節分に

■ショートシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:3人

冒険期間:02月04日〜02月09日

リプレイ公開日:2008年02月12日

●オープニング

 何時の頃からか、定かではないが、かんぴょうと人参の甘煮を巻いた巻き寿司を、その年の恵方を向いて、無言で食べきると良いという風習がある。
 海苔に巻かれた太い巻き寿司を無言で食べきるのはかなり時間もかかるのだが、まあそこはそれ、縁起物だからと毎年の恒例行事にしている家もままある。
 さて、ここ京には、とある有名な屋台の恵方巻きがあった。
 花街の芸子さん含め、姐さん達が、何年か前、その店の太巻きを食べて、良い旦那を掴んだという金太姐さんの話が、妙に膨らんで広がったらしく、毎年お客は増えており、去年はあまりの数の多さに冒険者達に手伝いを願い出たというぐらいだ。
 特に値段も上げずに作るという恵方巻きのかんぴょうと人参の甘煮の味付けは、調理法を教えてもらっても、その店主のお婆さんにしか出せず、今年もまた、満員御礼となるようだった。
 もともと身寄りも少なく、知り合いは皆商売屋であるという。老女は皺の多い顔をくしゃりと歪めて笑う。同業者は何所も同じ様に忙しい。また、今年も頼めないかと。
「でもねぇ。今年は配達をひとつお願いしたいんだよ。三箇所二十本づつお願いするよ」
 配達は、本来受け付けていない。だが、花街の姐さん達に是非にとせがまれ、今年は配達をする事にしたのだという。十本づつ、各置屋から預かった大皿二枚に乗せ、風呂敷に包んで、各置屋二つの風呂敷包みにしての特別配送となるのだそうだ。それとね、と、老女は童女のように笑った。どうしても渡したい人が居るという。
「新撰組の山南というお人にね」
「屯所ですか?」
「それがねぇ‥何所に居るのやら、さっぱりわからない。何時もマメに覗いてくれるんだけど、最近トンと顔を見なくて」
 ほう。と、溜息を吐く老女。
「山南啓助の居場所を探るなんて‥」
 かなり、思いきり怖いことなのでは無いかと、ギルドの受付は思った。新撰組局長付き、山南啓助。先の鬼との戦でも戦ってはいたようだが、近頃は京の町をぶらつく姿も見られない。
「うんと朝早くに、一度顔を見たんだけどね」
「何所でしょう?」
 そうさねと、老女は考える。随分と前だが‥と。

 冷たい石畳が足を冷やす。明日には雪も降りそうだ。滑らないように、注意して階段を登る。
 真白になれば木々はどれほどか綺麗だろう。
 節目は‥何時だろう。
 山南の吐く息が白く空へと帰った。

●今回の参加者

 ea2765 ヴァージニア・レヴィン(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea3210 島津 影虎(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4258 紅桜 深緋(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb1645 将門 雅(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb5305 ムウ(21歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●サポート参加者

ガイエル・サンドゥーラ(ea8088)/ 鷹神 紫由莉(eb0524)/ 頴娃 文乃(eb6553

●リプレイ本文

●唄い立花、桜踊りに楽は霞。
 花街の石畳を歩く。細い路地が連なり、小さな迷路と化しているその場所は、白粉の香りがほのかに漂う。綺麗に掃き清められた小道。格子戸は磨かれ、砂埃のひとつも溜まっていない。曇天は、雪雲だ。鼠色して低く垂れ込める雲は、雪を運んでくるのだろう。
 節分。
 豆を撒いて、鬼を払う。柊に鰯の頭を刺して、入り口に飾れば、鬼は入らないという。そして、海苔巻きを一本まるまる恵方を向いて無言で食べれば、幸福がやってくるという。
 肌寒い今、年末年始に落とせなかった未練、心に凝る嫌な感情全てを鬼に見立てて投げ払い、新たなる節目にするのだという意味もあるという。
 ──花街では、少し違った副がやってくるのだけれど。

