、じっと八次を見上げて微笑む。小さいながらも、宗教に関する専門知識を持つ彼女は、顔が出てきた状態を依頼書で再確認し、やはり、八次のせいでは無いと思ったのだ。
 全て自分のせい。そう信じていた八次は、アキと銀杏の言葉にぐらりと揺れた。泣いているのか、笑っているのか。不可思議な表情にアキは、頷いた。
「‥戻りましょう‥」
 戻らなければ、八次の決意も伝わらないから。アキは、首を縦に振る八次にまた、頷いた。

●女に希望を
 哀れなほど憔悴した女は、八次を見ると、やはり、泣いているのか笑っているのかわからない表情で出迎えた。村は何所となく落ち着きの無い空気を漂わせていたが、直接的な被害が無いのならば、別に構わないという、無関心な風もあるようである。
 巫女など必要ない。
 フォルナリーナは、そんな言葉を思い出す。注連縄を何故張るのか。御神体が何故在るのか。無関心。形式的になってしまった神事の末路はこんなものなのかもしれない。
 どうやら、全ての出来事を把握しているような年配の男──村長に、銀杏は話しかけた。小さくなって、冒険者の後ろに居る八次を、村長は嘆息と共に眺めると、冒険者を家へと招き入れる。
「怒りはもっともだが、誰にでも過ちはあるもの‥」
 お怒りならば、しばしの猶予をもらえないかと慈海が話せば、繰り返される出来事なれば、心配無用と、微笑まれた。
 龍嗣が、過去の巫女や、村長の妻の事を聞く。すると、僅かに微笑んで、村長は語り出した。
「前に壊れた時は、先々代の頃です。ひとりの巫女が石を持ち出した。しかし、当時は巫女は沢山居まして、何も問題は無く、石は元に戻りました」
 何代かおきに、まるで試されているかのように、石は壊される。その度に、巫女の中から、勇気ある者が石を選ぶのだという。幸い、妻の時代にはそんな事は無く、これと同じで、そう特別な力も無い人で、身体が弱く、早くに儚くなりましたと微笑んだ。
「‥まさに、試されているのかもしれませんな」
 神は必要か。巫女は必要かを。
「では、石を取りに行けば良いのですね?」
 シャルーアは、咆哮の主、おとろしを封じるにはまた、石を選べば良いという話に頷いた。その話の最中、女は、震えて、八次にしがみつき、ずっと首を横に振り続けている。ギルドで最初に出会った八次と同じだ。何か頑なに拒否をする姿勢。慈海が名前を問えば、南と答える。
 座敷の端で、占星術を見て、ふと、不思議な指針が出たのに秀麗な眉を寄せるのは龍嗣だ。しかし、彼の力では『幸い来る』としか読み取れない。ならばと、南に微笑みかける。
「好きで巫女としての生を受けたわけではないだろうが、おまえしかこの村を‥そして愛する夫を救うことは出来ない」
 心を強く持つが良いと。その背には、歴代巫女の加護がある。と、陰陽師の職を告げ、もっともらしく語りかけるが、目に見えない加護を、南は受け付けなかった。何も見えない、何も感じない、普通の女。八次が戻った事により、少しは安定したのだろうが、とらえどころの無い加護よりは、八次の袖の方が安心出来るらしく、離れない。
 ふんわりと、銀杏が笑いかけた。
「病は気から、と言います‥不安や、悲しみのように心が弱くなりがちなときは、病にもなりやすい、です‥健康が損なわれると、心も不安になりやすくて‥連鎖、します。何か、体に不調を感じたりとかはありません、か?」
 小首を傾げる、小さな銀杏に、南は、そっと頷いた。ありがとうと。
 気遣う心が、南を八次の袖から、僅かに離した。早く気がつけば、それだけ回復も早い。どんなに些細な事でも、教えて欲しいという銀杏に、南の流す涙は恐怖の涙では無く、安堵の涙で。