 白銀の髪をふうわりと揺らし、ヴァージニア・レヴィン(ea2765)は、新緑の瞳を楽しげに細めた。ガイエル・サンドゥーラが、ヴァージニアの手伝いをして送り出せば、老女に袖を引かれ、どうやらご相伴に預かって行ったようだ。
 ヴァージニアの行き先は、置屋立花。島津影虎(ea3210)が立花の文字が白く抜かれた風呂敷がほどけないか、確かめて手渡す。二人で、立花という置屋に、恵方巻を届けるのだ。ヴァージニアは、置屋の老女と話した会話を思い出す。
「恵方?この国は縁起担ぎを重要視する行事が多いような気がするわ」
 月事、日事、時間事に、様々な風習が潜む。京を離れれば、また、違った風習に出会えるだろう。今回の巻き寿司を食べるという事柄も、面白い習慣だと、ヴァージニアが微笑めば、小さな老女はくすりと笑った。
「楽しい事は多いほうが良いじゃろ。毎日何かやる事が決まっていれば、人は迷わないで済むから」
 同じ事をする人を見て、安心も出来るし、やっておけば、何か悪い事があっても、これをやったから、これだけで済んだと思えるし、良いことがあれば、あれをやったから、良い事がやってきたと、何にでも感謝出来るだろと。
「楽しみですわね」
「ええ、私も楽しみです。花街など、縁の無い場所ですから」
「あら、それは私も同じですわ」
「そう言われれば、女性はめったに寄りませんね」
 影虎が僅かに背を屈めて、穏やかに笑う。顔を出しに来てくれた頴娃文乃が、老女に挨拶をしているのを思い出して微笑ましくなる。去年、文乃は手伝いに来ていたのだ。老女はちゃんと覚えていた。別嬪さんの顔が見れれば、また一年頑張ろうと思うよと、手伝う文乃にも、食べて行きなと相好を崩して喜んでいた。
 たわいの無い会話をしつつ、小道を行けば、立花の看板の前に辿り着く。
 遠慮せずにどうぞと、化粧気の無い姐さん達が現れる。
「あの。私も歌を生業としているのですけど、唄を良ければ聞かせていただけませんか?」
 そらええわ、先に歌ってと、姐さん達がはんなりとしたその手を伸叩く。ではと、立ち上がり、歌い出すヴァージニアの卓抜した歌声に、あら、まあ。と、小突き合い、ほんなら、本気だしまひょかと、数人の姐さん達が、すっくと立った。職業意識を刺激されたのだろう。何の化粧気も無い顔が、艶然とヴァージニアと影虎に向けられる。
(「役得‥と言う事でしょうか」)
 影虎は、洋風の旋律のヴァージニアの歌と、一小節事に歌い手が変わり、微妙に重なり、最後は一斉に重なる姐さん達の座敷唄に、細い目をさらに細めて微笑んだ。
 踏む音が違う。ヴァージニアは、この国の音はメロディというより、韻を踏むようだと、楽しくなる。恵方巻きの由来を聞けば、やはり、その白魚のような手が、あら、まあ。と、口元を押さえる。そして、ヴァージニアにおいでおいでをすると、そっと耳に囁いた。
「あら」
 思わず、ヴァージニアの頬が染まる。くすくすと笑いさんざめく姐さん達に、それは、良い旦那様が見つかると良いですねと、軽く咳払いをする。そうして、話題を欧州のバレンタイン祭に持って行く。男性と女性が恋を確かめ合うお祭りなんですと話せば、姐さん達は、興味深そうに膝を寄せ。恵方巻きを食べ終わると、聞かせてと、ねだられるままに話を続け。
 何が何だか良くわからない影虎は、まあ良いですけれどと、女性達に囲まれてまんざらでもなさそうに恵方巻きを食べた。
 