 顔を上げた南に、龍嗣が穏やかに頷けば、慈海も大丈夫、大丈夫と、笑顔を向ける。
「化け物は、私達が止めておくので案ずるな」
「怖いのは、当然のことだよ。恥じることはないからね」
 未だ不安げな顔の八次と、南に、村長が頷けば、じゃあ、出発しようと、慈海は南だけを乗せる空飛ぶ絨毯をいそいそと用意しはじめた。

●顔
 石を選べれば、川原に立つ顔は消えるという。しかし、顔──おとろしが、どうしても石を選ぶ妨げになるのなら、退治も止む無しと、密かに銀杏は思っていた。不確定要素は楽観的に考えないほうが良い。万が一には、仲間達も同じ気持ちであった。
「旦那さんが手伝ってくれるのだから、安心だね」
 慈海が南に笑顔を向けば、まだ不安そうに視線は泳ぐが、小さく頷くのを見て、大丈夫と、慈海も頷く。空飛ぶ絨毯で先回りした場所へと仲間が辿り着くのを待つつもりだったが、到着した川原でいきなり顔を目にし、南が怖がるので、川原から山へと引き返さなくてはならなかったが、ほど遠くない時間に、仲間達は追いついてくる。
 神事や巫女がないがしろにされていたとしても、放置するよりも何倍もましに違いない。龍嗣も村と二人の将来の為に、おとろしは倒すことは避けたいと願っていた。
 完全に恐怖は払拭されていないのだろうか。青ざめて、気分のすぐれないような南に、アキは怖がらせないように手を伸ばし、触れる。人の温もりは、頑なな心に寄り添うようで、その度に南の顔が僅かに穏やかになるのをそっと伺う。
 山の中は、嫌に静かだった。動物達に与える影響は攻撃的になっては居ないようだが、アキは、それでも警戒は解かない。
 細い山道を下っていけば、問題の川原が見えてくる。丸い石が沢山ある川原が広がり、丁度真ん中ぐらいを、さらさらと小川が流れていた。その小川が、現し世との結界の一つなのだろう。村長から聞いた話では、小川を越えなければ、おとろしは、近寄らないのだという。
「‥少し‥待って」
 川原に下りる前に、踏みしめて歩く、おとろしの正体を確実にする為に、生命探査の魔法をアキは使う。仲間達の命。そして。
「‥あ‥」
 アキは、南のお腹を見た。そこにあるのは。
 躊躇する南に、銀杏が強さの概念をゆっくりと話していた。力があるから強いのでは無い。その心の姿勢から強さは生まれるのだからと。そう、話している時に、アキが、不思議そうな、嬉しそうな顔を向けたのに気がついた。
「‥小さな命が‥」
 仲間達の視線が、南に一斉に向いた。
「新しい命を生むことも、石を選ぶことも、これからの未来を繋ぐ一歩、ですよ」
 戸惑う南に、ご気分がすぐれないのは、ご懐妊だったのですねと、笑いかける銀杏の言葉に、ようやく南は思い当たったようだった。命?と、腹に手を当てて八次を見れば、八次は目を丸くして、口を半開きにしたままでいる。
「二人のお子さんの未来のためにも、神域を取り戻して、村に平穏を取り戻さないとね」
 直系の子孫が出来た事を寿ぐフォルナリーナの言葉に、八次はぐっと唇を引き結んだ。依頼に来た時の、捨て鉢で逃げる事しか考えていなかった顔とは別人のようだ。
「‥頑張って」
 顔を見合わせている二人に、アキは、そっと背を押す言葉をかける。まだ本当に小さな命なのだけれど、二人が小川を越え、石を選ぶ何よりの力になるだろうと。
 じっと見守る冒険者達。
 顔は、小川を越えた二人に、寄って来た。何をするのかと、固唾を呑む。何時でも魔法が使えるようにと、警戒するフォルナリーナと龍嗣。日本刀法城寺正弘を何時でも抜けるよう構える慈海。
 女は、石を選んだ。それは、あっけないほど簡単に。
 その途端、おとろしは、笑うように身体を揺すり、掻き消えると、静謐が、川原に広がった。