 鮮やかな濃紅の髪をひとつに結わえた紅桜深緋(ea4258)は、老女に友の話をしていた。誰とは言わなかったが、来たがっていた人が居たと聞けば、老女は深い皺をさらに深くして、ありがとう。よろしく伝えてと、深緋の手をとり、微笑んだ。
 やはり、ひとつに銀の髪を結わえた銀糸の髪が、さらりと揺れた。ステラ・デュナミス(eb2099)も、この国の行事に未だ慣れないでいた。年に一度の行事は、外してしまえば、翌年にしか出会う機会が無いのだから、仕方が無いかと思う。
 桜の文字が白抜きされた風呂敷を、二人は一つづつ手に持った。
「よろしくね、紅桜さん」
「はい。よろしくです」
「せっかくの縁起物が崩れちゃったらいけないものね」
 連れて来た、隼のコロナと、黒猫のプリムラを従えて、ステラは小道を歩く。深緋の熊犬琥珀も一緒だ。並んで歩く二人は、冒険者のお使いと、ひとめでわかる。
 慎重に皿を持ち、小道を歩けば、桜の看板が目に入る。細い路地を曲がる度に、深緋はどきどきする。どんな場所なのだろうかと。花街は、華やかなのだろうかと思えば。
「恵方巻きをお届けに参りました」
「やぁ。いらっしゃい」
 戸を開ければ、縁台があり、その奥が小さな畳の間。小さな畳の間の奥に、階段が伸びている。色鮮やかとはけっして言えない。けれども、その縁台は飴色に磨かれ襖は甲子柄が小さく描かれ、主張はしていないものの、落ち着いた雰囲気をかもし出していた。
 二人を迎えてくれた姐さんも、化粧気が無く、普通のお姉さんだ。けれども、どうぞどうぞと手招きするその手の動き、すっと立ったその動作に無駄が無く、艶やかだ。じっと見る深緋は、どうしたん?と微笑まれ、頬をすっと自然に撫ぜられた。
「あの、踊りを教えてもらえませんか?」
 時間があればなのだけれどと、告げれば、今日は休みやから、かまへんよと、八畳ほどの部屋に案内される。神楽舞で役に立たなかったとこぼせば、そら、素人はんがすんなり踊れる踊りちゃうやろと、覗き込まれた。嬢ちゃん、基本が入って無いんやから、無理に踊りせえへんでも、他事で役にたったらええのにと、撫ぜられた。
「踊れない‥のでしょうか」
「せやなぁ。人様の前でお金貰うほどには、時間かかるなぁ」
 普通に踊るだけなら、誰も何もいわへんよ?とも。腰を落として、背筋を伸ばし、基本は武術やる人やったら、簡単やけど、それ以上は難しいなぁ。と、手の先まで神経が行き届くようにと、きゅっと指先を握られた。
 そんなステラを見つつ、深緋は姐さん達の立ち振る舞いをしっかりと記憶する。望まれれば、披露する気だった能力だが、告げることをしなかった。告げれば、好奇心旺盛な姐さん達に、やってやってとねだられたに違いないが、彼女の能力を姐さん達は知らないのだから、ねだりようが無かった。

「まいど、将門屋で〜す」
 愛想の良い声で老女に挨拶をしたのは将門雅(eb1645)。短めの明るい茶の髪がふわふわと動きに合わせて揺れる。去年は、雅の姉が手伝いに来ていた。雅も顔を出したのを、老女は覚えていた。美味しい恵方巻きだったと礼を言えば、手伝ってもらったから、余計美味しかったんだよと。微笑まれ、姉さんは元気かと、手を取られ。
「多くは無いか」
 小さなムウ(eb5305)が、首を傾げた。手に持てるだけの皿なのだから蒙古馬サコンは必要無いかと、頷いた。
 ふたりそろって、霞の看板を見つける。わらわらと出てきた姐さん達に、『将門屋』をご贔屓にと、にっこり笑うと、先になと、ムウの肩を叩いて、忙しげに置屋を後にする。
「笛、吹いてもかまわないか?」
「いやぁ。そら、楽しいな。ぼんが演ってくれるん?」
 衣装とか、着せてもらえるかなと、聞けば、ぐりぐりと撫ぜられて、舞妓の梅の振袖を嬉々として着せられた。だらりの帯は、引きずる寸前だが、小さい子という事もあり、姐さん達の良いように着せ替えさせられた。
 吹く笛は、素人さんより少し上手な笛だった。そこがまた、姐さん達は可愛いかったようである。
「えっと。あの‥」
「化粧もしよか」
「あのっ‥」
 なすがまま。まあいいかと、ムウは思うのだった。
 その頃雅は、忙しく情報収集に励んでいた。山南は顔なじみである。そして、自身も新撰組とは縁が深い。出来れば、顔を見たい。山南と言えば、子供達である。何時も走り回る場所を点々と回って、ようやく見つける事が出来た。
「居場所知ってたら教えてえや。恵方巻の配達も頼まれてるし、少しでも元気になって貰いたいしな」
「そら、姉ちゃんなら、力になりたいんやけど」
 本当に、昼間は顔を出していないようだ。朝早くはお手上げやと、大人のように溜息を吐く子供達に、礼を言うと、さて、したら何所やろかと、呟いた。

●雪のちらつくその場所は。
 桂川沿いを、ステラは、息を白く吐きながら歩く。親しいわけでは無いが、恵方巻きは渡したかった。そして、告げる事があったのだ。昨今の新撰組に対する情勢は厳しい。けれども、だからこそ、守り手のひとりである山南には、顔を上げて貰いたいと。
 川面にはらりと雪が舞う。
 静かに流れる川からは、答えは帰って来なかった。
 八坂神社に足を向けたヴァージニアは、花見をした記憶を手繰る。今は、はらはらと舞い落ちるのは雪だが、美しい花が舞う春も近い。桜の精のような踊りがふわりと、落ちた雪の一片に思い出される。この国の踊り手は、儚い夢を紡ぐのか、自国に無い美しさだったと、空を見上げる。ヴァージニアに、花弁のように雪が舞い落ちる。
 かの人は、想い人が居るのだろうか。
 ただ、雪の花が降る。
 清水寺の階段を、深緋は、ムウと共に登る。会った事は無いけれど、顔立ちの特徴などを聞いてくる。老女の喜ぶ顔が見たい。けれども、実にとらえどころの無い顔のようで、しっかりとした印象が結べない。唯一特徴といえるのが、目立たなく、物腰の柔らかい人だという。
 会えたら良い。
 他愛ない話で、笑い会えれば。ただ、それのみを願う。
 雪のちらつく清水の舞台から、木々を見下ろす。落ちて行く白い欠片が、千も、万も木々に吸い込まれるかのようだった。
 ふたりは、老女に会えなかった事を告げると、その気持ちが嬉しいと撫ぜられて、ムウも、老女の横に座る。降る雪を見ながら、恵方巻きを食べれば、甘いかんぴょうと人参が疲れを癒す。
 深緋の願いは、ただ一つ。ひっそりと心に仕舞い、願をかけた。
「また、色々考えてるんやろな」
 雅は、二年坂、三年坂の階段を登っていた。降る雪が街並みを白く彩る。聞きたい事は沢山あった。何時も話せない事を沢山抱えている山南からは、確たる答えは返らない事は十分承知している。けれども聞きたかった。
 何故、新撰組に入ったのか。
 新撰組で何をしたいのか、何が出来るのか。
 愚痴があるなら聞きたかった。
 ただ、聞きたかったのに。
 ──独りで考えとったらロクな事無いねんから‥‥。
 雅は、誰も居ない坂を見上げ、そして、登って来た坂を見下ろした。
「山南啓助殿とお見受けします」
 影虎は、知恩院の階段で、山南を見つけていた。枝垂れ落ちるように木々が階段の脇から曇天を隠す。はらり、はらりと落ちてくる白い雪が、紗がかかったように、山南の背にかかる。
 気に掛けている方々が居ると告げれば、振り返った山南は、少し困ったような顔をした。
 恵方巻きを手渡せば、節目の日でしたかと、呟いて。
 何かあった時に、山南に連絡をつける方法があればと、問えば、屯所が確実ですよと、微笑まれた。無闇やたらと雲隠れはしませんからと。非常事態でなければ、屯所に聞いて下されば、この場所もすぐ知れたでしょうと。
「恵方巻きを配達して、綺麗所を拝見出来ました」
「配達ですか。ご苦労様です」
 恵方巻きの配達が仕事だったのですよと、影虎が笑えば、必ず欲しがるのだから、その方がおばあさんも楽でしょうと、山南がゆっくりと頷いた。
 木々の間から、雪が降る。鼠色した雪雲も、いつまでも空にある訳では無い。
 真白き色を落とし、青空の色の大切さを教えてくれるのだから。
 
 雪が降り終われば‥。